澤田直彦
監修弁護士:澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 代表弁護士
IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。
本記事では、
「割増賃金とは?法規制について解説!【上場審査準備】」
について、詳しくご解説します。
はじめに
割増賃金自体は誰もが知っている制度ですが、その内容は複雑で、誤った理解による違法な運用となっている可能性もあります。割増賃金の計算やその支払対象の理解が誤っていると未払賃金が発生することになり、上場審査に大きな影響を及ぼします。
そのため、上場審査に向けて労務管理を見直す際には、割増賃金の制度をよく理解したうえで見直しを行うことが必要です。
割増賃金の計算方法
割増賃金とは?
労働基準法(以下、「法」といいます。)では、使用者が、労働者に時間外労働、休日労働、深夜労働を行わせた場合は、法令で定める割増率以上の率で算定した割増賃金を支払わなければならないことが定められています(法37条)。
詳しくは、36協定、変形労働時間制・フレックスタイム制、みなし労働時間制などについて解説しています、労働時間に関する法規制とポイント【上場審査準備】の記事をご参照ください。
割増率
割増率は、時間外労働、休日労働、深夜労働でそれぞれ異なります。また、割増賃金の支払対象者もどのような労働時間制で労働しているのかによって異なるので、この点には注意が必要です。
まず、時間外労働における割増率は、25%と定められています(法37条1項本文、割増賃金令)。
もっとも、1か月の時間外労働の合計が60時間を超えた場合、その超過部分の割増率については、50%となります(法37条1項ただし書)*。
具体例として、1時間あたり2,000円の賃金で働くXさんが、ある月に70時間の時間外労働をした場合を想定すると、60時間までの割増率は25%(500円)、60時間から70時間までの割増率は50%(1,000円)となります。結果として、この月のXさんの時間外労働に対しては、
の賃金を支払うことになります。
なお、法37条1項ただし書によって引き上げられた割増賃金部分(つまり、50%-25%=25%の部分)については、労使協定により有給の代替休暇を与えることができる旨を定めたうえで、実際に労働者がこの休暇を取得した場合には、この割増賃金部分を支払わないということもできます(法37条3項、労働基準法施行規則〔以下、「規則」といいます。〕19条の2)。
次に、休日労働における割増率は、35%と定められています(法37条1項本文、割増賃金令)。
また、深夜労働(午後10時から午前5時までの時間帯の労働)における割増率は、25%と定められています法37条4項)。
①時間外労働と深夜労働とが重複した場合や、
②休日労働と深夜労働とが重複した場合には、
割増率は合算されることになります(規則20条)。
つまり、
①の場合には、50%(月60時間を超える時間外労働の場合には75%)以上の割増賃金を、
②の場合には、60%以上の割増賃金を支払わなければなりません。
*中小企業への法37条1項ただし書の適用については、2023年4月1日までは猶予されています(法138条参照)。
割増賃金の基礎となる賃金
割増賃金は、1時間あたりの賃金を基礎に算定されるため(規則19条1項)、まずは1時間あたりの賃金を算出する必要があります。
月給制の場合は、月の基本給を、月の所定労働時間数(月によって所定労働時間数が異なる場合には、1年間における1か月の平均所定労働時間数)で除した金額が算定の基礎となります。
具体的には、月の基本給が300,000円、年間の所定休日数が140日、1日の所定労働時間が8時間である場合を想定すると、
①まず、1年を365日として、そこから年間の所定休日数(140日)を引くと、年間の所定労 働日数(225日)が出ます。そこに1日の所定労働時間数(8時間)を乗じ、更に、それを12か月で除すると、1年間における1か月の平均所定労働時間数(150時間)が算出されます。
②次に、月の基本給(300,000円)を、①で出した1年間における1か月の平均所定労働時間数(150時間)で除すると、1時間あたりの賃金(2,000円)が算出されます。
これが割増賃金の算定基礎となります。
日給制の場合は、日の基本給を、1日の所定労働時間数(日によって所定労働時間数が異なる場合には、1週間における1日の平均所定労働時間数)で除した金額が算定の基礎となり、年俸制の場合は、年俸の12分の1を基本給として、月給制の場合と同様に算出します。
ここで注意が必要なのは、年俸制の場合、年俸の分割方法がどのようなものであれ、12分の1を基本給として計算しなければならないということです。年俸の分割方法は、契約によってさまざまありますが、その分割された額を基礎とするわけではありません。例えば、契約内容が、「年俸を14分割したうえで、12回分を各月に支払い、残りの2回分は7月に支払う。」というものであっても、割増賃金の算定基礎を計算するときには、年俸の12分の1を基本給としなければなりません。
なお、家族手当や通勤手当、住宅手当などは、労働と直接的な関係が薄く、個人的な事情に基づいて支給されるものであることから、これらは割増賃金の基礎となる賃金から除外することができます(法37条5項、規則21条)。
割増賃金の支払対象
時間外労働、休日労働、深夜労働の割増賃金は、全ての労働者に支払わなければならないわけではありません。
みなし労働時間制の下で労働している者は、実労働時間にかかわらず、所定の時間労働したものとみなされるため(法38条の2から4)、基本的に、時間外労働に対する割増賃金の支払対象とはなりません。もっとも、そもそも、所定のみなし労働時間が法定労働時間(8時間)を超える時間に設定されている場合(たとえば、9時間)には、その分は割増賃金の支払対象となります。
次に、後述する管理監督者は、自分の労働時間を自分で決定できることや、その地位に応じた高い待遇を受けられるため、労働時間規制を適用するのが不適当と考えられていることから、時間外労働や休日労働をした場合でも割増賃金の支払対象とはなりません(法41条2号)。もっとも、深夜労働については割増賃金の支払対象となるので、その点には注意が必要です。
これまで説明してきた、割増率と割増賃金の支払対象を次の表にまとめました。
時間外労働 | 休日労働 | 深夜労働 | |
---|---|---|---|
割増率 | 25%以上(※) | 35%以上 | 25%以上 |
下記以外の者 | 〇 | 〇 | 〇 |
みなし労働時間制 | ✕ | 〇 | 〇 |
管理監督者 | ✕ | ✕ | 〇 |
※時間外労働については、月60時間を超えた場合、その超過部分の割増率は50%以上
対象時間の端数処理
使用者は、以上の割増率と時間外労働、休日労働、深夜労働の時間数をもとに割増賃金を支払うことになります。各時間数を1分単位で計算すると事務処理が煩雑になりますが、労働時間は日ごとに1分単位で適正に把握する必要があるので、日ごとの集計を15分や30分単位で切り捨てることはできません。しかし、1か月における時間外労働、休日労働、深夜労働の各時間数の合計に1時間未満の端数がある場合、30分未満の端数を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げる処理をすることは、常に労働者の不利となるものではないため違法とはならないと通達されています(昭和63年3月14日基発第150号)。
もっとも、ここで注意が必要なのは、簡素化が認められているのはあくまで1か月単位での端数処理であり、1日単位や1週間単位での端数処理は認められていません。この点を誤解しないように注意する必要があります。
固定残業代制度
上記のような時間外労働等における労働時間管理の煩雑さを回避するため、割増賃金を定額で支払うという、いわゆる「固定残業代制度」を設けている企業もあります。この制度は、営業職など、ある程度の残業が発生することが見込まれるが、その残業時間の把握が困難である労働者を対象に利用されることが多いです。
この制度は、法律上に根拠があるわけではありませんが、判例において、一定の要件を満たしていれば適法であるとされています(最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決など)。
その要件としては、次の2つがあると考えられています。
② 割増賃金にあたる部分が法定計算額以上でなければならないこと
要件①については、使用者が固定残業代とした賃金部分が、果たして「割増賃金にあたる部分」といえるのか、つまり、その賃金部分が割増賃金として支払われたものといえるのかが問題となります。この点については、使用者としては、通常の労働時間の賃金に相当する部分と割増賃金にあたる部分とを明確に判別することができるように、契約書や就業規則などに明記しておく必要があります。
具体的には、「月給35万円(固定残業代も含む)」という記載だけでは、何時間分の残業で残業代がいくらなのかが不明なため、要件①を満たしているとはいえません。「月給35万円(20時間分の固定残業代5万円を含む)」というように、具体的に残業時間と残業代を明記することが必要になります。
要件②については、通常の割増賃金の計算で算出される額より少ない固定残業代では足りないことはもちろん、仮に、実際の残業時間が固定残業時間を超えた場合には、その超過分を別途支払わなければならないことを意味します。このような差額の支払いについても契約書や就業規則などで明記しておく必要があります。
割増賃金制度の不十分な理解、従業員の残業実態の不十分な検証のまま固定額を設定してしまうと、従業員が実際に勤務した時間に基づく割増賃金の方が固定額より高額になり、未払賃金が発生することとなってしまいます。そのため、固定残業代制度を利用する場合には、この点について十分注意する必要があります。
管理監督者
割増賃金の問題に関しては、「管理監督者」の該当性を正確に理解し、適切な認定ができているかという点も重要なポイントとなります。
労働基準法上、「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)は、時間外労働や休日労働をした場合でも割増賃金の支払対象になりません(法41条2号)。もっとも、深夜労働については割増賃金の支払対象になります。
管理監督者の該当性に関しては、本来管理監督者とはいえない者についても管理監督者として扱い、割増賃金を支払わないという、いわゆる「名ばかり管理職」が社会的な問題となりました。
前述したとおり、管理監督者は、自分の労働時間を自分で決定できることや、その地位に応じた高い待遇を受けられることから、法律上特別の扱いがされています。そのため、部長や課長といった役職名が与えられていても、実際には、自らの裁量で行使できる権限が限られていたり、賃金や手当などの面で一般の従業員と同等の待遇である場合には、法律上、管理監督者には当たりません。管理監督者の該当性は、使用者が付与した役職名などの形式的・主観的な事情によるのではなく、その労働者の勤務実態に則して、実質的かつ客観的に判断しなければなりません。
具体的には、次の3つの点を考慮して判断することになります。
② 勤務態様として自らの勤務時間を自主的・裁量的に決定しているか
③ 賃金・手当等の面でその地位にふさわしい待遇を受けているか
①については、使用者と一体的な立場で業務を行うということから、使用者から管理監督や指揮命令における一定の権限が与えられていることが管理監督者性を肯定する要素となります。一方で、部長や課長といった肩書があったとしても、多くの事案で上司の決裁が必要であったり、単に上司の命令を部下に伝達するに過ぎない立場であった場合には、管理監督者性が否定されることになります。
②については、経営上の判断やその対応の必要性から、出退勤時間が厳密には定められておらず、自らの裁量に任されていることなどは、管理監督者性を肯定する要素となります。一方で、出退勤時間が一般の労働者と大して変わらないことや、遅刻や早退があった場合には給料や賞与が減額されることなどは、管理監督者性を否定する要素となります。
③については、時間外手当の代わりに管理職手当や責任手当として、その地位に相応しい支給があることなどは、管理監督者性を肯定する要素となります。一方で、給料などの待遇が、一般の労働者と比較してもそれほど高いといえないことなどは、管理監督者性を否定する要素となります。
なお、飲食店などにおける「名ばかり管理職」が社会的な問題となったことから、厚生労働省労働基準局長から、「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」という通達がなされ、管理監督者の該当性について詳細な判断要素(管理監督者性を否定する要素)が示されています。株式の上場を目指す企業としては、上場申請の前に、管理監督者の認定が適切にできているかどうか、上記の通達に示されている判断要素に沿って改めて確認しておくことが良いでしょう。
おわりに
ここまで説明してきたとおり、割増賃金の制度は、その規制が細かく、意図せず誤った運用となってしまっているおそれもあります。そのため、株式の上場に向けた準備の過程で割増賃金の問題も含めた未払賃金の有無を確認するにあたっては、割増賃金の制度を改めて確認したうえで、その内容を十分に理解しておくことが重要でしょう。
また、割増賃金が適切に支払えているかどうかは、その前提として、適切に労働時間を管理できているかどうかということも重要になってきますので、労働時間規制についてまとめた記事も参考にしてください。
【関連記事】
上場審査にむけた労務管理のポイントと注意点
労働時間に関する法規制とポイント【上場審査準備】
IPOスケジュール~上場準備開始から上場日までのスケジュール~
直法律事務所では、IPO(上場準備)、上場後のサポートを行っております。お気軽にご相談ください。
ご面談でのアドバイスは当事務所のクライアントからのご紹介の場合には無料となっておりますが、別途レポート(有料)をご希望の場合は面談時にお見積り致します。