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IPOに備えた契約書の書き方のルールと注意点とは?


澤田直彦

監修弁護士:澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 代表弁護士

IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。
本記事では、
「IPOに備えた契約書の書き方のルールと注意点とは?」
について、詳しくご解説します。

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契約書作成に際して

一般に、契約書は、相手から提示されるのを待つのではなく、多少の手間がかかっても、自ら作成して交渉の主導権を握る方が、円滑かつ有利に取引を行うことができます。
というのも、これから上場を目指す会社は、一般に、多くの局面において、既に上場している会社等より立場が弱いといえますが、契約書において明確になっていない事項に関してトラブルが起こった場合、立場の弱い方の企業は、交渉力等の格差により泣き寝入りさせられるリスクがあります。また、国際取引の場合、お互いに自社に有利な契約書を送り合い、最後に送った方の契約書が採用される事(Battle of Formsなどと呼ばれる)が往々にしてあります。更に、日本の民法や商法の条文の多くは任意規定であり、当事者が条文の内容とは異なる内容の契約条件を合意によって決める途が残されています。契約書の雛型や他社の契約書実例をそのまま引用する事は、手間やコストがかからない反面、自社の業種や当該取引固有の特徴を反映したものとならない為、自社に最適な契約内容とはなりません。

営業部門と管理部門が連携をとって、管理部門が中心となって取引内容を踏まえて想定されるリスクを検討し、営業部門が中心となって当該検討結果に基づいた交渉を行い、契約書を作成すると良いでしょう。

外部弁護士に契約書の作成を依頼する場合にも、丸投げではなく、当該取引固有の内容、当該取引の背景・経緯、当該取引により達成したい会社の最終的な目標、ここだけは譲れないという最低条件等を伝え、綿密に打ち合わせをして、作成するようにしましょう。

契約書の例(簡易テンプレートと解説)

契約書に、法的な意味で、書き方の正解はありません。「このように書かなければ法的に無効である」等のような書式の縛りはなく、また、どんな紙に書いても構いません。
但し、契約書は何のために作成するのかを考えると、契約書は、当事者の合意した内容を書面として第三者にも分かるように可視化し、未然にトラブルを防ぐと共に、トラブル発生時には証拠として機能させて、二次的トラブルを防止し、円滑に取引を行う為にあります。
そのため、当該取引において想定されるシナリオ・トラブルを具体的にイメージした上で、裁判所等の第三者が正しく理解できるように一義的に明確な文言で作成することが重要です。
また、民法や商法に「これだけは最低守りなさい」という趣旨で定められた強行規定に違反した内容の契約の文言は無効になりますから、その点についても注意が必要です。民法や商法の条文のうち、何が強行規定で何が任意規定かは、文言上明らかでなく、判例を見ないとわからないものもありますから、弁護士に確認を取るのが良いでしょう。

契約書作成マニュアルとして基本をまとめた記事もございますのでご参照ください。
【法務担当者が一人でできる!】契約書作成マニュアル~自社を守るために~


●契約書例

契約書のタイトル「〇〇契約書」

前文 「株式会社〇〇(以下、単に甲という)と、▽▽有限会社は、本日、次のとおり、契約を締結した。」
⇧前文には、契約当事者が誰なのか等を明らかにする機能があります。
本文
第1条(目的) 「この契約は、甲乙間で締結されるすべての商品売買契約(以下、個別契約という)につき共通に適用されるものとする。…」
⇧契約の目的を明らかにしておくと、その目的に沿うように契約を第三者に解釈してもらいやすくなります。
第2条(定義規定) 「この契約において、〇〇とは、〇〇〇〇をいう。…」
⇧第三者が契約書を見て正しく理解できるように、用語は統一し、定義規定を置き、「等」は多用しないようにしましょう。

第4条(製品の引渡) 「甲は、自己の費用負担で、令和〇年〇月〇日に、乙の指定する場所において製品を乙に引き渡す…」
⇧製品の引渡が債務の目的になっている場合、運送費は誰が負担するかまで決めておくと、事後的トラブルを防止できます。
第5条(代金の支払い) 「乙は甲に対し、〇〇の代金として金〇〇円を令和〇年〇月〇日限り、〇〇銀行〇〇口座に振り込む形で、支払う。…」
⇧代金の支払いが債務の目的になっている場合、代金の金額や支払方法まで決めておくと良いでしょう。製品の引渡と代金の支払いが双務契約における各債務の目的になっている場合、その何れが先に履行すべき債務か、後に争いにならないように明らかにしておきましょう。
第6条(費用の負担) 「本契約作成に要する費用は甲乙折半とする。〇に要する費用は甲の負担、▽▽に要する登録免許税その他申請費用は乙の負担とする…」
⇧費用の負担は細かく具体的に決めておきましょう。
第7条(契約解除) 「甲において本契約又は個別契約の各条項の全部又は一部に違反した時、又は、甲の事業の継続が困難であると認められる客観的事由が生じた時は、乙はなんらの催告の手続を要せず本契約を解除し、…」
⇧契約の解除権は民法等の法律で定められた法定解除権のほかに、当事者の合意で解除権を発生させることができる約定解除権もありますので、約定解除権を発生させたい場合は、定めておきましょう。
第8条(担保提供) 「乙は、本契約及び個別契約に基づき甲に対して負担する一切の債務につき、担保を提供しなければならない。担保設定契約は別に定める。…」
⇧金銭支払いの義務が相手方にあっても、相手方の資力が乏しければ、泣き寝入りする虞もあります。確実に債権を回収する為には、担保提供の定めを置いておくことが賢明です。
第9条(連帯保証) 「連帯保証人星丙助(以下、単に丙という)は、乙が甲に対し、本契約に基づき負担する債務を保証し、乙と連帯して履行する責任を負う。…」
⇧連帯保証と担保提供は共に確実に債権を回収するという目的に基づくものなので、どちらか一方のみで十分な場合もあります。相手方に過度な負担とならないよう心掛けながら、必要十分な範囲で定めておきましょう。
第10条(表明保証条項) 「甲は、乙に対し、本契約締結日及び個別契約締結日において、以下の各号に記載の事項が真実かつ正確である事を表明し、かつ保証する。
⑴ 甲は、日本の法律に基づき適法に設立され、有効に存在している株式会社であること。
⑵ 知的財産権(使用する商標等)について、権利侵害等の主張を受けたことがないこと。
⑶ 訴訟等の当事者になっていないこと。…」
⇧ライセンス契約やM&Aの場合、譲り受ける権利や会社に隠れた問題まで付随的に引き受けてしまうことにならないように、相手方が目的物の権利等について正当な権利を有している事等について予め保証させ、後に問題が生じた場合は損害賠償請求できるように定めておくことが多いです。

第12条(期限の利益の喪失) 「乙において次の各号の一に該当した時は、乙は甲より何らの催告を受けることなく、この契約及び個別契約により生ずる甲に対する一切の債務につき支払期限の利益を失う…。」
⇧期限の利益の喪失とは、例えば、代金の支払期限が本来は4月3日のはずですが、相手方に何らかの約束違反があった場合に、4月1日の時点でも代金を支払うよう請求できるようになる、ということです。相手方が4月2日に夜逃げしてしまうかもしれないと思った場合でも、期限の利益の喪失が認められれば、4月1日の段階で請求できる、というメリットがあります。
第13条(不可抗力免責等) 「この契約に定める甲の債務履行が、次に定める事由により全部若しくは一部が遅延し又は不能となった場合には、それによる損害について、甲はその責に任じない。
⑴ 戦争、内乱、…
⑵ 台風、地震、感染症の拡大…」
⇧両当事者が全く予期していなかったトラブルにより、債務が履行できなくなる場合もありますから、慎重に、良く話し合って、定めておきましょう。
第14条(有効期間) 「この契約の有効期間は、令和〇年〇月〇日より〇年とする。…」
⇧有効期間、自動更新の有無等も、見落としがちですが、決めておきましょう。
第15条(合意管轄) 「甲乙は、この契約及び個別契約に関する一切の訴訟については、〇〇地方裁判所を管轄裁判所とする。」
⇧トラブルが裁判に発展してしまった場合、当事者の合意によって、任意の裁判所(例えば、自社の本社に近くて行きやすい裁判所)に指定することができます。法律によって定められる裁判所(例えば、被告の本社がある土地を管轄する裁判所)とセットで合意管轄を定める事もできますし、法定管轄を排除して合意管轄だけ有効とする、という合意にする事もできます。
第16条(契約条項の変更) 「この契約条項の変更は、甲乙の記名捺印ある書面によってのみなされるものとする。」
⇧不可抗力事由の発生のように、何らかの事情変更がある可能性は否めませんから、事情変更が生じた時に相手方が勝手に契約書を変更できないように、このような条項は必ず定めておきましょう。
第17条(誠意協議条項) 「この契約に定めのない事項その他この契約に関し生じた疑義については、甲乙は誠意をもって協議のうえ決定し、誠意をもって円満解決に努めるものとする。」
⇧相手方が交渉力の優位性を用いて勝手に契約を解釈してしまうことを防ぐ為には有用な条項です。

後文 「本契約書は2通作成のうえ、甲、乙各1通宛保有する。」
⇧一方当事者による契約書の紛失や偽造のリスクを防止する為の文言です。
日付 「令和〇年〇月〇日」
⇧契約書の作成日を記載します。基本的に契約書の作成日が契約の合意日と看做されます。

記名捺印 「甲 住所 東京都〇〇区〇〇〇〇
株式会社〇〇 代表取締役 林 甲太郎 印
乙 住所 北海道〇〇市〇〇〇〇
▽▽有限会社 代表取締役 滝 乙実 印」

IPO審査において確認される契約内容上の問題とは?

IPOの引受審査においては、上場申請会社が取引上使用する契約について、以下の点について審査させることが多いです。

  • 法令に違反する規定の存否。
  • 契約の有効期間が満了していないか否か。
  • 債務不履行時事由はないか。
  • 上場申請会社の業務活動を不合理に拘束する規定はないか。
  • 契約の内容が上場申請会社の取引実態および会計処理と適合しているか。
  • 競業禁止規定など上場申請会社の事業活動を制約する規定が存在しないか。
  • 知的財産権が適切に確保される規定になっているか。


以上については、普段の取引活動において契約書を作成する上で、特に意識をされた方がいいでしょう。

国際取引における留意点とは?

国際取引において多く用いられる英文契約では、英米法がベースとなる事が多い為、国内契約にはない特殊な条項や考え方も出てきます。

国内契約にはない考え方としては、
例えば、英国法の場合、契約条件の全てが合意された時にはじめて契約が成立するとされ、「to be agreed later」等の文言で記載された未決条項がある場合、殆どの場合、その契約は未成立と解されてしまいます。また、日本では、信頼関係が既に構築された者との取引等では、契約書なしで取引する事も多いですが、英米では、契約書に記載されている事が全てです。口約束で終わらせている事項がないか、暗黙の了解にはなっているが契約書への記載漏れとなっている事項がないか、確認する必要があります。

国内契約にはない条項としては、
例えば、国内取引の場合、その取引が裁判になった時にどの国の裁判所が裁判を引き受けるかは問題になりませんが、国際取引においては問題になります。その為、国際管轄を決める条項が新たに必要となります。また、売買契約の場合、ウィーン売買条約(全101条からなる、契約や損害賠償の基本的な原則を定めた条約)やインコタームズ(国際商業会議所(ICC)が貿易取引における費用負担・範囲などの取引条件を定めた国際規則)が適用される場合があります。その為、条項を設けてこれらの適用を意図的に排除するのか等について決める必要が生じます。更に、相手国の法律が使われるのか、それとも日本法が適用されるのかという、準拠法に関する問題も浮上する為、準拠法に関する条項も必要となります。

また、国際取引においては、裁判の他に仲裁も多く行われています。
というのも、外国の裁判所が判決を出しても、それが債務者の国では執行されない場合があるからです。一方、仲裁では、そのようなリスクを考えずに執行できます。また、アメリカ等、陪審制度を設けている法域で裁判という紛争解決手段を選択すると、一般市民の中から選ばれた陪審員が事実認定等を行う為、外国企業に対する偏見から不平等な判断が行われたり、複雑な事件を十分理解できないまま不適切な判断がなされたりするリスクがあります。その為、契約書において、陪審放棄条項(「当事者は、陪審による事実審理を受ける権利を、撤回不能かつ無条件で、適用される法によって許諾される最大限度まで、放棄する。」)を設けたり、仲裁条項を設けたりすることも、ひとつの手です(もっとも、米国カリフォルニア州では、契約上の陪審放棄条項を無効とされるリスクがあるので、かかるリスクのある法域では、陪審放棄条項ではなく仲裁条項を用いる必要があります)。

紛争を回避する為にも、専門の弁護士の協力を得ながら、国内の契約書より意識的に詳細かつ明確な規定を設けることが必要です。

契約締結後

契約締結後も、事情変更による契約内容の変更が必要になる場合も考えられますから、事後管理体制の構築が必要です。
例えば、契約書を単に締結日の順に契約書ファイルに綴じ込んでそのまま放置していると、年数が経過して契約書ファイルが何十冊にも増えた後で、その契約書ファイルの中に、既に失効している契約書と未だ有効な契約書が混在している状況となり、管理が行き届かなくなりがちです。ですが、契約は、締結すれば終わりという訳ではなく、
「時効はいつか」「自動更新日が迫っていないか」等の期限の管理、
「来週別の会社と締結する似た製品に関する契約と何らかの形で抵触しないか」等の他契約との関係の管理、
「契約担当者が変わった場合、引き継ぐ事が何かないか」等の人事の管理、
「契約締結時は大丈夫だったが、その後相手方が反社会的勢力と絡んでいる情報はないか」「法律が改正された事による影響はないか」等の情報の管理、
等、様々な面から定期的にチェックする事が必要です。その為、当該契約に関する担当チームは定期的に会合を開いたり、パソコン内で情報を共有し合う等、事後管理体制の構築を工夫しましょう。

契約締結後、やむを得ずトラブルに発展してしまった場合、
まず、契約書の条項に基づいて解決できないか、方法を探る事が大切です。当該トラブルについて記載した条項が見当たらない場合は、協議条項に基づいて協議し、新たに合意した事は、覚書を作成するなど、契約条項に追加する形で、しっかりと書面化しておきましょう。


解決に当たって金銭を支払う必要が生じる事もあるでしょう。
そのような場合、合意書に清算条項(当該合意内容以外に当事者間に債権債務がない事を相互に確認する条項)が規定されていなければ、せっかく相手方に支払っても、事後的に追加の賠償請求を受けるリスクがあります。清算条項は必ず入れて、事後的なトラブルを防ぎましょう。

また、トラブル時は、気を緩めず、自社に不利な情報をつい漏らして、相手方にそれを録音され、証拠化される、といった事がないようにしましょう。


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