1. ホーム
  2. 不動産

賃料を上げたい大家必見!家賃値上げの正当理由と交渉術

Q
私は会社員時代から不動産投資を始め、退職後の現在は専業大家として暮らしています。
所有するアパートとマンションの家賃は10年間据え置いてきましたが、正直赤字になりそうで値上げを検討中です。
ただ、値上げをしたら入居者とトラブルにならないか心配で、なかなか踏み切れずにいます。
家賃を値上げする法的根拠や交渉のコツ、具体的な手続きについて教えてください。トラブルを避けるための対応策も教えていただけると助かります。

A
家賃の引き上げ・引き下げについて、賃貸借の当事者間で話し合い、合意することができれば家賃の増減が可能です。
しかし、相互の利害が対立するため、話し合いの解決が難しい場合も多々あります。

そこで、借地借家法は賃料増減額請求請求権を当事者に認めています。
賃料増減額請求は、原則として、税金が上がった、周辺賃料からあまりにかけ離れているなど経済的事情の変動があるときに限って行使できます。
ただ、実際の裁判例では、「賃貸借契約を締結した当初は親がオーナーだったのに、後でオーナーチェンジが起きた」など、賃貸借契約を締結した当初とは事情が変わったなどの当事者間の事情の変更により家賃が引き上げられる事例もあります。

賃料増減額請求をした場合、意思表示が相手方に到達することにより効力が発生します。
しかし、相手方が請求されたとおりに賃料を払うことに納得しないことも多々あります。
このような場合、話し合いで解決しなければ、調停・裁判で、賃料増減額請求で求めた賃料が適正な賃料であったかを確認しなくてはいけません。

この記事では、調停・裁判において家賃の引き上げ、引き下げが認められた事例や、事前準備のポイントについて解説します。


澤田直彦

監修弁護士:澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 
代表弁護士

IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。
本記事では、
「賃料を上げたい大家必見!家賃値上げの正当理由と交渉術」
について、詳しくご説明します。

弁護士のプロフィール紹介はこちら直法律事務所の概要はこちら

\初回30分無料/

【初回30分無料】お問い合わせはこちら成功事例つき!賃料増額請求ガイド【無料DL】

当事務所では、LINEでのお問い合わせも受け付けております。お気軽にご相談ください。
登録はこちらから

友だち追加

総務省によれば、2025年1月分の消費者物価指数は111.22(2020年の消費者物価指数を100とした場合)にも達するなど、物価の上昇が続いています。
このような背景があるため、家賃の値上げに動く不動産オーナーが増えているのも実情です。
しかし、家賃の値上げは入居者の利益を害する可能性があるためむやみに行うことはできません。
そこで本記事では、家賃値上げ交渉をどのように行うべきか、法的根拠や過去の事例に触れつつ解説します。

家賃値上げの法的根拠と判断基準

02

不動産の賃貸借契約は、長期間の契約関係が継続することも多く、当事者間で当初の契約で定めた賃料額が、その後の経済的事情や社会情勢の変動により高すぎたり安すぎる状態になり、その賃料のまま賃貸借を継続しなければいけない状態となると当事者間に不公平になったり、当事者の意思に沿わない事態になりかねません。

そこで、借地借家法32条1項は、契約締結時に前提とした事情が大きく変化して、契約の拘束力を及ぼすことが当事者の公平に反する結果となるような場合に、建物の賃貸借契約の一方の当事者から、相手当事者に対し、一方的な意思表示をすることで賃料を増減できる権利を認めました。

ここでは、根拠となる条文である借地借家法第32条を中心に、どのような場合に賃料の引き上げ交渉ができるのか、具体的な増減額の計算方法や裁判例にも触れながら解説します。

「不相当となったとき」の判断要素

家賃値上げの法的根拠となる条文として、借地借家法第32条が挙げられます。

借地借家法(借賃増減請求権)
第三十二条
建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。

つまり、以下に例示するような「客観的かつ経済的な変動」が原因で従来の賃料の維持が難しくなった場合は、家賃を引き上げる交渉ができるという意味です。

  • 固定資産税など税金が上がった
  • 土地や建物自体の価値が上がった
  • 近隣にある同程度の建物(例:同スペックのマンション)の賃料が上がった

ただし、判例ではこれら例示のような「客観的かつ経済的な変動」だけでなく、それ以外の要因を含めて賃料交渉ができるという判断が下されました。

最高裁平成15年10月21日民集57巻9号1213頁
賃料減額請求の当否の判断に当たっては、借地借家法第32条1項所定の諸事情に加え、賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他の事情を総合的に考慮すべきである。

例えば「事業が軌道に乗るまでは相場より賃料を安くする」という条件を借主と結び、不動産を貸した場合を考えてみましょう。
この場合、事業が軌道に乗り、周辺の相場と同じ位の家賃を払えるようになったら、貸主は賃料の引き上げを交渉する余地が出てくるということです。

賃料増減額の算定方法

賃料増減額請求をする場合、妥当と思われる賃料(=相当賃料)を請求する必要があるため、これを計算しなくてはいけません。
ここでは、裁判所や実務で用いられる主要な4つの計算方法について、特徴や適用場面について解説します。

  • 差額配分法
  • 利回り法
  • スライド法
  • 賃貸事例比較法

「差額配分法」とは、対象不動産の経済価値に即応した適正な賃料と実際の賃料との差額を算出し、その差額について契約内容や契約締結の経緯等を総合的に勘案して賃貸人に帰属すべきと判断される額を従前の賃料に加算する方法です。
この手法による場合、適正な賃料を算出するために別の方法を用いる必要があるため補助的な計算方法といえます。
また、賃貸人等に帰属すべき部分の判定基準が明確でなく、判定根拠がブラックボックス化しやすいという問題があります。

「利回り法」は、実際の賃料を不動産価格の変動にあわせて変動させるという考え方にもとづく算定方法です。
具体的には、基礎価格(対象不動産の有する経済価値を示す価格)に継続賃料利回り(不動産の純収益が占める不動産の額に対する割合)を乗じて得た額に必要諸経費等を加算して求める手法です。
過去に決めた賃料を利回り換算する簡単な式であり、各種利回り水準と比較しやすいのがメリットです。
しかし、継続賃料利回りの査定については不動産鑑定士の裁量による部分が大きいため判断に差がでやすい点や、不動産価格が急に変動した場合、賃料が大幅に跳ね上がる可能性があるなどデメリットがあります。

「スライド法」とは、直近合意時点現在の純賃料(賃料から必要経費を差し引いた残りの金額)に変動率(消費者物価指数や国民総生産などを使う)をかけ、必要経費を加算して適正賃料を計算する方法です。
経済事情が変化し、現行の賃料の維持が難しい場合に変動分を増額させるという考え方が反映されています。
「現行の賃料×変動率」もしくは「(現行賃料-現行賃料設定時点の必要諸経費)×変動率+改正時点の必要諸経費」で適正賃料が計算可能です。
経済事情の変動を反映するという意味で借地借家法の趣旨に沿う方法と言えます。
ただし、そもそも現在の賃料が周辺相場より低いなどの場合には、個別事情を反映させにくい方法であるのも事実です。
また、変動率として何を使うかによっても、得られる結果が異なるというデメリットがあります。

「賃貸事例比較法」とは、近隣の条件が似通っている賃貸物件を参考にして現時点での賃料を決める方法です。
複雑な計算がいらない反面、周囲に類似する賃貸物件がなければ使えません。

このように、賃貸事例比較法やスライド法は客観的・経済的要素の強い試算方法であるのに対し、差額配分法は、客観的・経済的要素に加え、契約内容や契約締結時の経緯等も含めて総合的に考慮して相当賃料を求める手法です。
そのため、個別的事情を考慮すべき事案では差額配分法を用いることが考えられます。

裁判例に見る賃料増減額の判断基準

裁判では賃料増減額の扱いについてどのような判断がなされているのか、過去の裁判例から確認してみましょう。

大阪高判平成20年4月30日判タ1287号234頁
● 建物賃借人(借手)が他のビルから転居してきた際に「事業が軌道に乗るまでは低額な賃料で」という契約で入居した
● その後事業は軌道に乗ったため賃貸人(貸手)は賃料の引き上げ請求をした
● 継続賃料の評価にあたり賃貸事例比較法を重視するのでは相当でないという判断がなされた
● 差額配分法、スライド法、利回り法をほぼ均等に考慮するとともに、契約当時の賃料を定めた経緯も相当賃料額を求める際に考慮すべきという判断を示した
東京地判平成29年4月26日(個別的事情が強い事案での差額配分法重視の判断)
● 法人がその代表者が有する土地建物を借りていた
● しかし代表者が浪費をしたので処分として賃料を減額した
● 賃料が決まった経緯について個別的事情が強かったため、差額配分法による試算を重視し相当賃料を算定した
東京地判令和2年11月5日(再開発完了による周辺環境好転を理由とした増額認容例)
● 賃料を決めた当時は再開発事業が進行中で周辺環境も劣悪だった
● そのため、再開発事業が完了し周辺環境が改善されたら再度賃料を見直すという契約が締結された
● その後再開発事業は無事完了し周辺環境も改善されたので、従前の賃料の維持が難しくなった

契約締結後の事情変更と家賃値上げの正当性

03

賃貸借契約に限らず、契約を締結した当初と事情が変われば、契約内容自体を見直すべき局面は訪れます。
賃貸借契約の場合も、改装や改修により建物が使いやすくなったなど当初の事情から変化があれば、家賃を値上げするのが妥当と判断されてもおかしくありません。
ここでは、賃貸に出している物件について改装や改修が行われた場合、どのように賃料に影響が及ぶのかについて詳しく解説します。

賃貸人による物件改装と家賃値上げ

まず、賃貸人が賃貸契約を結んだ後に物件を改装した場合、改装費用を負担したという理由で賃借人に賃料の増額を求めることができるかについて解説します。
前提として、建物の修繕と改装は全く異なる概念です。

修繕:建物や設備に対し補修・交換工事を施し、建設当初の水準まで戻すために行う。イメージとしてはリフォームに近い

改装工事:建物や設備に対し、新たな付加価値を与えるために行う。イメージとしてはリノベーションに近い案

法律上、賃貸人は建物の修繕義務を負っています(民法606条1項)。
そのため、建物に対し工事を施したとしてもそれが「修繕」であったなら、直ちにその費用を賃料に転嫁させることはできません。
本来負うべき義務である以上、その費用を捻出するのを見込んで賃料を合意しているはずだからです。

一方、工事が「改装」であったなら、その費用は賃料に転嫁することが可能と考えられます。
そもそも改装は法律上義務付けられたものではないうえに、建物の価値を増大させるものであるため、ある程度は賃料に転嫁する余地があるためです。
以下において紹介する判例も、このような考え方に基づいています。

東京地判平成4年3月16日判タ811号223頁
● 賃貸人は建物を改装したことで従前の賃料が不相当になったため、賃料引き上げを求めた
● 裁判所は、賃料引き上げを認めるとともに、算定に当たっては改装費用も考慮すべきという判断を示した
● 同時に、鑑定人による改装費用を必要経費として考慮した場合の鑑定結果額と、考慮しない場合の鑑定結果額の差分を詳細に比較検討したうえで、結果の妥当性を認めた

賃借人による費用負担と家賃値上げ交渉

逆に、賃借人が改修・改装費用を負担した場合、そのことが家賃にどう影響するかについても解説します。

大阪地判平成元年12月25日判タ748号167頁は、建物の賃貸人が怠っていた修繕を、賃借人が自らの費用で行ったとしても、賃貸人からの賃料増額請求にあたり考慮すべき事項ではないとしました。
なお、賃借人が賃貸人の建物修繕義務(民法606条)の不履行を理由に、賃料増額請求を拒絶できるかどうかが問題となりますが、通説・裁判例は、賃貸人の修繕義務不履行は、その限りで一時的に賃料減額を認めることはできるものの、賃料の増額請求それ自体を否定すべき事情とはならないとしています。

また、東京地判平成15年8月25日は、賃借人が賃料減額請求をした事案ですが、賃借人が自らの費用でクラブ営業用に改装したことは、賃料増減請求において考慮されるべき事情ではないと判断しました。
なお、賃借人が修繕(改修)費用を負担した場合、それが賃貸人の負担に属する必要費であった場合は、賃貸人に直ちに償還請求ができると定められています(民法608条)。

契約当事者間の関係性と家賃値上げ

04

「親が所有者である不動産を、子が相場より安い賃料で借りる」というように、契約当事者同士が親子関係など特殊な関係性であれば一般的な相場より賃料が安くなることは珍しくありません。
しかし、何らかの理由で親が不動産を誰かに売却することも考えられます。
ここでは、契約者当事者間の関係の変化が家賃の値上げに及ぼす影響について解説します。

個人的関係に基づく家賃設定と関係変化

前述したように、借地借家法第32条では「客観的かつ経済的な変動」があることが、家賃額変更の交渉を行う条件であるとされています。
しかし、実際は「客観的かつ経済的な変動」だけでなく、さまざまな事情を勘案したうえで家賃の引き上げ・引き下げの交渉が行われているのも事実です。

最判平成5年11月26日裁集民170号679頁の事例を紹介します。

最判平成5年11月26日裁集民170号679頁
● 代表者を共通にする会社における土地の賃貸借について、賃借人から賃貸人への経済的援助という意味で相場より高めに賃料が定められていた
● その後、代表者の交代を経て、賃貸人と賃借人が緊密な関係ではなくなったため、従来の賃料が不合理ということで裁判に至った
● 「当初の賃料が当事者間の関係性を鑑みて決められたものであれば、事情に変更があった場合でも考慮するのが妥当」という旨の判決が示されている

また、最判平成15年10月21日でも同様の考え方が示されています。

最判平成15年10月21日の判例
● 賃料減額請求の当否は、借地借家法第32条1項所定の諸事情だけでなく、賃貸借契約の当事者が賃料額を決めるにあたって考慮した事情や諸般の事情を総合的に考慮すべき

いずれにしても、賃貸借契約を締結した当初と契約当事者間の関係性等の状況が変わった場合、それも「事情変更」の一つとして賃料増減請求の考慮要素となると考えましょう。

親族間または実質的同一人間での賃貸借からの当事者変更に伴う賃料増額請求

親族間で特殊な賃料設定がされていた物件の所有権が第三者に移転した場合、賃料の引き上げ交渉ができるのか、法的な判断について解説します。
「親がオーナー(賃貸人)だったビルを子ども(賃借人)が相場よりかなり安い賃料で借りていたが、オーナーチェンジをした際に新しいオーナー(親とは無関係の第三者)から賃料引き上げを要求された」という具体例を考えましょう。

このような場合の扱いについては、東京高判平成18年11月30日判タ1257号314頁が参考になります。

東京高判平成18年11月30日判タ1257号314頁
● 従前の賃料は適正な賃料額の半額以下であり、親族間取引を前提にした賃料水準であるため維持が難しい
● しかし、従前の経緯を考えるとただちに一般的水準まで増額させるのは相当でないため、その中庸値とするのが妥当

つまり「今までの賃料を維持するのは難しいが、事情が事情だけに一般的な相場と今までの賃料の間位の金額にする」という結論が出されました。
新しいオーナー(賃貸人)にとっては、前のオーナーの子どもが賃借人であるという事情は何ら関係ありません。
しかし、賃借人にとってはいきなり金額が大幅に引き上げられることになるのも酷であるため、中間をとっていると考えましょう。

一方、賃貸人と賃借人が実質的に同一であったが、当該個人の死亡により賃貸人と賃借人が他人同士となった事案では、他人間の賃貸借契約と同水準の賃料へ増額すべきとした裁判例があります。
法人の代表者が個人で所有する建物を法人が賃借している場合など、賃貸人と賃借人が実質的に同一といえる特殊な場合の判断を示した判例として、東京高判平成12年7月18日金商1097号3頁を紹介します。

東京高判平成12年7月18日金商1097号3頁
● 法人の代表者が個人として所有する建物を法人に貸していた
● しかし、その後法人の代表者は亡くなり、建物と法人は別々の人が相続した
● このような場合、他人間の賃貸借契約と同水準に至るまで賃料を調整しなくてはならない

この裁判例は、生前の「事実上同一人物が貸し借りをしている」状態から「借手と貸手が違う」状態に変化している以上、事情の変更があったものとして扱うのが妥当という考え方に基づいています。

このように、賃料増減額請求により不利益をうける当事者の保護をどこまで図るべきかについては、個々の事案における価値評価の問題であり、一概にはいえないと考えられます。

家賃値上げが認められる具体的事例

05

家賃を上げたいと争っても、すべての事例で家賃の値上げが認められるとは限りません。
そこでここでは、過去の裁判例から家賃の値上げが認められた具体的な事例を紹介しつつ、共通する要素を分析します。

経済事情の変動による賃料増額

借地借家法32条では、経済的な事情変化を理由とした建物の賃料の増額や減額を認めています。
条文上、以下の2つの条件を満たしている場合に請求することが認められます。

① 経済的な事情変更により、現在の賃料が適正額と比べて不相当となっていること
② 一定期間、賃料を増額しない旨の特約がないこと

特に①の、契約締結時の状況から経済的な事情が大きく変化していることが重要です。
また、②の賃料を増額しない特約があっても、例外的に賃料増額が認められるケースもあります。
従来通りの契約内容を無理に継続すると、当事者間の公平が害されるほどに事情が激変している場合、たとえ前回の合意から時間がそれほど経過していなくても、増額が認められる可能性が大きくなります。
このように、事情変更の有無が増額請求には大きなポイントとなります。

詳しくは、別記事「賃料増額請求における事情変更の法的根拠と実務ポイント」にて解説しておりますので、ぜひご参照ください。

建物改装による価値向上と賃料増額

賃貸人による建物改装と価値向上を理由に賃料増額請求が認められた事例として、東京地判平成4年3月16日判タ811号223頁が挙げられます。

東京地判平成4年3月16日判タ811号223頁
● 賃貸借開始後に賃貸人が建物を改装したことにより従前の賃料が不相当とし、額の引き上げを求めていた
● 建物は改装により価値が引き上げられるためその費用を賃料に転嫁する余地はあることから、本件の特殊事情として賃貸人が建物改装工事に要した費用も原則として考慮すべきという判断が示された
● 結果として、賃貸人による建物改装と価値向上を理由に賃料増額請求が認められた

契約当事者間の関係性変化による賃料増額

当事者間の特殊な関係性の変化を理由に賃料増額請求が認められた裁判例について紹介します。

東京地判平成29年3月27日
● 賃貸人Aは賃借人Bの父親であり、AはBに将来自身の会社を継がせる予定でいたため、自身の物件も相場より低廉な賃料で貸していた
● しかし、度重なるBの非行により、AとBの関係は悪化し、後継社長としての信頼も失われていった
● AはBに対し賃料の引き上げを求め、訴えを起こした結果「当初は親子関係が良好だったため低廉な賃料が適用されていたが、その後事情が大きく変化している」として、一定の賃料増額も認められた

家賃値下げが認められなかった事例

06

一方、賃料を上げたいと裁判を起こしたものの、実際には家賃値上げが認められない事例もありました。
ここでは裁判例を紹介するとともに、認められなかった事例に共通する要素を分析します。

賃借人の費用負担による改装を理由とする賃料減額の否認

賃借人が改修・改装費用を負担していることを理由とした、賃貸人による賃料増額や賃借人による賃料減額は認められないことが多いようです。
前述のとおり、大阪地判平成元年12月25日判タ748号167頁では、建物の賃貸人が怠っていた修繕について、賃借人が「改修」費用を負担したことは考慮要素とはならないとしています。
そもそも、修繕(改修)費用は建物に関する必要費として本来は賃貸人が負担すべきものです。 法律上も、賃借人が必要費である改修費用を負担したら、賃貸人はその費用を返還することになっています(民法608条)が、賃料の増額請求それ自体を否定すべき事情とはならないとしています。

また、東京地判平成15年8月25日は、賃借人が賃料減額請求をした事案ですが、賃借人が自らの費用でクラブ営業用に改装したことは、賃料増減請求において考慮されるべき事情ではないと判断しました。

賃借人の特性を考慮した賃料減額の否認

賃借人の特殊な事情や契約の背景を考慮して賃料減額請求が否認された事例として、東京地判平成17年4月26日を紹介します。

東京地判平成17年4月26日
● 賃貸人は借金を返済すべく、自分の所有地にビルを建て一棟貸しすることを計画していた
● 十分な返済をするためには地上7階・地下1階建てのビルを建てる必要があったが、事情を知った賃借人が「賃料は元の計画通りに払うから、自分の希望に合わせた建物を作ってほしい」旨申し出た
● 結果としてビルは地上3階・地下1階建てになったが、地上7階・地下1階分の賃料を賃借人が払うことになった
● その後、賃借人は賃料減額請求を求めたが、当初の合意賃料額等の条件は近隣の建物の賃料相場に基づいた賃料とは何ら関係ないという理由で認められなかった

共同事業的性質を持つ賃貸借契約

建物をホテルや商業施設として使う目的で貸していたなど、賃貸借契約が共同事業的性質を持つ場合の賃料増減額請求の特殊な扱いについての裁判例を紹介します。

東京地判平成27年1月26日判時2256号
● 賃借人は建物を借りてホテルを営んでいたが売上が減少したため、賃貸人に対して賃料減額請求を行った
● 判決では、賃貸借契約が共同事業的な側面を有しており、賃料額については当事者それぞれが事業の性質や内容、リスク等を踏まえて合意に至ったものであると指摘
● ホテルの売上が減り、賃料が過大になったとしても、このリスクを直ちに他方の当事者に転嫁させないのが当事者の基本的な意思に合致し、当事者間の衡平に繋がるとし、賃料減額請求を認めなかった

家賃値上げ交渉の実務的アプローチ

07

実務上、賃料の増額交渉は3つのステップで進めていきます。

  1. 賃料増額請求の根拠となる資料の準備
  2. 段階的な増額アプローチの検討
  3. 交渉難航時の法的対応の準備

それぞれ解説していきますが、賃料増額請求では賃借人から同意を得られないケースや、希望通りの増額に至らないケースも考えられます。
専門家からのアドバイスを受けながら、冷静な対応を心がけてください。

賃料増額請求の根拠となる資料の準備

賃料増額請求の根拠となる資料を示すことで、賃借人から理解を得る方法が挙げられます。
特に、公的機関や不動産業者、不動産鑑定士などの専門家が提供している資料によるものであれば、賃貸人の個人的な事情や適当な理由で増額を決めているわけではないことが伝わります。

資料の種類によっては宅建業者や不動産鑑定士などの専門家でも収集が難しいものもあります。
有効期限のある書類もあり、時間がかかりすぎると調停や訴訟のタイミングを逃し、賃貸人の不利益となってしまいますので注意してください。

賃料の算定方法は4つ(差額配分法、利回り法、スライド法、賃料事例比較法)ありました。
実務では、4つの算定方法のうち複数の方法を組み合わせ、調整した結果を示すことが多いです。
一定の割合を乗じた各方法の賃料の和を、10で除して算出し、最終的に「鑑定評価額」として示します。

借地借家法32条では、「租税等の負担の増減」「土地建物の価格の上昇その他経済事情の変動」「近傍同種の賃料相場との比較」という3点を賃料の賃料増額請求の理由として例示しています。

「租税等の負担の増減」「土地建物の価格の上昇その他経済事情の変動」では租税公課の変動を示す路線価図、固定資産税評価証明書などによって、前回賃料について合意した時点から経済的な事情が変動したことを示すことができれば、増額が必要な根拠を示すことが容易となります。
税金等は賃借人が直接負担するわけではないものの、維持コストが増えたと主張することで理解を得られやすいと考えられます。
修繕・改装工事や設備投資により物件の利便性・価値が向上したことを理由として、増額を主張することも考えられます。
「近傍同種の賃料相場との比較」による賃料増額請求となった場合には、宅建業者に現在募集をかけている物件の資料やチラシ、相場が分かるデータを用意してもらう方法が最も手軽です。

公的機関が発表している資料も中立性があり、交渉の場で使える資料となります。

1つ目は総務省統計局が出している消費者物価指数(CPI)であり、物価の変動を示す指標です。
従来の賃料が、物価上昇や物件の維持費にかかる費用に対して割安であることを証明できます。

2つ目は、国道交通省が発表している地価公示データで、地域ごとの土地の価格の変動が把握できます。
いずれにしても最新のデータを用意し、現在ではこれぐらいの賃料が適正であると強調してください。

また、裁判所で重視している不動産鑑定士が提出する鑑定評価書も有効です。
当事者が各自選任した不動産鑑定士による鑑定書(私的鑑定)や裁判所が選任した不動産鑑定士による鑑定書(裁判所鑑定)により裁判が進められていきます。
鑑定書は、現地調査と書類による調査で作成されますが、物件の状態や周囲の環境を徹底的に確認した後に価値を算出しているため、交渉から訴訟の場まで強い証拠となります。

なお、これらの資料は主に事情変更があったことを示す資料です。
こちらについても、詳しくは別記事「賃料増額請求における事情変更の法的根拠と実務ポイント」にて解説しておりますので、ぜひご参照ください。

段階的な増額アプローチの検討

客観的なデータに基づいた書面で理解を得られたとしても経済的に払うことができない場合や、個人的な事情により強く出られないケースもあります。

このような場合は、賃借人の心理や支払い能力に配慮して、計画的に段階的に少しずつ増額を図っていく方法が考えられます。
このような値上げをしていくことを「激変緩和措置」といいます。

段階的な値上げ方法として、例えば月額1万5,000円の値上げをしたい場合には、1年目は3,000円、2~3年目に6,000円と少しずつ上げていく方法などです。
増額する通知を早め(3~6ヶ月前)に行い、「来年○月から○年間で○円まで増額します」と予告をしていきます。
特に、当事者が親子関係など特殊な関係があることを理由として低廉な賃料で契約していた事案での活用が期待できます。
このような場合、近傍類似の賃料水準と同等の賃料までいきなり増額を図ろうとすると関係が破壊されてしまうこともあるため、このような調整をすることを検討するとよいでしょう。

例えば、現在の賃料が5万円で、近傍類似の賃料水準が12万円だった場合、は7万円の増額が必要となりますが、2~3年で7万円もの増額は厳しく、対立のリスクがあります。
増加期間を長めに取りつつ、最低10万円までの増額を目指すなど、双方が納得するような方法を検討してもよいでしょう。

5年間など複数年にわたる増額の場合には、グラフの作成やシミュレーションツールの導入も検討してください。シミュレーションツールの例として、ファイナンシャルプランナーが実務で用いる「キャッシュフロー表」が挙げられます。
キャッシュフロー表とは、今後数十年間の家庭のライフイベントや収支をまとめた表です。収入や賃料が毎年一定の割合ずつ上がっていくものと仮定して、計算した金額を入れていくため、賃借人から納得を得られやすくなります。
なお、一度に10%以上の増額をしてしまうと、強い心配や反感を買い、退去のリスクが高まるおそれがあります。心理的抵抗感を最小化することが大切で、月額5,000円未満若しくは3~7%ほどの小さな値上げにするなど、賃借人に無理のない範囲を設定することも考えられます。

不動産賃貸借契約の目的は、長期的に安定的な契約による賃料収入を得ることです。
当然ですが、賃貸人と賃借人の信頼関係が何よりも大事です。信頼を破壊するような突然の強気な交渉や大きな値上げは控えることが大切です。
賃借人はお客様であることを忘れず、良好なコミュニケーションを取り、柔軟に歩み寄る姿勢で進めていきましょう。

交渉難航時の法的対応の準備

当事者間の交渉が進まない場合には、裁判所による調停、そして訴訟の法的対応で解決するしかありません。
原則として、いきなり訴訟を起こすことはできません。
まずは調停を申立て、調停の場での話し合いを通じて解決を目指します。

調停手続の中で、当事者双方から鑑定結果に従う旨の同意書をとった上で相当な賃料額の鑑定申請をすることもあります。
この場合、鑑定の結果に従う形で紛争は解決します。
しかし、調停での解決が見えない場合、調停を不成立として終わらせるか、調停に代わる決定がなされます。調停に代わる決定は、当事者から異議がなければ確定し、紛争は解決しますが、異議があれば紛争は解決しません。
調停不成立または調停に代わる決定に異議が出た場合、紛争を解決するためには、訴訟を提起することになります。
このように、まずは調停による解決を目指しますが、調停期日前に充分な書類の準備をしてください。

調停では、相手方による回答書(答弁書)や申立人及び相手方双方の主張等を記載した主張書面を提出する機会があります。
借地借家法11条及び32条の諸事情に加え、その他の事情を総合的に考慮して従来の賃料を継続することが公平かどうか判断されます。
そこで、従来の賃料が不相当になった事情を具体的に示す書類・証拠を用意することで調停委員や裁判官の心証を良くすることができます。
具体的には、固定資産税額及び都市計画税を示す納税通知書、路線価図、近隣の借地契約書などの利用が考えられます。

ここで、裁判所での調停申立てから訴訟提起までのプロセスと対応方法について解説します。
簡易裁判所へ調停申立てを行う場合には、調停申立書に申立の趣旨等を記入し、添付資料を用意します。
調停では裁判官に加えて、弁護士、不動産鑑定士等の調停委員からなる調停委員会を通じて行われますが、調停期日に出頭しなければなりません。

調停申立書と訴状の記載例にも触れます。
調停申立書では、下記の事項を記入の上、当事者又は代理人が記名押印します。

  1. 当事者の氏名又は名称、住所
  2. 当事者の郵便番号、電話番号
  3. 申立ての趣旨
  4. 紛争の要点(目的、期間、賃料、事件の概要)
  5. 添付書類の表示(登記簿謄本など)

なお、代理人がいる場合はその代理人の氏名、電話番号等も記載が必要です。
添付書類では、不動産登記簿謄本、固定資産評価証明書などが必要となります。

特に、申立ての趣旨では「申立人が相手方に対し、賃料を令和○年○月○日分から月額金○○○円に増額するとの調停を求める。」等といった書き方をします。
訴訟の際の訴状は、内容や形式は調停申立書と似ていますが、申立ての趣旨の部分が「請求の趣旨」となり「原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、令和〇年○月〇日以降、月額〇〇円であることを確認する。」などとし、通常、さらに賃料増減額請求以降の不足分の賃料の請求もします。

最後に、法的手続きを進める際の費用について解説します。
調停申し立てに関する費用とは、調停を求める事項の価格に応じた手数料を指します。
事件の種類と申立て先の裁判所により異なりますが、賃料増額請求の場合の訴額を次の計算式により算出し、各裁判所の早見表で手数料を確認します。

(訴額の計算式)
増額後の賃料額と従来の賃料額の差額(月額)×(賃料増減額請求から調停申立てまでの月数+12ヶ月(調停にかかる平均期間))

訴え提起手数料は、民事調停の申立て手数料の2倍です。調停不成立から2週間以内に訴訟を提起した場合には、調停申立てに納付した手数料をそのまま使えますので、追加で支払えば充分です。

弁護士費用は経済的利益の額によって基準が設けられていることが多いです。
この他、郵送費や書類収集のために発生した手数料や交通費などの実費、出張させた場合には日当が発生します。

不動産鑑定士による鑑定評価書が必要な場合は、一般的に20~50万円の鑑定料が必要となります。物件の種類によっては数百万円となる場合もあります。

不動産法務に関するご相談は、東京都千代田区直法律事務所の弁護士まで

賃料を上げたいと思っても、必ずしも希望が通るとは限りません。
借地借家法第32条において、客観的かつ経済的な変動が原因で従来の賃料の維持が難しくなった場合は家賃の引き上げもしくは引き下げ交渉ができるとされています。
しかし、実際は客観的かつ経済的な変動以外の事情であっても引き上げ・引き下げ交渉が認められるケースもあるのが実情です。

賃料を上げたい場合、当事者間で話がまとまりそうにない場合は、調停・裁判も見据えてその後の対応を検討しましょう。
どのように進めるべきかは、個々の事情によっても異なるため、まずは一度「弁護士法人直法律事務所」にご相談ください。

\初回30分無料/

【初回30分無料】お問い合わせはこちら成功事例つき!賃料増額請求ガイド【無料DL】

【関連記事】
賃料増減額請求権の基礎を解説!借地借家法32条1項の完全ガイド
賃料増額請求における事情変更の法的根拠と実務ポイント
賃料増額請求における「直近合意時点」の重要性と判断基準

直法律事務所では、IPO(上場準備)、上場後のサポートを行っております。
その他、プラットフォーム、クラウド、SaaSビジネスについて、ビジネスモデルが適法なのか(法規制に抵触しないか)迅速に審査の上、アドバイスいたします。お気軽にご相談ください。
ご面談でのアドバイスは当事務所のクライアントからのご紹介の場合には無料となっておりますが、別途レポート(有料)をご希望の場合は面談時にお見積り致します。


アカウントをお持ちの方は、当事務所のFacebookページもぜひご覧ください。記事掲載等のお知らせをアップしております。

不動産トラブルに関する相談は、
不動産法務に強い弁護士に相談

不動産の賃料増額請求、明渡請求、契約解除などのトラブルは、対応を誤ると長期化し損害が拡大するおそれがあります。早めに不動産法務に強い弁護士へご相談ください。

クライアント企業一例