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賃料増額請求における「直近合意時点」の重要性と判断基準

Q
15年前からテナントビルを所有しています。4年前に近くにショッピングモールができて周辺の賃料相場が上がりました。
賃借人とは3年毎に5%増額させる自動改定特約を結んでいるのですが、それでも周辺相場よりも賃料が低い状態です。
そこで賃料の増額を求めたところ、「半年前に自動改定特約通りに5%増額したばかりで、それ以降は経済事情の変動はないので応じられない」と断られてしまいました。

できるだけ穏便に賃料の増額を求めていくには、どのような手続きや条件が必要でしょうか。また、契約更新の際の注意点などもあれば一緒に教えてほしいです。

A
賃料の増減額請求が認められるかは、契約当事者間で現行賃料を合意し、それを適用した時点(直近合意時点)以降の経済的な事情変更の有無により判断されます。
周辺相場よりも賃料が低いという状態が、直近合意時点よりも前からあるのであれば、その事情も踏まえて合意している以上、それを理由に賃料の増額を求めることはできません。

このように考えると、本件で事情変更が生じたのは4年前で、賃料が改定されたのは半年前であるため、事情変更を踏まえて賃料増額をしているとして賃料増額請求が認められないのではないかとも思われます。

しかし、直近合意時点は、賃料額について当事者間で実質的な協議を行い、それを踏まえて合意した時点であると解されています。
【参考】
公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会「不動産鑑定評価基準に関する実務指針―平成26年不動産鑑定評価基準改正部分について-」


そのため、自動改定特約がある場合や単に形式的に賃料額を確認する契約者が作成されたにすぎないような場合、賃料額について当事者間で実質的な協議がなく、「契約当事者間で現行賃料を合意した」とは言えないため直近合意時点とはならないのです。

この記事では、直近合意時点の定義を正確に理解した上で、自動改定特約との関係、契約更新における注意点、増額請求が認められるポイントなどを解説していきます。


澤田直彦

監修弁護士:澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 
代表弁護士

IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。
本記事では、
「賃料増額請求における『直近合意時点』の重要性と判断基準」
について、詳しくご説明します。

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直近合意時点がどこの時点にあるのか、実は当事者間で認識が違っているケースがよくあります。
契約更新の方法やタイミング、当事者間でのやり取り等の状況次第で直近合意時点として認められる時点が異なってきます。
自己に有利な形で更新契約書を作成することも検討する必要がありますが、書き方や文言によっては、相手方当事者との関係悪化が生じるおそれがあります。
このように、直近合意時点の解釈は複雑な部分ですが、しっかり理解し、安定した取引を守りましょう。

賃料増額請求における直近合意時点とは

02

賃料増減額請求権の有無は、直近合意時点以降に事情変更があるか否かによって判断されます。
直近合意時点、つまり最後に賃料について合意をした時点より前に事情変更があったとしても、それを踏まえて合意したとみなされるため、賃料の増減額を主張することはできません。
反対に、直近合意時点以降に事情変更がある場合は、賃料の増減額請求をすることができます。

直近合意時点の定義(不動産鑑定評価基準)

国土交通省は、「不動産鑑定評価基準」という不動産鑑定士が不動産の鑑定や評価を行うための基準や指針を定めています。
実務や裁判では、この不動産鑑定評価基準を参考にした評価や決定をすることが多いです。

不動産鑑定評価基準によれば、直近合意時点は、「契約当事者間で現行賃料を合意しそれを適用した時点」であると定義しています。
また、判例によれば、直近合意時点とは、賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のものを定めた時をいうとされています。(最高裁平成18年(受)第192号同20年2月29日第二小法廷判決・裁判集民事227号383頁参照)。

直近合意時点の確定方法

前述のとおり、直近合意時点は不動産鑑定評価基準によれば、「契約当事者間で現行賃料を合意しそれを適用した時点」と定義されています。

この不動産鑑定評価基準の平成26年改訂部分に対応する「不動産鑑定評価基準に関する実務指針―平成26年不動産鑑定評価基準改正部分について-」(公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会)において、直近合意時点の基本的な考え方が解説されています。

これによれば、以下のようなパターン・状況における直近合意時点が示されています。

パターン 直近合意時点として
妥当でない例
適切な直近合意時点
①賃料自動改定特約がある場合 当該自動的に賃料が改定された時点 賃料自動改定特約の設定を行った契約が適用された時点
②賃料改定等の現実の合意がないまま契約を更新している場合 当該契約を更新した時点 現実の合意があった最初の契約締結した賃料が適用された時点
③経済事情の変動等を考慮して賃貸借当事者が賃料改定しないことを現実に合意し、賃料が横ばいの場合 当該横ばいの賃料を最初に合意した時点に遡った時点 賃料を改定しないことを合意した約定が適用された時点

このように、直近合意時点は、賃料額について当事者間で経済事情の変動等を踏まえて実質的な協議が行われ、賃料において合意に達した時点と解されます。

経済事情の変動等を踏まえた実質的な協議の必要性

具体的な事案において、直近合意時点を決定する要素となる「実質的な協議」があったか否かの判断が難しい事案もあります。

例えば、下記のような事案です。

①会社分割に伴う賃借人の地位を承継する際に、経済事情の変動まで確認しないまま変更のないことを確認する覚書を作成してしまった事案

②賃貸物件を競売で取得した賃貸人が賃料増額請求を拒否された状態で、金融機関へ契約書を提出する必要があったため従前の賃料のまま契約書の作成をしたというような事案

両事案につき、裁判所は、契約書の作成時点において、当事者間で当時の経済事情の変動等を認識しながら、充分な協議の末に合意をしたとはいえず、契約書作成時が直近合意時点とはいえないと判断しました。

事案①において、裁判所は、「当事者が、賃貸期間が開始した後のある時点において、その当時の経済事情等をも踏まえ、従前の賃料を減額若しくは増額し又は据え置く旨を合意した場合には、当該時点は、直近合意時点に当たるということができる。もっとも、当事者が、その時点で、その当時の経済事情等を踏まえることなく、単に従前の賃料額を確認し、又は対象面積の変更のみを理由に賃料額を変更したにとどまるような場合には、当該時点は、直近合意時点に当たるとはいえない。」としています。

このように、直近合意時点と認められるためには、当事者間で経済事情の変動等を認識した上で、具体的かつ実質的な協議がなされていることが必要と考えられます。

形式的な契約書作成と実質的な協議による合意の違い

直近合意時点があったと認められるためには、単に形式的に契約書を作成しただけでは不十分としています。
契約書の作成に加えて、実質的な協議が実際に行われたことをセットとして、直近合意時点としています。
賃貸借契約の更新時に協議はしたものの、賃料改定に関する協議がまとまらないまま賃料据え置きで契約書が作成された場合、賃料額について実質的な協議による合意があったとはいえないと判断された事例もあります。

形式的な契約書の有無だけでは、本当に当事者間で実質的な協議があったか否かはわかりません。
賃料について実質的な協議の有無と協議により合意した賃料であることを重視しているのです。

賃料の自動改定特約と直近合意時点の関係

03

賃料の自動改定特約があり、これに基づいて賃料額が改定されている場合、通常、直近合意時点は賃料の自動改定特約を設けた当初の契約時点と判断します。
また、実質的な協議を経た上で従前と同じ自動改定特約の適用した場合についても解説していきます。

自動改定特約がある場合の直近合意時点

最判平成20年2月29日によると「自動増額特約によって増額された純賃料は、本件賃貸契約締結時における将来の経済事情等の予測に基づくものであり、自動増額時の経済事情等の下での相当な純賃料として当事者が現実に合意したものではないから、本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額を判断する際の基準となる直近合意賃料と認めることはできない」としています。

つまり、自動改定特約に基づいて一定期間毎に賃料額が改定されている場合、それは改定時点の経済事情に基づいて当事者間で協議・合意された賃料ではなく、自動改定特約を設けた際に将来予測をして定めた賃料であるため、直近合意時点はあくまで自動改定特約を設けた時点(通常は当初の契約時点)となるのです。

実質的な協議を経た上での自動改定特約の適用

基本的には、自動改定特約がある場合の直近合意時点は、最初の契約時点と解説していきました。
しかし、例外的に、自動改定特約があったとしても、当事者間で経済事情の変動等を考慮して実質的に協議をした結果、従前と同じ自動改定条項に従う合意をした場合、従前と同じ自動改定条項に従う合意した約定が適用された時点を直近合意時点とすべきと考えられます。

契約更新における直近合意時点の考え方

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不動産賃貸借契約では、契約更新というものがあります。
特に内容を変更せず更新するイメージが強いと思いますが、更新のタイミングで賃貸人が賃料を増額しようとしてもなかなか認めてくれない賃借人との間で紛争となるリスクがあります。
更新の種類とタイミング、内容によって直近合意時点は変わっていきます。

契約更新の種類(合意更新・法定更新・自動更新)

普通建物賃貸借契約の更新には

  • 合意更新
  • 法定更新
  • 自動更新

があります。

「合意更新」とは、契約期間の満了時に、当事者間での合意の上で契約を継続するものです。
更新時に契約条件を変更することは自由ですが、借地借家法の強行規定に反する賃借人に不利な特約は無効となります。

「法定更新」とは、借地借家法の規定に基づき自動的に契約が更新されることをいいます。
「当事者間が期間の満了の1年前から6か月前までの間に、相手方に対し更新をしない旨の通知、又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったとき」で、貸主に更新拒否の正当な理由がないときは、「従前の契約と同一の条件で契約を更新したもの」と見なされます。
こちらも合意更新と同様、借地借家法の強行規定に反するに賃借人に不利な特約は無効となります。

そして「自動更新」とは、簡単にいうと自動更新条項による更新をいいます。
つまり、当初の契約時点における当事者間の合意に基づき、合意された要件に基づき契約を自動的に更新するものです。
あくまで当事者間の合意に基づく契約の更新であるため、合意更新の一種と解されます。

更新時における直近合意時点の判断

賃貸借契約の更新には合意更新と法定更新、自動更新の3つの方法がありますが、それぞれ直近合意時点はどのように取り扱われるでしょうか。

法定更新や自動更新の場合には、更新の際に当事者間で経済事情の変動等を考慮して賃料額について協議をすることは想定できません。
そのため、更新の時点は直近合意時点とならず、現行賃料について実際に当事者が協議をして合意した当初の契約時点をもって直近合意時点とするべきです。

他方、合意更新の場合、更新時に当事者間で経済事情の変動を考慮して協議の上で賃料額を決めていれば、更新契約時点を直近合意時点とすべき場合が多いです。
ただし、賃料額についての実質的な協議がなければ更新時を直近合意時点とすることはできません。
更新時を直近合意時点としたい場合には、更新時に経済事情の変動等を踏まえた実質的な協議をして賃料を決定するようにしましょう。

経済事情の変動等を考慮した協議の重要性

いずれの更新時においても、経済事情の変動などを踏まえた賃料額についての協議があったか否かが重要です。
もし当事者のいずれかが更新後に賃料の増減額を請求したいと考えていても、更新時に実質的な協議の上で賃料額の合意がされている場合、更新後に生じた経済事情の変動がない限り賃料増減額請求をすることができません。

特に、合意更新の場合でも実質的な協議がない場合には、契約更新時を直近合意時点と認められない点、注意が必要です。

更新契約書における合意内容の明記

このように実質的な協議があったか否かは通常の契約書の記載だけではわからないことが多く、後に直近合意時点がいつかについて争いになる恐れがあります。
そこで、更新時に賃料額を含めて協議して合意した場合、更新時を直近合意時点としたい当事者としては、更新契約書に、経済事情の変動等を踏まえて賃料について協議・合意したことを明記することをおすすめします。

「直近合意時点」の判断基準となる実質的な協議がいつ、どの時点であったかを契約書に記すことで、紛争のリスクを抑えることができるためです。

具体的には、

  1. 協議の末に賃料を確認したこと
  2. 直近合意時点は今回の更新時点であること

を追記しておきましょう。

賃料増減額請求権行使後の判断基準

05

賃料増減額請求権は、口頭もしくは内容証明郵便などの書面での通知により意思表示が相手方に到達した時点で効力が生じます。
しかし、相手が当該請求を認めず、話し合いによる解決ができなければ、調停、訴訟と進み、解決を目指します。賃料増減額請求が認められるか否かの結果がでるまで、長期間に及ぶことが予想されます。

なお、賃料増減額請求後に賃料の増減額が認められるような事情変更が新たに生じることもありますが、適正賃料の算定にあたり考慮される事情変更はあくまで、直近合意時点から賃料増減額請求時点までの事情である点、注意が必要です。

増減額請求権行使後の事情変更

賃料増減請求権の請求は、将来に向かって増減請求の範囲内かつ客観的に相当な額について効果を生じます(最判昭和32年9月3日)。
また、賃料増減請求により増減された賃料額の確認を求める訴訟の係属中に、あらたな賃料増減を相当とする事由が生じたとしても、新たな賃料増減請求がない限り、この事由に基づく賃料の増減は生じません(最判昭和44年4月15日)。

では、賃料増減額請求を行い、裁判所で審理している間に、原告が2回目の賃料増減額請求をし、訴えを追加的に変更した場合、裁判所は2回目の請求の当否を判断できるのでしょうか。
このような事案について、裁判所は以下のような判断をしました。

原審では2回目の請求は、基準とすべき賃料額が確定していなかったため、訴えの利益がないとして却下されましたが、控訴審は、1回目の請求について裁判で確定していなくても、1回目の請求に関する結果を前提にするものの、1回目の決定を待たずに2回目の請求について判断することが可能であるとしました(東京地判平成30年12月20日)。

裁判所の判断における基準時点

裁判所では、賃料増減額請求を判断する際の基準時点を、あくまでも賃料額についての直近合意時点から当該請求時までの事情であるとしました。

請求時から数年の時間が経過して、その間にも経済事情の変動等の事情があるような場合、判決の基礎として参考にしてもらうには、請求を新たに追加する必要があります。新たに請求しない以上は、1回目の請求後に生じた事情は考慮されません。

このように、訴訟継続中に新たな請求を追加する(訴えの追加的変更)ためには要件があり、係属中の訴訟の状況やタイミングも考慮する必要があります。
そのため弁護士等の専門家に相談することをおすすめします。

不動産法務に関するご相談は、東京都千代田区直法律事務所の弁護士まで

賃料の増減額請求については、直近合意時点がいつなのかは重要な要素です。
当事者間で認識の違いも多いため、会議録など書面やメールでのやりとりなど、正確に記憶記録が重要となることもあります。
賃料増額請求の場合、借主がそのまま了承してくれないことも多いため、賃料増額を諦めるケースも少なくありません。
しかし、賃料増減額請求は法的に認められた権利です。
経済的な事情変動などがあったのに、オーナーが格安な賃料しかとれずに苦しんでいるとしたら不公平です。

不動産分野を取り扱う弁護士に早い段階で相談すれば、客観的な事情を相手方に説明するなどの方法で、感情的にならず、賃借人との関係をできるかぎり壊さない形で賃料を増額できる可能性が高まります。
直近合意時点の判断や自動改定特約がある場合などの判断は複雑です。悩んだらすぐに弁護士などの専門家に相談しましょう。

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