澤田直彦
監修弁護士:澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所
代表弁護士
IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を運営し、各種法律相談を承っております。
本記事では、
「【職業安定法】職業紹介契約に関する問題について」
について、詳しく解説します。
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求職者と求人企業との契約について
求職者と求人企業の間の契約では、いわゆるサイニングボーナスを支給したのに、就職後間もなく退職してしまった場合にサイニングボーナスの返還を求めることができるのか問題となることがよくあります。
サイニングボーナスとは、求人企業が求職者を雇用するため入社時に支給するボーナスです。このようなボーナスを支給すること自体は、法律上特に問題があるわけではありません。
もっとも、せっかくサイニングボーナスを支給してまで雇用した従業員が早期に退職してしまうと、サイニングボーナスを支給した意義がなくなるため、一定期間に離職した場合には返還を条件としてサイニングボーナスを支給するとする例も少なからず見られます。
このようなサイニングボーナスの返還を求めることの可否が問題となった事件が、日本ポラロイド事件(東京地方裁判所平成15年3月31日 労働経済速報 1851.3)です。
東京地方裁判所は、労働基準法5条や同法16条の趣旨に照らし、労働者に労務提供に先行して経済的給付を与え、一定期間労働しない場合は当該給付を返還するなどの約定を締結し、一定期間の労働関係のもとに拘束するという、いわゆる経済的足止め策も、その経済的給付の性質、態様、当該給付の返還を定める約定の内容に照らしてそれが当該労働者の意思に反して労働強制することになるような不当な拘束手段であると言えるときは、労働基準法5条及び16条に違反し、当該給付の返還を定める約定は、同法13条、民法90条によって無効となるとし、本件のサイニングボーナスの返還規定、具体的にはサイニングボーナスを退職時に全額返還するという規定について無効と判断しています。
とはいえ、返還が認められないのであれば、求人企業はサイニングボーナスを支払うことを躊躇せざるを得ません。
そこで、一定期間労働しない場合に当該給付の返還を求めるという形ではなく、実務上、例えば、一定期間在籍した場合に賞与などを支給するといった方法や、留学費用の補助のように金銭の貸付とした上で一定期間在籍した場合には返還を免除するといった方法をとることで、法的リスクが低くなると思います。
職業紹介契約について
紹介事業者と求人者間の紹介契約についての規制
紹介事業者と求人者間の紹介契約に関する規制としては、職業安定法の規制があり、手数料について制限があります。具体的にどのような規制があるのか、みていきましょう。
まず、求職者を求人者に紹介する行為に関し、原則として、職業紹介に関して紹介手数料等の手数料を受けてはならないとされています。職業紹介により法外な手数料の授受が可能な場合、紹介事業者が、求人者から多額の報酬を得ようと、労働者の能力や利害、妥当な労働条件の獲得・維持などを無視して労働者に不利な契約を成立させる恐れがあるので、求職者の保護を図るため、原則として手数料の授受を禁止しているのです。
しかし、紹介手数料を受け取ることができる事業者と受け取ることができる金額を制限すれば、求職者の保護を図ることも可能です。そのため、許可を受けた有料職業紹介事業者に限り、法定の上限金額又は厚生労働大臣に届け出た手数料表に基づく金額の範囲で手数料を受け取ることができるものとされています。
加えて、有料紹介事業者が紹介手数料を受け取るためには、紹介手数料や返戻金制度の明示が必要です。そこで、紹介手数料や返戻金制度の明示について解説しましょう。
職業紹介事業者は、求人者から求人の申し込みなどを受けた後、速やかに手数料に関する事項や返戻金制度(これはその紹介により就職したものが早期に離職したことその他これに準ずる事由があった場合に、求人者から徴収した手数料の全部又は一部返還する制度を言います)に関する事項を書面交付などにより明示しなければならないとされています。
では、紹介事業者に紹介手数料を支払ったのに労働者が早期離職した場合、求人企業は紹介手数料の返還を求めることができるのでしょうか。
この点、紹介事業者との間で締結した職業紹介契約に紹介手数料の返還についての規定があれば、求人企業はこの規定に基づいて返還を求めることができるものと思われます。
これは、返戻金制度を設けるか否か等その内容について特に規制はなく、紹介手数料の返礼条項について、基本的に、求人企業と職業紹介事業者との間の契約に委ねられているからです。職業安定法施行規則には返戻金制度を設けた場合に報告するべきことなどの規定もあり、返戻金制度自体は法的に問題ないと考えられますが、いかなる行為であっても許されるのかという点については議論の余地もあると思います。
このように、求人者と職業紹介事業者間の契約関係については、職安法上に手数料や返戻金についての規定があるにとどまり、基本的に契約内容は求人者と職業紹介事業者間の合意に委ねられていると言えます。
紹介契約の内容
次に、職業紹介事業者と求人者間の契約内容について説明していきます。
職業紹介事業者と求人者との間で締結する紹介契約は、求人者と求職者との間を取り持って雇用関係の成立が円滑に行われるように、第三者として、お世話をすることを依頼内容とする準委任関係と考えられています。
その契約には、通常、委任の内容や紹介手数料といった事項が含まれることが多いのですが、オーナーシップ条項というものが組み込まれることもあります。
オーナーシップ条項とは
このオーナーシップ条項は、求人者が紹介事業者から求職者の紹介を受けた後、紹介事業者からの了解なく直接接触して入社させる等の方法によって、紹介事業者の紹介手数料を免れることを防止する趣旨の規定です。
この点、どのような行為があれば職業紹介があったと言えるのか問題となります。
この判例のように職業紹介の意義を考えると、職業紹介事業者による当初の紹介により入社に至らなかった場合でも、紹介と因果関係があると考えられる入社があった場合に紹介手数料の請求ができるとするオーナーシップ条項は、合理的であると考えることができます。
また、紹介事業者としては、求人会社から、「お宅とは無関係に採用した」と言われた場合に、紹介事業者の関与により入社したことを立証するのはかなり難しいものと考えられます。そのため、オーナーシップ条項が、ある程度広め、あるいは、外形的事実だけで紹介手数料を請求するための要件を満たすという形にするのはやむを得ない部分もあるかと思います。
しかし、紹介事業者の関与と雇用関係に至ったことに何ら因果関係がない場合まで、オーナーシップ条項の効力を認める必要があるのかについては議論があるでしょう。
例えば、当初、紹介事業者から紹介を受けた求職者が、その後、他の紹介事業者から紹介される、あるいは、自分から就業を申し出て、求人企業に就職したという場面で、当初に紹介した紹介事業者は求人企業と求職者の雇用関係の成立に因果関係を有するのかが問題となります。
この点、前述のとおり最判昭和35年4月26日は、「職業紹介」について、雇用関係の成立をあっ旋することであって、媒介または周旋をなす等その雇用関係について何らかの因果関係を有する関与をなせば足りると考えると、当初の紹介事業者は、求人企業に紹介をした時点で雇用関係について、何らかの因果関係を持っていた状態といえ、職業紹介があったということにはなると思います。
ただ、別の紹介事業者による紹介、あるいは、求職者が求人企業との雇用関係の成立を自ら申し出るいうことがあった場合には、当初の紹介事業者との間の因果関係が切断されると考えるべき場面もあるのではないかが問題になります。
当事者の合理的な意思解釈としても、オーナーシップ条項が、紹介事業者が紹介さえすれば、その後いかなる事由があっても、すべて紹介による結果であるとみなして報酬が発生するといった強固な効力を認めるものかどうかは議論があると思います。
オーナーシップ条項が常に有効だとすると、求人会社は紹介手数料の二重払いを強いられるということもありえます。 オーナーシップ条項の趣旨が、ズルをして紹介手数料の支払いを免れることを防止することにあると考えると、二重払いが生じるようなことまで認めるというのは合理的ではないと思います。
実際の事案では、紹介事業者が求人会社に求職者を紹介する前に、求人会社が他者経由で同人物と連絡をとっていたという事情や採用活動を開始していたという事情が認められず、前記の特段の事情は認められないとし、紹介手数料の発生を認めましたが、この裁判例は、一定期間内の雇用契約の成立について、紹介と因果関係がなくても紹介があったものとする旨のオーナーシップ条項があっても、特段の事情がある場合には、人材紹介契約に基づく報酬は発生しないとしている点で重要です。
この裁判例は、契約条項の記載が、報酬発生の条件として、紹介事業者による紹介と雇用成立の間に因果関係があることを前提としているように解されるものだったので、無条件で報酬が発生するという契約条項であった場合にどのような判断がされるかは不明です。しかし、この事案のように、明らかに、他者を通じて入社し、当初の紹介事業者の紹介行為が雇用関係の成立に因果関係がないような場合、オーナーシップ条項の効力が失われる、あるいはオーナーシップ条項の適用対象外と考えるのが合理的であるように思います。
そこで、合理的なオーナーシップ条項とするために、こういった問題点を考慮して契約書を作成するとよいのではないでしょうか。
例えば、複数の紹介会社間で紹介手数料の取得条件を定めたり、分配をすることが可能な形をとると、上手く調整できることもあると思います。求人会社としては、「とにかく一社分の紹介手数料は払います。それをどう分けるかは、紹介事業者同士で決めてくださいね」と言うような状況でしょう。
求職の申込み受理の原則
また、職業紹介事業者は、求職者の迅速な就業機会を保障するため、申込み内容が法令に違反する時を除き、求職者の申し込みをすべて受理しなければならないとされています(職業安定法5条の7)。ただし、特殊な業務に対する求職者の適否を決定するために必要があるときは、試問及び技能の検査を行うことができるとされています。
返戻金条項について
職業紹介事業者が求人者との間で締結する職業紹介契約は、求人者と求職者との間の雇用関係成立を容易にさせることを内容とする準委任契約ですので、紹介事業者の債務には、求職者が求人者にそのまま在籍することについての保証は含まれないと考えられます。
しかし、求人者の事情によらずに紹介を受けた求職者が短期間で辞職した場合、求人者側から見れば求人条件に適合しない人材紹介を受けたのと同様であると言えますので、紹介手数料の返還を求めることができるとすることは、むしろ合理的と考えられます。
紹介手数料の算定基礎としては就職した者に支払われる一定期間の収入額とする場合が多いのですが、どのような期間としたらよいのか問題となります。これについては、紹介事業者が、無期雇用就職者のうち6か月以内に就職した者の数について情報提供義務を負っていることや、紹介によって就職した者に対し退職日から2年間転職の勧奨を行ってはならないとされていることが、紹介手数料の算定基礎となる収入の支給期間を定める上で、参考になるのではないかと考えられます。
適格紹介条項について
職業安定法5条の8では、紹介事業者は、求職者に対しては、その能力に適合する職業を紹介し、求人者に対しては、その雇用条件に適合する求職者を紹介するよう努めなければならないとされています。これを適格紹介といいます。
職業紹介事業者と求人者の職業紹介契約の契約目的は、求人と求職者との間の雇用契約成立関係を容易にさせることにあり、当然、求人者に対し求人条件に適合する人材を選抜選考して情報提供することも契約目的に含まれると考えることができます。
そのため、求人条件とかけ離れた、あるいは、これを無視した紹介を行った場合、例えば経理事務の経験者の募集に対し、営業の経験者を紹介する場合や免許資格を要する職業の求人にその免許資格を有するか否かの確認をせずに求職者の紹介を行った場合には、善管注意義務違反義務となると考えられます。
さらに進んで、職業に必要とされる適性や能力の程度、免許・資格の有無について、求職者からの申告内容について職業紹介事業者が裏付調査までする義務があるかどうかは議論のあるところでしょう。
例えば医師の免許を有する職業について、免許を有するかどうか確認せず紹介を行った場合には、善管注意義務を負うのではないかという意見もあります。
もちろん医師免許があることを前提に採用しているのですから、医師免許を持っていなければ解雇は当然できると思いますが、それ以外に紹介事業者に対して、紹介手数料の全額返還を求めることができるのかという問題です。
経歴詐称と言ってもいいと問題ですが、直前に前職で就いていたというポジションについて、申告内容と実態が異なっていたということが判明して問題となった事案もあるでしょう。
紹介事業者に対してどこまでそのような調査確認を求めて行くかは、職種や待遇などの条件も含めた契約の解釈の問題もあると思うのですが、実際、紹介事業者の調査確認能力にも限界があるように思われます。
その点ではそれなりの手数料を支払って職務経歴等の確認をするよう求めることも考えられます。しかし、前述のような限界があることを、ある程度前提とした上で、求人会社がとりうるリスクヘッジ策は、人材紹介契約に、早期退職した場合に紹介手数料を返還してもらうという契約条項を置くことを求め、その返還の条件や期間を含めて契約の条件交渉を行うなどの対応が考えられるのではないかと思います。
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