澤田直彦
監修弁護士:澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 代表弁護士
IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。
本記事では、
「内部統制の上場審査基準」
について、詳しくご解説します。
上場とは
日本では一般的には、証券取引所に株式を公開し、売買が自由に行えるようになることをいいます。そして、自社の株式を株式市場である証券取引所で取引している株式会社を上場会社といいます。
上場することで会社の株式は、株式市場での売買が可能となりますが、株式市場に上場するためには、定められた厳しい基準をクリアする必要があります。
内部統制報告書制度とは
①経営者が財務報告に係る内部統制の有効性について評価し、
②経営者が実施した①について公認会計士又は監査法人が監査を実施する
制度です。
上場企業を対象とし、①は内部統制報告書、②は内部統制監査報告書として有価証券報告書と併せて提出します。
2004年秋以降、有価証券報告書の開示不正が発覚し、財務報告の信頼性を確保するための内部統制が企業内で有効に機能していないのではないかと疑われました。これにより、内部統制を強化し、財務報告の信頼性を確保することが必要とされ、2008年4月1日以後開始する事業年度から内部統制報告制度(J-sox)が導入されることになりました。
上場準備段階での留意点
新規上場後初めて到来する事業年度末時点における内部統制の経営者評価が必要となります。
監査人は、経営者の内部統制報告書に対して監査を行います。
経営者による内部統制の評価にあたっては、基本方針の決定、評価範囲の決定、整備・運用テストの実施、不備の改善およびこれらに付随する文書化といった作業が必要となります。
上場申請会社に内部統制報告書の提出は求められていませんが、これらの作業には一定の時間を要するため、上場準備の早い段階から内部統制報告制度への対応を進めていく必要があります。
具体的には、上場申請直前年度においては、金融庁が公開しているひな形を参考に内部統制報告書に役立つ資料を作成するといいでしょう。
・フローチャート(説明は下記にあります)
・リスクコントロールマトリックス
・準拠マニュアル
これらの書類は、作成・提出が義務付けられているわけではありませんが、内部統制状況の可視化、効率化のために作成するとよい書類です。
そして、これらの書類をもとに評価できる方法・体制が確立されていることが必要となります。
また、内部統制報告制度への対応にあたっては文書の作成や有効性評価などの作業を行うため、専門知識を要します。
そのため、”内部統制事務局”のような専門の部署・担当者を早い段階から設置する必要があります。
これは、期間限定のプロジェクト型の組織とするか、常設組織とすることが考えられますが、期間限定であったり、規模を縮小すれば、上場後2年目以降の内部統制の対応に支障が生じる可能性が高くなります。
業務や組織の変更に伴って文書の変更や新たな評価方法を整備しなければならないケースもあるからです。
多くの会社が体制の整備は自社で進めていくことになりますが、効率的に準備を進めていくうえで、ノウハウを有する外部のコンサルティング会社を利用することも有用です。
なお、2014年に改正された「金融商品取引法等の一部を改正する法律」により、新規上場後3年間は一定の条件を満たす会社を除き、内部統制報告書に関わる監査を受けることが免除されています。ただし、③内部統制報告書の提出は必要であり、任意で監査を受けることもできます 。
組織整備のポイント
意思決定機関の確立
取締役会、常務会等の合議機関を経て、主要事項が組織的に決定され る体制を確立する必要があります。特に、上場審査上、取締役会の機能は重要視されるため、取締役会の位置づけ、取締役会での決議事項や報告事項を慎重に検討する必要があります。
常務会…日本の大企業の多くに、法定機関である取締役会とは別に任意機関として設けられているトップ・マネジメント組織をいいます。通常、社長、副社長、専務、常務のいわゆる上級・役付きの常勤取締役で構成されています。経営上の重要な意思決定のほとんどすべてを行います。
内部牽制
内部牽制とは、1つの取引を複数の人および組織を介して処理することで相互に牽制し、不正や誤謬を未然に防止する仕組みを組織に内在化させることをいいます。
そのため、業務分掌で職務権限を調整し、組織および職位に応じた権限を明確化することで内部牽制機能を組織に組み込むことになります。
上場審査上は、企業経営の安定性と投資家保護の観点から内部牽制組織が整備されているか確認されることになります。
適正人員の配置
未上場会社は人材が足りず 、特定の人物に管理業務が偏り 、組織上の兼務が多くなる傾向にあります。
内部牽制を組み込んだ組織整備を行っても、人材不足から組織上の兼務が多いのでは、 実質的に内部牽制が機能しません。
したがって、適材適所の人員配置を行うとともに、外部からの中途採用などにより最低限必要な人材を確保する必要があります。
内部監査部門の設置
内部監査は内部牽制と並んで内部統制を構成する重要な要素です。
内部統制システムは、一度構築してしまえば、企業不祥事や粉飾決算が生じることはないという「絶対的」なものではなく人や組織を介した仕組みであり自ずと限界があります。
具体的には、担当者の不注意や判断ミスによる誤りが生じたり、M&Aや部署間の統廃合など企業の内部環境に変化が生じた場合に、その有効性が期待できない場合があります。
また、内部統制を構築する立場である経営者による不正もないとは言い切れません。
その補完のために、経営者に代わって効率的な経営が行われているかどうか等を検証する内部監査制度の導入が必要です。
具体的には、社長直属の専門部署(内部監査室)を設け、内部監査規程に基づき内部監査を実施し、被監査部門の業務の改善を実施します。
会社によっては内部監査室を設置せず、経営企画室等に内部監査担当者を置くケースもあります。
上場審査上、内部監査は内部統制の不可欠の機能として、その実施は絶対条件とされます。
財務報告に係る内部統制報告制度への対応
財務報告に係る内部統制の報告制度への対応も踏まえて、組織を整備しておく必要があります。 内部統制に関係を有する者の役割と責任は、下表のとおりです。
分類 | 役割と責任 |
---|---|
経営者 | ● 経営者は、組織の全ての活動について最終的な責任を有しており、その一環として、取締役会が決定した基本方針に基づき内部統制を整備および運用する役割と責任がある ● 経営者は、その責任を果たすための手段として、社内組織を通じて内部統制の整備および運用(モニタリングを含む)を行う ● 経営者は、組織内のいずれの者よりも、統制環境に係る諸要因およびその他の内部統制の基本的要素に影響を与える組織の気風の決定に大きな影響力を有している |
取締役会 | ● 内部統制の整備および運用に係る基本方針を決定する ● 経営者による内部統制の整備および運用に対して監督責任を有している ● 「全社的な内部統制」の重要な一部であるとともに、「業務プロセスに係る内部統制」における統制環境の一部である |
監査役または監査委員会・監査等委員会 | ● 取締役および執行役の職務の執行に対する監査の一環として、独立した立場から、内部統制の整備および運用状況を監視、検証する役割と責任を有している |
内部監査人 | ● 内部統制の基本的要素の1つであるモニタリングの一環として、内部統制の整備および運用状況を検討、評価し、必要に応じて、その改善を促す業務を担っている |
組織内のその他の者 | ● 上記以外の組織内のその他の者にも、自らの業務との関連において、有効な内部統制の整備および運用に一定の役割を担っている |
金融商品取引法で定められている財務報告に係る内部統制(日本版SOX法)については、上場会社で義務化されていますが、新規上場審査においても準備状況や体制が確認されるので、内部統制報告に必要な文書の準備をしておきたいです。
東京証券取引所(以下、「東証」といいます。)では、新規上場申請時には、内部統制報告書および内部統制監査報告書ならびに当該報告書に準じた書類の提出を求めないこととしています(一方で上場申請会社が国内の他の取引所に上場している場合には、新規上場申請時に、内部統制報告書および内部統制監査報告書を提出することとし、当該書類において、経営者が評価結果を表明できない場合または監査人が意見の表明をしない場合は、申請不受理事由としています)。
しかしながら新規上場申請会社も、上場「直後」の決算で金融商品取引法上の内部統制報告が義務づけられていることは厳然たる事実であり、それを考慮すれば、どんなに遅くとも直前期には内部統制報告書の作成に至るプロセスの仮運用を行っておくべきであると思われます。
従来、主幹事証券会社の引き受け審査や取引所の上場審査においては、適正な有価証券報告書の作成体制構築状況について確認されており、今後は内部統制報告書の作成体制構築状況についてもあわせて確認されていくことと思われ、以下の点に留意していくべきでしょう。
①自社の会計処理基準、及び、処理手順が経理部門だけでなく営業部門にも理解・統一されるよう、経理規程等を周知徹底させる。
②売上計上や売上原価計上などの日々の会計処理が、担当者のミスや不正によって正確性を失うことのないよう、担当者によるダブルチェックや上長による承認を行う。
③有価証券報告書や決算短信などの財務報告を作成する際には、二重チェックにとどまらず、三重、四重のチェックを行い、ミスを防止する。すなわち、誰が作成して、誰がチェックし、誰が最終承認するのか、フローを明確にする。
④監査役や内部監査担当者などの経理部門ではない客観的な立場にある者が、定期的に会計処理方法、会計処理手続についての妥当性をチェックする。
また、上場申請会社は、遅くとも直前期においては内部統制文書の3点セットといわれる「業務記述書」「リスクコントロールマトリックス(RCM)」「業務フロー図」を作成し、評価実施のうえ、内部統制報告書作成のリハーサルを行っておくこと、そして、そのプロセスについて監査役のチェックを受けておくことが求められます。
東証本則市場(市場第一部・第二部)に上場申請する際作成するⅡの部においては、「財務報告に係る内部統制の評価・報告体制の整備状況について」の記載欄があります。
その記載要領には、下記のとおり、記載されており、実質的に対応が求められています。
Q&A よくあるIPOに関する疑問について
ベンチャー企業の組織体制
Q.当社は従業員が数十人程度の小規模な組織ですが、内部牽制組織としてどの程度整備すればいいでしょうか?
内部統制報告制度への対応として、事業規模が小規模で、比較的簡素な組織構造を有している組織等の場合は、業務分掌に代わる代表的な統制や企業外部の専門家の利用等の可能性を含め、その特性等に応じた工夫が行われるべきです。 小規模で、簡素な組織体制 の会社 は、人手不足等により、担当者間で相互牽制できるような 適切な職務分掌の整備が難しい場合が想定されます。そのような場合には、例えば、経営者や他の部署の者が適切にモニタリングを実施する等により、リスクを軽減することや、モニタリング作業の一部を社外の専門家を利用して実施することなど、各組織の特性等に応じて適切な手段により対応することが考えられます。 ただ、上場会社となるからには最低限の内部牽制組織が必要であり、分離すべき業務は可能な限り分離するようにします。 もし、管理部門の人数が少数である場合、目論見書等にリスク情報として記載する事例もあります。
管理部門の強化
Q.株式上場にあたり、管理部門の強化はなぜ必要なのでしょうか?
A.経理や総務等の管理部門の強化は、組織的な経営管理を行い、上場後のタイムリー・ディスクロージャー等に耐えうる体制を整備するうえで不可欠だからです。 タイムリー・ディスクロージャーとは、株価に影響がありそうな会社情報の適時性を重視した方法による開示のことです。 公正な価格形成を確保するために、株価 を大きく変えるような企業活動を行った際には、いったん取引を中止して当該情報を投資家に広く公開することを上場会社に義務付けています。 経理・総務の人材不足により 、上場準備作業に支障をきたすことが多いため、管理部門の強化が求められます。 財務報告に係る内部統制報告制度においても、決算・財務報告プロセスの不備は内部統制の開示すべき重要な不備と評価される可能性が高い点からも、管理部門の強化は行うべきでしょう。
管理部門のアウトソーシング
Q.当社は管理部門の人材が不足しているためアウトソーシングを検討していますが、上場審査上、どこまで許されますか?
アウトソーシングするのは定型的な業務に限定し、経営の中枢に関する機能は社内に残しておくべきです。 そのためには社内の責任者がアウトソーシングする業務を管理し、その責任と権限の範囲を明確にすることが必要です。 特にインサイダー情報の管理には十分な注意が必要です。 財務報告に対して重要な影響を及ぼす委託業務は、内部統制の評価対象とすることも必要です。
※「アウトソーシング(Outsourcing)」とは 業務の一部を外部の会社に発注することです。業務に必要な人やサービスを外部(アウト)から調達(ソーシング)するという意味です。一例として、コールセンター、商品の梱包・発送業務、ウェブサイトのデザインの制作・更新業務などがあります。
規程の種類
Q.株式上場に向けて規程類を整備しようと考えていますが、どのような規程を作成すればいいでしょうか?
A.社内規程は内部統制の構成員が遵守すべき事項を具体化したものであり、規程類の整備は内部統制の浸透や運用にとって重要となります。 社内規程は、大別すると「基本規程」、「組織規程」、「人事労務規程」、「総務庶務規程」、「業務規程」となります。 諸規程の作成にあたっては、会社の全ての業務を過不足なく網羅していることが必要になります。ただし、規程の改廃は取締役会の決議事項となることが多く、業務規程に関連する詳細な決まりは、機動的に改廃ができるよう、 各部門長等が改廃の承認をできるマニュアル等として整備することが望ましいです。
規程作成のポイント
Q.規程類を作成するにあたり、どういった点に注意すればいいでしょうか?
規程は業務処理を文書化したものであり、実際に運用可能なものを作成する必要があります。 ただ、規程には、民法、会社法、独占禁止法等、法律・規則等によって制約を受けるものがあり、法令違反がないよう注意が必要です。 また、諸規程相互の内容の整合性が保たれているようにする必要があります。
フローチャート
Q.上場申請書類で記載するフローチャートはどのように作成するのしょうか?
A.上場申請書類において、主要な製品、商品及びサービスについて、受注から仕入、精算、納品及び代金回収に至るまでの事務を図式化したフローチャートとして記載することが求められています。 記載方法の制約があるわけではありませんが、使用される帳票や書類は全て記載し、書類の流れや時系列がわかるようにし、また、申請日現在の事務の流れを記載するよう留意します。また、規程類との整合性も確認が必要です。 フローチャートは、上場審査上 、内部統制の整備・運用状況を検証する資料として重要視されています。 内部統制報告制度においても業務プロセスを可視化し、リスクを漏れなく識別するためにフローチャートを作成することが望ましいです。
内部監査制度
Q.株式上場に向けて内部監査制度を導入しようと考えていますが、どうやって進めたらいいでしょうか?
A.内部監査制度は、会社の業務執行及び財産の保全が、各種法令や社内規程等に準拠していることや、適切かつ効果的に遂行されているか否かを検証する制度です。 内部監査は、会社の内部統制制度を構成する重要な要素として上場審査上、重視されており、少なくとも全ての部署を対象に1年程度の運用実績が求められます。 内部監査は、各部署から独立した社長直属の専門部署で実施されますが、独立部署として設置するか否かは、会社の規模等に応じて判断します。
内部監査実施上のポイント
Q.内部監査を実施するにあたり、どのような点に留意すればいいでしょうか?
A.内部監査は原則として1年を1サイクルとして全ての部署を対象範囲とするため、それまでに社内規程を整備しておく必要があります。 また、内部監査の品質を一定に保つために標準的な監査手続書を作成し、これに基づいて実施するようにします。 株式上場後は、財務報告に係る内部統制報告制度におけるモニタリング機能を付加しなければならず、そのための準備も不可欠です。
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