最近の上場審査の傾向
上場直後の業績下方修正や不正発覚の事案が発生により、近年上場審査が厳格化しているといわれています。
日本取引所グループ(以下「JPX」といいます)は2015年3月に「最近の新規公開を巡る問題と対応について」を公表しています。
詳しくは、下記リンクのページをご覧ください。
https://www.jpx.co.jp/news/1020/150331-02.html
上記のポイントは、2つです。
②上場審査においては予算の達成可能性や上場申請期における業績進捗が特に厳しく審査されること
また、JPXは、2019年6月の年次報告において、2018年度に上場申請後承認に至らなかった事例が46件発生したと公表をしています。
https://www.jpx.co.jp/regulation/public/nlsgeu000005lu2v-att/r_report2019.pdf
承認に至らなかった理由としては、
「各種法令への遵守体制や子会社管理等の業務上必要とされる管理体制、オーナー経営者に対する牽制体制の構築状況が不十分」
であるなど、内部管理体制等の問題点の指摘が挙げられています。
最近の上場企業等の不祥事の頻発を受けて、ガバナンス強化の観点から上場審査が厳格化されているのです。
以下、具体的な例を見ていきましょう。
ガバナンスの観点からみた審査
審査の内容
最近の審査事例では、以下のような理由により、上場申請の取下げや上場審査期間の延長が発生しています。
① 社内規程で定めた手続を踏まずに社長の独断で重要な意思決定がなされる事態が常態化していた事例
!
規程と実態(運用)の乖離がないか確認を行いましょう
② 関係会社の役員を退任した社長の親族に対し、勤務実態がないにもかかわらず毎月給料が支給されており、また社長親族による社有車の私的利用が発覚した事例
!
社長による公私混同について注意が必要です
③ 備品購入に際し、社長の親族の会社に対し割高である可能性の高い手数料を払う取引を継続し、監査役監査の指摘により取引は解消したものの、原因分析と再発防止策の策定ができていなかった事例
!
経営者が関与する不明瞭な取引について確認する必要があります
④ 代表取締役会長が、他の取締役と比較して突出した金額の役員報酬を受け取り、また高額の交際費を会社経費として支出していたが、その報酬水準の妥当性や交際費の必要性・金額の妥当性等の検証が行われていなかった事例
!
経営者への給与等の妥当性について検討する必要があります
⑤ 事業遂行上、行政への業務報告が義務づけられている内容につき、上場申請会社は改ざんした書類を行政に提出していた。この事態を把握した従業員が経営陣に直接是正を訴えたものの、経営者が抜本的な改善を図らなかったため、従業員が証券取引所に通報した事例
!
経営者により内部統制が無効化されていないか確認を行いましょう
審査上のポイント
上記審査事例は、経営者が株式上場の趣旨を正しく理解し、内部管理体制やコーポレート・ガバナンスの機能が十分に発揮されていれば、防げていた内容です。
上場企業になることは、所有と経営の分離を明確化することです。
経営者は「会社の利益は、株主全体の利益」という意識を持ちましょう。
関連当事者取引には株主をはじめとするステークホルダーの利益を害するリスクがあることを認識したうえで、内部から問題点を指摘できる企業風土を作り、社内外の声を真摯に受け止める姿勢を持つことが必要不可欠となります。
また、コーポレート・ガバナンスの充実のためには、経営者をけん制できる独立の社外取締役及び社外監査役の選任が必要であり、その機能を十分に発揮できる人選が重要です。
さらに、管理部門や内部監査人、日常の監督を行う常勤監査役および監査担当者の不正・不祥事の発見力を向上させ、内部通報制度を確立し、コーポレート・ガバナンスを形骸化させない努力も必要となります。
内部通報制度とは、企業内部の問題を知る従業員から、経営上のリスクに係る情報を早期に入手し、情報提供者の保護を徹底しつつ、未然・早期に問題把握と是正を図る仕組みをいいます。
企業の成長可能性についての審査
審査の内容
上場審査において、
●本則市場では「IIの部」(東京証券取引所本則市場へ新規上場申請の際に提出する申請書類のひとつで、正式名称は「新規上場申請のための有価証券報告書(IIの部)」といいます。)を中心に、
●マザーズでは事業計画に記載される将来収益の達成可能性およびその根拠資料を中心に、
企業の成長可能性についての審査を受けます。
特にマザーズでは、事業の高い成長可能性が求められるため、注意が必要です。
上場申請の際、上場申請企業は、自社の事業の中から「高い成長性を有する事業」を選定し、その事業の内容や選定理由を説明する必要があります。
しかし、高い成長可能性を有する事業が、会社全体としての成長を実現するほどに重要でない場合は、その企業が高い成長可能性を有しているとみなされない場合があります。
高い成長性の評価の対象とする事業の選定においては、会社全体の成長に影響を与える事業を選定すべきです。
審査上のポイント
選定した事業が、高い成長可能性を有すると判断した根拠について、客観的な説明をする必要があります。
例えば、以下のような内容となります。
●選定事業の属する市場全体の成長性が高いこと
信ぴょう性・客観性の高い第三者機関のマーケットリサーチデータを利用し、成長性につき説得力を持たせると良いでしょう。
●商品やサービスが強い差別化要因を有していること
技術やノウハウ、ブランド、ビジネスモデル等の要因を具体的に分析し、説明する必要があります。
●会社が重要な資産を有していること
重要な資産とは何かを具体的に把握・定義し、その根拠とともに説明する必要があります。
補論
JPXは、2017年4月に上場申請企業の全取締役と監査役に対し、上場会社の責務について学ぶ研修を義務づけると発表しました。
これは、上記の「最近の新規公開を巡る問題と対応について」に係る取組みの延長線上にあり、経営者や社外役員が上場会社の役員としての自覚と責任感を持つための意識づけを目的としています。
また、JPXは、多くのベンチャー企業が上場をめざすマザーズ市場に関して、2018年12月に「新規上場申請者に係る各種説明資料」の記載項目についての改訂を発表しました。
詳しくは、こちらをご覧ください。
https://www.jpx.co.jp/equities/listing-on-tse/format/00-02.html
これは、2019年7月1日以降の上場申請から適用されており、コンプライアンスやコーポレート・ガバナンスの観点から記載項目が詳細化されました。
このように、コーポレート・ガバナンス体制の構築・運用への視点が強まっていく中で、IPO業務はより高度化しています。
そして、JPXは、より魅力ある資本市場を目指し、市場構造をめぐる諸問題や今後のあり方を検討するため、2018年10月に「市場構造の在り方等に関する懇談会」を設置しました。
さらに、JPXは、2022年4月4日に、現在の市場区分を、プライム市場・スタンダード市場・グローバル市場の3つの新しい市場区分へ再編することを発表しています。
詳細については下記のサイトをご覧ください。
https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/market-structure/index.html
IPOを検討している経営者は、今後のIPO環境の動向を注視し、上場するタイミングとターゲット市場を見極めた上で、資本政策を検討する必要があるでしょう。
ベンチャー企業が上場するメリット・デメリットに関しては、こちらの記事で詳しく解説されています。
あわせてご確認ください。
参考:ベンチャー企業が上場するメリットとは?デメリットや手続きも解説 |株式会社パラダイムシフト
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