澤田直彦
監修弁護士:澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所
代表弁護士
IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。
本記事では、
「内部通報制度【通報を受けた後の業務フロー②:守秘義務・再発防止策】」
について、詳しく解説します。
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はじめに ~IPOと内部通報制度~
上場申請時には、内部通報制度の整備状況が確認されることになっています。
これは、東京証券取引所が上場会社に対してその遵守又は不遵守の理由の説明を求めるコーポレートガバナンス・コード(CGコード)においても、内部通報制度について、以下の定めを置いているからです。
上場会社は、その従業員等が、不利益を被る危険を懸念することなく、違法または不適切な行為・情報開示に関する情報や真摯な疑念を伝えることができるよう、また、伝えられた情報や疑念が客観的に検証され適切に活用されるよう、内部通報に係る適切な体制整備を行うべきである。取締役会は、こうした体制整備を実現する責務を負うとともに、その運用状況を監督すべきである。
【補充原則2-5①】
上場会社は、内部通報に係る体制整備の一環として、経営陣から独立した窓口の設置(例えば、社外取締役と監査役による合議体を窓口とする等)を行うべきであり、また、情報提供者の秘匿と不利益取扱の禁止に関する規律を整備すべきである。
また、IPOをする企業は、上場申請時に必要な「有価証券上場規程施行規則第231条第1項第4号に規定する提出書類」の中で、内部通報制度の整備状況を説明しなければなりません。
そして、日本証券取引所グループ「新規上場申請者に係る各種説明資料の記載項目について」には、内部通報制度の整備状況として、社内の通報窓口、社外の通報窓口、通報受領後のフロー、社員への周知方法・当該制度の利用を促進する施策、最近2年間及び申請事業年度の通報件数等を記載するよう求めています。
このように、IPOを目指す企業においては、内部通報制度を上場申請期からさかのぼって2年前(N-2期)から必ず設置しなければなりませんので、ご留意ください。
設例
しかし、この工事において、A社は施工データを改ざんし、施工不良や品質不正を隠ぺいの上、B市に対して虚偽の報告をしていました。
建設工事の過程において関わった従業員が不正に気づき、「この通報は匿名にしてもらいたい、通報内容も公表しないでもらいたい」とした上で、電話で内部通報を行いました。
この場合、通報を受けた企業はどのように対応すれば良いのでしょうか?
通報を受けたものの守秘義務について
建設工事などで公益通報者保護法の適用対象となる法律がある場合、通報を受けた受付者や調査担当者などは「守秘義務」を負います。こうした受付者や担当者などを「公益通報対応業務従事者(従事者)」と言います。
守秘義務とは、公益通報によって得た情報を漏えいしてはならない義務です。
情報漏えいの危険があると情報を持っている人が漏えいを恐れて通報しなくなる可能性が高まるので、こういった規制がもうけられています。
従事者が守秘義務に違反して情報を漏えいすると刑罰を受ける可能性もあります。
内部通報制度構築の際には、情報漏えいが絶対に起こらないように担当者へ十分な教育を実施し、漏えいが起こりにくいフローやシステムを工夫しましょう。
たとえば以下のような対応をとるようおすすめします。
- 公益通報者を特定させる事項や通報に関する秘密、個人情報についての情報管理を徹底する
- 公益通報者が特定されない方法で調査を行う
- 公益通報者と接触する時間や場所を適切に定める
具体的に公益通報者を特定されないための工夫としては、以下のような方法が考えられます。
- 公益通報者を特定する事項を伝える相手に秘密保持を誓約させる
- 公益通報者を特定させる事項の漏えいは懲戒処分等の対象となると注意喚起をする
- 従事者以外の者に調査等の依頼を行う際には、その調査が内部公益通報と関係があることを伝えない
- 抜き打ちで監査を装う
- 該当部署以外の部署にもダミーの調査を行う
- 定期監査と合わせて調査を行う
- 組織内のコンプライアンス状況に関する匿名アンケートを、全ての労働者や役員に対して定期的に行う
- 核心部分ではなく周辺部分から調査を開始する
たとえば設例の事案では、調査を実施する際に通報があったことを告げずに抜き打ち監査を行うと良いでしょう。
社内の他部門と同時に対象部門を調査する方法も有効です。
守秘義務が免除される「正当な理由」
従事者は基本的に通報内容や関係者についての守秘義務を負いますが、「正当な理由」がある場合には守秘義務が免除されます。
具体的にどのような場合に守秘義務が免除されるのかについて、みてみましょう。
公益通報者の同意がある場合
通報者本人が情報の開示に同意した場合、守秘義務は免除されます。
法令に基づく場合
法律によって情報開示しなければならない場合には、守秘義務は免除されます。
調査などで必要な範囲において従事者間で情報共有する場合
必要な範囲で情報共有しなければ調査できない場合には守秘義務が免除されます。
たとえば建設工事における品質不正においては、品質についての専門的な知見が必要となるでしょう。品質に関する問題を管轄している部門との連携が必須です。
すると社内で多数の者に対して、公益通報者を特定させる事項について知らせたうえで、緊急的に調査に当たらせなければなりません。
そのため「調査等で必要な範囲において従事者間で情報共有する場合」に該当し、公益通報者保護法の「正当な理由」が認められ、守秘義務が解除されると考えられます。
従事者でない者に情報を伝えなければ調査又は是正措置を実施できない場合
建設工事における品質偽装などの不正事案では、行政機関や発注者に対して不正事案を伝える必要性が高く、この要件に該当すると考えられます。
ただし上記のように正当な理由が認められて守秘義務が課されないからといって、情報を無制限に漏えいして良いというものではありません。
通報者が加害者による報復などの不利益を受けないよう配慮する必要があります。 情報の共有や伝達を行う際には、必ず通報者の保護を念頭におくようにしましょう。 設例の事案でも以下のような対応ができます。
- そもそも通報によって不祥事が明らかになったことを明示しない(調査によって発覚したなどと説明する)
- できるだけ通報者を特定せず、「通報者A」などの匿名表記にするなどの対応をとる
不正事案を通知、調査する場合に情報漏えいを防ぐ手法
通報を受けた各機関(不正が行われた企業や取引先、行政機関)が不正事案を社内に通知したり調査したりする際には、以下のような工夫をして情報漏えいを防ぎましょう。
社内にメールなどで通知する場合
通報を受けた会社が自社内の従業員などへメールや社内報などの手段で不正事案を通知する際には、以下のように対応しましょう。
● 付記事項として、外部への開示を一切禁止する旨の文言を入れる
メールや社内報などで不正事案を知らせる際、付記事項として「外部への開示を一切禁止する」とする文言を入れて注意喚起しましょう。
情報漏洩すると懲戒の対象になりうることも書いておいても良いでしょう。
● 通報者から、事前に「情報を開示しても良い」とする同意を得ておく
通報者から情報開示に関する同意を得ておけば、正当な理由が認められて守秘義務が免除されます。
● 「通報があった」ではなく「指摘があった」と表記する
通報があったと書かれると「誰が通報したのか」と気になって探索されてしまうので、「指摘があった」という表現にとどめましょう。
● 通報者の名前を仮称で表記する
内部通報によって不祥事が発覚したことが明らかになっている場合には社内の報告書などに通報者を表記せざるを得ません。
その場合でも「通報者A」などと仮称表記しましょう。調査担当者が通報者の名刺を見られて通報者が特定された事案もあるので、そういったことのないよう注意が必要です。
調査の際に漏えいを予防する方法
通報を受けた会社や行政機関などで調査を実施する際には、情報漏えいを防ぐため、以下のような予防方法を実践しましょう。
● 通報者の探索禁止を徹底する
関係者などからヒアリングを行う際には、以下のように伝えて通報者の探索禁止を徹底しましょう。
● 誓約書を書かせる
対象者や関係者などからヒアリングをする際、「情報漏えいしない」「通報者を探さない」などと書かれた誓約書を書かせるのも有効な対策方法となります。
上記のような誓約書の「ひな形」が必要な事業会社様は、個別に直法律事務所にお問い合わせください。
通報者による自認を防止する
通報者本人が対象者や周囲から問い詰められて、自分から「通報しました」と認めてしまうケースがあります。
通報者による自認を防ぐため、通報者からヒアリングを行う際などに以下のように伝えましょう。
匿名の手紙を受け取った場合の取り扱い
内部通報が行われるときには匿名郵便が利用されるケースもよくあります。
自社内部の不正事案だけではなく、行政機関や取引先の発注業者などが郵便で通報内容を受け取るケースもあるでしょう。
そういった場合、通報者自身が特定を望んでいないので、通報者が誰か詮索すべきではありません。特定されるような行動を避けるべきです。
たとえば消印から差し出し地域を特定できる可能性があるので、封筒を見るのは担当部署のみとして他者には見せないようにしましょう。また筆跡や文体から通報者を特定される可能性もあるので、書面の原本やコピーも関係者などには見られないよう配慮すべきです。
設例の事案でも、もし通報が郵便で行われたのであれば、封筒や手紙を見るのは受付者や調査担当者限りとして、他には公開してはなりません。一般従業員がアクセスできない鍵の付いた引き出しなどで厳重に管理しましょう。
従事者が守秘義務を負う期間
従事者や過去に従事者であったものが守秘義務を負う期間に制限はありません。
いったん内部通報の受付者や調査担当者となって関与した場合には、永続的に内部通報情報や通報者の情報を秘密にしなければなりません。
是正措置の必要性の検討
調査が終了したら、調査結果をもとに是正措置を検討しなければなりません。
それと同時に通報者へのフィードバックを行うべきです。
結果が伝わらないと、通報者は「なんの対応もしてもらえなかった」と考えて別の外部機関やマスコミなどへあらためて通報してしまう可能性があるためです。指針においても原則的に通報者への通知は速やかに行うべきと規定されています(第4・3(2))。
ただ通報者へ通知をすると、通報者がその内容をもとに対象者や会社へ損害賠償請求をしたり監督官庁へ通報したりする可能性もあります。通知内容を検討する際には、そういったリスクも踏まえておくべきです。
なお匿名で通報が行われた場合にはフィードバックができないので、無理に結果を通知する必要はありません。ただし対象会社に対しては匿名でも社外の通報窓口で通報者を確認できている場合、当該社外窓口を通じてフィードバックすべきです。
是正措置のポイント
是正措置としては、通報対象者などに対する懲戒処分が考えられます。
懲戒処分の対象となる人
懲戒処分の対象となりうるのは以下のような人です。
- 通報対象者
- 協力者
- 監督不行届だった上司
また通報対応過程において調査を妨害したものをはじめとし、以下のような人にも懲戒処分を検討すべきです。
- 調査に協力しなかったもの、妨害したもの
- 通報対応の過程で個人情報を流出したもの
- 通報者の探索を行ったもの
- 通報者に対して嫌がらせなどの不利益取り扱いをしたもの
懲戒処分の内容
懲戒処分を適用するとしても、その内容は不正行為の悪質性・結果の重大性・故意に行ったものか過失によるものか、過去にも不正行為をしたことがあるかなどの事情に応じてバランスのとれたものにしなければなりません。
不正行為の内容や程度に比べてあまりに重い懲戒処分を課してしまうと、懲戒処分が違法・無効となってしまう可能性があります。
そうなると処分対象者から労働審判や訴訟などを起こされるリスクもあるので、そういったことのないよう慎重に対応しましょう。
懲戒処分の手続き
懲戒処分をするときには、就業規則などで定められた適正な手続きを踏む必要があります。
そもそも対象者の行動が懲戒規定に抵触していることが必要ですし、規定内容によっては懲罰委員会の決議が必要になるケースもあります。
被害回復
設例とは異なりますが、たとえばセクハラやパワハラなどの事案の場合、被害者への被害回復措置も必要となるでしょう。
精神的ケアが必要になるケースが多いですし、場合によっては労災や傷病手当金を申請すべきケースもあります。必要に応じて会社は申請手続きに協力しましょう。
また加害者から損害賠償をさせるべき事案も考えられます。
ただし加害者の行為が不法行為となる場合、企業に使用者責任が及ぶ可能性もあります。そうすると、企業が被害者へ金額的な妥協を迫ると利益相反してしまいます。被害者からは不当な業務命令と主張されるでしょう。同様に加害者への説得も不当な業務命令と受け止められる可能性があります。会社が被害者や加害者を説得する際には、「業務命令」と受け止められないように慎重な対応が必要といえます。
是正措置は、適切な対処をしないと無用な労務トラブルを抱えるおそれがある大変デリケートな問題です。
対応の際には、内部通報及び労務問題を専門とする法律事務所に相談の上、対処をされることを強くお勧めします。
再発防止策
調査や是正措置が終わったら、再発防止策をとらねばなりません。
再発防止策のポイント
再発防止策をとるときには、
- 原因究明
- 原因を取り除く対応
の2ステップが必要となります。
たとえば「社内ルールが不明確だったこと」「社内ルールが社員に共有されていなかったこと」が原因で不祥事が発生した場合、社内ルールを明確化して社内へ周知すべきです。
再発防止策については、コンプライアンス委員会や危機管理委員会などの社内組織で十分に議論と分析を行って検討しましょう。
フォローアップ
調査、是正措置、再発防止策のすべてのステップを終了したら、そうした措置が正常に機能しているのか確認するためのフォローアップを行いましょう。
是正措置や再発防止策の実効性の確認
まずは是正措置や再発防止策が実行的に機能しているか確認すべきです。
内部監査などを通じてチェックを行い、不正が再発していないか、再発防止策に改善点がないかなど検討しましょう。改善が必要であれば、速やかにあらたな対策を講じるようにしてください。
通報者が通報をしたことを理由に不利益取扱いを受けていないかの確認
通報者が通報をきっかけに不利益な取り扱いを受けていないことも確認しなければなりません。調査時には通報者の探索や嫌がらせが行われなくても、後日行われるケースが珍しくありません。
また内部通報における通報者が不利益に取り扱われると、その後は誰も内部通報制度を利用しなくなるでしょう。そうなると、企業内の自浄作用がはたらかなくなってしまいます。
通報対応のフローがいったん終了したら、しばらく経ってから通報者に対して聞き取りやアンケート調査を実施しましょう。
もしも通報後に何らかの被害を受けているなら、あらためて被害を申し出るように通報者へ伝達すべきです。
通報対応の検討・見直し
通報対応が適切に行われたかどうかについても検討し、必要に応じて見直しましょう。
その際、以下のような点に注目すべきです。
- 通報対応は社内規定に従って行われたか、社内規定に不備はなかったか
- 通報窓口は受け付けに最適な部署であったか、他の部署を窓口とすべきではなかったか
- 受付時の対応に問題はなかったか
- 秘密保持は徹底されたか
- 通報内容を共有する人の範囲は適切に限定されていたか
- データ管理方法に問題はなかったか
- 聞き取り調査の方法や順序に問題はなかったか
- 内部通報制度に対する従業員らの理解が十分だったか、教育の必要はないか
上記において変更や改善を要する点があれば、適宜改善措置を行いましょう。
内部通報制度に係る社外窓口のご相談は、東京都千代田区直法律事務所の弁護士まで
今回は建設業を題材として内部通報制度を解説しました。
まずはこの対応フローをしっかり理解して実践しましょう。
企業内の不正が行われるのは建設業界に限りません。他のあらゆる業種や機関においても不正行為は行われます。誰にとっても他人事とはいえません。特に最近内部通報制度の構築が法的義務化されたので、制度構築できていない企業では早急に対応する必要があります。
内部通報を受けた場合には公益通報者保護法やその他の法規定に従い、適切なフローで処理をしなければなりません。自社のみでの対応に不安がある場合には、直法律事務所にお問い合わせください。
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