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取締役派遣など会社運営に関する事項~投資契約で損をしないために2~

Q 
資金調達先から送付された投資契約書の中に、資金調達先から取締役やオブザーバーを派遣するという条項がありました。注意するべき事項を教えて貰えますか?

A 
取締役やオブザーバーの派遣を含め、資金調達を受けるベンチャー企業が気を付けるべき条項を説明します。


澤田直彦

監修弁護士:澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 代表弁護士

IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。
本記事では、
「取締役派遣など会社運営に関する事項~投資契約で損をしないために2~」
について、詳しくご解説します。

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取締役・オブザーバー派遣条項

概要

投資家サイドが発行会社に対して投資家サイドの指名する取締役やオブザーバーを派遣することを定めるものです。

 取締役指名権は、発行会社に対して投資家が指名する取締役を派遣することができる権利であり、オブザーバーの指名権は発行会社の取締役会その他の重要会議に対して投資家が指名する者を派遣することができる権利です。

 いずれも投資家による発行会社の情報の取得、モニタリングや経営関与の目的で設定されるものですが、取締役指名権は会社法上の役員としての権利義務が定められた取締役を派遣するため、より強力な権利となります。

条項例

  • 発行会社は、投資家が指名する者○名を、投資家のオブザーバーとして扱うものとする。かかるオブザーバーは、発行会社の取締役会の招集通知を受ける権利を有し、取締役会に出席し、その意見を述べることができる。ただし、当該オブザーバーは議決権を有しないものとする。

投資家サイドが取締役やオブザーバーの派遣を希望してくる意図は、以下の二点にあります。

①取締役会の意思決定が事業計画の遂行にとって適切なものとなるよう監視監督したい
 ⇒取締役会の決定は取締役の過半数の賛成により行われるため、投資家サイドの取締役が過半数となっていない限り、取締役会の意思決定をコントロールすることはできません。

 しかし、たとえ投資家サイドの取締役が過半数にのぼっていなくとも、取締役は取締役会で発言し、議決権を行使できる立場にあります。投資家サイドの取締役が取締役会で企業価値を向上させるための発言をしたのに、それを無視して他の取締役で決議をして、この決議に基づき会社が多大な損害を被った場合、決議自体は有効であっても他の取締役が善管注意義務違反の損害賠償責任を負うおそれがあります。

 その意味で、投資家サイドから取締役をおくりこみ取締役会で発言をして議決権を行使することは、投資家の意向に反する意思決定を行うことに対する大きなけん制になり、また、投資家の監視機能を強化するものになります。

②会社の情報を適切に把握しておきたい
⇒投資家サイドが派遣した取締役やオブザーバーは取締役会で開示された情報を得ることができ、さらに発行会社に対して必要な情報の開示を要求することもできます。その意味で、発行会社の情報を取得するのに、取締役やオブザーバーを派遣することは有用です。

留意点

これらを踏まえて、投資家サイド、発行会社サイドは、それぞれ以下の点に留意することが必要です。

発行会社サイド

  • 発行会社側の意向を反映した取締役会決議ができるよう、発行会社側の取締役で過半数をキープしておくことが必要です。
  • 発言権を持ち発行会社の情報を把握することとなる投資家サイドの取締役の人となりをよくリサーチし、会社の経営にふさわしい人物であるか慎重に見極める必要があります。

投資家サイド

  • 投資家サイドから派遣される人物が取締役である場合、取締役会決議で決定した議案について損害が生じたときに、当該取締役は会社や株主全員に対して損害賠償責任を負うことになります。この責任をリスクヘッジするために、会社法427条に基づき責任限定契約を結ぶことが必要です。
  • 派遣される人物は、投資家サイドと発行会社側の両者に関与することになるため、投資家サイドにとっては望ましくない案件だが発行会社サイドとしては進めるべき、などといった利益相反状態に陥ることがあります。この場合の派遣取締役の行動は利益相反状態にあり、会社法上の損害賠償責任を問われる可能性もある(356条1項2,3号)ため、慎重に検討する必要があり、場合によっては取締役を辞任した方が安全なケースもあります。
  • 会社法上、取締役会設置会社は3人以上の取締役が必要です(定款で定めれば、3人以下にすることも可能です)。投資家サイドの取締役が辞任し3人を下回った場合、辞任した取締役は新たな取締役が選任されるまで引き続き取締役としての権利義務を負うことになるので(会社法346条)、実質的に辞任ができないことになります。 これに備えて、投資家サイドが取締役を派遣するときは、当該取締役が辞任しても発行会社の取締役の人数が3人を下回らないような状況にしておき、いつでも辞任することができるようにしておく必要があります。
  • 取締役は会社に対して善管注意義務を負うため、投資家派遣の取締役とはいえ、取締役の地位に基づき得た発行会社の情報を何でも投資家に開示できるわけではありません。開示には発行会社の了解を得る必要があります。投資契約で、この情報開示を認める旨を定めておけば、了解を得る手間が省けます。


※ハンズオン
ハンズオンとは、ベンチャーキャピタルなどの投資家が、ただ資金を投資してくれるだけではなく、戦略のアドバイス、鍵になる役員や技術者などの紹介、取引先の紹介などをしてくれることです。
取締役・オブザーバー派遣条項は、単に経営を監視される機能だけでなく、ハンズオンの一環としてもなされることが多いです。 このように投資家を選ぶ際には、起業家側との相性が重要です。

資金使途

概要

 ベンチャー企業において資金調達をする場合には、特定の資金的な需要があるのが通常です。投資家の資金を需要とは無関係に使用されることを防ぐため設けられるのが、資金使途に関する事項です。

条項例

  • 発行会社は、本件株式の発行手取り金を、投資者に提出した事業計画、及び、当該事業計画を払込期日以降に合理的な理由に基づき変更した事業計画に従った目的に使用する。

留意点

「提出された事業計画に従って目的のみに資金を使用する」といった文言になっている契約もありますが、シード期のベンチャー企業の事業計画がそのとおりになっていくということは、ほぼありませんので、上記のとおり、「合理的な理由に基づき変更した事業計画」とすることが無難です。

誓約事項

概要

起業家サイドがIPO等を目指して適正な運営投資をすることを約束する条項です。
払込前と払込後に分けて誓約することが通例です。

条項例

  • 発行会社及び経営株主は、本件株式の払込後、以下を遵守する。
    (1)法令及び発行会社の定款を遵守して経営を行うこと。特に会社法上の事業報告及び計算書類、その他開示情報等を法令に定められた通り投資者に送付すること。
    (2)・・・

払込前の義務

主に以下のような事項が規定されます。

  • 取引を実行するために必要な手続の履践
  • 取引の実行前に改善するべき問題点への対応
  • 契約締結後・取引実行前の過渡的な状況への対応

払込後の義務

主に以下のような事項が規定されます。

  • 適正な会計帳簿の維持
  • 役員その他の関連当事者との取引の適正(アームレングス・ルール)
    ⇒将来のIPOにおいては、IPO前の一定期間の関連当事者取引は原則として適正審査の対象となるので、それに備える必要があります。
  • 投資家の質問権・情報開示請求権
    ⇒投資家から質問や情報の開示請求をされた場合、これに応じるという内容のものです。ある程度包括的な情報開示の権利を要請されることが一般的です。
  • 計算書類、税務申告書等の提出
  • 反社会的勢力との関係遮断
  • 法令、定款、社内規則等の遵守

重要事項の事前承認及び通知

概要

定款変更、合併等の組織再編行為、新株発行等の資本の変動を生ずる行為、破産等の申し立てなど重要性の高い事項について、投資家への事前承認や事前通知権を認める条項です。

「事前承認」とは、発行会社の一定の決定事項について、事前に投資家に対して通知のうえ、承認を得るべきことを義務として課すものです。

これに対し「事前通知」は、発行会社の一定の決定事項について、事前の承認は不要であるものの通知は行うべきことを手続義務として課すものです。ここにいう「事前」とは、株主総会や取締役会において議案を上程する前の段階を指すことが多く、その旨を投資契約書にも明記することが一般的です。

投資家が事前承認等を求める理由は、投資時に確認した事業内容や経営体制、株式の価値を断りなく変更されないためのモニタリングや、新規の株主や取締役が反社会的勢力で無いか等の確認を行うことがあげられます。

このため、新株発行、主要事業の変更といった重要事項は事前承認の対象として設定されやすいものの、実際にいかなる事項を事前承認や事前通知とするかは発行会社と投資家との間の調整により定まるものであり、事前承認と事前通知を分ける場合もあれば、全ての事項を事前承認とする場合や事前通知に留める場合もあります。

条項例

  • 1 発行会社は、以下の各号に定める事項を決定するときは、投資家に対し、事前に速やかにその旨を通知するものとする。この場合の事前とは、発行会社の株主総会や取締役会において議案を上程する前を意味するものとする。また、以下の各号に定める事由のうち決定事項でないものについては、その事項が発生した時には、その事実の発生を速やかに通知するものとする。

    (1)月決決算の状況

    (2)株式公開予定時期と公開予定市場の変更についての決定

    (3)経営に影響ある人事異動の決定

    (4)合併、株式交換、株式譲渡、営業譲渡、営業譲受、会社分割その他の企業結合または第三者との資本提携

    (5)自己株式の取得、株式償却、資本減少またはその他の資本の変更(法定準備金の減少を含む)

    (6)解散の決定または破産、会社更生手続開始、民事再生手続開始、会社整理、特別清算もしくはその他一切の倒産手続の申立の決定

    (7)その他当初の事業計画の実現に変化を及ぼす事項等の決定または発生

  • 2 投資家が本契約または本件株式にかかる権利を確保するため必要があると認め、発行会社の業務または財産の状況に関し発行会社からの報告または資料の提出を求めたとき、あるいはこれに付随する質問に対する回答を求めたときは、発行会社は、速やかにこれに対応するものとする。

留意点

起業家サイドとしては、あまりに細かい事項まで事前承認事項にしてしまうと意思決定のスピードが奪われてしまうため、対象を必要なものだけに限定したり、事前協議にとどめるよう求めることが必要です。

反対に、事前承認及び事前協議の権利を有する投資家は、その権利に伴う対応手続きに配慮する必要があります。
投資家は、発行会社から事前承認を求められた場合、速やかにこれに対応しその可否を伝える努力をしなければなりません。

そして、投資家側にとって重要なことは、想定される事前承認に対する社内の決裁プロセス・権限等を事前に定めておくことです。

また、発行会社としても、投資家側の事務的都合で事前承認が得られないことにより意思決定が滞らせないためにも、「事前承認事項を通知後[ ]日間、投資家より返答がない場合は承認したとみなす」等の条文を加えておくことが望ましいです。

事後通知

投資先に訴訟等の紛争が発生した場合、破産等の申立がされた場合、監督官庁から営業停止等がなされた場合、災害などにより重大な損害が発生した場合などにおいては、投資家が状況を把握する必要があるため、このような場合に投資家に事後通知を求める規定をおくことが一般的です。

経営株主の義務

条項例

  • 1 経営者は、投資家の事前の書面による通知なく、本契約締結当時の役職(代表取締役および取締役を含む。)を辞任せず、かつ、任期満了時にその役職に再任されることを拒否しないものとする。

  • 2 経営者は、会社の業務に専念し、投資者の事前の書面による通知なく、会社の取締役、監査役、従業員としての地位にある間、および自己の責に帰すべき事由により会社の取締役、監査役、従業員のいずれでもなくなった日から●●年間を経過する日まで、自らまたは第三者を通じて、会社の事業と競業する事業を直接もしくは間接に行わず、また、かかる事業への出資も行わないものとする。

留意点

投資判断にあたって、経営者が誰であるかは重要な事項であり、特にベンチャー投資においては、経営者に投資をしているという側面が強いのが一般的です。経営者は、当該会社の経営に専念する覚悟が必要です。

一般的に経営株主の義務として規定されるのは以下のものが挙げられます。

  • ①投資家の承諾なく、取締役を辞任したり、再選を拒否したりしないこと
  • ②兼任及び兼職の禁止
  • ③在任中及び退任後一定期間(通常は1年から3年)の競業避止義務


特に③については、期間や対象について交渉上論点となりやすいところです。

資金調達の法務相談は、
弁護士に相談して解決

投資契約書の条件をしっかりと考えなかった、提出された投資契約書にそのまま判子を押してしまった等が原因で、資金を調達後、ビジネスがとん挫したというケースがあります。会社を守るため、資金調達をする際の契約書作成は弁護士にご相談ください。

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