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【相殺】徹底解説① ~相殺のしくみ~

Q 
取引先から債権を回収したいです。
ただ、債権回収にあまりリソースをかけたくないのが本音です。簡単に債権回収をする方法を教えてください。

A 
相殺という方法があります。
自社自身が債務を負担している場合はもちろん、債務を負担していない場合にも相殺をできる場合があります。

相殺の方法について、全3回にわたり、詳しく説明していきます。


澤田直彦

監修弁護士:澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 
代表弁護士

IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。

本記事では、
「【相殺】徹底解説① ~相殺のしくみ~」
について、詳しくご説明します。

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相殺のメリット

支払いが遅れている取引先から売掛金(債権)を回収したい場合、取引先に対する買掛金(債務)とで相殺を行うと、売掛金(債権)を回収したのと同じ効果を得ることができます。

取引先に対して合意を得ることなく相殺する方法

相殺は、民法に定められている条件を満たせば、取引先の同意を得ることなく、一方的に行うことができます。

このような相殺が認められるための必要な条件は、次のとおりです。

同じ種類の債権が対立していること

例えば、売掛金や貸付金は金銭債権であり、同じ種類の債権となりますので、この条件を満たす事になります。

※相殺をする対立する債権について、相殺の意思表示をする当事者の債権を自働債権、相殺される側の当事者の債権を受働債権と呼ぶことで区別しています。

自社の債権の弁済期が到来していること

自社の取引先に対する債権の弁済期(支払期日)が到来している必要があります。
他方で、自社の取引先に対する買掛金の弁済期が到来していない場合でも相殺が可能です。自社の利益のために設定されている弁済期(期限の利益)を自ら放棄することは問題がないからです。

そして「自社の取引先に対する売掛金などの債権の弁済期が到来していること」という条件を簡単に実現させるためにする実務上の工夫があります。
取引基本契約などで、期限の利益喪失条項を定めるという工夫です。
期限の利益喪失条項を定めておけば、その条項を理由に本来の弁済期が到来していない売掛金であっても弁済期が到来したとして扱うことができます。

期限の利益喪失条項として定められる代表的な条項は、

  1. 契約条項に違反したとき
  2. 債務の履行を一回でも怠ったとき
  3. 滞納処分、差押え(仮差押え、仮処分)があったとき
  4. 任意整理の通知を発したとき又は事業再生ADR・特定調停を申し立てたとき
  5. 支払の停止または法的倒産手続(破産開始手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始など)の申立てがあったとき
  6. 合併によらず会社が解散したとき

等が挙げられます。 なお、上記の「同じ種類の債権が対立していること」及び「自社の債権の弁済期が到来していること」を満たす状態を、相殺適状といいます。

相殺禁止特約を締結していないことや、法律上相殺が禁止されていないこと

相殺適状にあっても、相殺が許されない例外があります。
このような例外を相殺禁止といいます。

法律上は、相殺禁止にあたる例として、以下の7つが挙げられます。

債務の性質により、相殺が許されない場合(民法505条1項但書)

この点は、債権回収の場面で問題にはなることは多くはないです。
たとえば、騒音を出さない債務をお互いが負っている場合には、その債務の性質により、相殺することができません。

相殺禁止の特約がある場合

当事者が、相殺を禁止する特約や相殺を制限する特約を締結しているなど、当事者が反対の意思を表示した場合には、相殺は禁止又は制限されます(民法505条2項)。

ただし、善意の第三者との関係では、その意思表示を対抗(主張)することができません。
なお、善意の第三者とは、そのような特約の存在を知らない第三者のことを指します。

受働債権が悪意の不法行為又は人の生命身体を侵害したことによって生じた場合

  • ①「悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務」

又は

  • ②「人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務」の債務者

は、相殺をもって自己の債権者に対抗できません(民法509条)。

「債権者に対抗することができない」というのは、相殺しても無効であることを意味しますので、相殺することができません(中田裕康『債権総論第4版』(有斐閣)475頁参照)。

なお、注意したい点が2点あります。
一つは、①「悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務」における「悪意」の意味です。ここにいう「悪意」は、単なる故意(民法709条)では足りず、積極的に他人を害する意思のことをいいます。

もう一つは、②「人の生命又は身体の侵害による損害賠償債務」の発生原因が不法行為か債務不履行かを問わないという点です。

受働債権が差押えを禁止されている場合

差押禁止債権の債務者は、これを受働債権とする相殺をしたとしても無効です(民法510条)。
差押禁止債権として挙げられる代表的なものは、扶養料給与年金の一定割合などの債権(民事執行法152条)などです。その債権によって生活をしている者の生活を脅かさないようにするのが目的です。

受働債権が支払いの差押えを受けている場合

(以下、中田裕康「債権総論(4版)」(有斐閣)480頁-486頁参照)

この場合はとても複雑なので、具体例を示しながら説明します。

XがYに対して債権βを有しています。
Xの債権者Zが債権βを差押えました。


YがXに対し債権αを有している場合、Yが債権αを自働債権とし、債権βを受働債権とする相殺を行った場合、YはZに対し相殺を対抗できるか、という問題状況です。

この問題については511条が規律しています。511条はYが債権αを取得したのがZの差押えの前か後かで対抗の可否を区別しています。
相殺の活用①

パターン1差押え前
…結論:対抗可

差押えを受けた債権の第三債務者Yは、差押え前に取得した債権による相殺をもって、差押債権者Zに対抗することができます(民法511条1項)。
そのため、Zが債権βを差し押さえる前に債権αを取得していれば、Yが相殺をもってZに対抗することができます。

パターン2差押え後

⑴原則
…結論:対抗不可

差押えを受けた債権の第三債務者Yは、差押え後に取得した債権による相殺をもって、差押債権者Zに対抗することができません(民法511条1項)。
そのため、Zが債権βを差し押さえた後に債権αを取得した場合には、Yが相殺をもってZに対抗することができません。

⑵物上代位と相殺
抵当権者(Z)が物上代位権を行使して抵当不動産の賃料債権を差し押さえたのに対し、賃借人(Y)が賃貸人(X)に対する債権により相殺するという場面ではどうなるでしょうか。

結論として、判例は、抵当不動産の賃借人(X)は、抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって、抵当権者に対抗することができない、としました。

判例は物上代位と相殺の場面では511条1項の適用はなく、別の理屈により説明します。
なお、敷金については、判例は敷金の充当により未払賃料債権が当然に消滅するので、相殺とは異なるから、民法511条の適用はないと説明しています。

⑶例外-差押え前の原因に基づいて生じた債権
…結論:対抗可

差押えられた債権の第三債務者Yが差押え後に取得した債権であっても、その債権が差押えの前の原因に基づいて生じたものであるときは、Yはその債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができます(民法511条2項本文)。
相殺に対する期待が保護に値するため、このような結論になります。

⑷例外の例外-他人から取得した債権
…結論:対抗不可

第三債務者Yが取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであったとしても、当該債権について第三債務者が差押え後に他人の債権を取得したものである場合には、Yはその債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができません(民法511条2項但書)。
この場合は、差押えの時点で、第三債務者による相殺に対する期待が保護に値しないから、このような結論となります。

自働債権に抗弁権が付着している場合

自働債権に相手方の抗弁権が付着している場合は、相殺ができないのが原則です。
この場合に相殺を認めると、相手方の抗弁権を一方的に奪ってしまうからです。

他方、受働債権に抗弁が付着している場合は、債務者がこれを放棄して相殺することは可能です。
たとえば、自働債権が売買代金債権であり、売主が買主に商品の引き渡していない場合では、買主は売主に同時履行の抗弁権(商品を引き渡すまで代金支払いには応じないということのできる権利とイメージしてください)を主張することができます。

このような状況の下で、売買代金債権には同時履行の抗弁が付着しているといいます。
仮にこの売買代金債権を自働債権として、売主が買主に対して追っている債務との間で相殺を認めてしまうと、買主は商品を引き渡してもらえないリスクを負ったまま代金支払いに応じたと同じ状況に立たされてしまいます。
自働債権に抗弁権が付着している場合に相殺が許されないのは、相手方をこのような状況に立たせてしまうのが不当であるという価値判断に基づきます。

自働債権が差押えられている場合

差押さえられた債権を自働債権として相殺を行っても、この相殺を差押債権者に対抗することができません。
このような相殺を認めてしまうと、差押えが処分を禁止する行為であるにもかかわらず、その債権の弁済を受ける(処分を受ける)ことと同じ状態になってしまうからです。

また、債権差押え、仮差押え等の手続により支払の差止めを受けた者(第三債務者と呼びます)は、差押え等の後に取得した債務者に対する債権による相殺をもって、差押債権者に対抗することができません。

差押えという公的手続によって、債権者が債務者の保有する債権からの直接の回収が許容されたにもかかわらず、その第三債務者によって、差押さえられた債権を消滅させてしまうことを許容するのは妥当とはいえないからです。

相殺の意思表示をすること

対立する債権は2-(1)「同じ種類の債権が対立していること」及び2-(2)「自社の債権の弁済期が到来していること」2-(3)「相殺禁止特約を締結していないことや、法律上相殺が禁止されていないこと」の条件を満たす場合に当然に相殺されるというわけではなく、自社が取引先に対して相殺の意思表示をしなければ、相殺という効果は発生しません。

通常、相殺の内容を記載した書面を配達証明付き内容証明郵便で郵送することで、相殺の意思表示をします。

なお、相殺の意思表示には条件・期限をつけることができない点に注意が必要です。「〇〇までに支払わないときは相殺する」などの条項を記載しないように注意してください。

取引先との相殺契約をする方法

相殺契約

法律上認められている一方的な相殺以外であっても、取引先と合意をすることで相殺をすることができます。
相殺契約では、当事者が相殺の対象や方法、要件及び効果について特別の合意をすることになります。

相殺予約

相殺予約とは、一定の時期に、または一定の事由が発生したときに、当事者間の相対立する債権について相殺することができる旨、ないしは当然に相殺の効果を生ずる旨の合意のことを指します。

ここでは相殺予約のうち

  • ①相殺契約の予約
  • ②停止条件付相殺契約

を紹介します。

①相殺契約の予約

相殺契約の予約とは、将来、一定の事由が生じた場合に、予約完結権をもつ当事者が意思表示を行ったときに相殺とする旨を定める合意のことをいいます。

ここでいう予約完結権とは、一方的意思表示によって相殺契約を成立させる権利のことをいいます(金井高志「民法でみる法律学習法」(日本評論社)179頁参照)。

注意したい点は、前述した法律で定められた相殺禁止事由の趣旨に反する合意(但し、3-2-4「相殺禁止債権についての相殺予約」についての場合は除く)や第三者の利益を侵害することはできない点です。

②停止条件付相殺契約

停止条件付相殺契約とは、将来、一定の事由が生じたときに、相対立する債権が対当額で当然に消滅するとする合意のことをいいます。相殺契約の予約とは異なり、予約完結権の意思表示が不要な点が特徴です。

つまり、相殺契約の予約の場合は相殺契約の成立のためには予約完結権をもつ当事者の意思表示が必要である一方、停止条件付相殺契約の場合は合意時に契約は既に成立しており、ただ、契約の効力発生が一定の条件にかからしめられています。

銀行取引約定上の相殺

これまで、合意により相殺契約を締結できることは説明してきましたが、銀行取引約定では、以下のような条項が存在することが一般的です。

  • 銀行取引停止処分などを受けた債務者は、自己の債務について当然に期限の利益を失い、銀行が債務者の預金債権と相殺を行うことができる約定(第三者に対しても効力があるとされています)
  • 相殺ができる場合に事前の相殺の意思表示に関する通知の省略
  • 相殺の遡及効について、利息等の計算の期間を計算実行の日までとする条項

相殺禁止債権についての相殺予約

2-3-4「受働債権が差押えを禁止されている場合」で述べたような差押禁止債権(例:扶養料)を受働債権とする相殺は許されませんが(民法505条)、当事者の契約があれば、相殺契約によって相殺をすることができます。


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