澤田直彦
監修弁護士:澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 代表弁護士
IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。
本記事では、
「【相殺とは?】相殺のメリットを活用した債権回収と、リスクについて」
と題して、詳しくご説明します。
相殺とは
概念
例えば、AがBに対して、金銭消費貸借契約に基づく100万円の貸金債権を有しているとします。
このとき同時に、BもAに対して、売買契約に基づく100万の売買代金債権を有しているとします。
この場合、AとBがお互いに100万円を相手方に支払っても良いですが、それぞれの有する債権を差引計算して消滅させる方が、実際に金銭の移動をさせるより簡単に決済できて便利だというメリットがあります。
このように、 互いに同じ種類の債権を有する場合に、その債権同士で消滅させる法律行為のことを「相殺(そうさい)」といいます。
このとき、相殺の意思表示をする当事者の有する債権を「自働債権」といい、相殺される側の当事者が有する債権を「受働債権」といいます。
相殺の機能
このような相殺には、一般的に、簡易決済機能と担保的機能があるといわれています。
① 簡易決済機能
相殺により、互いの債権の同じ金額(対当額)について差引計算をすることで、自働債権と受働債権のそれぞれについて、当事者双方が弁済するという二重の支払いの手間が省けます。
このように相殺により清算手続が簡易化される点を捉えて、相殺には簡易決済機能があるといわれます。
② 担保的機能
債権回収という視点から相殺をみたときに、相殺の重要な機能は担保的機能です。
例えば、先ほど述べた具体例において、Bは、Aに対して100万円の貸金債務を負っているほか、A以外の3名の債権者から合計900万円を借り入れており、Bの一般財産は預金債権500万円しかなかったとします。
この場合、通常、債権者は、Bに対する債務名義を得たうえで強制執行ができますが、他の債権者が配当要求などをした場合、配当要求をした債権者各自の債権額に応じて按分した金額について、Bの財産から債権の弁済を受けることとなります。
そうすると、Aは、仮にBの財産を差し押さえても、他の3名の債権者が配当要求をした場合、総債権額1000万円に対して自己の債権額を按分した10分の1、つまり、50万円の弁済しか受けられないことになります。
ところが、このときAがBに対して相殺の意思表示をすると、AとBの債権がそれぞれ対当額(100万円)につき消滅します。
つまり、Aは、実質的に他の3名の債権者に優先して、自己の貸金債権100万円を回収することができるのです。
このように、相殺の場面では、受働債権(上述の例では、Bの有する売買代金債権)が自働債権(上述の例では、Aの有する貸金債権)を回収するための担保となっているのです。
この点を捉えて、相殺には担保的機能があるといわれます。
相殺の要件
相殺適状
相殺を行うためには、両当事者の間に相殺に適した状況が存在しなければなりません。これを、相殺適状といいます。
具体的には、以下の要件を充たさなければなりません(民法505条1項本文)。
- 同一当事者間に債権の対立があること
- 両債権が同種の目的を有すること
- 両債権の弁済期が到来したこと
1 同一当事者間に債権の対立があること
相殺を行うためには、自働債権と受働債権はともに有効に成立していなければなりません。
債権の発生原因である契約が無効の場合には、相殺の意思表示も無効になります。また、相殺の意思表示がされる時点において、対立する債権債務が存在している必要があります。いったんは両債権の対立が生じたものの、その後に一方の債権が弁済等によって消滅すれば、それ以降の相殺はできなくなります。
もっとも、消滅時効に関して、明文によって例外が認められています。
すなわち、民法508条は、自働債権が時効によって消滅したときであっても、時効消滅以前に相殺適状が存在していた場合には、自働債権の債権者は相殺をすることができるとしています。
本条が適用されるためには、消滅時効の期間が満了する以前に相殺適状が生じていなければなりませんが、
他方で、相殺適状が生じていたのであれば、
①自働債権の債務者が消滅時効を援用していない場合はもちろん、
②債務者が既に消滅時効を援用していたとしても、
債権者は相殺をすることができるのです。
なお、受働債権の消滅時効が完成した場合については、相殺をしようとする者は受働債権の時効の利益を放棄できる(民法146条)ので、自己の有する自働債権をもって相殺をすることができます。
また、原則として、同一当事者間における債権の対立が必要となります。もっとも、これにはいくつかの例外も認められており、例えば、連帯債務者や保証人は、他の連帯債務者や主たる債務者の有する債権を自働債権として、自身が債権者に対して負担する債務(受働債権)を相殺することができます(同439条2項・457条2項)。
2 両債権が同種の目的を有すること
「同種の目的」とは、給付(債権として相手方に約束された利益)の内容が同じ種類であることをいいます。
債権の発生原因や債権額までが同一である必要はありません。自動債権と受働債権がともに金銭の支払を請求する債権(金銭債権)であれば、特段問題となりません。
例えば、上述した例のように、売買代金債権と貸金債権は、共に金銭を支払うことを内容とする金銭債権同士なので、相殺することができます。
3 両債権の弁済期が到来したこと
民法上、自動債権と受働債権の弁済期が到来していることが必要とされています。
しかし、自動債権の弁済期が到来していれば、受働債権については受働債権の債務者(=自動債権の債権者)が期限の利益を放棄できるため、実質的には自動債権の弁済期が到来していれば問題ありません。
つまり、弁済期が未到来の債権について、債務者は、期限が到来するまで支払わなくてもよく、期限の利益がありますが、債務者は、この期限の利益を放棄して弁済期を到来させることができます(民法136条)。したがって、相殺をしようとする者は、自働債権の弁済期が到来しているならば、自ら受働債権の期限の利益を放棄することにより相殺適状を作り出し、相殺を行うことができます。
他方で、自働債権の弁済期も到来している必要があるところ、自働債権については、相殺をしようとする側において期限の利益を放棄することができません。
そこで、相殺の機会をできるだけ確保しようと考えるのならば、自働債権の発生原因となる契約において、一定の信用喪失事由が債務者に生じたときに債務者が期限の利益を喪失する旨の条項(期限の利益喪失条項)を設けておくことが望ましいです。
債権の弁済期が定められている場合、債務者は、その期日までは債務の履行が猶予されています。このように、債権の弁済に一定の期限が設けられていることによって、債務者が受ける利益のことを「期限の利益」といいます。
相殺の禁止
もっとも、相殺適状になったからといって、すべての場合に相殺が認められるわけではありません。債務の性質が相殺を許さないときは、相殺は認められていません(民法505条1項但書)。このような相殺禁止に当たる場合としては、以下のような場合があります。
① 法律上相殺が禁止されている場合
例えば、労働基準法17条は、「使用者は、前借金その他労働を条件する前貸の債権と賃金を相殺してはならない」と定めています。
② 自働債権に抗弁権が付着している場合
自働債権に抗弁権(例えば、同時履行の抗弁権〔民法533条〕や催告・検索の抗弁権〔同452条・453条〕)が付着している場合には、相殺は認められません。このような場合にも相殺を認めてしまうと、自働債権の債務者が有している抗弁権を一方的に奪う結果となってしまうからです。
抗弁権とは、相手方の主張する請求に対して、特定の条件が成就するまで一時的に拒否し、延期の効果を発生させる権利のことをいいます。
③ 相殺制限特約が付されている場合
当事者は、その意思により自由に相殺を禁止し、または、相殺を制限することができます。
このような相殺制限特約が存在する場合には、特約の効力が優先するため、相殺を行うことができません。なお、このような相殺制限特約は、特約が付されていることにつき知っていた第三者、あるいは、重大な過失により知らなかった第三者に対しても主張することができます(民法505条2項)。
④ 受働債権が不法行為に基づく損害賠償請求権である場合
債務者が債権者に対して、損害を与える意図でした不法行為に基づく損害賠償請求を受働債権として、相殺をすることは違法となります(民法509条1号)。
もしこのような場合の相殺を認めてしまうと、債権を回収しようとする債権者が不法行為を介することで自働債権を創出することを誘発してしまうからです。また、不法行為が損害を与える意図によるものでなかった場合でも、不法行為の結果として債権者の生命や身体に侵害が生じたときは、この生命・身体の侵害を理由とする損害賠償請求権を受働債権として、債務者が相殺をすることは許されません(同条2号)。
このような場合には、不法行為の被害者に現実の金銭的救済を与えるべきであるから、相殺が禁止されるのです。もっとも、509条各号に係る債権を譲り受けた第三者(新たな債権者)との関係では、同条に基づく相殺禁止のルールは適用されません(同条柱書但書)。
⑤ 差押禁止債権の場合
差押えが禁止されている債権(民事執行法152条・生活保護法58条・労働基準法83条2項など)について、債務者の側から、差押禁止債権を受働債権として相殺をすることも違法です(民法510条)。
例えば、扶養請求権、賃金請求権や破産法等の関連する場合です。このような債権は、債権者に日常生活資金を与えることを趣旨としており、債権者に現実の給付を得させる必要があるからです。
差押えと相殺
相殺が問題となる場面として特に重要なのが、相殺と差押えが競合する場合です。
わかりやすく、以下のケースを前提として解説します。
α債権(500万円) | ||
X | A | |
β債権(1000万円) | ||
差押え | 貸金債権(1000万円) | |
Y |
上記のケースにおいて、Xによる相殺とYによる差押えの優劣はどのようになるのでしょうか。
この点に関して、民法は、次のように規定しています(なお、この規定は、平成29年の民法改正により新たに設けられたものです。もっとも、改正前民法における最高裁の判例も同様の立場を示しており〔最大判昭和36年12月23日民集18巻10号2217〕、改正民法は、従来の実務における運用を明文化したものといえます)。
② 差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え前に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる(同条1項後段)。
③ 差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、その第三債務者は、その債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる(同条2項本文)。
④ 差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであっても、第三債務者がその債権を差押え後に他人から取得したときは、相殺をもって差押債権者に対抗することができない (同条2項但書)。
したがって、上記ケースにおいて、
①YがAの有するβ債権を差押えた後に、XがAとの間で契約甲を締結してα債権を取得した場合には、Yによる差押えがXによる差押えに優先します。
反対に、XがAとの間で契約甲を締結してα債権を取得し、その後にYがAの有するβ債権を差押えた場合には、Xによる相殺がYによる差押えに優先します。
また、③Xがα債権を取得したのがYによるβ債権の差押えの後であっても、XがAとの間で契約甲を締結したのがYによる差押えの前であれば、Xによる相殺がYによる差押えに優先します。
もっとも、この場合であっても、例えば、契約甲がAとBの間で締結されたものであり、Xがα債権をBから譲り受けていた場合には、Xは、α債権とβ債権の相殺をもってYの差押えに対抗することができません(④)。
以上のような枠組みに立ったとしても、α債権の弁済期が到来しない間は、Xは相殺を主張することができない点には注意が必要です。相殺を主張するためには、相殺適状が生じていることが必要だからです。
債権回収方法としての相殺の活用
法定相殺の利用
相殺には、法定相殺と約定相殺の二種類があります。
法定相殺とは、相手方の意思に関わりなく、相殺権者の一方的な意思表示により債権債務関係を消滅させることをいいます。この法定相殺を有効に活用するための工夫として、期限の利益喪失条項の設定や、相殺適状を創出する方法が挙げられます。
①期限の利益喪失条項の設定~自動債権の弁済期を到来させる
この法定相殺を利用するうえで、最大の障害となるのが自働債権の弁済期です。
既に述べたように、相殺の意思表示をするためには、自働債権・受働債権ともに弁済期が到来している必要があります。したがって、取引相手の資産状況が悪化して債権回収の見込みが低くなったため、相殺による債権回収を意図したものの、自働債権の弁済期が未到来の場合は、相殺を行うことができません。その間に、差押債権者による受働債権の差押え・取立てが行われてしまう危険性が生じます。
そこで、このような場合に備えて、自働債権についての契約書において、期限の利益喪失条項を規定しておくのが望ましいでしょう。
第〇条(期限の利益の喪失)
乙は、以下の各号に規定する事由に該当した場合には、甲に対する一切の債務について当然に期限の利益を喪失し、直ちに債務を弁済しなければならない。
⑴ 債務の分割金もしくは利息金の支払を一回でも遅滞したとき
⑵ 支払不能もしくは支払停止の状態に陥ったとき、または、手形もしくは小切手が不渡りになったとき
⑶ ……
②相殺適状の創出~取引関係の工夫
既に述べた通り、相殺により債権を回収するためには、相殺適状の現存つまり同一当事者間に債権の対立が存在している必要があります。
ところで、通常の商取引においては、例えば、AがBに対して原材料を納入し、Bが原材料を加工・製造したうえでCに商品を販売するという形態がみられます。このとき、Bは、Cから支払われた商品の売買代金をもって、Aに対する原材料費を支払うことになりますが、Cが売買代金を支払ったとしても、BがAに対する支払を怠れば、Aは自己の債権を回収することができず、また、AはBに対する金銭債務を負っていないので相殺をすることもできません。
そこで、このような場合に、商品の物流関係はそのままにしつつ、取引契約上、AがBとCの間に入るという形式をとることにより、相殺適状を創出することができます。
つまり、AがBの代わりにCから商品の売買代金を受け取る旨を三者間で合意することにより、Aは、Bに対して商品売買代金の支払義務を負い、自己の有する原材料の売買代金債権との間で相殺適状を創出することができるのです。
約定相殺の利用
また、一定の事由が生じること条件として相殺の効果を発生させる旨の合意(相殺契約)をしておくことも有用です。このような相殺契約を締結しておけば、特段の意思表示をすることなく、当然に相殺の効力を生じさせることができます。
破産手続と相殺
信用不安のある相手方と取引をし、実際に取引先が倒産してしまった場合であっても、相殺により債権を回収することができるのでしょうか。
この点ついて、破産法は、破産手続開始の効果として、期限未到来の破産債権の期限を到来させるため(破産法103条3項)、破産債権者は、破産手続に優先して相殺権を行使することができます(同67条1項)。
このように、相殺は、強力な債権回収方法となっているのです。
もっとも、取引先の倒産を予測しつつ、自ら進んで相殺適状を創出したような場合には、相殺権の濫用と評価されてしまう可能性があるので注意してください。
また、破産手続が開始した後に取得した自働債権および受働債権に関しては、相殺が認められない点にも注意が必要です(同71条1項1号・72条1項1号)。
まとめ
以上に解説してきたように、相殺は、債権回収という観点から非常に強力な担保的機能を果たします。
その上、互いに債権を有していれば意思表示により決済ができる点で、抵当権などの物的担保を取る場合と異なり、手続的なコストも要しません。その意味で、とても簡便な担保方法といえます。
他方で、相殺を行うためには、受働債権の弁済期が到来している必要があるので、期限の利益喪失条項などの契約書上の工夫も必要です。
また、相手方が受働債権を譲渡してしまえば相殺をすることができなくなってしまいますから、債権譲渡制限特約を付しておくことも有用です(もっとも、平成29年の民法改正により、譲渡制限特約が付された場合であっても、債権譲渡が原則有効とされた点には注意が必要です〔民法466条2項〕)。
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