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新卒採用における「内定」「内々定」の違いと法的トラブル予防のポイント

Q
学生に内々定を出したのに、連絡がつかず、書類も出してくれません。内々定を取り消しても問題ないのでしょうか?

A
原則として、内々定の段階ではまだ労働契約は成立しておらず、企業は比較的自由に取り消すことができます。
ただし、学生が内々定を信頼して他社の選考を辞退していたなど、企業との関係性が深まっていた場合には、「内定」と評価され、取り消しが損害賠償の対象となるリスクもありますので、対応には慎重さと記録の保存が求められます。

本記事では、内定や内々定の法的性質から、取り消しの可否、適切な通知書・誓約書の作り方まで、企業側が知っておくべき実務ポイントを弁護士がわかりやすく解説します。


澤田直彦

監修弁護士:澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 
代表弁護士

IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。
本記事では、
「新卒採用における『内定』『内々定』の違いと法的トラブル予防のポイント」
について、詳しくご説明します。

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はじめに

採用活動における「内々定」「内定」の法的意味

新卒採用において、選考の早期化・長期化が進む中、「内々定」「内定」といった言葉が実務上頻繁に用いられるようになっています。しかし、これらの言葉の使われ方と、その法的意味は必ずしも一致していない点に注意が必要です。

特に「内々定」は、企業が学生に対して口頭やメールで「採用したい意思」を伝える段階でありながら、法的には労働契約が成立していないとされるのが一般的です。

一方、「内定」条件付きながらも労働契約が成立していると評価される場合があり、その取り扱いには慎重さが求められます。

本記事では、こうした「内々定」「内定」それぞれの法的意味を整理しつつ、企業が採用活動において直面しやすいリスクと、予防・対応の実務ポイントを解説します。

コロナ後の新卒採用に見られる企業側のリスク増加

アフターコロナの社会において、学生の就職活動の価値観や行動様式が多様化しています。企業側から見ると、「連絡がつかない」「研修に参加しない」「提出物の遅延・未提出」といった事態が以前よりも目立つようになり、採用活動におけるトラブルが顕在化しています。

こうした背景を踏まえ、企業には「内定取消はどこまで許されるのか」「どの段階で契約が成立しているのか」など、法的な視点から採用プロセスを点検し、リスクヘッジを講じることが求められます。

採用内定とは何か?法的整理と企業実務のズレ

「始期付解約権留保付労働契約」とは

一般的に「内定」は、法的には「始期付解約権留保付労働契約」と整理されています。これは、将来の特定日(通常は入社日)をもって雇用契約の効力を開始するが、企業側に一定の条件に基づく内定取消(解約)の権限を留保する契約形態です。

このため、企業が一方的に内定を取り消すことは、いわゆる「解雇」に準じる行為とみなされ、労働契約法16条に基づく「解雇権濫用法理」に準拠して、その合理性・相当性が厳しく問われることになります。

コラム:大日本印刷事件

最高裁 大日本印刷事件判決は、内定の実態は多様であるため具体的な事実関係に即してその法的性質を判断しなければならないと述べたうえで、同判決の事案では、採用内定通知のほかに労働契約締結のために特段の意思表示をすることが予定されていなかったことから、会社からの募集(申込みの誘因)に対し、求職者(学生)が応募したのは労働契約の申込みであり、これに対する会社からの採用内定通知は申込みに対する承諾であって、これによって両当事者間に始期付き・解約権留保付きの労働契約が成立したと判示しました。

内々定と内定の違い

一方、「内々定」は、正式な内定通知前の段階で、学生に対して口頭や非公式な形で採用の意思を示すものですが、通常この段階では労働契約は成立していないとされます。そのため、企業は比較的柔軟に内々定を取り消すことが可能です。

澤田直彦

裁判例でも、採用内々定の段階では労働契約の成立を否定するものが多いです。
(新日本製鐵事件:東京高判平成16・1・22労経速1876号24頁、コーセーアールイー(第2)事件:福岡高判平成23・3・10労判1020号82頁)

ただし、企業と学生の間で「既に労働契約が成立していた」と評価されるような行為がある場合、たとえば学生が他社の選考を辞退するなどの行動をとっていた場合には、内々定でも労働契約の成立が認められるリスクがある点には注意が必要です。

採用内々定通知書の雛形

令和〇年〇月〇日


〇〇〇〇殿

採用内々定通知書


株式会社〇〇〇〇
代表取締役〇〇〇〇



拝啓 時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
先日は、お忙しい中、当社の採用試験にお時間を頂きありがとうございました。厳正なる選考の結果、貴殿を採用致すことを内々定しましたのでご連絡いたします。

つきましては、同封の書類をご用意いただき当社までご郵送ください。なお、内定通知書の授与は令和〇年〇月〇日を予定しており、正式な内定手続はこの際に行います。また、貴殿の採用に関して事情の変更があった場合には速やかにご連絡いたします。


敬具


内々定段階でのトラブルとその対応

新卒採用では、内々定通知後に学生からの連絡が途絶えたり、必要書類の提出が遅れたりするケースが近年増加しています。特にアフターコロナの状況下では、学生の行動が多様化し、企業側からは「意欲が感じられない」「社会人としての資質に疑問がある」といった不安の声も聞かれます。

内々定の取り消しは可能か?

内々定が労働契約として成立しているか否かの判断は、最終的には当事者間の意思解釈、すなわち企業と学生の意思表示の内容に依拠します。

具体的には以下のような事情が重要な判断材料となります。

▶ 企業が内定(あるいは内々定)通知時に、労働契約締結の意思を有していたか
▶ 学生が通知を受けた後、他社での就職機会を放棄した等の行動をとっていたか

こうした事実関係の積み重ねによって、裁判所は労働契約の成立を認定する可能性があるため、企業側としては、内定通知や誓約書等の文書化、コミュニケーション履歴の明確化が重要となります。

ただし、一般に、内々定の段階では、まだ労働契約が成立していないとされることが多いため、企業側は比較的柔軟に内々定を取り消すことが可能です。したがって、「連絡が取れない」「求められた行動が履行されない」といった場合には、企業側が内々定を取り消す法的リスクは相対的に低いといえます。

もっとも、学生が他社の選考を辞退するなど、企業側の内々定通知を前提に重大な行動を取っていた場合、後から内々定が「実質的に労働契約と評価される」リスクもあるため、取り消しの際は慎重な対応が求められます。

コラム:契約締結前であっても企業が損害賠償責任を負うケースとは?

採用内々定や内定など、労働契約が正式に成立する前の段階であっても、企業の対応によっては損害賠償責任を問われることがあります。

たとえば、契約の成立がまだであっても、企業の言動により応募者側に「雇用される」という期待が生じ、その期待を裏切る形で不利益を与えた場合には、「契約締結上の過失」(民法709条)として、企業に法的責任が生じることがあります。これは、契約交渉過程での信義誠実の原則(信義則)に反する行為と判断されるケースです。

実際の裁判例でも、こうした責任が認められたケースが複数存在します。たとえば、ある事例では、経営環境の悪化を理由に、新卒者に対する採用内々定を内定直前で突然取り消し、企業側が誠実な説明すら行わなかったことが問題とされ、内々定者の就労への期待利益を不法に侵害したとして、55万円の損害賠償が命じられました。

企業としてどこまで義務付けできるのか

内々定の段階でも、最低限の対応義務を求めることは可能です。

たとえば、「連絡には一定期間内に応答すること」「指定した提出期限までに必要書類を提出すること」といったルールを明示し、それに従わなかった場合には内々定の見直し対象とする旨を事前に伝えておくことで、一定の拘束力を持たせることができます。

ただし、過度な義務付けは、かえって内々定が労働契約と評価されるリスクを高めるため、バランスが重要です。

対応の工夫(説明会資料、事前同意の取り方)

内々定者に対して義務付けを行う際は、説明会資料や文書にて明文化し、学生に配布・同意を得ることが実務上有効です。

たとえば、「内々定者ガイドライン」などを作成し、連絡対応・書類提出・研修参加の基本ルールを定めた上で、配布時に「内容を理解し、同意した」旨のチェックを受けておくことで、後のトラブル防止につながります。

内定後のトラブルと取り消しの可否

提出物の遅延・未提出、無断欠席と内定取消

正式な内定成立後においても、提出書類が期限までに提出されない、研修会を無断で欠席するなどの問題行動が見られるケースがあります。しかしながら、これらの理由のみをもって内定を取り消すことは、簡単ではありません。

「採用内定」は始期付解約権留保付労働契約である以上、その取り消しには「客観的に合理的な理由」「社会通念上の相当性」が求められるとされています(労働契約法16条参照)。したがって、「提出が遅れた」「無断欠席した」といった行為が、どの程度の影響を持つのかは、個別の事情によって慎重に判断される必要があります。

コラム:内定取消について

仮に内定取消が「解雇権の濫用」と判断された場合、その取り消しは無効となり、労働契約上の地位の確認を求めることが可能になります。さらに、違法な内定取消に対しては、不法行為または債務不履行に基づく損害賠償請求が認められるケースもあります。

たとえば、有名な「大日本印刷事件」では、労働契約上の地位確認、賃金支払請求に加えて、100万円の慰謝料請求が認容されました。 また、中途採用者の場合には、内定を受けたために前職を退職していたなどの事情が重視され、比較的高額の慰謝料が認められる傾向にあります。

実際の判例では、年俸1,500万円超で転職予定だった中途採用者に対し、役員会の承認が得られなかったことを理由に内定(=始期付解約権留保付労働契約)を取り消した企業に対して、300万円の慰謝料支払いが命じられた例もありました。

内定通知時に効力が発生するか否かの判断

内定によって労働契約の「効力」がいつ発生するかは重要な分岐点ですが、以下の2つが考えられます。

  1. 入社日から効力が発生する とされる場合
    この期間中の義務付け(例:研修参加、書類提出)は強制できず、内定取消の根拠にはなりにくい。

  2. 内定通知時点で効力が発生している とされる場合
    就労準備としての範囲内であれば、一定の行為(施設見学、近況報告、書類提出など)を義務付けることが可能となり、それに違反した場合の取り消しも正当化されやすくなります。

この違いは、内定通知書や誓約書にどのような内容が記されていたか、どのような説明・同意があったかといった「合意の具体的内容」によって判断されます。

「就労を前提としない準備行為」の義務付けは可能か

労働契約の効力が入社日前に生じていると解される場合、「就労を前提としない準備行為」に限り、内定者に対して一定の義務付けを行うことが可能です。

たとえば、以下のようなものが該当します。

・ 書類の提出(履歴書、卒業見込証明書など)
・ 研修や施設見学への参加
・ 近況報告や連絡対応

これらに正当な理由なく応じない場合には、内定取消事由として評価される余地が出てきます。

客観的合理性と社会通念上の相当性による判断

内定取消が有効とされるためには、「採用内定当時知ることができず、また知ることができないような事実」であり、かつ「それを理由とした取消しが客観的に合理的で社会通念上相当である」必要があります(大日本印刷事件:最判昭和54年7月20日)。

たとえば、以下のような事情がある場合には取り消しが正当と認められる可能性があります。

・ 長期間にわたる無断欠席や連絡の不通
・ 提出書類の継続的な遅延
・ 行事への不参加が学業などの正当理由でなく、私的旅行等によるものと判明した場合

このような事情が内定通知書・誓約書に記載された内定取消事由に該当すれば、より取り消しの正当性が高まることになります。

コラム:経営悪化を理由とする内定取消には「整理解雇法理」に準じた対応が必要

企業の経営状況の悪化を理由に採用内定を取り消す場合には、いわゆる「整理解雇法理」に準じた対応が求められます。

このような場面では、すでに勤務している従業員と比べて、内定者は企業との結びつきが相対的に弱い存在であるため、従業員の解雇に先立って内定取消を行うこと自体が直ちに不合理とされるわけではありません。 しかしながら、採用内定者であっても、安易な取り消しが許されるわけではなく、整理解雇の4要素(人員削減の必要性,解雇〔内定取消〕回避努力、人選の合理性、手続の妥当性)に沿った検討が必要となります。

これらの要素に照らして、内定取消の判断や対応が適切に行われているかが、後の法的紛争で重要な判断基準となります。

内定通知書・誓約書に記載すべき項目

内定成立の明確化と労働条件の明示

採用内定通知書を作成する際は、「内定が成立したこと」を明確に記載することが重要です。形式的な通知にとどまらず、労働契約が成立することを前提とした意思表示であることを文言として盛り込むべきです。

また、労働契約成立の一要素である「労働条件」も、できる限り詳細に明示する必要があります。労働条件通知書を内定通知書に同封する、あるいは一体として記載することで、法的リスクを減らすことができます。

内定取消事由の具体例

内定取消は、「卒業できなかった場合」や「健康状態の悪化によって入社後の就労が困難となった場合」など、一般的に限定的な理由に限って認められます。そのため、内定取消事由については、内定通知書や誓約書に具体的かつ明確に記載しておくことが必須です。

典型的な記載例としては以下のとおりです。

• 「卒業できなかったとき」
• 「心身の故障のため勤務できないとき」
• 「必要な書類が提出されなかったとき」

バスケット条項(信頼関係毀損行為など)の有用性

企業実務においては、上記のような限定的な事由だけでは十分に対応しきれないケースもあります。

たとえば、「連絡を長期間絶つ」「会社の指示に一切応じない」といった行動に対処するには、包括的な条項、いわゆる「バスケット条項」の活用が有効です。

• 「会社の指示に著しく反する行為を行ったとき」
• 「会社の信頼を著しく毀損する行為があったとき」

こうした文言をあらかじめ誓約書に盛り込むことで、トラブル発生時に柔軟な対応が可能になります。

学生の内定辞退リスクへの備え

近年、学生による突然の内定辞退も企業にとって無視できないリスクとなっています。これに対処するためには、誓約書に「無断で、または正当な理由なく入社を拒否しないこと」などの項目を明記することが有効です。

また、説明会や内定式において、「内定承諾後の辞退には誠実な対応が求められる」旨を口頭で周知し、モラル的な側面からも行動を促すことが望まれます。

採用内定取消の判断フローと実務対応チェックリスト

採用内定後、連絡が取れなくなる、書類を期限までに提出しない、研修を繰り返し欠席するといった内定者への対応に悩む企業は少なくありません。

たとえば、無断欠席の理由が私的な旅行であった場合には、「社会人としての適性に欠ける」との判断につながり、内定取消の合理性が高まることもあります。一方で、欠席の理由が病気やけがなど正当な事情に基づく場合には、単なる非協力的な態度をもって内定を取り消すことは困難です。

このように、内定取消の可否は、個別の事情や背景に即して慎重に判断される必要があります。形式的な事実だけで判断せず、当該行為の動機や経緯まで含めた総合的な評価が求められます。

トラブルを未然に防ぐための実務ポイント

採用段階でのトラブルを回避するためには、前述しましたように、以下のような事前対応が有効です。

 内々定通知時から連絡義務や提出物のルールを明示
 内定通知書・誓約書で取消事由を具体的に規定
 説明会や配布資料で行動ルールを共有・確認
 応答がない内定者への対応記録を残す

これらは後日の法的リスクに備えるうえで、企業の正当性を担保する役割も果たします。

書面によるエビデンス確保の重要性

どれだけ適切な対応をしていても、それを裏付ける客観的証拠がなければ、トラブル時に企業側の主張が通らないこともあります。内定通知書、誓約書、やり取りメール、提出物の催促記録など、全ての対応を「証拠」として残す意識が重要です。

法務担当・経営者が備えるべきこと

<採用段階からの契約リスクマネジメント>
採用は「契約」の入口です。採用の一場面一場面が労働契約の成立・内容・解除と深く関わっており、採用活動の段階からすでに契約リスクが発生していることを認識すべきです。

<「採用の自由」と「解雇制限」のバランス>
企業には採用の自由がある一方で、内定が成立すれば「解雇」に類する扱いが求められ、簡単には取り消せなくなります。このバランスをどうとるかは、実務・法務の両面から設計していく必要があります。

<法的リスクを回避するための社内整備の提案>
最後に、法的リスクを最小化するためには、以下のような社内体制の整備を推奨します。

 採用プロセスごとの法務チェック体制の構築
 雛形文書(内定通知書・誓約書など)のリーガルレビュー
 採用担当者向けの法務研修の実施
 トラブル発生時の対応フローの整備と記録管理ルールの策定

採用活動は、企業のブランドと法的責任の両方に直結する領域です。法務部門・経営層の両輪で、リスクを可視化し、実効性ある対策を講じていくことが不可欠です。

採用における法的トラブルに関するご相談は、東京都千代田区直法律事務所の弁護士まで

直法律事務所においても、ご相談は随時受けつけておりますので、お困りの際はぜひお気軽にお問い合わせください。

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