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企業法務担当者が押さえるべき能力不足社員への対応方法と法的リスクを弁護士が解説

Q
能力不足社員への対応は、現場や人事に任せておけば問題ないのでしょうか。企業法務担当者として、法的にどこまで踏み込めるのか分からず悩んでいます。


能力不足社員への対応を現場任せ・人事任せにしてしまうと、後になって配置転換や降格、退職勧奨、解雇といった人事上の措置を検討する際に、企業側が不利な立場に立たされるリスクがあります。

特に、注意指導や評価の積み重ねが不十分なまま対応を先送りすると、「これまで具体的な指導を受けていない」「評価上は問題がなかった」といった反論を招きやすく、紛争化の可能性が高まります。

そのため、能力不足社員への対応は、単なる人事管理の問題ではなく、早い段階から法的リスクを意識し、企業として説明可能なプロセスを設計する必要があります。


本記事では、企業法務担当者の視点から「能力不足社員対応において押さえるべき基本的な考え方」「注意指導・評価・PIPの実務」「人事措置や解雇に至るまでの判断の枠組み」を体系的に解説します。


澤田直彦

監修弁護士 : 澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 
代表弁護士

IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。

本記事では、「企業法務担当者が押さえるべき能力不足社員への対応方法と法的リスク」について、詳しくご説明します。

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なぜ 「能力不足社員対応」 は企業法務を悩ませるのか

現場任せにできない 「ローパフォーマー問題」

企業において「能力不足社員(いわゆるローパフォーマー)」の問題は、決して珍しいものではありません。しかし、この問題を現場や直属の上司の裁量だけに委ねてしまうことには、大きなリスクがあります。

現場では、「注意しにくい」「指導しても反発される」「他の社員への影響を最小限にしたい」といった理由から、問題を抱える社員に対して十分な対応がなされないまま、業務を限定したり、周囲がフォローしたりする対応に終始しがちです。

一見すると穏便な対応に見えますが、結果として、以下のような問題が静かに拡大していきます。

  • 当該社員の業務改善が進まない
  • 周囲の社員に不公平感や不満が蓄積する
  • 管理職の負担が過度に増大する

さらに、後になって配置転換や降格、退職勧奨、解雇といった人事上の措置を検討する段階になった際、「これまで具体的な指導をしてこなかった」「評価上は問題がないことになっている」といった事情が、企業側にとって不利に働くことも少なくありません。

ローパフォーマー問題は、単なる人材マネジメントの問題ではなく、将来的な労務トラブルの芽を含んだ法的リスクであり、現場任せにすべき問題ではないのです。

能力不足 ・ メンタル不調 ・ 規律違反が混在する実務の難しさ

実務上、企業を悩ませるのは、「能力不足」という問題が単独で存在することが少ない点にあります。

例えば、以下のようなケースは、どの企業でも起こり得ます。

  • 業務の成果が出ていない社員が、実はメンタル不調を抱えている
  • 指示に従わない、遅刻が多いといった行動が、能力不足なのか規律違反なのか判断しにくい
  • パフォーマンス低下の原因が、本人の資質なのか、配置や業務内容のミスマッチなのか不明確

これらの問題は相互に影響し合うため、「能力不足として対応すべきか」「健康配慮を優先すべきか」「規律違反として指導すべきか」という判断を誤ると、企業側の対応が後から問題視される可能性があります。

特に、メンタル不調が関係する場合には、安全配慮義務や休職制度との関係が問題となり、規律違反が関係する場合には、懲戒処分の適否が争点となり得ます。

このように、表面的には同じ「問題社員」に見えても、法的に求められる対応は大きく異なるため、慎重な整理が不可欠です。

法務が関与すべきタイミングと役割分担

能力不足社員への対応において、法務部門(または顧問弁護士)が果たすべき役割は、「最終段階の紛争対応」だけではありません。むしろ重要なのは、早い段階から関与し、対応の方向性を整理することです。

以下のような段階が、法務が関与すべき重要なタイミングといえます。

  1. 現場 ・ 人事から「対応に困っている社員がいる」という相談が出た段階
  2. 注意指導や評価の進め方に迷いが生じた段階
  3. 配転や降格といった人事措置を検討し始めた段階

法務の役割は、感情論や場当たり的な対応を抑制し、「どの問題類型として整理すべきか」、「どのような手順を踏む必要があるか」、「将来、どのようなリスクが想定されるか」を、人事・現場・経営それぞれの立場を踏まえて整理することにあります。

人事は制度運用の観点、現場は業務実態の観点、経営は組織全体への影響の観点を持っています。そこに法務が加わることで、「今はまだ問題になっていないが、将来争点になり得るポイント」を可視化し、企業として一貫性のある対応を取ることが可能になります。

能力不足社員への対応は、「辞めさせるかどうか」を考える前に、どのようなプロセスを踏めば企業として説明可能な対応になるのかを設計することが重要です。その設計段階こそ、法務が最も価値を発揮できる場面といえるでしょう。

「能力不足」 とは何か

労働契約上の義務と債務の本旨

「能力不足」という言葉は、実務では頻繁に使われますが、法律上に明確な定義が置かれている概念ではありません。

そのため、企業が能力不足を理由に何らかの人事対応を検討する際には、まず労働契約上、労働者にどのような義務が課されているのかという原点に立ち返る必要があります。

労働契約は、労働者が使用者の指揮命令のもとで労務を提供し、使用者がその対価として賃金を支払う契約です。この関係において、労働者には「働く義務」がありますが、その内容は抽象的なものではなく、当該労働契約に基づき期待される水準で労務を提供する義務だと整理されます。

ここで重要になるのが、「債務の本旨」という考え方です。簡単に言えば、労働者は「どのような内容・水準の仕事をすることを約束して雇用されているのか」という点が問題になります。

したがって、能力不足かどうかは、単に「成果が出ていない」「周囲より仕事が遅い」といった感覚的な評価ではなく、労働契約上、その労働者に求められている職務内容や役割に照らして、義務の履行がなされているかという観点から判断されることになります。

能力不足が問題となる典型類型

能力不足の判断は、すべての社員について一律に行われるものではありません。実務上は、どのような立場・前提で雇用されているかによって、求められる能力水準が異なります。

管理職

管理職については、一般の従業員と比べて、より高度な職務遂行能力や判断力・マネジメント能力が期待されます。

そのため、成果や業績が著しく低調であったり、組織運営に支障が生じている場合には、「管理職としての職責を果たしていない」と評価されやすい傾向があります。

もっとも、「結果が出なかった」という一点のみで直ちに能力不足と判断されるわけではなく、与えられた権限や役割・支援体制・改善の機会がどの程度あったかといった事情を踏まえた総合的な評価が必要です。

専門職

専門職の場合には、特定分野における専門性や技術力を前提として採用されている点が特徴です。

このような場合、一般的な業務遂行能力ではなく、当該専門分野における知識・技能を適切に発揮しているかが判断の軸となります。

専門職であるにもかかわらず、専門業務を遂行できない、あるいは著しく水準を下回る業務しかできない場合には、能力不足が問題となる可能性があります。

職種 ・ 地位限定の中途採用者

近年増えているのが、職種や地位を明確に限定した中途採用です。

この場合、企業は「即戦力」であることを前提に雇用しているため、一般的な新卒社員や総合職と同列には扱われません。

採用時に特定の役割や成果が明示されている場合には、その役割を果たせているかどうかが能力不足判断において重要な意味を持ちます。

「単なる成績不良」 と 「法的に問題となる能力不足」 の違い

企業実務において混同されやすいのが、「成績不良」と「能力不足」の違いです。

成績不良とは、評価期間中の成果が期待を下回ったという状態を指すにすぎません。一時的な不調、環境変化、担当業務の難易度など、さまざまな要因によって起こり得るものです。

これに対し、法的に問題となる能力不足とは、労働契約上期待される職務を、相当期間にわたり、改善の機会を与えてもなお遂行できない状態を指すと整理されます。

つまり、能力不足が問題となるためには、以下の要素が積み重なっている必要があります。

  • 求められる職務内容や水準が明確であること
  • その水準に達していない状態が継続していること
  • 企業側が注意指導や改善の機会を与えていること

単に「数字が悪い」「仕事が遅い」という理由だけでは、後に人事措置や解雇を行った場合、企業側の説明が困難になることがあります。

そのため、企業法務としては、評価上の問題と法的に意味を持つ能力不足を早期に切り分ける視点が不可欠です。

能力不足社員を放置することのリスク

能力不足社員への対応は、「今すぐ大きな問題が起きているわけではない」という理由で、後回しにされがちです。しかし、適切な対応を取らずに放置した場合、その影響は時間の経過とともに組織全体へ静かに広がっていきます。

本章では、企業法務の視点から、放置がもたらす具体的なリスクを整理します。

生産性低下と組織全体への影響

能力不足社員が本来担うべき業務を十分に遂行できていない場合、その影響は当該社員一人にとどまりません。業務の遅延、ミスの増加、手戻りの発生などが積み重なり、組織全体の生産性を押し下げる要因となります。

また、当該社員の業務をカバーするために、他の社員が追加対応を余儀なくされるケースも少なくありません。このような状態が常態化すると、部署全体の業務設計が歪み、本来注力すべき業務に十分な時間やリソースを割けなくなります。

経営の観点から見れば、能力不足社員を放置することは、目に見えないコストを継続的に発生させている状態ともいえます。短期的には顕在化しにくいものの、長期的には業績や競争力にも影響を及ぼすリスクがあります。

周囲社員の士気低下 ・ 不公平感

能力不足社員への対応が曖昧なまま放置されると、周囲の社員は次第に不公平感を抱くようになります。

「成果が出ていなくても評価が変わらない」「周囲がフォローしているのに、本人は責任を負っていない」といった認識が広がると、真面目に業務に取り組んでいる社員ほど、強い不満を感じやすくなります。

結果として、以下のような形で、組織の健全性が損なわれるおそれがあります。

  • 自発的なフォローが減る
  • チーム内の協力関係が弱まる
  • 優秀な社員ほど離職を検討する

企業法務の観点では、こうした職場環境の悪化が、ハラスメントの発生や内部通報の増加といった二次的リスクにつながる点も看過できません。

管理職 ・ 人事部門の負担増大

能力不足社員を放置することは、現場の管理職や人事部門にとっても大きな負担となります。

管理職は、本来のマネジメント業務に加え、「当該社員への個別フォロー」「周囲社員からの不満対応」「トラブル発生時の後始末」といった対応を求められることになります。

一方で、人事部門も、表面化しない問題を把握できないまま、後になって「なぜ早く対応しなかったのか」と問われる立場に置かれがちです。

さらに、十分な記録や指導履歴がない状態で人事措置を検討することになれば、「過去の対応の不十分さ」を企業自身が説明できなくなるという問題が生じます。

結果として、管理職・人事双方が疲弊し、組織として一貫した対応が取れなくなるリスクが高まります。

紛争化した場合の企業側リスク

能力不足社員への対応を先送りにしたまま、ある時点で配転、降格、退職勧奨、解雇といった措置を取ると、紛争化する可能性が一気に高まります。

紛争の場では、労働者側から以下のような主張がなされることが典型です。

  • これまで具体的な指導を受けていない
  • 人事評価では問題がないとされていた
  • 突然不利益な扱いを受けた

このような主張に対し、企業側が十分な反論を行うためには、日常的な指導や評価の積み重ねが客観的に説明できる状態であることが不可欠です。放置期間が長いほど、「なぜ今になって問題視するのか」という点が争点化しやすくなり、企業側の立証負担は重くなります。

その結果、解雇や人事措置が無効と判断されるだけでなく、未払賃金や損害賠償の問題に発展するリスクも否定できません。

能力不足社員への対応は、「問題が深刻化してから」ではなく、紛争になる前の段階で、法的に説明可能なプロセスを積み上げることが重要です。

最重要ポイント : 注意指導 ・ 改善機会付与の実務

能力不足社員への対応において、最も重要であり、かつ後戻りがきかないポイントが「注意指導」と「改善機会の付与」です。このプロセスを適切に踏めているかどうかが、その後の人事措置や紛争対応の成否を大きく左右します。

なぜ 「注意指導」 がすべての前提になるのか

企業が能力不足を理由に何らかの不利益措置を検討する場合、法的には「その社員に改善の機会を与えてきたか」が必ず問われます。

これは、能力不足が本人の努力や環境調整によって改善する可能性を完全には否定できない以上、いきなり重い措置を取ることは相当でないと考えられているためです。注意指導の重要性は、単に「優しさ」や「教育的配慮」の問題ではありません。

企業として、以下のプロセスを踏んでいるかどうかが、後に客観的に検証されます。

  • どの点が問題なのかを具体的に伝えたか
  • どの水準まで改善すればよいのかを示したか
  • 改善のための期間や機会を与えたか

注意指導を十分に行っていない場合、たとえ実態として能力不足が明らかであっても、「改善の余地があったのではないか」「企業側が早期に見切ったのではないか」と評価され、企業に不利な判断が下されるリスクが高まります。

注意指導の具体的な進め方

本来業務を与える重要性

注意指導において最も誤りやすい点の一つが、「トラブルを避けるために、本来業務を与えない」という対応です。

確かに、能力不足社員に重要な業務を任せることは、現場に混乱を生じさせるおそれがあります。しかし、本来業務を与えなかった場合、後になって労働者側から、「十分な業務を任されていなかった」「能力を発揮する機会が与えられていなかった」と反論される余地を残してしまいます。

注意指導の実務では、労働契約上、本来求められている業務を、可能な範囲で明確に与えることが不可欠です。そのうえで、その業務がどのように遂行されたのかを冷静に評価することが、能力不足の有無を判断する前提となります。

業務未達の事実をどう積み上げるか

注意指導では、「できていない」という評価を感覚的に伝えるのではなく、具体的な業務未達の事実を積み上げることが重要です。

例えば、以下のような事実を業務ごとに整理していきます。

・ 期限内に完了しなかった
・ 指示した内容と異なる成果物が提出された
・ 修正指示を繰り返しても改善が見られなかった

この際、「態度が悪い」「やる気が感じられない」といった抽象的な評価は避け、誰が見ても確認できる事実に基づいて指導を行うことが重要です。

証拠化の実務

注意指導や改善機会付与は、「行ったかどうか」ではなく、「後から説明できるかどうか」が問われます。そのため、証拠化は実務上の最重要ポイントといえます。

指導記録

注意指導を行った際には、簡潔でもよいので以下の内容を記録を残すことが望まれます。

・ 指導日時
・ 指導内容 (問題点 ・ 期待水準)
・ 本人の反応や発言

これらを社内文書やメール、面談記録として残しておくことで、後に「いつ、何を伝えたのか」を説明できます。必ずしも毎回、懲戒的な文書を作成する必要はありませんが、指導の積み重ねが時系列で分かる状態を作っておくことが重要です。

成果物 ・ 評価資料

業務成果に関する資料も、重要な証拠となります。

以下のような資料を保存しておくことで、「主観的な評価」ではなく、「客観的な業務状況」を示すことが可能になります。

・ 提出された資料や報告書
・ 修正履歴
・ 人事評価シートやコメント

特に人事評価については、能力不足を問題視しながら標準的な評価を付け続けていると、後に整合性が問われる点に注意が必要です。

裁判例に見る 「有効な指導」 と 「足りない指導」

【トムの庭事件(東京地判平成21・4・16労判985号42頁)】
技術的未熟さ・頻繁な遅刻・顧客対応上のミス・不適切な接客態度等について、使用者による再三の注意にもかかわらず改善がみられなかった美容室店長の解雇が有効とされた事案です。

面談において当該労働者が,「1からやり直したいのでチャンスが欲しい」と言ったため、3カ月の期間を区切って最後のチャンスを与えましたが、それでも改善が見られず解雇したという事案で、解雇が有効と判断されました。

裁判例を通じて見えてくるのは、指導の回数や期間そのものよりも、その内容と具体性が重視されているという点です。

有効と評価されやすいのは、以下のようなケースです。

  • 問題点が具体的に示されている
  • 改善すべき水準が明確である
  • 指導後も改善が見られない事実が確認できる


一方で、足りないと評価されやすいのは、以下のようなケースです。

  • 抽象的な注意に終始している
  • 評価と指導内容が整合していない
  • 改善の機会を十分に与えたとはいえない

企業法務としては、「どこまでやれば十分か」という発想ではなく、第三者から見て、企業の対応が合理的に説明できるかという視点で、注意指導のプロセスを設計することが重要です。

人事考課 ・ 評価制度との整合性

能力不足社員への対応を検討する際、企業側の説明を最も弱くする要因の一つが、人事評価との不整合です。日常の評価運用が、後の紛争局面で「企業自身の主張を否定する材料」になってしまうケースは少なくありません。

人事評価が足を引っ張る典型パターン

実務でよく見られるのが、能力不足を問題視しているにもかかわらず、人事評価上は「特に問題なし」と扱っているケースです。

例えば、実態としては業務未達が続いており、上司も能力不足を認識しているにもかかわらず、評価シート上は標準評価が付けられているといった状態が挙げられます。

このような評価運用は、後に人事措置や解雇を検討した際、「評価上は問題がなかったのに、なぜ今になって能力不足と言うのか」という疑問を招くことになります。

裁判実務では、人事評価は企業が自ら作成した公式記録として扱われるため、能力不足の主張と評価内容が食い違っている場合、その説明責任は企業側に重くのしかかることになります。

標準評価を付け続けた場合のリスク

標準評価を付け続けること自体が、直ちに違法となるわけではありません。しかし、能力不足を理由とする対応を見据える場合には、重大なリスクを含みます。

標準評価が継続していると、以下のような主張が労働者側からなされやすくなります。

・ 少なくとも平均的な業務は遂行していた
・ 改善を求められたという認識はなかった
・ 会社は能力を問題視していなかった

これに対し、企業側が「実態としては能力不足だった」と主張しても、自らの評価記録と矛盾する説明になってしまいます。特に、評価期間が複数年にわたる場合、その影響はさらに大きくなります。

評価は一度付けてしまうと、後から修正することができないため、「その時点でどう判断していたのか」が後の紛争で固定されてしまう点に注意が必要です。

能力不足対応を見据えた評価運用の留意点

能力不足対応を見据えた評価運用において重要なのは、「評価を下げること」自体ではなく、評価と実態を一致させることです。

具体的には、以下のような運用が求められます。

  • 期待水準を下回っている場合には、その事実を評価コメントに反映する
  • 数値評価だけでなく、業務遂行状況を具体的に記載する
  • 注意指導の内容と評価内容を整合させる

また、評価制度の運用にあたっては、「人間関係への配慮」や「波風を立てたくない」という理由で評価を甘くすることが、結果として企業全体のリスクを高める可能性がある点を、管理職にも理解してもらうことが重要です。

PIP (業務改善プログラム) の実務活用

能力不足社員への対応として、近年、日本企業でも活用が進んでいるのがPIP(業務改善プログラム)です。

もっとも、PIP(Performance Improvement Program)は「導入すれば安全」という万能策ではなく、運用次第で評価が大きく分かれます。

PIPとは何か (日本企業での位置づけ)

PIPとは、一定期間を区切って具体的な改善目標を設定し、その達成状況を定期的に確認する仕組みです。本来の目的は、社員の排除ではなく、業務改善の機会を体系的に提供することにあります。

日本企業では、外資系企業ほど制度として定着しているわけではありませんが、注意指導を構造化する手段として、徐々に活用されるようになっています。

法的には、PIPは「改善機会付与の一環」として評価されるものであり、PIPを実施した事実そのものではなく、その内容と運用の相当性が問われます。

有効と評価された裁判例

裁判例上、PIPが肯定的に評価されやすいのは、次のような特徴を備えている場合です。

  • 改善目標が具体的かつ業務内容と直接結び付いている
  • 定期的な面談やフィードバックが行われている
  • 本人に改善の機会が現実的に与えられている

このようなPIPを経たうえで、なお改善が見られない場合には、企業側の対応が合理的であると評価されやすくなります。

【アクセンチュア事件(東京地判平成30年9月27日)】
本件は、積極性の欠如などを理由とする解雇の有効性が争われた事案です。

〈設定された課題〉
PIPでは、主に以下の問題点を指摘した上で、約3か月間で改善し、パフォーマンスを向上させることが課題とされました。

① 上司の指示を自分の役割に限定的に捉え、主体的に仕事を進める姿勢(プロアクティブな行動)が欠けている点
② 技術力を理由にコミュニケーションを後回しにし、報告・連絡・相談を適時かつ相手に理解される形で行う努力が不足している点
③ 新たな分野を担当する際に尻込みする傾向があり、学習意欲に欠ける点

〈達成状況〉
裁判所は、対象者について、以下のような点を指摘しました。

・ 与えられた役割や作業内容を十分に理解できず、納期までに業務を完了できないことがあったこと
・ 業務に余裕がある場合でも、適切なタイミングで上司に空き時間の活用提案ができていなかったこと
・ 問題点を察知し、報告・相談して解決を図る行動が十分でなかったこと
・ チーム内の報告手順は守れていたものの、クライアント向け中間報告資料の作成において、注意を受けるまで必要な相談を行えなかったこと
・ 相手が自身と同等の理解を有していることを前提に、目的や背景の説明を欠いた依頼を行っていたこと
・ 未習熟の技術分野について、主体的な理解を深める努力が不十分であったこと

これらを踏まえ、原告の職位に照らして期待される役割は達成されていないと評価されました。

〈解雇の有効性〉
PIPを実施した経緯なども考慮され、本件解雇は有効と判断されました。

無効判断につながった裁判例

一方で、PIPを実施していても、企業側に不利な判断がなされるケースも存在します。

典型的なのは、以下のようなケースです。

  • 目標が抽象的で達成基準が不明確
  • 本来業務と直接関係のない課題が設定されている
  • 評価が上司の主観に大きく依存している

また、PIPの結果が一定程度良好であったにもかかわらず、それを十分に考慮せずに不利益措置を取った場合、「改善の可能性を無視した」と評価されるリスクがあります。

【ブルームバーグ・エル・ピー事件(東京高判平成25年4月24日)】
本件は、上司や同僚との関係性や記者としての能力に問題があるとしてなされた解雇の有効性が争われた事案です。

〈設定された課題〉
PIPでは、以下の4つの課題が設定され、第1回(約1か月半)、第2回(約1か月)、第3回(約1か月)の計3回にわたって実施されました。

① 独自記事を週1本配信すること(うち月1本は、米国本社の表彰記事である「Best of the Week」に提出できる水準のもの)
② 独自記事がすべて英語に翻訳されるよう、積極的に働きかけること
③ 株価が大きく動いた銘柄を報じる株式ムーバー記事を、1日1本配信すること
④ 毎日の行動予定を当日朝に上司へ連絡し、毎週金曜日に翌週の行動予定を報告すること

〈達成状況〉
対象者は、すべての目標を完全に達成するには至りませんでしたが、以下のような状況でした。

・ 課題①については、独自記事の本数はすべて達成していました。
・ 課題②については、求められていた英訳対応をすべて実行していました。
・ 課題③については、第1回では目標数に大きく及びませんでしたが、第2回および第3回では、目標数を達成するか、またはそれに近い実績を上げていました。
・ 課題④については、第2回における翌週の行動予定の提出を除き、概ね目標どおり提出されていました。

〈解雇の有効性〉
これらの達成状況やその他の事情を総合考慮した結果、本件解雇については、客観的合理性があるとはいえないとして、解雇は無効と判断されました。

PIP運用上の注意点

目標設定の具体性

PIPにおける目標は、「努力目標」ではなく、業務上達成すべき具体的な行動・成果として設定する必要があります。

「主体的に動く」「積極性を高める」といった表現だけでは、後に評価の妥当性を説明することが困難になります。

主観評価の限界

PIPの評価が上司の印象や感覚に依存しすぎると、「評価者の好き嫌い」「恣意的判断」といった批判を受けやすくなります。

可能な限り、「数値」「期限」「成果物」といった客観的要素を取り入れることが重要です。

改善傾向がある場合の対応

PIP期間中に一定の改善が見られた場合、直ちに重い人事措置を選択することは慎重であるべきです。改善傾向があるにもかかわらず、不利益措置に踏み切った場合、「他の選択肢(配置転換等)を検討すべきだった」と評価される可能性があります。

PIPは「結論ありき」の制度ではなく、結果に応じて柔軟に次の対応を検討するためのプロセスとして運用することが重要です。

人事上の措置① (配転 ・ 配置転換)

能力不足社員への対応を検討する際、比較的早い段階で選択肢となるのが「配転・配置転換」です。配転は解雇や降格と比べて柔軟な手段である一方、進め方を誤ると紛争の火種にもなり得ます。

本章では、法的枠組みと実務上の留意点を整理します。

配転命令の法的枠組み

配転とは、労働者の職場や担当業務を変更する人事上の措置をいいます。

日本の労務実務においては、労働契約や就業規則に特段の限定がない限り、使用者には一定の配転裁量が認められると整理されています。もっとも、配転が常に無条件で許されるわけではありません。

法的には、配転命令が有効かどうかは、主に次の観点から判断されます。

  • 業務上の必要性があるか
  • 配転の目的や動機が不当なものではないか
  • 労働者に通常甘受すべき程度を超える不利益を与えていないか

これらを総合的に見て、社会通念上相当といえるかどうかが問題となります。企業法務の観点では、「配転ができるかどうか」ではなく、なぜその配転が必要なのかを説明できるかが重要なポイントになります。

能力不足社員への配転が認められやすい理由

能力不足社員への対応として配転が選択されやすい理由は、配転が「排除」ではなく「適材適所の再配置」という性質を持つ点にあります。

能力不足社員の場合、「現在の職務内容や環境が本人に合っていない」「配置や業務設計を見直すことで改善の可能性がある」と整理することができ、これは業務上の必要性と親和性が高いと考えられます。

また、注意指導や評価を通じて、「現職では期待される役割を十分に果たせていない」「他の業務であれば能力を発揮できる可能性がある」といった事情が確認できていれば、配転は合理的な改善措置として位置付けやすくなります。

このように、能力不足社員への配転は、解雇回避措置の一つとしても評価されやすい点が、実務上の大きな特徴です。

実務上の注意点

もっとも、能力不足社員への配転であっても、進め方を誤ると無効と評価されるリスクがあります。

不当動機と評価されないための注意

配転が、「退職を迫るための手段」「懲罰的な意味合い」「個人的感情に基づく報復」と受け取られるような事情がある場合、業務上の必要性が否定されやすくなります。

そのため、配転の理由は、以下のような客観的に説明可能な理由に基づいて整理しておくことが重要です。

  • 現職での業務上の課題
  • 組織上の配置見直し
  • 業務効率や適性の観点

過度な不利益を避ける視点

配転に伴い、労働者に生じる不利益が過度である場合も問題となります。

例えば、以下のような不利益が生じる場合には、慎重な検討が必要です。

  • 生活への影響が極めて大きい勤務地変更
  • 専門性を著しく無視した配置
  • 実質的に職責や処遇を大幅に下げる内容

能力不足社員への配転では、「改善の機会を与える」という趣旨と整合するよう、本人の適性やこれまでの職務経験との連続性を意識することが、リスク低減につながります。

人事上の措置② (降格 ・ 降級の整理)

能力不足社員への対応として、配転と並んで検討されることが多いのが「降格・降級」です。もっとも、降格は配転よりも労働者に与える影響が大きく、法的な整理を誤ると紛争化しやすい措置でもあります。

本章では、降格・降級を巡る実務上の整理と留意点を解説します。

降格の類型整理

一口に「降格」といっても、その法的性質は一様ではありません。実務上は、少なくとも次の三つに整理して考える必要があります。

役職降格

役職降格とは、管理職やリーダーといった役職を外す、または下位の役職に変更する措置を指します。

これは、職位・肩書の変更にとどまり、必ずしも賃金等級の変更を伴うとは限りません。役職降格は、人事権の行使として比較的広い裁量が認められやすい類型とされています。

もっとも、役職を外す理由が合理的に説明できない場合や、実質的に懲罰的な意味合いを帯びる場合には、争いの余地が生じます。

【医療法人財団東京厚生会〔大森記念病院〕事件(東京地判平成9年11月18日)】
勤務表の紛失を理由として、婦長から平看護婦へと降格された事案では、裁判所は当該降格の有効性について判断しています。

同判決は、まず、勤務表の紛失が一過性の出来事にすぎないことを指摘し、これをもって原告の管理職としての能力や適性を全面的に否定することは困難であると判断しました。

また、勤務表の紛失によって、被告に具体的な損害が全く発生していない点も重視されています。

これらの事情を総合的に考慮した結果、裁判所は、婦長から平看護婦へと2段階の降格を行わなければならないほどの業務上の必要性は認められないとしました。

その上で、本件降格は使用者の裁量判断の範囲を逸脱するものであり、無効であると判断しています。

職能資格の降級

職能資格制度を採用している企業では、能力や熟練度に応じた資格等級が設定されていることがあります。

この資格等級を引き下げる措置が、職能資格の降級です。職能資格は「一度身に付けた能力は容易には失われない」という前提で設計されていることが多いため、資格等級を下げるためには、制度上の明確な根拠や手続が求められる傾向があります。

単に成果が出ていないという理由だけで降級を行うと、制度趣旨との不整合が問題視されやすくなります。

【アーク証券事件(東京地決平8年12月11日)】
本事案では、「使用者が、従業員の職能資格や等級を見直し、能力以上に格付けされていると認められる者の資格・等級を一方的に引き下げる措置を実施するにあたっては、就業規則等における職能資格制度の定めにおいて、資格等級の見直しによる降格・降給の可能性が予定され、使用者にその権限が根拠付けられていることが必要である」と判示し、就業規則などに規定することによる職能資格制度上の降格権限を認めました。

職務 ・ 役割等級の降級

職務や役割に応じて等級が決まる制度では、現在担っている職務・役割が変わることに伴って等級が引き下げられるケースがあります。

この類型では、「どの職務・役割を担っているか」が判断の軸となるため、職能資格の降級に比べると、制度設計次第で柔軟な運用が可能です。

もっとも、職務・役割の変更が名目にとどまり、実態としては能力不足を理由に賃金を下げるだけである場合には、後に不当性が争われるリスクがあります。

就業規則 ・ 人事制度との関係

降格・降級の有効性を判断するうえで、就業規則や人事制度の位置づけは極めて重要です。

実務上のポイントは、次の点に集約されます。

  • 降格・降級が制度上予定されているか
  • どのような場合に、どのような手続で行われるのか
  • 評価や判断の基準が一定程度明示されているか

これらが不明確な場合、企業側は「なぜこの降格が許されるのか」を説明するのに苦労することになります。

一方で、制度を過度に詳細化すると、そのルール自体が企業を拘束する基準として機能してしまう点にも注意が必要です。

制度設計と運用のバランスは、企業規模や人事戦略に応じて慎重に検討する必要があります。

裁判で争われた場合の主張立証

降格・降級が争われた場合、裁判では形式的な類型論だけでなく、具体的な経緯や実態が重視される傾向があります。

実務上、企業側に求められやすいのは、以下の点の説明です。

  • なぜ降格・降級が必要だったのか
  • 能力不足や適格性の問題がどのように認識されていたか
  • 注意指導や評価がどのように行われてきたか

理論上は、労働者側が不当性を主張立証すべきと整理される場面であっても、実際の訴訟では、企業側が積極的に事実関係を説明することを求められるケースが少なくありません。

そのため、降格・降級を検討する段階で、配転や注意指導と同様に、経緯を整理し、記録を残しておくことが重要になります。

ジョブ型人事制度における留意点

近年、ジョブ型人事制度を導入・検討する企業が増えていますが、降格・降級との関係では特有の注意点があります。

ジョブ型制度では、賃金や等級が職務内容と結び付けられているため、職務が変われば処遇が変動すること自体は、制度上予定されていると整理されます。

もっとも、実務上は、「職務変更の必要性が業務上説明できるか」「職務と処遇の連動関係が制度上明確か」「変更手続が恣意的に運用されていないか」といった点が重要になります。ジョブ型であっても、「能力不足だから賃金を下げる」という短絡的な運用を行えば、制度の趣旨を逸脱したものとして問題視される可能性があります。

企業法務としては、ジョブ型だから降格しやすい、という発想ではなく、契約・制度・実態の整合性が取れているかを冷静に確認する視点が不可欠です。

澤田直彦

降格・降級は、能力不足社員対応において有効な選択肢となり得る一方、配転以上に慎重な判断が求められる措置です。

その有効性は、制度設計そのものよりも、そこに至るプロセスと説明可能性によって左右されます。

人事上の措置③ (退職勧奨)

能力不足社員への対応が進む中で、企業が選択肢として検討することの多い手段の一つが「退職勧奨」です。

退職勧奨は、合意による雇用終了を目指すものであるため、適切に行えば紛争を回避できる可能性がありますが、進め方を誤ると違法評価を受けやすい行為でもあります。

退職勧奨が許される範囲

退職勧奨は、それ自体が直ちに違法となるものではありません。法的には、退職するかどうかは最終的に労働者の自由な意思に委ねられていることを前提に、企業が退職を勧める行為は一定範囲で許容されています。

実務上、退職勧奨が認められやすいのは、次のような状況です。

  • 能力不足や適性の問題が、注意指導や評価を通じて明確になっている
  • 配転やPIPなど、改善のための措置を検討・実施してきた
  • 今後の雇用継続が双方にとって難しいことを、冷静に説明している

このように、退職勧奨は「突然の切り出し」ではなく、それまでの経緯の延長線上で行われることが重要です。

また、退職勧奨はあくまで「提案」であり、労働者が応じない選択をすることも当然に予定されている点を、企業側が正しく理解しておく必要があります。

違法となる典型パターン

退職勧奨が違法と評価されるのは、労働者の自由な意思決定を妨げるような態様で行われた場合です。

実務上、特に問題となりやすいのは、次のような状況です。

  • 退職に応じない場合に不利益を示唆する
  • 長時間・多数回にわたり、執拗に勧奨を繰り返す
  • 威圧的な言動や人格を否定する表現を用いる
  • 退職以外の選択肢が事実上存在しないかのように説明する

これらは、退職の自由を侵害する行為として、不法行為や人事権の濫用と評価されるリスクがあります。

特に注意すべきなのは、「解雇の可能性」を伝える場合です。将来的なリスクを説明すること自体は否定されませんが、それが事実上の脅しや強制と受け取られる表現になってしまうと、違法性が問題となります。

実務上の安全な進め方

退職勧奨を実務上、安全に進めるためには、「内容」「方法」「タイミング」の三点を意識することが重要です。

内容面の工夫

退職勧奨の場では、以下の点を、感情を交えず事実に基づいて説明することが基本です。

  1. これまでの注意指導や評価の経緯
  2. 現在の業務上の課題
  3. 今後の見通し

退職を選択した場合の条件(退職金の加算・支援措置など)を提示する場合も、「退職しなければ不利益を受ける」と受け取られないよう、表現には十分な配慮が必要です。

方法面の配慮

退職勧奨は、原則として、以下の点を意識して進めることが望まれます。

  • 面談回数を必要最小限にとどめる
  • 複数名で対応し、記録を残す
  • 本人が冷静に考える時間を確保する

一度の面談で結論を迫ることや、即答を求めることは、後に「自由な意思に基づく判断ではなかった」と主張されるリスクを高めます。

タイミングの重要性

退職勧奨は、注意指導や評価、PIP等を経た後の段階で検討されるべき手段です。

これらのプロセスを経ていない状態での退職勧奨は、「結論ありき」「排除目的」と評価されやすくなります。

企業法務としては、退職勧奨を単独の手段として考えるのではなく、能力不足対応全体の流れの中に位置付けることが重要です。

澤田直彦

退職勧奨は、能力不足社員対応において有効な解決手段となり得る一方、進め方を誤ると企業側のリスクが一気に顕在化する局面でもあります。

そのため、実務では常に「第三者から見て合理的か」という視点を持ち続けることが不可欠です。

最終手段としての解雇

能力不足社員への対応において、「解雇」は常に最後に検討されるべき手段です。解雇は企業にとって強力な選択肢である一方、最も厳格な法的審査を受ける措置でもあります。

本章では、能力不足を理由とする解雇が、どこまで許されるのかを整理します。

能力不足解雇の判断枠組み

能力不足を理由とする解雇が有効かどうかは、「能力が足りないかどうか」という一点で判断されるものではありません。

実務上は、次のような要素を総合的に考慮して判断されます。

  • 当該社員に求められている職務内容 ・ 役割は何か
  • その職務を継続的に遂行できていないといえるか
  • 注意指導や改善の機会が十分に与えられてきたか
  • 配転やPIP等の代替措置を検討 ・ 実施したか

これらを踏まえ、雇用を継続することが客観的に困難といえるかが判断の核心となります。重要なのは、能力不足解雇が「結果責任」ではなく、プロセス全体の合理性が問われる判断であるという点です。

「解雇が有効」 とされたケースの共通点

裁判例を横断的に見ると、能力不足解雇が有効と判断されやすいケースには、以下のようないくつかの共通点があります。

  • 問題となっている能力不足が、一時的・偶発的なものではなく、相当期間にわたって継続していることが確認できる
  • 企業側が、「具体的な注意指導」「改善目標の提示」「定期的なフォロー」といった対応を重ねてきた事実が、記録等から明確に確認できる
  • 配転や業務変更など、雇用継続を前提とした選択肢を検討・実施したにもかかわらず、改善が見られなかったという事情が存在する

これらの事情が積み重なっている場合、解雇は「突然の措置」ではなく、「やむを得ない結論」として位置付けられやすくなります。

【エース損害保険事件(東京地決平成13年8月10日)】
期間の定めのない雇用を前提とする一般的な日本企業においては、単に当該労働者の成績が不良であるというだけでは足りず、その成績不良が、企業経営に具体的な支障を生じさせるなど、企業から排斥すべき程度にまで達していることが必要であるとされています。

解雇回避措置の重要性

能力不足解雇の可否を判断するうえで、実務上とりわけ重視されるのが、解雇回避措置がどこまで検討・実施されていたかという点です。

解雇回避措置とは、以下の対応などを指します。

  • 配転 ・ 配置転換
  • 職務内容の見直し
  • PIPの実施
  • 退職勧奨による合意解決の模索

企業がこれらの措置を全く検討していない場合、「なぜ解雇以外の手段を取らなかったのか」という点が厳しく問われることになります。

一方で、すべての措置を形式的に行えばよいわけではありません。重要なのは、当該社員の職務内容や企業規模、組織体制に照らし、現実的な選択肢を検討したかどうかです。

企業法務としての最終チェックポイント

能力不足解雇を検討する段階で、企業法務として確認すべきポイントは、以下のとおりです。

  • 問題となっている能力不足の内容は具体的か
  • それが客観的な事実に基づいて説明できるか
  • 注意指導や評価との整合性は取れているか
  • 解雇回避措置を検討・実施した経緯があるか
  • 第三者に対しても合理的に説明できる結論か

これらの問いに明確に答えられない場合、解雇は法的リスクの高い選択肢となります。

企業法務の役割は、「解雇できるかどうか」を判断することだけではありません。解雇に至る前の段階で、リスクを顕在化させないプロセスを設計することこそが、本来の価値といえます。

澤田直彦

能力不足を理由とする解雇は、常に慎重さが求められる最終手段です。

その有効性は、個々の判断ではなく、それまでの積み重ね全体によって決まるという点を、企業として常に意識する必要があります。

企業法務担当者のためのチェックポイント

能力不足社員への対応は、場面ごとに検討すべきポイントが異なります。

本章では、初期対応から最終判断に至るまでの実務チェック項目を整理します。

初期対応段階

問題が顕在化し始めた段階で、企業法務としてまず確認すべき事項は以下のとおりです。

✅ 問題は「能力不足」「メンタル不調」「規律違反」のいずれか、または複合か
✅ 労働契約・職務内容・役割はどのように定義されているか
✅ 本人に対して、これまでどのような指導・評価がなされてきたか
✅ 人事評価の内容と、現場の認識に乖離はないか
✅ 配置や業務設計にミスマッチの可能性はないか

この段階で重要なのは、結論を急がないことです。「解雇できるか」「辞めてもらえるか」を考える前に、「今、何が問題なのか」を法的に整理することが、後のリスクを大きく左右します。

注意指導 ・ PIP運用時

注意指導やPIPを運用する局面では、以下の点を継続的に確認する必要があります。

✅ 問題点は具体的な業務内容として示されているか
✅ 改善すべき水準・目標が明確か
✅ 本来業務が適切に付与されているか
✅ 指導内容・面談内容が記録として残っているか
✅ 人事評価と指導内容に矛盾がないか


また、PIPを実施している場合には、以下の点も重要です。

✅ 目標が達成可能性のある内容になっているか
✅ 評価が特定の上司の主観に偏っていないか
✅ 改善傾向が見られた場合の対応方針を検討しているか

注意指導やPIPは、「後のための証拠作り」ではなく、改善の可能性を検証するプロセスであることを忘れないことが肝要です。

人事措置 ・ 解雇判断前の最終確認

配転、降格、退職勧奨、解雇といった人事上の措置を検討する段階では、企業法務として以下の最終確認を行うべきです。

✅ なぜこの措置が必要なのか、第三者に説明できるか
✅ 他の選択肢(配転・PIP等)を検討した経緯があるか
✅ 就業規則・人事制度との整合性は取れているか
✅ 当該措置による不利益は過度なものではないか
✅ 手続や進め方に、感情的・懲罰的な要素が混入していないか

これらに明確に答えられない場合、その人事措置は紛争リスクを内包している可能性が高いといえます。

「辞めさせる」 ではなく 「紛争を防ぐ」 ために

本記事の締めくくりとして、能力不足社員対応の本質と、企業法務の役割を整理します。

能力不足社員対応の本質

能力不足社員への対応は、「問題社員を排除するための手続」ではありません。本質は、雇用関係を継続するか否かを、合理的かつ説明可能な形で判断するプロセスにあります。

結果として雇用が終了することがあったとしても、そこに至るまでの過程が適切であれば、紛争のリスクは大きく低減されます。

逆に、対応を先送りし、説明可能なプロセスを積み上げないまま結論に至ると、企業側が「なぜそう判断したのか」を説明できなくなります。

法務が関与することで防げるトラブル

能力不足社員対応において、法務が早期から関与することで、以下のようなトラブルを未然に防げるケースは少なくありません。

  • 評価と実態の不整合
  • 指導不足を理由とする人事措置の無効リスク
  • 退職勧奨 ・ 解雇における違法評価
  • 紛争化後の立証負担の増大

法務の役割は、「ブレーキ役」になることではなく、企業として取り得る選択肢を整理し、リスクを可視化することにあります。

早期相談 ・ 専門家連携の重要性

能力不足社員への対応は、問題が深刻化してからでは選択肢が限られます。初期段階での法務関与や、外部専門家との連携により、対応の方向性を誤らない、不要な対立を避ける、紛争コストを最小化するといったことが可能になります。

「もう手遅れかもしれない」と感じた段階では、すでにリスクが顕在化しているケースも少なくありません。違和感を覚えた時点での相談こそが、最も効果的な予防策といえます。

能力不足社員対応に関するご相談は、東京都千代田区直法律事務所の弁護士まで

能力不足社員への対応は、単に「人事上の問題」や「個別社員への対処」にとどまるものではなく、将来的な紛争リスクを左右する重要な企業法務上のプロセスです。対応の在り方次第で、企業が合理的な判断を行ったと評価されるか、後から厳しい説明を求められるかが大きく分かれます。

特に、注意指導の進め方や評価制度との整合性・PIPの設計・人事措置の選択などについては、社内の判断だけで進めてしまうと、対応の一貫性や説明可能性に問題が生じることも少なくありません。法的観点を踏まえた整理を行いながら進めることで、不要な対立や紛争を未然に防ぐことが可能になります。

能力不足社員対応は、初期対応やプロセス設計を一つ誤るだけで、後になって企業側の立場を大きく不利にするおそれがあります。問題が深刻化してから対応を検討するのではなく、早い段階で方向性を整理することが重要です。

直法律事務所においても、ご相談は随時受けつけておりますので、お悩みの際はぜひ一度お問い合わせください。

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