澤田直彦
監修弁護士:澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 代表弁護士
IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。
本記事では、
「改正民法で変わる実務1 ~消滅時効~」
について、詳しくご解説します。
消滅時効制度とは
消滅時効とは、権利を行使しないまま一定期間が経過した場合に、その権利を消滅させる制度です。
現行民法では、例えば、飲食料の債権(要は飲食代です)は1年の消滅時効期間、弁護士や公証人の報酬は2年間の消滅時効期間といった、職業別に消滅時効期間が異なる等、ある債権にどの消滅時効期間が適用されるのか、複雑で分かりにくい等との批判がありました。
消滅時効期間の統一
職業別の短期消滅時効及び商事消滅時効の廃止
改正民法では、現行民法170条から174条までに定められた職業別の短期消滅時効を廃止し、また、5年という商事消滅時効(商法522条)を廃止しました。
なお、現在、賃金債権の消滅時効(労働基準法115条)期間は2年間ですが、この制度に関しても今後、この度の民法改正の影響により、期間が長くなる可能性がありますので、注意が必要です。
時効期間と起算点
また、改正民法では、債権の消滅時効の起算点及び時効期間について、権利を行使できる時(客観的起算点)から10年(改正民法166条1項2号)という現行民法の原則に加え、権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)から5年という新たな規定を設け(同項1号)、いずれかの期間が経過することにより、時効が完成するものとしました。
改正民法166条1項1号の「債権者が権利を行使することができることを知った時」というためには、権利行使が期待可能な程度に債務者並びに権利の発生及びその履行期の到来その他権利行使にとっての障害がなくなったことを債権者が知ったことが必要であるとされています。
改正の結果、どうなるか。
この改正の結果、契約で定められる権利(債権)については、権利(債権)の発生時期が記載されることが多いことから、通常、主観的起算点と客観的起算点が一致するため、時効期間は5年となり、個人間の貸金債権などは、現行民法で定められる時効期間(10年)よりも時効期間が短くなることになります。
他方で、消費者ローンの過払金(不当利得)返還請求権(過払金:利息制限法所定の制限利率を超えて利息を支払った結果過払いとなった金銭)のように、権利を行使することができる時とこれを知った時とが異なることがあるような債権は、主観的起算点と客観的起算点とが異なることが想定される債権であるため、注意することが必要です。
損害賠償請求権の時効期間について
改正民法は、現行民法724条後段で定められる20年の除斥期間(消滅時効期間であるとする学説もあります)を、除斥期間ではなく消滅時効期間としました(改正民法724条2号)。
除斥期間とは、法が定めた一定の期間内に権利を行使しないとその期間の経過によって権利が当然に消滅する場合の期間を言います。
消滅時効との違いですが、消滅時効は当事者が消滅時効を主張(援用)しないと権利が消滅しないのに対して、除斥期間は、当然に消滅するといった違いがありますので、除斥期間には後述するような、中断や停止が認められることもありません。
現行民法724条2号の期間について除斥期間とすると、当事者が20年間の経過により権利が消滅したと主張しなくても裁判所は請求権が消滅したものとして判断することとなり、例えば、被害者の相続人が被害者の死亡を知らないまま20年が経過した場合など、時効として中断等の措置もとれないまま権利が消滅し、不都合であるとされてきました。
しかし、改正民法では、上記のとおり、消滅時効と規定しましたので、これによって、不法行為時から20年の間(かつ主観的起算点から3年以内)であれば、被害者は、時効の更新や完成猶予の規定により損害賠償請求権の時効消滅を防ぎ、権利を行使することが可能となります。
また、例えば、炭鉱で安全配慮が不十分な粉塵作業に従事し、じん肺に罹患した労働者のように、不法行為時から20年が経過した後に被害者が被害の事実を知ったような場合にも、事案によっては加害者による時効の援用が信義則違反や権利濫用だと認められうることになり、被害救済の余地が広がるとされています。
さらに、改正民法では、人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効期間につき、それが債務不履行に基づく場合には客観的起算点からの時効期間を20年に、また、不法行為に基づく場合には主観的起算点からの時効期間を5年に、それぞれ延長する旨の特則が設けられました(改正民法167条、同724条の2)。
その結果、いずれの場合であっても、時効期間は、主観的起算点から5年、客観的起算点から20年となります。
時効の中断・停止事由の見直しについて
時効の中断
時効の中断とは、法定の中断事由があったときに、それまでに経過した時効期間がリセットされ、改めてゼロから起算されることをいいます。時効の中断があると、その中断事由が終了した時から新たな時効期間が進行します。
例えば、債務者が債権者に対して債務を「承認」すれば、経過した時効期間がリセットされ、直ちに新たな時効期間が進行する、また、債権者による裁判上の請求(訴えの提起など)等があれば、時効期間がリセットされ、裁判の確定等により新たな時効期間が進行するといったものです。
これまで、この時効の中断については、制度が複雑(技巧的)で分かりにくいのではないか、といった問題がありました。
具体的には時効の中断の効果としては「完成の猶予」と「新たな時効の進行(時効期間のリセット)」の2つがありますが、それぞれの効果の内容も発生時期も異なることから、新たに2つの概念を用いて分かりやすく整理すべきではないかというものです。
改正民法では、まず、現行民法の時効の中断事由について、その効果に応じて、完成猶予事由(本来の時効期間の満了時期を過ぎても、所定の時期を経過するまで時効の完成が猶予されるという効果を生じさせるもの。改正民法147条1項、同148条1項、同149条、同150条)と更新事由(当該事由が生じた時にそれまで経過した時効期間がリセットされ、改めて時効期間がゼロから進行を始めるという効果を生じさせるもの。同147条2項、同148条2項、同152 条)に整理し直しています。
例えば、現行民法で中断事由とされていた「裁判上の請求」は、裁判上の請求を行うことが完成猶予事由(改正民法147条1 項)、確定判決等による権利の確定が更新事由とされました(改正民法147条2項)。
また、同じく中断事由とされていた「差押え」も、強制執行、担保権の実行、形式競売及び財産開示手続を明記することにより差押えを経ない強制執行等も含まれることを明確にしたうえで、同様の整理がなされました(改正民法148条1項及び2項)。
時効の停止
時効の停止とは時効が完成する際に、権利者が時効の中断をすることに障害がある場合に、その障害が消滅した後一定期間が経過するまでの間時効の完成を猶予するものです。
たとえば、夫婦の一方が他方に対して有する権利については、婚姻解消から6か月を経過するまでは時効が停止されます。
この時効の停止についても、時効の中断とともに改正されることとなりました。
具体的には、現行民法の時効の停止事由についても、その効果(停止事由の発生により、本来の時効期間の満了時期を過ぎても、所定の時期を経過するまで時効の完成が猶予される。)に照らし、これを完成猶予事由として整理し直しています(改正民法158条~161条)。
時効の中断や停止に関する改正で、特に注意をしていただきたいこととしては、仮差押え又は仮処分について時効の更新の効果はないものとされた点(改正民法149条)や、天災等による時効の完成猶予について完成猶予期間が2週間から3か月に伸長された点(改正民法161条)など、実質的な変更点もあることです。
協議による時効完成の猶予
次に、改正民法は、当事者間において権利についての協議を行う旨の合意が書面又は電磁的記録(以下「書面等」という。)によりなされた場合を新たに完成猶予事由としました(改正民法151条)。
紛争解決に向けて協議中の当事者は、本来の時効が完成すべき時期が迫ってきても、この合意をすることにより、訴訟提起等をすることなく協議を継続することが可能となります。
この合意は書面等によることが必要ですが、書面等の様式には特に制限はなく、合意において1年未満の協議期間を定めた場合はその期間の経過時(改正民法151条1項2号)、そうでない場合は合意時から1年経過時(改正民法151条1項1号) まで時効の完成が猶予されます。
ただし、上記期間経過時までに、当事者の一方から協議の続行を拒絶する旨の書面等による通知がなされた場合(改正民法151条1項3号)には、時効の完成猶予は上記期間経過時又は通知から6か月経過時のいずれか早い時までとなることに注意が必要です。
また、この合意による時効の完成猶予中に再度合意をすることも可能で、これを複数回繰り返すこともできますが、完成猶予の期間が通算して5年を超えることはできません(改正民法151条2項ただし書)。
適用時期について
最後に改正民法に定める消滅時効制度の適用時期について解説します。
消滅時効期間について
「施行日前に債権が生じた場合」(つまり、2020年4月1日前に債権が生じた場合)については 現行民法が適用され(附則10条4項)、施行日以後に発生した債権に関して改正民法が適用されます。
注意していただきたいのは、「施行日前に債権が生じた場合」には、施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときも含む(附則10条1項)とされている点です。
例えば、施行日前に業務委託契約が締結され、施行日以後に業務委託報酬債権が発生した場合など は、現行民法の時効期間によることになります。
不法行為による損害賠償請求権
現行民法724条後段の20年を消滅時効期間とする改正については、改正民法の施行日において不法行為時から既に20年が経過していなければ、改正民法が適用され、既に20年が経過していれば現行民法が適用されます(附則35条1項)。
また、人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権のうち不法行為に基づくものの主観的起算点からの時効期間を5年とする特則を設ける改正については、改正民法の施行日において「損害及び加害者を知った時から3年間」の消滅時効が既に完成していた場合でなければ、改正民法が適用されます(附則35条2項)。
なお、債務不履行に基づく損害賠償請求権の場合については、附則10条4項が適用されるため、客観的起算点からの時効期間を20年とする特則の適用を受けるのは、施行日以後に生じた契約関係に起因して発生した人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権ということになります。
時効の中断・停止(更新・完成猶予)について
施行日前に時効の中断・停止事由(更新・完成猶予事由)が生じた場合については現行民法が適用され(附則10条2項)、施行日以後にこれらの事由が生じた場合には改正民法が適用されます。
したがって、施行日前に生じた債権であっても、施行日以後にこれらの事由が生じれば、改正民法が適用されます。
なお、協議をする旨の合意に時効の完成猶予の効力が生じるのは施行日以後に限られます(附則10条3項)。