1. ホーム
  2. 契約書・関連法

契約書の不可抗力条項とは?自然災害・感染症・取引停止リスクへの備えを解説

Q
地震や感染症などで契約を履行できなくなった場合、「不可抗力条項」があれば責任を免れるのでしょうか?また、契約には必ず入れておくべきでしょうか?

A
「不可抗力条項(force majeure clause)」とは、契約の履行が外的な予期せぬ事象によって困難または不能になった場合に、債務不履行の責任を免れるための救済規定です。近年では、地震・洪水などの自然災害のみならず、感染症、戦争、供給網の混乱、行政命令など、グローバルに事業を展開する企業ほど、不可抗力の範囲が広がりを見せています。

ただし、金銭債務は原則として不可抗力免責の対象外とされるなど、条文の内容次第では期待どおりに機能しない場合もあります。

契約書に入れるだけで安心せず、自社の立場に応じて、定義・適用要件・免責範囲・通知義務・解除ルールなどを適切に設計・レビューすることが重要です。


本記事では、不可抗力条項の法的根拠(民法415条・419条等)からその構成要素、非金銭債務者・金銭債務者それぞれの立場からのレビュー視点、裁判例から得られる教訓、国際契約での留意点まで、契約書レビューに役立つ知識と実務対応を体系的に解説します。

特に、取引基本契約・業務委託契約・売買契約等を扱う企業法務担当者の方は、契約トラブル回避のためにぜひご一読ください。


澤田直彦

監修弁護士 : 澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 
代表弁護士

IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。

本記事では、「契約書の不可抗力条項とは?自然災害・感染症・取引停止リスクへの備え」について、詳しくご説明します。

弁護士のプロフィール紹介はこちら直法律事務所の概要はこちら

\初回30分無料/

【初回30分無料】お問い合わせはこちら法律顧問契約の詳細はこちら

当事務所では、LINEでのお問い合わせも受け付けております。お気軽にご相談ください。
登録はこちらから

友だち追加

はじめに

不可抗力条項とは何か

不可抗力条項(Force Majeure Clause)とは、契約の履行が困難または不能となった場合において、それが当事者の責に帰すべき事由ではなく、不可抗力(例えば自然災害や戦争、感染症の大流行など)によるものであるときには、その責任を免除することを定めた契約条項です。

日本法上は、民法415条1項ただし書において「ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」とされており、この「責めに帰すことができない事由」の典型例として不可抗力が位置づけられます。

とはいえ、契約実務において不可抗力条項が全く不要かといえばそうではありません。むしろ、紛争予防や契約リスクの明確化を図るうえで、あえて不可抗力の定義や対象事由、免責効果、通知義務、解除権の発生要件などを明記しておくことが、当事者間の期待調整や交渉戦略上、極めて重要となります。

なぜ不可抗力条項のレビューが重要なのか

不可抗力条項は、自然災害・パンデミック・戦争・政府の規制措置など、企業の事業運営に重大な影響を及ぼす事象が発生した際に、契約義務の履行可否や責任追及の可否を左右する重大な条項です。

特に近年では、新型コロナウイルスの世界的流行やウクライナ情勢、資源・エネルギー供給の混乱などにより、サプライチェーンが寸断される事態も少なくなく、こうしたリスクを契約レベルでどのように分担するかが、企業のリスク管理体制として問われるようになっています。

さらに、不可抗力条項は「定型的条項」として見過ごされがちな一方で、条項のわずかな文言の違いが契約上の帰結に大きな差をもたらす場面も少なくありません。例えば、不可抗力事由の「限定列挙」と「例示列挙」では解釈に大きな違いが生じますし、金銭債務に不可抗力免責を認めるかどうかで当事者の責任範囲も大きく異なります。

このように、契約書のレビューにおいて不可抗力条項は、特に以下の観点から慎重な検討が求められます。

  • 想定される事業リスクを反映しているか
    (例:自社の事業に特有の不可抗力事由が網羅されているか)
  • 当事者の義務の性質に応じた規律になっているか
    (非金銭債務者と金銭債務者でレビューの視点が異なる)
  • 実効性ある通知・証明・協議のルールが備わっているか
    (免責や解除の条件があいまいではないか)

特にBtoB取引においては、不可抗力条項は交渉の重要な駆け引き材料ともなりうるため、漫然と定型文を踏襲するのではなく、契約ごとの特性や取引実態に応じたカスタマイズが必要不可欠です。

民法における不可抗力の位置付けと基本原則

民法415条と帰責事由

契約当事者が契約に基づく債務を履行しなかった場合、原則として債務不履行に基づく損害賠償責任が生じます。その法的根拠は、民法415条1項に規定されています。

民法415条1項
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

この「債務者の責めに帰することができない事由」が、不可抗力(force majeure)と評価されうる場面です。不可抗力とは、当事者の合理的な努力では回避不可能な、外部的・突発的な事象であることが求められ、典型的には天災(地震・台風など)や戦争、政府の規制、パンデミック等が該当します。

つまり、不可抗力の存在が認められることで、債務不履行が「帰責性のないもの」とされ、損害賠償責任を免れる余地が生まれるのです。

金銭債務と不可抗力(民法419条3項)

ただし、債務の内容が「金銭の支払い」である場合には事情が異なります。

民法419条
1 金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。
2 前項の損害賠償については、債権者は、損害の証明をすることを要しない。
3 第一項の損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない。

すなわち、たとえ債務者にとって著しく困難な状況(例:地震・感染症の流行など)であっても、金銭債務の不履行に対しては不可抗力による免責は原則として認められません。

この背景には、「貨幣は代替可能性が高く、通常はどこからでも調達可能である」といった考え方があります。したがって、金銭債務者が不可抗力免責を主張するためには、災害による送金システムの機能停止などを想定した免責条項を明記するなど、契約条項において特段の定めを置く必要があります。

不可抗力条項の意義と契約実務上の必要性

民法上、債務者に帰責性がなければ免責が認められる余地はあるものの、そのハードルは高く、実務上は立証負担も重くなりがちです。また、帰責性の有無をめぐって契約当事者間で見解が分かれ、トラブルの火種になることも少なくありません。

そこで、契約においてあらかじめ不可抗力の範囲と免責効果を明記する「不可抗力条項」を設けることが、法務実務においては重要とされます。

不可抗力条項を契約に定めておくことにより、以下のような効果が得られます。

  • リスク分担の明確化 : どのような事象が不可抗力とされ、誰がどの程度の責任を負うかを明文化できる。
  • 予測可能性と紛争予防 : 当事者間の期待調整が可能となり、万が一の事態でもトラブルを最小限に抑えられる。
  • 契約交渉上の柔軟性の確保 : 非金銭債務者・金銭債務者それぞれの立場に応じた条項設計が可能。

特に近年では、新型コロナウイルス感染症やウクライナ情勢等、従来想定されなかった事象がグローバルに発生しており、あらためて不可抗力条項の重要性が再認識されています。

契約書のドラフティングやレビューにおいては、民法上の不可抗力の考え方を踏まえつつ、自社のビジネスモデルや当該取引の性質に即した具体的条項設計を行うことが、実務上求められる姿勢といえるでしょう。

不可抗力条項の構成要素とドラフティング

不可抗力条項は、単に「免責される」という効果のみならず、その発動の前提となる「事由の定義」や「適用要件」、条項が機能するための「手続き」や「効果の内容」までを網羅的に設計する必要があります。

本章では、不可抗力条項を構成する主な要素と、そのドラフティング上のポイントを具体的に解説します。

不可抗力事由の定義と例示

不可抗力条項では、まず「不可抗力とは何か」を定義し、具体的な事由を例示する形が一般的です。

例示は列挙方式(例示列挙 or 限定列挙)で行われ、以下のような分類で整理されます。

典型的な不可抗力事由の例

不可抗力事由
自然災害 地震 ・ 台風 ・ 洪水 ・ 津波 ・ 火山噴火 ・ 干ばつ ・ 落雷
人為災害や事故 火災 ・ 爆発 ・ 放射能汚染 ・ 大規模停電
戦争や社会的騒乱 戦争 ・ 内乱 ・ テロ ・ 暴動 ・ 封鎖 ・ 軍事行動
政府や行政による行為 法律や規制の制定変更 ・ 行政命令 ・ 輸出入制限
感染症やパンデミック COVID-19 ・ SARS ・ 鳥インフルエンザ等 (感染症法の類型も参考)
インフラ障害 通信回線の故障 ・ 物流や港湾の停止 ・ 電力や水道の供給障害
委託先や再委託先の不履行 製造業者 ・ 物流業者の債務不履行 等 (ただし議論あり)

包括条項の例

包括条項を入れることで、将来予見されないリスクにも対応できる柔軟性が確保されます。ただし、列挙例が多すぎると「限定列挙」と解されるおそれがあるため、ドラフティングのバランスが重要です。

【記載例】
「その他、契約当事者の合理的な管理の及ばない原因」

適用要件 (予見可能性 ・ 回避可能性 ・ 因果関係)

不可抗力事由が発生しても、直ちに免責効果が認められるわけではありません。

実務上、次の3要件が不可抗力として認められるための要件とされています。

  1. 予見不可能性 : 契約締結時に、当該事象が合理的に予見できなかったこと。
  2. 回避不可能性 ・ 防止不能性 : 事象の発生や被害を、契約当事者が合理的な手段で防げなかったこと。
  3. 因果関係 : 不可抗力事由と債務不履行との間に明確な因果関係が存在すること。

これらを契約条項上で明文化しておくと、後の解釈トラブルを予防できます。

効果の定め方

不可抗力事由が認定された場合、契約上どのような効果を発生させるのかを明確に定めることが不可欠です。

代表的な効果は以下のとおりです。

免責

最も基本的な効果であり、不可抗力事由が生じた期間中の債務の履行責任を免れる旨を明記します。
ただし、金銭債務には原則として適用されないため(民法419条3項)、対象債務を「金銭債務を除く」と限定することが推奨されます。

履行猶予 ・ 期間延長

「履行義務は、当該不可抗力事由が解消されるまでの間、猶予される」あるいは、「履行期日を合理的な期間延長する」といった規定が有効です。

再交渉義務

不可抗力が発生した場合に、当事者間で契約内容の見直し・調整を行う旨の義務を定める条項です(ハードシップ条項との併用も可)。

契約解除権の付与

不可抗力事由が長期間継続した場合に、一方当事者が契約を無条件で解除できる旨を定めます(例:「30日以上継続したときは解除可能」など)。

協力義務

不可抗力事由が発生した場合に、相手方に対して代替調達・履行手段の確保に協力する義務を定めることで、損害の拡大防止が図れます。

契約解除条項との関係

民法では、契約の解除には債務不履行があれば足り、帰責性は不要とされています(民法541条等)。そのため、不可抗力で免責されたとしても、契約解除は可能です。これを制限するには、不可抗力条項に「不可抗力による不履行を理由として解除できない」と明記する必要があります。

ただし、契約目的の達成不能(目的物納入不能等)の場合には、解除を認める規定を残すことも現実的です。

【記載例】
「ただし、契約の目的が達成困難と認められる場合は、相手方は解除できるものとする。」

通知義務 ・ 証明資料の提出義務の有無

不可抗力の主張を有効とするために、以下のような手続きを定めることが一般的です。

通知義務

通知義務を課すことで、相手方も対応策を講じやすくなり、誠実対応の証拠ともなります。通知の遅延が免責否定の理由とならないよう、「通知が免責の条件ではない」との補足もあり得ます。

【記載例】
「不可抗力事由が発生した場合、遅滞なく相手方に通知すること」

証明義務 (第三者証明の有無)

「不可抗力を主張するためには、政府発行の証明書、報道資料等の提出が必要」と定めることもありますが、実務上は取得困難なことも多いため、非金銭債務者の立場では削除や緩和が望まれます。

澤田直彦

不可抗力条項は「保険」としての性質を持つ一方で、条文次第では全く機能しないこともあります。

契約当事者の立場(供給者/購入者/元請/下請)や、対象債務の性質(金銭か非金銭か)を踏まえ、必要な範囲で明確に条項を設計することが肝要です。

非金銭債務者側のレビュー視点

不可抗力条項の実質的な保護対象となるのは、一般に物や役務の提供義務を負う「非金銭債務者」です。不可抗力条項の内容によっては、想定外の事態に直面したときに履行責任を免れることができるかどうかが大きく左右されるため、非金銭債務者の立場からは、リスクヘッジの観点で慎重な条項設計が求められます。

本章では、契約レビューにおいて非金銭債務者が意識すべき点を整理します。

幅広い不可抗力事由の列挙

非金銭債務者としては、自社の履行困難リスクを適切にカバーするため、不可抗力事由をできる限り幅広く列挙することが重要です。列挙事由が限定的であれば、想定外の事象が発生しても免責が否定されるおそれがあります。

さらに、「その他、当事者の合理的な支配を超える事由」等の包括条項を末尾に付すことで、予見困難なリスクにも対応できるようにします。

金銭債務除外の明記

民法419条3項により、金銭債務については原則として不可抗力による免責は認められません。

したがって、不可抗力条項において「金銭債務は免責の対象外である」ことを明記することで、責任の範囲を明確化し、自社の債務(=非金銭債務)に限定された免責規定であることを前提とした交渉が可能となります。

これにより、相手方(通常は金銭債務者)にとっても納得性が高まり、修正交渉がスムーズになることがあります。

【記載例】
「不可抗力事由が発生した場合、履行当事者の義務(ただし、金銭債務を除く)は、当該事由が継続する期間中、履行義務を免れるものとする。」

手続的義務の削除や緩和の検討 (通知義務 ・ 証明義務)

実務では、不可抗力の発生を「通知義務」や「第三者による証明の提出義務」といった手続的要件に紐付ける例がありますが、非金銭債務者としては以下のような観点から緩和または削除を検討する余地があります。

・ 不可抗力事由の多くは突発的・深刻であり、即時の書面通知が困難な場合がある
・ 官公庁や第三者機関による証明取得は、実務的に非現実的な場面もある
・ 通知の遅延や証明資料の不備によって免責が否定されることは避けたい
【記載例】
「不可抗力事由が発生した場合、履行当事者は、可能な限り速やかに相手方に通知するよう努める。」
「証明書類の提出は努力義務とし、提出の有無をもって免責の可否が決定されるものではない。」

供給不能時のプロラタ対応や履行期限の延長規定

不可抗力によって供給能力が部分的に制限された場合でも、契約上は全量納入義務を前提とされていると債務不履行と評価されるリスクがあります。

そこで、以下のような内容を明記しておくと実務上有効です。

【記載例:プロラタ(按分)条項】
「供給数量が制限される場合、履行当事者は、顧客間の約定数量に応じて供給数量を按分することにより、自らの履行義務を果たしたものとみなす。」
【記載例:履行期限の延長(リスケ)】
「不可抗力事由が発生した場合、履行当事者は、当該事由が継続する期間、納入期限を合理的に延長できるものとする。」

これらを明記することで、損害賠償責任や解除リスクを大幅に低減することができます。

エスカレーション条項や数量調整条項の追加

不可抗力によって履行コストが急激に上昇した場合でも、契約上は当初の価格や供給量を維持しなければならないという状況では、非金銭債務者側に過大な負担が生じかねません。

そこで、以下のような内容を明記しておくと、特に中長期契約や資材・部品供給契約において有効です。

【記載例:エスカレーション条項(価格調整)】
「不可抗力事由に起因して履行コストが著しく上昇した場合、履行当事者は、価格改定を協議・請求することができる。」
【記載例:数量調整条項】
「供給可能数量が全体需要を下回る場合、履行当事者は合理的な基準に従い、数量の調整・按分を行うことができる。」

まとめ

非金銭債務者が留意すべき視点
不可抗力事由の列挙 自社の業種 ・ リスクに応じて幅広く規定 (+包括条項)
金銭債務除外 「金銭債務は免責されない」旨の明記で責任範囲明確化
手続的義務の扱い 通知 ・ 証明義務は緩やかに設定、履行障害時の柔軟性確保
履行困難時の措置 按分供給 ・ 履行猶予 ・ 価格調整など実務に即した条項設計
協議義務の導入 相手方との再交渉 ・ 協議の道を残しておくことが望ましい

金銭債務者側のレビュー視点

不可抗力条項は、物品やサービスを供給する「非金銭債務者」の側が主に免責を受けるために活用することが多く、金銭債務者の側は、条項が広くなりすぎることで不測の供給停止に直面したり、必要な救済手段を失うリスクがあります。

そのため、契約審査にあたる金銭債務者側の法務担当者は、条項の適用事由や効果について冷静かつ実務的な視点で交渉・修正を試みることが重要です。

一部の不可抗力事由の削除交渉 (労働争議 ・ 委託先不履行など)

不可抗力条項には多くの場合、天災や戦争に加えて「ストライキ」「サボタージュ」「仕入先の債務不履行」といった事由が含まれますが、これらは債務者側の予防・回避努力で対応可能なものであるため、金銭債務者側としては削除または限定を交渉すべきです。

・ 労働争議(ストライキ・ロックアウト)は、経営努力や労使交渉で一定の予防・調整が可能
・ 再委託先の債務不履行は、供給契約の選定や管理により対応可能
【記載例:削除交渉】
「不可抗力には、再委託先・仕入先の債務不履行は含まれないものとする。」
「労働争議による履行不能は、不可抗力の対象としない。」

こうした交渉により、債務履行遅滞のハードルを上げ、供給責任の所在を明確にすることができます。

感染症等の範囲限定

COVID-19の流行以降、「感染症」や「パンデミック」は不可抗力条項の常連項目となりましたが、感染症の種類によっては社会的影響が軽微で、履行不能を正当化できないケースも存在します。

そこで、感染症のうち「一定以上の深刻さを持つ類型」に限定することが、金銭債務者側における実務的な交渉ポイントです。

【記載例】
「不可抗力には、感染症のうち感染症法に定める一類・二類感染症に限り含まれるものとし、五類感染症(例:季節性インフルエンザ、新型コロナ(分類変更後)等)は含まれない。」

このように範囲を絞ることで、「軽微なリスクを理由とした履行拒否」を防止する効果が期待できます。

契約解除権・協議義務の追加

不可抗力によって履行が不可能・著しく遅延した場合でも、金銭債務者側は相手方の履行をただ待ち続けるわけにはいきません。そのため、解除権や再交渉義務を契約条項に組み込み、契約の拘束から解放される選択肢を確保することが重要です。

【記載例:解除権】
不可抗力事由が30日以上継続し、契約の目的が達成困難となったときは、相手方に通知することで、本契約を解除することができる。」
【記載例:協力義務】
「不可抗力事由が発生した場合、当事者は協議により誠実に契約内容の調整を行うものとする。」

これにより、状況変化に応じて柔軟な対応が可能となり、一方的な履行遅延の受け入れを強制されることを回避できます。

再調達義務・超過費用の求償権などの導入

供給義務を免責された非金銭債務者に代わって、金銭債務者が第三者から代替商品や代替サービスを調達する必要がある場合、その調達努力やコスト負担に関するルールを契約で明確にしておくべきです。

【記載例:再調達義務の明記】
「履行不能となった当事者は、相手方の要請がある場合には、第三者からの代替調達に向けて協力しなければならない。」
【記載例:超過費用の求償権】
「相手方が代替手段によって契約上の債務と同等の履行を受けた場合において、その費用が契約価格を超過したときは、超過費用を免責当事者に請求できる。」

こうした条項を設けることで、契約の不履行による実質的な損失補填の手当てが可能になります。

まとめ

金銭債務者が留意すべき視点
不可抗力事由の見直し 労働争議 ・ 委託先不履行など制御可能な事由は削除交渉
感染症リスクの限定 感染症の分類に応じて適用対象を限定 (例:五類除外)
契約解除権の確保 長期化時の解除条項を明記し、拘束状態を回避
協議義務の導入 双方で対応策を検討する再交渉ルールを設ける
再調達 ・ 補償ルール 調達協力義務 ・ 超過費用の求償可能性を確保

金銭債務者側は、不可抗力条項の「適用事由」だけでなく、「適用された後どうするか」という契約後の対処フェーズにこそ注力すべきです。 想定されるリスクに対して、代替手段・損失軽減策・契約終了手段の3点セットを準備しておくことが、実務的なリスク管理の鍵となります。

裁判例・実務動向と参考となる条項例

不可抗力条項は契約上頻繁に目にする条項である一方、実際にその該当性が法的に争われた事案は多くはありません。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行を契機として、いくつかの注目すべき判決が登場しました。

本章では、不可抗力条項の該当性が問題となった代表的な裁判例を紹介するとともに、それらを踏まえた実務的な教訓と、非金銭債務者・金銭債務者それぞれの立場における参考条項を提示します。

不可抗力条項の該当性が争点となった裁判例

東京地判令和3年9月27日(判時2534号70頁)

■ 概要
新型コロナウイルス感染拡大下における結婚式のキャンセルをめぐり、会場側(被告)がキャンセル料の支払いを求めた事案。原告(新郎新婦側)は、緊急事態宣言が出ていたことなどから「不可抗力による解約」としてキャンセル料は発生しないと主張しました。

■ 裁判所の判断
契約時点では緊急事態宣言は出ておらず、後日発令された宣言下でも会場は営業継続していた。よって「不可抗力」により履行不能とはいえないと判断。

■ ポイント
• 不可抗力該当性の判断には、予見可能性・履行不能の程度・行政措置の内容等が個別具体的に考慮される。
• 緊急事態宣言が出たからといって、一律に不可抗力とはならない。

東京地判令和4年3月1日(ライブ会場契約)

■ 概要
音楽ライブの開催を予定していた主催者が、東京都の自粛要請やコロナ感染拡大の状況を理由に会場契約を解除した事案。会場側はキャンセル料を請求。

■ 裁判所の判断
一方の会場については、主催者による協議の働きかけがなされていたこと等から、「不可抗力によるやむを得ないキャンセル」として免責を認めた。
他方、別の会場については、事前協議がなされていなかったこと等を理由に、キャンセル料の支払いを命じた。

■ ポイント
・ 同じ不可抗力条項の下でも、当事者の対応姿勢(協議の有無など)により、免責の可否が分かれる可能性がある。
・ 手続的義務(通知・協議)を条項に明記する実務的重要性が再確認された。

不可抗力条項(非金銭債務者・金銭債務者別)の記載例

裁判例から得られる教訓を踏まえ、実務上有効性が高い不可抗力条項のサンプルを、当事者の立場別に紹介します。

非金銭債務者向け

【記載例:不可抗力】
当事者のいずれかが、地震、洪水、火災、戦争、暴動、テロ、感染症(感染症法における一類〜二類に限る)、政府による営業制限命令、その他当該当事者の合理的支配の及ばない事由により、本契約に基づく義務(金銭債務を除く)を履行できない場合には、その履行義務は、当該事由が継続する限度で一時的に免除される。
履行不能が30日を超えて継続する場合、当該当事者は、相手方に書面で通知することにより、本契約を解除することができる。

澤田直彦

・ 金銭債務を明示的に免責対象から除外
・ 感染症は一類〜二類に限定
・ 通知と解除権のルールも明示

金銭債務者向け

【記載例:不可抗力の範囲と効果】
本契約に定める不可抗力とは、地震、戦争、行政命令等、当事者の合理的支配を超える事由をいう。ただし、以下の事由は不可抗力に含まれないものとする。
① 労働争議・サボタージュ・ストライキ
② 委託先・再委託先の債務不履行
③ 感染症法に定める五類感染症
不可抗力により履行が困難となった場合でも、履行当事者は、相手方に対し、履行可能性や代替手段に関する合理的な協議に応じるものとする。相手方は、履行不能が継続する場合、相当期間の経過後に契約を解除できるものとする。

澤田直彦

・ 一部不可抗力事由を明示的に除外
・ 再調達や協議義務を課すことで損害拡大防止に配慮

まとめ

裁判例からの学び 契約条項上の対策
宣言や感染症の存在だけでは不可抗力と認められないこともある 単なる「感染症」ではなく類型を限定する/履行不能性の要件を明記する
通知 ・ 協議等の誠実対応の有無が判断を左右 通知義務や協議義務を条文で制度化する
契約目的が達成不能になった場合の扱いが重要 一定期間経過後の解除条項を明記する

不可抗力条項は、単なる「お守り条項」ではなく、機能する契約条項としての設計が必要です。
裁判例はその実効性を検証する貴重な材料であり、日々の契約実務に活かすべき知見が詰まっています。

国際契約における不可抗力条項のポイント

国際契約においては、不可抗力条項は日本法以上に重要性を持ちます。特に、英米法では契約不履行において過失が不要とされる「厳格責任主義」が基本であるため、不可抗力条項がなければ、たとえ天災や戦争であっても債務者が契約責任を免れることは困難です。

また、国際物品売買契約については、ウィーン売買条約(CISG)国際商業会議所(ICC)によるモデル条項の影響も大きく、準拠法や適用法令の選定とともに、契約実務上の理解が欠かせません。

CISG第79条の位置づけと適用排除の検討

CISG(Convention on Contracts for the International Sale of Goods:国際物品売買契約に関する国際連合条約)は、日本を含む多くの国が加盟する国際条約であり、一定の要件下で国際的な売買契約に適用されます。

CISG第79条の概要

CISG第79条は、不可抗力(Impediment beyond control)による免責を認める規定です。

CISG第79条
「債務者は、契約の締結時において予見することができず、その障害またはその結果を避けたり克服することが合理的に期待できなかった事由によって債務を履行できなかった場合には、その不履行について責任を負わない。」

つまり、一定の「制御不能性」「予見不可能性」「回避不能性」の3要件を満たせば、債務不履行についての免責が認められる仕組みです。

下記のような文言を明記することで、CISG第79条の不確実な適用を回避し、自社に有利な条項でリスクを制御することが可能です。

【記載例】
「本契約には、国際物品売買契約に関する国際連合条約(CISG)は適用されない。」

澤田直彦

・ 免責の範囲が抽象的で明確でないため、契約に明示的な不可抗力条項を定めることが望ましい
・ CISG自体の適用除外(opt-out)を明記することが可能かつ実務的に一般的

ICC Force Majeure Clause 2020の活用方法

ICC(国際商業会議所)は、国際契約の作成において広く参照される「不可抗力条項モデル(ICC Force Majeure Clause)」を公表しています。最新版は2020年版で、英文契約の実務において広く使用されています。

主な構成と特徴

ICC Force Majeure Clause 2020は、以下のような構造になっています。

  • 不可抗力事由の広範かつ体系的な列挙
    (天災 ・ 戦争 ・ 行政措置 ・ 感染症などに加え、サイバー攻撃や経済制裁など現代的リスクも含む)
  • 自動免責ではなく、手続的要件(通知 ・ 協議 ・ 証明)を明記
  • 短期 (例 : 120日) の不可抗力継続後に解除権が発生
  • “reasonable steps to mitigate”条項により、損害回避義務を課す構成
【記載例】
「The ICC Force Majeure Clause 2020 (Long Form) published by the International Chamber of Commerce is hereby incorporated into this Agreement.」

澤田直彦

契約当事者間で独自に不可抗力条項を起案するリソースがない場合、ICCモデルを利用することで中立的で国際標準に沿った条項構成を実現できます。

ただし、ICC条項を使用する場合も、自社の業種・業態に照らして削除・修正すべき箇所(例:再委託先不履行や一部免責制限)を検討すべきです。

英米法との相違点と実務的留意点

英米法では、原則として債務不履行において帰責性(故意・過失)は問われず、「不可抗力による免責」は契約条項に基づいて認められるにすぎません。つまり、契約に不可抗力条項がなければ、履行不能であっても責任を免れる余地は非常に限定的です。

そのため、実務的留意点として、英米法下では、不可抗力条項を契約に「明確かつ具体的に盛り込む」ことが必須となります。この場合、一般条項(general clause)ではなく、例示列挙+包括条項のハイブリッド構成が推奨されるところです。英文契約においては、「governmental acts」「regulatory intervention」「epidemics」「acts of God」などの慣用表現に注意し、定義の曖昧さを排除する必要があります。

まとめ

観点 留意点
CISG適用回避 契約書でCISGの不適用条項を明記するか検討
ICC条項の活用 自社での起案が難しい場合はICC 2020条項の導入を検討
英米法下の契約 不可抗力条項がなければ免責されない前提で必ず明示的に規定
事由の記載方法 例示列挙+包括的バスケット条項で柔軟性と明確性の両立を図る

国際契約においては、不可抗力条項が契約のリスク配分・解除権限・履行義務の境界を大きく左右します。
準拠法の違いを正確に理解したうえで、契約当事者の立場やビジネス特性に即したカスタマイズを施すことが、グローバル契約実務の基本戦略といえます。

まとめとチェックリスト

不可抗力条項は、平時には見過ごされがちな定型条項である一方、想定外の事態が起きた際には、契約当事者の権利・義務に決定的な影響を及ぼします。近年の感染症や国際紛争、自然災害の多発により、不可抗力条項の重要性はますます高まっています。

本章では、契約書レビュー・交渉の場面で実務担当者が意識すべき確認ポイントや立場別の留意点、修正・交渉の優先順位を整理し、実効性のある条項設計を支援します。

実務上のレビュー時における確認ポイント

契約書に不可抗力条項が含まれている場合には、以下の観点から漏れなくチェックすることが必要です。

項目 確認ポイント
定義 ・ 例示 具体的に何が「不可抗力事由」とされているか
(例示列挙+包括条項の有無)
免責対象 免責される義務に金銭債務が含まれていないか、含まれるかの明示
適用要件 予見可能性 ・ 回避可能性 ・ 因果関係など、免責が認められる条件が明確か
通知義務 通知期限や形式 (書面 ・ 口頭) などが過度に厳格でないか
協議義務 発生後の再交渉や代替策検討について、協議の規定があるか
解除権の有無 一定期間継続した場合の契約解除ルールが明確か (解除可能/不可能)
損害回避 ・ 軽減義務 相手方の損失を軽減する努力義務の明記があるか (特に金銭債務者)
証明資料の提出義務 官公庁 ・ 第三者機関の証明を求める義務が過剰でないか

自社が金銭債務者 ・ 非金銭債務者のどちらかによって変わる留意点

不可抗力条項は、自社がどちらの立場にあるかで「守るべきか・制限すべきか」のスタンスが真逆になります。立場に応じたチェックポイントを明確にしておくことが重要です。

金銭債務者 (買主 ・ 委託者 ・ 注文者など) の視点

  • 不可抗力事由が広すぎないか (例 : ストライキ ・ 下請不履行は除外したい)
  • 感染症等の範囲を限定 (五類感染症を不可抗力から除外する等)
  • 契約解除権を確保 (長期化時の取引拘束リスクを回避)
  • 協議義務 ・ 代替調達の協力義務を相手方に課す
  • 超過費用の求償や再調達に備えた文言を準備

非金銭債務者 (売主 ・ 請負人 ・ 供給者など) の視点

  • 不可抗力事由は幅広く列挙 (自然災害 ・ 感染症 ・ インフラ障害等)
  • 金銭債務は免責対象外である旨を明示 (誤解防止)
  • 通知義務や証明義務を緩やかに (実務対応可能な水準に)
  • 履行延期 ・ 数量調整 ・ リスケジュールの規定を盛り込む
  • エスカレーション条項 (価格調整) やプロラタ条項も検討対象に

条項の修正 ・ 交渉の優先順位整理

契約書の審査や交渉では、限られた時間・文脈の中で、どの条項を優先して修正・交渉すべきかを判断する必要があります。

■ 修正・交渉における優先度(高→低)

  1. 不可抗力事由の範囲
    → 想定外リスクがカバーされているか/逆に広すぎないか
    (例 : 労働争議 ・ 仕入先不履行の扱い)
  2. 金銭債務の取扱い
    → 自社が金銭債務者か否かによって免責の範囲を調整
  3. 契約解除の可否 ・ 条件
    → 継続的債務における長期拘束リスクの緩和
  4. 通知 ・ 協議等の手続的要件
    → 実務上対応可能かどうか (厳格すぎて形骸化しないか)
  5. 履行猶予 ・ プロラタ供給 ・ 価格調整等の補完条項
    → 実際に履行不能となった場合の対応策の整備
  6. 証明義務 ・ 文書提出義務の有無と重さ
    → 特に途上国との取引では取得困難なケースもあり得るため要検討

契約書レビューに関するご相談は、東京都千代田区直法律事務所の弁護士まで

不可抗力条項のレビューは、「リスク管理」と「契約の柔軟性確保」のバランスを取る作業です。契約全体のリスク分担構造(解除条項、損害賠償条項、履行遅滞条項等)とあわせて、不可抗力条項がどのように連動するかを俯瞰的に確認することが、真に実効性のある契約実務につながります。

直法律事務所においても、ご相談は随時受けつけておりますので、お困りの際はぜひお気軽にお問い合わせください。

\初回30分無料/

【初回30分無料】お問い合わせはこちら法律顧問契約の詳細はこちら

【関連記事】
【契約書レビューの総論】企業法務が押さえるべきリスク管理・交渉戦略・法的整合性

契約書の期限の利益喪失条項とは?企業が注意すべきリスクと実務対応を解説
契約書の通知条項とは?通知義務・みなし到達条項・電子メール対応など実務ポイントを解説

契約書レビュー(リーガルチェック)を弁護士へ依頼する場合の方法・費用相場について解説
顧問弁護士とは?法律顧問契約を結ぶメリットや費用・相場について解説!【企業向け】

直法律事務所では、IPO(上場準備)、上場後のサポートを行っております。
その他、プラットフォーム、クラウド、SaaSビジネスについて、ビジネスモデルが適法なのか(法規制に抵触しないか)迅速に審査の上、アドバイスいたします。お気軽にご相談ください。
ご面談でのアドバイスは当事務所のクライアントからのご紹介の場合には無料となっておりますが、別途レポート(有料)をご希望の場合は面談時にお見積り致します。


アカウントをお持ちの方は、当事務所のFacebookページもぜひご覧ください。記事掲載等のお知らせをアップしております。

契約書・プライバシーポリシー
の作成は弁護士に相談して解決

何気なく相手の提出してきた契約書に判子を押したがために、自社のビジネスがとん挫したというケースが枚挙にいとまがありません。会社を守る戦略的な契約書の作成をご希望のお客様は、企業法務を得意とする弁護士にご相談下さい。

クライアント企業一例