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公益通報者保護法の2026年改正で何が変わる?企業に求められる対応とは

Q
2026年に公益通報者保護法が改正されると聞きましたが、企業としてどんな対応が求められるのですか?

A
今回の改正では、従事者指定義務違反に対する罰則の導入、フリーランスの通報保護対象化、不利益取扱いへの立証責任の転換など、通報制度の実効性を高める改正が行われます。企業は、社内規程や通報ルートの見直し、従業員・フリーランスへの教育、懲戒運用の記録体制強化など、早期かつ具体的な準備が必要です。

2026年12月の施行が見込まれる公益通報者保護法の改正は、単なる制度整備を超えて、企業の内部通報制度を「機能させる」段階へと進める大きな転機となります。とりわけ、罰則付きの従事者指定義務やフリーランス保護の明文化、不利益取扱いに対する推定規定の導入など、従来の法運用とは異なる実務対応が求められます。


本記事では、法改正の背景や立法趣旨を踏まえつつ、企業法務・コンプライアンス担当者が押さえておくべきポイントと、2026年の施行に向けた具体的な準備事項を網羅的に解説します。制度対応を誤ると罰則リスクに直結しかねない今回の改正に、企業はどう備えるべきか。今こそ体制の再設計が求められています。


澤田直彦

監修弁護士 : 澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 
代表弁護士

IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。

本記事では、「公益通報者保護法の2026年改正で何が変わる?企業に求められる対応」について、詳しくご説明します。

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はじめに

内部通報制度の意義と実務的な重要性

内部通報制度は、企業における不正行為や法令違反を早期に把握し、是正するための極めて重要なコンプライアンス体制の一つです。外部の規制当局やマスコミに問題が露呈する前に、自浄作用によって企業の信用失墜や訴訟リスクを回避できるという点で、企業の持続的成長とガバナンス強化に資する制度といえます。

近年では、不正会計、ハラスメント、製品安全違反など多様な内部不祥事が報道される中で、内部通報制度の整備とその実効性の確保は、単なる法令遵守の枠を超え、企業価値やレピュテーションを守る経営戦略の一環として位置づけられています。

また、上場企業に限らず、従業員規模300人超の事業者については公益通報者保護法上、体制整備義務が課されており、その不履行には行政処分が科される可能性もあります。

さらにESG経営の観点からも、ステークホルダーに対する説明責任と信頼の確保という点で、通報制度の適切な運用が問われる時代になっています。

改正の背景と企業法務へのインパクト

公益通報者保護法は2006年に施行され、2022年(令和2年改正)には大幅な制度改正が行われましたが、その後も制度の実効性に関する課題が指摘されてきました。とりわけ、通報者が報復を恐れて通報をためらうケースや、企業側の制度形骸化などが問題視され、制度強化の必要性が高まっていました。

こうした背景を踏まえ、2025年3月に「公益通報者保護法の一部を改正する法律案」が国会に提出されました。この改正法案は、消費者庁の検討会報告書の提言をもとに、実効性確保を主眼として構成されており、企業法務の現場にも大きな影響を及ぼす内容となっています。

具体的には、企業に対する行政措置権限や刑事罰の新設、通報者の範囲の拡大(フリーランスの保護)、「公益通報を妨害する行為」や「通報者探索行為」の禁止明文化などが盛り込まれており、従来の運用では不十分となる場面も出てくるでしょう。

本改正を受けて、企業法務部門には、社内規程や運用体制の見直しだけでなく、従業員やフリーランスに対する周知・教育、通報対応に関わる実務オペレーションの再設計が求められます。これらの対応は、単なる制度改定への反応にとどまらず、リスクを最小化し、企業の信頼性を高める機会にもなり得ます。

改正の背景と経緯

令和2年改正からの経過

公益通報者保護法は2006年に施行されて以降、長らく実効性に乏しいとの指摘を受けてきました。この課題に対応する形で2020年(令和2年)に法改正が行われ、通報窓口の設置義務や守秘義務の強化、対象者の拡大(退職者や役員など)など、制度の基礎的な見直しが実施されました。2022年6月には改正法が全面施行され、企業実務にも一定の変化が見られました。

しかし、その後の運用状況を見ると、内部通報制度の実効性確保には依然として課題が残されていることが明らかになってきました。
例えば、通報対象となる従事者を企業が適切に指定していなかったり、通報制度が従業員に十分に周知されていなかったりする事例が散見されました。また、報復的な配置転換や探索行為(通報者が誰かを特定しようとする行為)といった、通報を妨げる構造的問題も根強く存在していたのです。

このような中で、「令和2年改正」は制度改革の第一歩に過ぎず、さらなる補強が必要であるとの認識が広まり、追加的な法改正の必要性が浮上することとなりました。

消費者庁検討会報告書と今次改正の位置づけ

こうした問題意識のもと、消費者庁は2024年5月から同年12月にかけて、「公益通報者保護制度検討会」を9回にわたり開催しました。この検討会には有識者、実務家、関係省庁などが参加し、制度の課題と今後のあり方について集中的な議論がなされました。

2024年12月には「公益通報者保護制度検討会報告書 - 制度の実効性向上による国民生活の安心と安全の確保に向けて」が取りまとめられ、この報告書が今次改正の立法的基盤となりました。

報告書では、次のような論点が重視されています。

  • 企業に対する行政的措置権限の強化 (命令・刑事罰の導入)
  • 公益通報の主体としてのフリーランスの追加
  • 公益通報の妨害 ・ 探索行為の明文禁止
  • 不利益取扱いに対する立証責任の転換 (推定規定)
  • 制度周知の不徹底への法的対応

2025年3月4日には、これらの提言を反映した「公益通報者保護法の一部を改正する法律案」が閣議決定され、第217回通常国会に提出されました。改正法案は、制度の形式整備から「実効性の確保」へと舵を切る大きな転換点であり、単なる制度補修にとどまらず、通報制度を企業内部に根付かせることを目的とした内容となっています。

このように、今次改正は、企業がリスク管理・不正防止体制をより高度化させるための制度的な後押しとして、令和2年改正の延長線上にある「実効性強化フェーズ」と位置づけられます。企業法務担当者としては、報告書の提言内容と改正法案の対応関係を把握したうえで、早期の体制整備を進めることが求められます。

改正のポイントと実務対応

従事者指定義務と体制整備義務の強化

今回の公益通報者保護法改正において、最も実務への影響が大きいのが、「従事者指定義務」と「体制整備義務」の強化です。

これらは令和2年改正で新設された制度ですが、制度の定着が不十分であったことから、改正により実効性が大幅に引き上げられる内容となっています。

従事者指定義務違反に対する命令権 ・ 刑事罰の導入

現行法(改正前)では、事業者は通報対応を担う「公益通報対応業務従事者(以下、従事者)」を定める義務(現行法第11条第1項)を負っており、指定しなかった場合には、消費者庁による報告徴収・助言・勧告・勧告に従わなかった場合の公表といった行政措置の対象とされていました。

しかし実務上は、指定義務を怠ることで、かえって事業者がリスクを回避できてしまうという逆インセンティブが存在していました。つまり、従事者を指定すれば守秘義務違反に問われる可能性があるのに対し、指定しなければ実質的な制裁が伴わないという不均衡があったのです。

この構造的な問題に対応するため、改正法では以下のような強化措置が導入されました。

  • 消費者庁が「従事者指定義務」に違反した事業者に対して命令を出す権限を新設(改正法第15条の2第2項)
  • 命令に違反した場合は、事業者に対して「30万円以下の罰金」(法人には併科)を科す刑事罰を導入(改正法第21条、第23条)
  • あわせて、従事者指定義務の履行状況について、消費者庁による「立入検査」権限も創設され、その拒否には罰金刑が科されることに(改正法第16条、第21条)

これらの改正により、従来は努力義務に近いと認識されがちだった従事者指定が、明確な法的義務へと位置づけ直され、強制力が一段と強化されることとなりました。企業法務担当者としては、改正施行前においても、社内における通報受付体制とその従事者の明確化(役職名の特定や業務内容の定義)を早急に進める必要があります。

体制整備義務に 「周知の徹底」 が明文化

現行法第11条第2項は、通報対応に「適切に対応するための体制整備その他の必要な措置」を講じる義務を事業者に課しています。これまでも、内閣府指針においては、制度を「就労者に対して周知すること」が具体的措置の一つとされていましたが、法文上は明記されていませんでした。

この点についても、2023年度の消費者庁による実態調査では、社内で通報制度を十分に認知していない従業員が一定数存在し、制度の利用促進の妨げとなっている実態が浮き彫りになっています。

そこで今回の改正では、改正法第11条第2項の体制整備義務に関して、「労働者等に対する周知を図ること」が明文化されました。これは、単なる社内ポータルへの掲示や一斉メール通知だけでなく、研修や説明会、定期的なリマインダーなどを通じた、実質的な制度浸透の取り組みを企業に求める趣旨といえます。

実務対応としては、以下のような措置が推奨されます。

  • 就業規則 ・ 社内規程での制度位置づけの明確化
  • 通報窓口の担当者や連絡先を記載した案内文の常設 ・ 定期配布
  • 新入社員向けおよび既存従業員向けのeラーニングや集合研修の導入
  • フリーランスや派遣社員などにもアクセス可能な通報ルートの整備

澤田直彦

今回の改正は、制度の「建付け」を整える段階から、「活用を促進するフェーズ」へと進化したことを象徴しています。

法務担当者は、単に規程を整えるだけではなく、制度の実効性を確保する観点から、継続的な周知活動と体制チェックを行うことが求められます。

公益通報の対象者拡大 (フリーランス等の追加)

新たに対象となる 「特定受託業務従事者」 の定義

今回の改正公益通報者保護法では、「公益通報の主体」すなわち保護対象となる通報者の範囲が大きく拡大されました。
特に注目すべきは、「特定受託業務従事者(以下、フリーランス)」が新たに明文で追加された点です。

これは、2024年に成立した「フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)」との制度整合性を図ったものであり、働き方の多様化に対応する法制度のアップデートといえます。

具体的には、改正法第2条第1項第3号において、以下のような者が新たに公益通報の保護対象に含まれます。

  • 他人から業務委託を受けて事業を行う個人(いわゆるフリーランス)
  • 当該業務に従事している期間中の者、および契約終了から1年以内の者

従来の法律では、労働者・派遣労働者・退職後1年以内の者・役員等が保護対象でしたが、フリーランスはその範囲外でした。しかし、フリーランスも企業の業務に密接に関わり、不正や法令違反を把握しうる立場にあること、かつ雇用関係にないために弱い立場に置かれやすいことから、保護の必要性が指摘されてきました。

改正により、企業はフリーランスによる内部通報にも対応し、適切に保護を図る体制を整えることが法的に求められるようになります。

就業規則 ・ 社内規程の見直しが必要なケース

本改正によって、企業の就業規則や社内の内部通報規程が現状のままでは、制度趣旨を満たさない可能性が生じます。

特に次のようなケースでは、明確な見直しが必要です。

 通報対象者を「従業員」に限定している場合
多くの企業で用いられている内部通報規程では、通報の受付対象を「当社の役職員」「従業員」などに限定している例が見られます。
こうした規定は、改正法上保護対象とされたフリーランス(特定受託業務従事者)を含んでいないため、放置すれば制度の不備を問われるおそれがあります。

 フリーランスに通報手段が実質的に提供されていない場合
制度上は通報対象に含まれていても、実際には「社内イントラネット経由でのみ通報可能」など、フリーランスがアクセスできない設計となっているケースもあります。
このような設計では、通報制度が形骸化していると評価されかねません。

 不利益取扱いの禁止や守秘義務の対象が限定的な場合
内部通報制度に関する守秘義務や不利益取扱い禁止の条項が「従業員」や「通報窓口対応者」等の限定的な記載にとどまっていると、フリーランスによる通報保護が不十分となるリスクがあります。

実務対応のポイント

上記を踏まえ、企業法務部門としては次の対応を早急に検討すべきです。

  • 内部通報規程の改定
    通報対象者に「フリーランス(特定受託業務従事者)」を明記し、対応フローや保護措置を整備する。
  • 通報受付ルートの見直し
    イントラネット以外の手段(専用Webフォーム、外部窓口、電話、郵送等)を含め、フリーランスも利用可能な仕組みを整える。
  • フリーランス向けの制度案内の作成・配布
    契約書添付資料や業務開始時の案内文書として、通報制度の概要と窓口連絡先を記載したガイドラインを提供する。
  • 就業規則・委託契約書への規定整備
    フリーランス契約書にも、公益通報制度に関する告知条項や不利益取扱い禁止の文言を盛り込むことが望ましい。

澤田直彦

今回の改正を受け、フリーランスに対する保護体制の不備は、法令違反と評価されるおそれが現実のものとなりました。

単に規程を修正するだけでなく、実際にフリーランスが通報でき、安心して協力できる環境を整えることが、企業の信頼性やリスク耐性を高める鍵となります。

公益通報を妨げる行為の禁止とその限界

公益通報者保護法の改正において、通報の「実効性の確保」が大きな柱とされました。その中でも特に重要な改正点が、通報を妨害する行為や通報者の特定を目的とする行為の明文での禁止です。

これは、これまで指針レベルでの要請にとどまっていたものを、初めて法律上の禁止行為として明文化することで、事業者の対応義務をより明確化し、通報を躊躇させる構造そのものの是正を図るものです。

通報を妨害する行為の明文禁止 (改正法第11条の2)

改正法第11条の2第1項では、事業者が通報を妨げる行為、すなわち「正当な理由なく、労働者等に対して公益通報をしない旨の合意をするよう求める行為」「公益通報を理由とする不利益な取扱いを行う旨を告げる行為」などが法律で明確に禁止されました。

例えば、以下のような言動が該当しうるとされています。

・ 「公益通報なんてするような人間は出世できない」といった圧力的発言
・ 通報しないよう契約書や誓約書に明示的に記載させる行為
・ 通報したことを理由に、処分や査定の不利益を示唆する行為

これらはいずれも通報の萎縮効果を生む行為であり、企業としては違法行為に該当する可能性がある点を認識する必要があります。
ただし、この条項に違反しても刑事罰の対象とはなっておらず、また、私法上の合意が「無効になるにとどまる」など、制裁的実効性は限定的です。

そのため、通報の自由を侵害しないよう、社内教育や人事部門への周知も含めたガバナンス体制の構築が求められます。

公益通報者を特定しようとする行為の禁止(改正法第11条の3)

改正法第11条の3では、事業者が「正当な理由なく、通報者である旨を明らかにするよう要求する行為」「通報者を特定することを目的として情報を収集する行為」が明文で禁止されました。

これにより、例えば、以下のような行為が違法と評価されうることになります。

・ 誰が通報したのかを調査部門が執拗に追及する
・ 通報の内容から人物を推測し、周囲に尋ねまわる
・ 「通報者の情報を開示しなければ調査できない」と強引に聞き出そうとする

従来、指針のレベルではこうした行為を防止すべきとされていましたが、法的義務ではありませんでした。今回の明文化により、企業の調査担当者や経営層にも明確な注意義務が生じたといえます。

なお、この規定に違反しても刑事罰の対象とはなっていませんが、企業の信頼を毀損するリスクは高く、また損害賠償責任を問われる余地もあります。

「正当な理由」の解釈と実務的注意点

上記の各禁止行為に共通して登場するのが「正当な理由」という例外規定です。
例えば、通報者の情報にアクセスしないと調査が適切に行えない場合や、組織防衛上やむを得ない場合などがこれに該当する可能性があります。

しかし、何が「正当」かという判断は極めて限定的に解されるべきとされており、事業者側が広く解釈することは許されません。衆議院の附帯決議でも、正当な理由について「考え方を明らかにし、潜脱的な行為を防ぐため、その範囲を限定する」ことが求められています。

実務上は、以下のような配慮が重要です。

  • 「調査上必要」であることを理由に安易に通報者情報を収集しない
  • 情報へのアクセスを求める際は、関係者の間で記録を残し、目的と必要性を明示する
  • 通報者探索の意図が疑われる行為については、社内規程や研修において厳しく禁止を徹底する

また、調査業務を委託する社外の第三者(例えば弁護士や調査会社)に対しても、本条項の内容を周知し、誤った対応を未然に防止することが不可欠です。

澤田直彦

今回の改正により、公益通報を「しないよう仕向ける行為」「した人をあぶり出す行為」は、いずれも法律で明確に禁じられました。

企業法務部門は、通報制度を「設ける」ことにとどまらず、通報が安心して行える環境を確保するという観点で、制度運用を設計・監督する責任を負っています。

公益通報者に対する不利益取扱いへの抑止強化

公益通報者保護法は、制度創設当初から「通報したことで不利益を被らないこと」を中核的な理念として掲げてきました。しかし、実際には報復的な解雇・懲戒や、配置転換・査定低下など、表面化しづらい形での不利益取扱いが後を絶ちませんでした。

こうした実態を踏まえ、今回の改正では、不利益取扱いに対する抑止力を高めるための措置が複数導入されました。特に、「立証責任の転換」と「刑事罰の導入」は、企業法務実務に直結する重要ポイントです。

解雇 ・ 懲戒の推定 (立証責任の転換)

これまで、公益通報を行った労働者が、その通報を理由に解雇や懲戒を受けた場合、違法性を主張する側(=通報者)が因果関係を立証しなければならず、実務上は極めて困難でした。

今回の改正ではこの構造が大きく転換され、次のような推定規定が導入されました(改正法第3条第3項、附則第3条)。

  • 公益通報を理由とした不利益取扱いのうち、「解雇」または「懲戒処分」が通報から1年以内に行われた場合、それが通報を理由としたものと推定される
  • 使用者側(企業)が通報とは無関係であることを立証しない限り、不利益取扱いと判断される

この改正により、事業者の説明責任と証拠提出義務は格段に重くなりました。特に、評価記録や調査記録などの客観的な文書証拠の整備が、今後の労務管理において不可欠となります。

刑事罰の導入 (法人に対する罰金含む)

改正法では、不利益取扱いのうち、「解雇」および「懲戒処分」について、一定の場合に刑事罰が科されることとなりました(改正法第21条・第23条)。

  • 行為者個人に対しては、「6月以下の懲役または30万円以下の罰金」
  • 法人(使用者)に対しても、「3000万円以下の罰金」の併科が可能

これは、公益通報の実効性を確保するため、重大な不利益処分に対して刑事的抑止力を導入したものであり、制度上初の強制罰規定となります。

今後は、社内で行われる懲戒処分の一つ一つが、通報との関連性をもとに刑事評価の対象となり得るため、懲戒手続や意思決定に関する内部審査の厳格化が求められます。

対象行為と対象外行為の整理

【刑事罰・立証責任の転換の対象となる行為】
以下のような処分は、通報後1年以内であれば、特に注意が必要です。

・ 解雇(懲戒解雇・普通解雇)
・ 懲戒処分(戒告・譴責・減給・出勤停止等)

【対象外とされる行為】
一方で、以下のような措置は、現時点では刑事罰の対象外、推定規定の適用外とされています。

・ 配置転換、降格、異動、役職の変更
・ 人事考課の引下げ
・ 同僚や上司による嫌がらせ、冷遇、無視
・ 残業の割当てや担当業務の変更による精神的負荷の増加

もっとも、こうした措置が実質的に不利益であり、通報を契機としていると推認される事情があれば、民事上の損害賠償責任や労基署への是正勧告の対象となる可能性もあります。

加えて、衆議院附帯決議では、「通報に対する報復を目的とした配置転換」についても、将来的に立証責任の転換を検討することが明示されており、今後さらに規制が広がる可能性も視野に入れる必要があります。

実務上の対応ポイント

企業法務部門は、以下のような対応を検討すべきです。

  • 解雇・懲戒を行う際の理由 ・ 経緯の記録 (業務評価や事実関係の保存)
  • 通報からの時間経過を考慮した人事判断の慎重化
  • 通報対象者や関係者を含む社内研修の実施 (報復的措置の禁止を明示)
  • 懲戒規程や人事権の行使基準の見直し (通報者保護の視点を明記)

通報制度は、企業の信頼性を支える基盤であると同時に、誤った運用は重大な法的リスクにもつながります。今回の改正により、「通報後の不利益取扱い」は企業にとって懲戒よりも慎重な判断が求められるハイリスク行為となったことを、全社的に再認識する必要があります。

今後の企業対応と法務実務への影響

公益通報者保護法の改正は、単なる制度整備の更新にとどまらず、企業の内部統制・ガバナンス体制全般に影響を及ぼす内容となっています。

特に企業法務部門は、社内規程の整備から日常運用の見直し、さらにはフリーランス対応まで、多岐にわたる分野で主導的役割を果たすことが求められます。

社内規程・指針の改定の必要性

今回の改正では、従事者指定義務や体制整備義務の強化に加え、公益通報の対象者拡大、通報妨害・探索行為の禁止、不利益取扱いに対する立証責任の転換や刑事罰の導入など、実務運用に直接影響する条文が数多く導入されました。

これを受けて、まず必要となるのが社内規程・運用指針の全面的な見直しです。
例えば、以下のような規程類の修正が必要になります。

  • 内部通報制度規程
  • 就業規則 (懲戒処分 ・ 不利益取扱いに関する条項)
  • 人事評価 ・ 異動 ・ 降格に関する運用ルール
  • フリーランス向け業務委託契約書への関連条項追加

加えて、改正法の趣旨を実際の制度運用に反映させるため、抽象的な規程だけではなく、具体的な業務フローや対応マニュアルの整備も欠かせません。

通報窓口・従事者指定体制の見直し

改正法では、通報を受け付け調査・是正措置を講じる「公益通報対応業務従事者」(従事者)の明確な指定が義務とされ、それに違反した場合には命令・罰金の対象となる旨が新たに規定されました。

そのため、企業は通報窓口の「担当者不在」「誰が対応するか不明確」といった曖昧な体制を一掃し、従事者の役職・氏名・職責を明示しなければなりません。

また、以下の点も見直しの対象になります。

  • 外部委託 (例 : 外部弁護士、通報専用窓口サービス)を利用する場合の契約内容 ・ 責任分担の整理
  • 通報受付から調査 ・ 是正措置までのフローの明文化
  • 従事者に対する守秘義務の徹底と教育

企業法務部門は、この体制設計とリスク評価を担い、他部署(人事・監査・総務など)との連携体制を再構築する必要があります。

フリーランス対応の体制整備

今回の改正では、特定受託業務従事者(いわゆるフリーランス)も公益通報の保護対象に追加されました。これにより、企業は雇用関係のない個人からの通報にも対応しなければならないことになります。

実務上は、次のような課題に対応する必要があります。

  • フリーランスがアクセス可能な通報チャネルの設置 (イントラネット依存からの脱却)
  • 業務委託契約書や個別通知文書における通報制度に関する明示
  • フリーランスからの通報時の調査 ・ 対応フローの整備
  • 通報者保護措置 (不利益取扱いの禁止 ・ 情報管理)の適用拡大

企業がフリーランスを多数活用している場合、制度の見直しを怠れば法令違反となりうるため、法務部門による統括的な対応が急務です。

教育・研修による周知徹底の必要性

改正法では、「周知の徹底」が体制整備義務の内容として明文化されました。これは単なる文書配布では足りず、「制度の存在と通報者の保護内容を従業員が理解し、実際に活用できる状態」にすることが求められます。

以下のように、教育・研修の実施状況を記録・可視化し、万が一の際の証拠にも備えることが重要です。

  • 全従業員を対象としたeラーニングや集合研修の実施
  • 新入社員 ・ 中途社員 ・ 派遣社員 ・ フリーランスなど立場別の説明機会の確保
  • 管理職 ・ 調査担当者へのハラスメント ・ 報復禁止に関する重点研修
  • 社内ポータル ・ 紙媒体等を活用した通報制度の定期的告知

澤田直彦

企業が通報制度を単なるコンプライアンス対応として捉えていては、今後の法改正に対応しきれません。

自社の組織文化の健全化とリスク管理の実効性を高める機会として、本改正を契機に、法務部門が主導して制度運用をアップデートしていく必要があります。

経過措置と施行スケジュール

2025年3月に国会へ提出された「公益通報者保護法の一部を改正する法律案」は、今国会での成立を前提に、2026年12月頃の施行が見込まれています。

企業にとっては、約1年半という準備期間が与えられるものの、その改正内容の幅広さと実務影響の大きさを踏まえると、早期かつ計画的な対応が不可欠です。

改正法の施行時期 (2026年12月見込み)

改正法附則第1条では、公布の日から2年以内に施行日を定める旨が明記されており、現時点での見通しでは2026年12月頃に施行される見込みです。このスケジュールを前提とすると、2025年内に制度設計の方針を固め、2026年中に社内制度や運用体制の整備を完了させる必要があります。

また、改正法の施行に先立ち、内閣府指針の改定や、消費者庁による詳細なガイドライン、FAQの公表などが予定されており、それらの情報を逐次確認しながら対応方針を見直していく必要があります。

現行法下の通報にも一部適用される規定の整理

改正法のうち一部の規定については、施行前に行われた公益通報に対しても適用されることが附則で定められています。

具体的には以下のとおりです。

  1. 公益通報を理由とする懲戒・解雇の立証責任の転換(附則第3条第3項)
    改正法施行前の通報に基づく懲戒・解雇であっても、施行後に処分が行われた場合には、通報との関連が推定され、企業側に立証責任が課されます。
  2. 公益通報を理由とする減給の無効化(附則第3条第1項)
    通報から1年以内に行われた減給処分は、改正法案の施行後において無効とされる可能性があるため、注意が必要です。

このように、施行前であっても既に行われた通報が「将来の処分」のリスクファクターとなる点に注意が必要です。企業は、過去の通報履歴の把握と適切な人事記録の整備を今のうちに進めておくべきです。

実務準備のタイムライン

改正法の施行に向け、企業が取るべき対応は多岐にわたります。
以下に、典型的な実務対応のタイムラインを示します。 ※2025年9月時点

【2025年中】 制度設計と方針決定フェーズ  改正法と附帯決議の内容の確認
 現行の通報制度 ・ 社内規程の棚卸し
 社内関係部門 (法務 ・ 人事 ・ 監査 ・ 情報システム等) とのタスクフォース設置
 外部専門家 (弁護士 ・ 外部通報窓口業者) との協議開始
【2026年前半】 制度整備と社内準備フェーズ  改正法対応の社内規程 ・ マニュアル改定
 フリーランス対応の委託契約テンプレート更新
 通報窓口 (内部 ・ 外部) の再設計および従事者指定
 守秘義務 ・ 探索禁止等に関する社内研修コンテンツの作成
【2026年後半】 社内展開 ・ 周知徹底フェーズ  全従業員 ・ 関係者に対する研修実施
 フリーランス ・ 派遣社員 ・ 委託先への制度案内実施
 通報受付体制の稼働テスト ・ 社内シミュレーション
 改正法施行日を見据えた最終確認 (法務 ・ 経営層への報告)

改正法の趣旨は、単に違法行為から通報者を保護することにとどまらず、企業全体のリスクマネジメント水準を引き上げ、内部統制の健全性を確保する点にあります。法務部門は「規程を整える」ことだけにとどまらず、「制度を機能させる」視点で社内を牽引する役割が求められます。

おわりに

改正法の意義と法務部門の果たすべき役割

今回の公益通報者保護法の改正は、単なる制度の「強化」ではなく、通報制度を企業社会に定着させ、実効性を確保するための本質的な変革を目的とするものです。

従事者指定義務違反に対する制裁の明確化、フリーランス保護の導入、不利益取扱いに対する立証責任の転換など、各改正項目はいずれも、形式的な制度整備にとどまらず、企業の内部統制・倫理経営に根本的な対応を求めるものです。

その中核を担うのが、企業の法務部門です。改正法の内容を正確に読み解き、社内体制・規程・運用フローへと落とし込むのは、法務部門の最も重要な役割です。

また、改正法に準拠した対応を行うだけでなく、通報者が安心して声を上げられる仕組みを整え、「不正の芽」を早期に摘む企業文化を醸成することも、法務が果たすべき責任と言えるでしょう。

特に近年、ESG経営や人的資本の開示義務、国際的な腐敗防止の動きなど、企業のガバナンスに対する社会的期待が一段と高まっている中で、公益通報制度はその土台を支える制度として注目されています。

今後の展望とコンプライアンスの深化に向けて

本改正によって公益通報制度は新たなフェーズへと進みましたが、今後も検討すべき課題は残されています。

例えば、小規模事業者(従業員数300人以下)への義務拡大や、配置転換などのソフトな不利益取扱いへの立証責任の転換、さらには通報に必要な資料収集行為の法的保護なども、今後の制度整備の論点になると見込まれています。

また、制度の運用実態や裁判例、行政指導の積み重ねを通じて、法の解釈・適用が深化していくことは確実であり、法務部門は常に最新の動向にアンテナを張り続ける必要があります。

そのうえで、通報制度を「単なるリスク管理ツール」ではなく、従業員や関係者の信頼を醸成する対話の窓口として活用できるよう、社内文化の醸成や継続的な教育・改善活動が求められます。

澤田直彦

今回の改正を受け、公益通報制度は制度的にも実務的にも新たな段階に入りました。

企業法務部門としては、リスクの芽を早期に発見・是正する「防波堤」としての役割を強化しつつ、通報制度を経営の中核に組み込む視点で、企業全体のコンプライアンス体制を牽引していくことが期待されます。

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