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2026年施行の下請法改正とは?企業が備えるべき契約・支払・コンプライアンス対応

Q
2026年1月から施行される下請法改正にはどんな実務的な影響がありますか?我が社では何を準備すべきでしょうか?

A
今回の改正では、手形払いの原則禁止、価格交渉義務の強化、適用範囲の拡大(従業員基準や運送委託の追加)など、契約・支払・取引管理に大きな見直しが求められます。発注書の修正や支払サイトの変更、従業員数確認の契約条項の導入、社内体制の再構築など、法務部門を中心に多部門連携での実務対応が不可欠です。

2026年1月1日に施行される改正下請法(中小受託法)は、単なる法文上の修正にとどまらず、企業の契約・調達・支払・物流といった広範な実務領域に直接的な影響を与える、構造的な制度改正です。

特に、従業員数基準の導入による適用対象の拡大や、協議なき一方的な価格決定の禁止、手形払いの全面禁止といった規定は、これまでの取引慣行を前提にしていた企業にとって大きな変化となります。


本記事では、改正の背景と趣旨をふまえつつ、企業法務として実務的に何を見直すべきか、具体的な対応ポイントを体系的に解説します。2025年中の社内整備に向け、早期の検討と対応が求められます。


澤田直彦

監修弁護士 : 澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 
代表弁護士

IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。

本記事では、「2026年施行の下請法改正とは?企業が備えるべき契約・支払・コンプライアンス対応」について、詳しくご説明します。

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はじめに

改正の背景と目的

2025年3月、いわゆる「下請法」(正式名称は「下請代金支払遅延等防止法」)の全面的な改正を内容とする法案が閣議決定され、2026年1月1日から施行されることとなりました(新法令名は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」)。

今回の改正は、単なる法文上の修正にとどまらず、企業間取引における力関係、契約実務、支払手段に関する慣行など、ビジネスの基盤となる構造そのものに踏み込む意欲的な内容となっています。

その背景には、急激な物価上昇や人件費・原材料費・エネルギーコストの高騰がある一方で、取引価格に反映されない「据え置き」慣行が依然として横行し、中小企業や立場の弱い事業者に負担が集中しているという実態があります。政府はこの状況を是正し、構造的に価格転嫁を可能とする「成長型経済」への移行を図るべく、下請法の大規模な見直しを進めています。

加えて、これまでの「資本金基準」では捉えきれなかった適用回避の事例や、物流委託取引に対する規制の不均衡も、今回の改正で是正対象となっています。すなわち、企業の調達、契約、支払、物流、さらには表明保証条項の在り方まで、法改正は企業活動全般に波及する内容といえるのです。

企業法務としての対応が求められる理由

今回の改正は、経営層のみならず、法務部門や調達部門の業務にも直接影響を及ぼします。
というのも、以下のような点で実務対応が求められるためです。

  • 新たな法適用対象の確認
    従来は下請法適用外であった運送委託取引や、一部の資本金規模の企業との取引が、新たに対象に含まれる可能性があり、契約先の再スクリーニングが必要になります。
  • 契約実務の見直し
    発注書フォーマットや契約書における支払期日、従業員数に関する表明保証条項などの整備が求められます。
  • 法令違反リスクの高まり
    特に、「協議なき価格決定の禁止」や「手形払いの全面禁止」などは、現状維持のままでは違反リスクが顕在化するおそれがあるため、予防的な社内整備が必須です。
  • 調達・経理・現場部門との連携
    法務部門だけで完結する問題ではなく、組織横断的なプロジェクト対応が不可欠です。

つまり、単なる法令知識の習得にとどまらず、組織全体のガバナンス強化の一環として、この法改正を位置付ける必要があります。

本記事の読み方と目的

本記事では、下請法改正の全体像と主要改正項目を明快に整理した上で、それぞれの改正が企業実務、とりわけ法務部門の実務にどのような影響を与えるかを解説します。

あくまで「改正を理解する」ことではなく、「どう備えるか」「どう対応するか」に主眼を置いた実践的な内容にすることを目指しています。

各章は以下の視点に基づいて構成しています。

  • 制度趣旨 ・ 改正理由の把握
  • 改正内容の要点整理
  • 企業側に求められる実務対応
  • 契約・取引管理の留意点

2026年1月1日の施行に向け、企業として年内対応が現実的なタイムラインとなることを踏まえ、読者の皆様には今から社内体制整備や契約見直しに着手していただくことを強く推奨いたします。

下請法とは何か ― 制度の概要と基礎知識

法律の位置づけと目的

「下請法」とは、正式には「下請代金支払遅延等防止法」といい、製造業・情報成果物作成・修理・役務提供などを行う中小企業が、立場の強い大企業(親事業者)との取引において不当な扱いを受けることがないようにするための特別法です。

この法律は、独占禁止法の補完法としての性格を有しています。
独占禁止法が原則としてすべての事業者間の取引を対象にしているのに対し、下請法は、親事業者と中小事業者との間の特定取引に限定して、より具体的・即時的に違反行為を取り締まるためのルールを定めています。

下請法の目的は、以下のような取引慣行の是正にあります。

  • 支払遅延や減額、返品といった不公正な行為から中小企業を保護する
  • 立場の弱い事業者が不利益を被らないよう、親事業者に書面交付や記録保存義務などの明確なルールを課す
  • 公正かつ健全な企業間取引を促進し、ひいては中小企業の安定と健全な成長を支援する

特に、物価高騰・人件費上昇などの局面では、原価上昇分の適切な価格転嫁がなされず、中小企業がコストを一方的に負担する構造が発生しやすくなります。こうした「据え置き価格の固定化」に対処するためにも、下請法は重要な役割を担っています。

「親事業者」「下請事業者」「委託取引」の定義

下請法は、「取引の構造」に着目して法の適用範囲を定めています。

以下に、主な用語の定義を整理します。

■ 親事業者 (改正後は「委託事業者」)
取引において発注を行い、代金を支払う側の事業者です。一定の資本金または従業員数を超える企業が該当します。

■ 下請事業者 (改正後は「中小受託事業者」)
取引において受注を行い、製造・修理・役務の提供などを担う中小企業です。資本金または従業員数が一定以下であることが条件です。

■ 委託取引 (対象取引)
下請法が適用される取引類型は以下の5つです。今回の改正で「特定運送委託」が新設されました。

  1. 製造委託 (例 : 部品の製造委託)
  2. 修理委託 (例 : 機械の修理委託)
  3. 情報成果物作成委託 (例 : プログラムや設計図の作成)
  4. 役務提供委託 (例 : 倉庫業務や事務作業の外注)
  5. 特定運送委託 (例 : 荷主が運送業者に物品輸送を委託)

これらのいずれかに該当し、かつ資本金または従業員数による基準を満たす場合に、取引は下請法の規制対象となります。

独占禁止法との関係性

下請法は、独占禁止法の一部(特に「優越的地位の濫用」)の規律をより具体化したものであり、「独占禁止法の補完法」と位置付けられています。

独占禁止法では、事業者が他の事業者に対してその優越的な立場を利用して不当に不利益を与える行為を禁止しています(例:不当な値引き、返品の強要など)。しかし、優越的地位の認定には高度な事実認定が必要であり、迅速な是正措置が難しいという課題がありました。

そのため、下請法では、親事業者と下請事業者の関係を一定の基準で形式的に判定し、具体的な義務違反(支払遅延、書面不交付、減額、返品等)を列挙することで、迅速な行政対応を可能としています。

また、下請法に違反した場合、独占禁止法上の措置(警告、公表、課徴金)とは異なり、公正取引委員会や中小企業庁による「勧告」「立入検査」「報告徴収命令」などの行政手続きが用いられます。
近年は下請法と独占禁止法の連携的運用も進み、例えば価格据置きへの対応では「買いたたき」として下請法で是正しつつ、悪質な場合は独占禁止法上の優越的地位濫用としても対応が図られています。

このように、下請法は単なる「中小企業保護法」ではなく、企業間の取引秩序全体にかかわる重要な制度です。法務担当者としては、下請法と独占禁止法の関係性を正しく理解したうえで、自社の契約実務や支払管理体制が法令順守に適っているか、日頃から点検しておく必要があります。

今回の改正の全体像とスケジュール

2025年3月改正法案の概要と成立見通し

2025年3月11日、政府は「下請代金支払遅延等防止法等の一部を改正する法律案(以下、改正法案)」を閣議決定し、第217回通常国会に提出しました。法案は同年4月24日に衆議院を通過し、参議院での審議を経て、同年5月16日に本改正法案が成立しました。 今回の改正法案は、単なる用語の変更にとどまらず、以下のように実務への影響が大きい構造的改正を含む内容となっています。

主な改正の柱は以下のとおりです。

  • 新たな禁止行為の追加
    「協議を適切に行わない一方的な代金額決定」の禁止
  • 手形払いの原則禁止
    割引困難手形にとどまらず、手形自体の使用を廃止
  • 特定運送委託の追加
    発荷主から運送業者への委託取引を新たに下請法の対象に
  • 適用基準の見直し(従業員数基準の追加)
    資本金要件に加えて、従業員数での判定を導入
  • その他の制度整備
    書面交付の電磁的提供時の事前同意不要化、報復措置の通報先の追加、違反行為の勧告可能性の拡張 など

これらの改正は、従来の「書面交付義務」や「遅延禁止」といった形式的な規制から、より実質的な取引交渉の公正性や資金繰りの健全性を重視する方向へと転換を促すものであり、企業の契約・支払業務・コンプライアンス体制に直結する重要な変更といえます。

施行日 : 2026年1月1日

当初、改正法案では施行期日を「公布の日から1年を超えない範囲で政令により定める日」としていましたが、審議の過程で明確な施行日が定められ、2026年1月1日施行とする修正が加えられました。

これは、2026年春闘(春季労使交渉)を見据え、中小企業が賃上げ原資を確保できる環境整備を急ぐ政府の方針によるものです。

企業としては、2025年中に対応を完了させることが前提とされるため、契約書の見直し、支払サイトの変更、取引先の再確認などを年内に済ませる必要があります。

改正の根拠となった「企業取引研究会報告書」の概要

今回の下請法改正は、2024年7月から12月にかけて公正取引委員会及び中小企業庁が共催した有識者検討会「企業取引研究会」の報告書(以下、研究会報告書)を基礎としています。

この報告書では、次のような問題意識が示されました。

  • 価格転嫁に関する企業間の交渉プロセスの実効性が乏しく、形式的に据え置きが行われている
  • 運送取引における荷待ちや無償の附帯作業が横行し、物流事業者にしわ寄せが集中している
  • 資本金基準による法適用の形式主義が、実態との乖離を生み、不公平な取扱いを助長している
  • 手形決済の長期サイトによって中小企業の資金繰りを圧迫する慣行が残存している

これらの課題に対応するため、報告書では「下請法の適用対象の拡大」「禁止行為の明確化」「支払手段の実態改善」といった包括的な制度見直しが提言されました。

報告書の内容は今回の法改正にほぼ反映されており、今後の執行やガイドライン整備もこの方向性に沿って進められるものと考えられます。

澤田直彦

企業法務としては、下請法改正の動機や経緯を理解することで、単なる「法対応」ではなく、「健全な取引文化への転換」という政策的文脈も踏まえたアプローチが可能となります。

適用対象の拡大① : 特定運送委託の追加

背景 : 発荷主から運送事業者への運送委託が下請法対象外だった理由

従来の下請法(下請代金支払遅延等防止法)では、物品の運送を含む「役務提供委託」も規制対象の一つとされてきました。

しかし、役務提供委託のなかでも、「自家使用役務」すなわち自社のために使用するサービスの委託については適用対象から除外される運用がなされていました。

この運用により、発荷主(製品製造企業など)が、契約に基づいて納品を行うために運送業者に配送を委託する取引(いわゆる「自家使用運送」)は、自社の義務履行手段と位置付けられ、役務提供に該当しながらも下請法の適用対象外とされてきたのです。

一方で、同様に運送業務を再委託する運送業者間の取引(例:元請から下請運送業者への再委託)は「役務提供委託」に該当し、下請法の適用対象となっており、事実上、同じ「運送委託」でも規制の有無が分かれるという実務上の不整合が生じていました。

このような構造は、特に物流業界において問題視されており、荷待ち・荷役作業の無償提供といった不公正取引に対して、独占禁止法に基づく「物流特殊指定」で対処してきた経緯がありますが、法的手続が煩雑で実効性に乏しいとの指摘がなされていました。

改正内容 : 新たに中小受託法の対象へ

このような実態を受けて、今回の改正法案では、発荷主が運送事業者に対して行う配送業務の委託取引を、新たに「特定運送委託」として法定の「委託取引類型」に追加し、中小受託法(改正後の下請法)に基づく規制対象とすることとされました(改正法案2条5項・6項)。

ただし、すべての運送委託が対象となるわけではなく、「取引の目的物を顧客へ運送する場合」のみに限定されることには注意が必要です。例えば、自社間移送や工場間移動のような用途は含まれません。

この改正により、これまで独占禁止法の「物流特殊指定」でしか対応できなかった発荷主と運送業者間の取引にも、下請法による書面交付義務支払期日の設定義務遅延利息支払義務などが一律に適用されることになります。

実務への影響

発注書・契約書フォーマットの見直し

改正法施行後は、特定運送委託も他の下請取引と同様に、いわゆる「3条書面」や「5条書面」の作成・交付が義務づけられます。

すなわち、運送事業者に対する委託内容・対価・支払期日などを明記した文書を発注時に交付し、記録として保存することが求められます。このため、既存の発注書テンプレートや取引基本契約書に「運送業務」が含まれる場合、下請法準拠の形式に改定することが必要です。

具体的には以下のような修正が考えられます。

  • 委託内容(運送区間、日時、方法)の明記
  • 補助的作業(荷役・保管等)の有無と対価の設定
  • 支払期日の60日以内設定(下記参照)

支払期日の60日以内設定による資金繰りへの影響

改正法施行後は、発注者(委託事業者)は、役務の提供完了から60日以内に支払期日を設定し、支払いを行う義務があります。これまでは手形サイトや一括決済の条件により支払いが後ろ倒しになるケースも見られましたが、本改正によって資金繰りの即応性が強く求められるようになります。

特に物流業務を大量委託している製造業・小売業にとっては、キャッシュフロー管理の見直しが必須となる場面も出てくるでしょう。また、与信管理上、納品タイミングと締日・支払日のずれを吸収する制度整備(早期振込制度の活用等)も検討に値します。

まとめ

「特定運送委託」の追加は、企業の調達実務や物流管理に対する法的要求水準を大きく引き上げるものです。物流を外注している企業、特に大量出荷を伴う製造・流通企業は、契約の見直しとともに、社内オペレーション及び資金繰りの再点検を急ぐべき局面にあります。

法務部門としては、取引実態と委託内容の整理を進め、誤って適用除外と判断することがないよう、実務フロー全体の再整備を主導することが求められます。

適用対象の拡大② : 従業員基準の導入

従来の資本金基準の限界(減資による適用逃れ等)

下請法の適用対象は、これまで「資本金額」によって機械的に判定されてきました。具体的には、発注者(親事業者)と受注者(下請事業者)の資本金規模を基準に、法の適用可否が決まる運用です。

この資本金基準には、以下のような課題が存在していました。

・ 実態と乖離
資本金が少なくても従業員数や売上が大きい企業が法の適用を受けることなく、実態として立場の弱い受注者が保護されないケースが存在

・ 制度の悪用
親事業者が意図的に資本金を減額する、または受注者に対して増資を求めることで、下請法の適用を「回避」する事例も確認

・ 資本金の柔軟化
会社法上の改正等により、資本金の額が企業実態を必ずしも反映しなくなっている

このような「資本金のみを基準とした制度設計」では、下請法の目的である「立場の弱い事業者の保護」を十分に果たせないことが顕在化していたのです。

改正内容 : 300人/100人の従業員数基準導入

こうした背景を受けて、2025年の改正法案では、資本金基準に加えて「従業員数による基準」が新たに導入されました。これは、企業の「実態規模」に基づいた判断を可能とし、形式的な抜け穴をふさぐための措置です。

具体的には以下のとおりです。

委託取引の類型 適用対象となる従業員数(常時使用)
製造・修理・情報成果物作成等 300人超
役務提供・運送等 100人超

この基準により、たとえ資本金が少なくても、一定以上の規模(従業員数)を有する企業は委託事業者として下請法の義務を負うことになります。

▶ 製造委託、修理委託、情報成果物作成委託(プログラムの作成に係るものに限る)、役務提供委託(運送、物品の倉庫における保管及び情報処理に係るものに限る)及び特定運送委託

【従業員300人以下】2026年施行の下請法改正とは?企業が備えるべき契約・支払・コンプライアンス対応

▶ 情報成果物作成委託(プログラムの作成に係るものを除く)及び役務提供委託(運送、物品の倉庫における保管及び情報処理に係るものを除く)

【従業員100人以下】2026年施行の下請法改正とは?企業が備えるべき契約・支払・コンプライアンス対応

実務への影響

自社及び取引先の従業員数の把握方法

企業法務においては、法適用の有無を取引開始時に正確に判定するため、従業員数の把握が新たな実務課題となります。
ただし、従業員数は資本金と異なり、公表義務がなく、また四半期単位や年度単位で変動する可能性もあるため、以下のような把握手段の整備が推奨されます。

  • 取引基本契約書に「従業員数に関する表明保証条項」を設定
  • 年1回の従業員数確認通知を求める条項の導入
  • 調達システムや購買申請書に「従業員数」の登録項目を追加
  • 取引先調査における企業情報データベースの活用(TSR、帝国データバンクなど)

なお、仮に取引相手が誤って少ない従業員数を申告していた場合であっても、実際に下請法の適用対象であれば違反とみなされる可能性があるため、法的リスクは回避できない点にも留意が必要です。

契約書への表明保証条項や通知義務条項の追加検討

従業員数基準の導入により、委託事業者側(親事業者)としては、誤って中小受託事業者に対して義務を履行しなかった場合のコンプライアンスリスクを回避する必要があります。

そのため、以下のような契約条項の整備が有効です。

  • 従業員数の開示 ・ 表明保証
    例 :「当事業者は、現時点において常時使用する従業員数が○○人であることを表明し、虚偽があった場合は直ちに通知するものとする」
  • 従業員数の変更時の通知義務
    例 :「従業員数に変動があった場合、速やかに相手方に書面で通知するものとする」

ただし、これらの条項があったとしても、実際の従業員数が基準を超えていれば、法適用の有無に影響はないため、あくまで契約上の義務履行と法令遵守を両立させる補完的措置と理解することが重要です。

まとめ

今回の「従業員基準」の導入は、下請法の形式的な適用構造に実態的な要素を加えた重要な制度改革です。今後は、単に資本金の大小だけでなく、企業規模・人員構成も踏まえたコンプライアンス対応が求められます。

企業法務としては、自社及び取引先の属性把握体制の整備とともに、契約実務・支払管理における一層の厳格化が必要です。また、「適用対象でないだろう」という前提ではなく、「適用されるかもしれない」という前提で慎重に対応する姿勢が今後のリスクヘッジとして不可欠です。

新たな禁止行為 : 協議なき一方的な価格決定の禁止

背景 : 買いたたき規制の限界と実効性の問題

下請法では従来から、「買いたたき」(通常支払われる対価に比して著しく低い価格で発注する行為)が禁止されていました。しかし、買いたたきの立証には「通常支払われる対価」が何であるかの判断が必要であり、価格据置きが不当であることの証明が困難であるという限界がありました。

例えば、下請事業者が人件費や原材料費の高騰を理由に価格交渉を申し入れた場合でも、親事業者がこれを無視し、従前と同じ価格で発注し続けたとしても、それが「著しく低い価格」かどうかの判断はケースバイケースであり、実務上は対応が難しい状況が続いていました。

このような問題に対し、政府は2021年以降、「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」や「優越的地位の濫用に関する緊急調査」などを展開し、強化策を打ち出してきました。特に2022年12月には、協議を行わずに価格を据え置いた13社の事業者名が公表され、企業の姿勢が大きく問われる事態となりました。

改正内容 : 協議なき価格決定が新たな禁止行為に

こうした実務上の課題を解決するために、2025年の改正法案では、「協議を適切に行わないまま一方的に価格を決定する行為」が、新たな禁止行為類型として明文化されました(改正法案5条2項4号)。

具体的には以下の行為が禁止対象とされます。

  • 中小受託事業者(旧:下請事業者)が、コスト上昇等を理由に価格改定の協議を求めたにもかかわらず、委託事業者(旧:親事業者)が協議に応じなかった場合
  • 協議に応じたとしても、必要な情報提供や説明をせずに価格を一方的に決定した場合

この改正は、従来の「対価水準」に基づく買いたたき規制とは異なり、「交渉プロセスの不備」自体を問題視する構造となっており、実質的かつ実効的な価格交渉の義務化を意味します。

実務への影響

価格交渉の記録保持義務の強化

この新たな禁止行為の導入により、委託事業者側では、価格交渉の事実や内容を文書や記録として残す義務が実質的に強まることになります。

以下のような対応が今後は重要です。

  • 協議日時・参加者・協議内容の記録(議事録、メールログなど)
  • 下請事業者からの協議申入書や見積書の保存
  • 提示価格の根拠資料(コスト構成表など)の準備・保管

万一、協議が適切に行われなかったと見なされた場合、公取委や中小企業庁の調査において、これらの記録が法令遵守の証左として重要な役割を果たすことになります。

「協議対応フロー」 の社内整備

加えて、企業としては、社内における価格改定交渉の対応フローを策定し、明文化しておくことが望まれます。

以下のような点を含めたルール整備が推奨されます。

  • 下請事業者からの協議申入れを受けた際の一次対応責任部署の明確化
  • 一定金額または影響度を超える価格改定交渉についてのエスカレーションルール
  • 協議プロセスで提供すべき情報・説明事項の一覧化
  • 協議結果の記録と管理部門(法務・調達・内部統制部門など)への報告体制

特に、社内の調達部門・事業部門が個別に対応する企業では、対応のばらつきがリスク要因となるため、法務部門が主導して標準化を進めることが重要です。

まとめ

「協議なき価格決定の禁止」は、単なる条文追加にとどまらず、下請法の考え方を「対価の水準」から「交渉プロセスの適正性」へと転換させる画期的な改正です。

価格決定の場面においては、単に価格を提示して終わりではなく、下請事業者の声を受け止め、内容を検討し、納得のいく説明を行うという一連の過程が、法的義務の一部と認識される時代に入りました。

企業法務としては、記録と説明責任を軸とした社内ガバナンス体制を再整備することが急務です。

支払手段の見直し : 手形払いの全面禁止

現行制度の問題点 : 資金繰りのしわ寄せ、割引料負担

これまで下請法においては、下請代金の支払いについて「60日以内の支払期日を定める義務」と「支払遅延の禁止」が規定されていました。しかし、支払手段については明確な制限はなく、手形(約束手形)や電子記録債権、一括決済方式なども合法的な支払方法として利用されてきました。

この運用の中で特に問題視されていたのが、手形払いによる実質的な支払遅延です。形式的には支払期日内に手形を交付すれば下請法違反にはなりませんが、下請事業者は手形サイト(60日~120日など)満了まで現金を受け取れず、資金繰りに深刻な影響が出ていました。

さらに、手形を割り引いて現金化しようとすると、割引料(金融コスト)を下請事業者が負担することになり、実質的には取引対価が減額されているのと同じ結果を生んでいました。

こうした手形払いの弊害は長年にわたり指摘されており、1966年の「指導基準」では繊維業90日・その他業種120日以内とされ、近年では段階的に60日以内への短縮が求められてきました。

改正内容 : 原則現金払い、電子記録債権・ファクタリングの制限

2025年の法改正では、これまで事実上の是正にとどまっていた支払手段の在り方を、明文で法的に制限する内容へと踏み込みました。

主な改正内容は以下のとおりです。

  • 手形払いの全面禁止
    改正法案5条1項2号により、支払手段として手形を用いること自体が明確に禁止されました。
  • ファクタリング等の制限
    形式上は即時決済であっても、支払期日までに代金全額が現金等で支払われない構造(例えば、手数料差し引き後に入金される等)は実質的に禁止される対象とされます。具体的には、金銭及び手形以外の支払手段であっても当該代金の支払期日までに当該代金の額に相当する額の金銭と引き換えることが困難であるものを使用することを禁止しています。

これにより、「60日以内の支払期日」だけでなく、「実際に現金等が手元に入る時期」までを問題にする構造へと変化しました。従来型の一括決済スキームや電子債権利用型の調整的運用は、今後法令違反となる可能性があります。

実務への影響

代替決済手段の検討

今回の法改正により、手形文化に依存していた企業は、根本的な支払方法の見直しが必要となります。

考えられる代替手段は以下のとおりです。

  • 銀行振込(現金払い)
    最も確実かつ法適合性の高い手段。支払期日に着金する運用の徹底が求められる。
  • オンライン即時決済システムの導入
    Fintechを活用した決済プラットフォーム(例:GMOペイメントゲートウェイ等)への移行
  • 売掛債権保証付きスキーム(例:BNPL for B2B)
    法令適合性の確認が必要だが、資金繰り安定化とリスク分散に寄与する。

金融機関との調整や、決済システム会社との連携を進め、実態として「下請事業者が満額を確実に期日内に受け取れる」形態であるかどうかを判断基準とすることが重要です。

契約書や支払フローの再設計

支払方法の根本的見直しにより、契約書面や会計処理、社内規定にも以下のような改訂が必要となります。

  • 契約書(取引基本契約書)
    「支払手段は現金払いとする」旨の明記
    「手形・電子債権等による支払は禁止」とする条項の挿入
  • 発注書・請求書管理
    納品・検収・支払サイクルの管理精度向上(60日ルール順守)
  • 財務・経理部門との連携
    キャッシュフロー予測の精緻化
    月次決済処理の前倒し・分散化による集中負荷の回避
  • 決済スキームを含めたサプライヤーとの事前合意
    特に中小規模の取引先には変更の影響を丁寧に説明・共有することが肝要

まとめ

「手形払いの全面禁止」は、企業文化として長年続いてきた慣行に明確な終止符を打つものであり、単なる支払手段の変更にとどまらず、企業の支払体制・信用管理・キャッシュフロー設計全体の再構築を意味する重大な制度変化です。

法務部門としては、契約書整備だけでなく、社内の経理・財務・事業部門と密に連携し、企業全体の「資金の流れ」を再点検する機会ととらえるべきでしょう。

その他の改正項目と実務対応ポイント

今回の下請法(中小受託法)改正は、主要な構造改革(適用対象の拡大、禁止行為の追加、支払手段の見直し)に加え、実務運用を改善する目的で複数の制度整備が行われている点にも注目が必要です。

これらは個別対応が疎かになりがちですが、いずれも法令順守体制に直結するものであり、法務部門が主導して対応すべき領域です。

書面交付の電磁的提供時の事前承諾不要化

従来、下請法では発注者が「3条書面」を電子メール等の電磁的記録方法で交付する場合、下請事業者の事前承諾が必要とされていました。

今回の改正により、この要件が緩和され、事前承諾がなくても電子交付が可能となります(改正法案第4条関係)。この変更は、デジタル化・業務効率化を後押しする一方、交付義務そのものが軽減されたわけではないことに注意が必要です。

実務対応のポイント

  • 書面フォーマットのPDF化・電子保管体制の整備
  • 電子メールまたはEDI等を通じた交付記録のログ保存
  • システム上、交付が取引時点で自動化される仕組みの検討

「代金減額」に対する遅延利息の支払義務追加

現行下請法では、支払遅延に対して「遅延利息の支払義務」が課されていましたが、代金を一方的に減額した場合に、その返金や支払いが遅れた場合の遅延利息については明文化されていませんでした。

改正法では、これを明確化し、「代金減額」についても、給付受領日または減額日から60日を経過した日以降、支払日までの間に発生する利息の支払いを義務づけることとなりました(改正法案6条2項)。

実務対応のポイント

  • 減額処理に関する意思決定フローの明確化(独断的な対応を防止)
  • 減額時の帳簿記載と利息支払義務の有無の確認プロセス整備
  • 減額理由を記録し、当事者間で共有することが推奨される

面的執行の強化と報復措置の通報先追加

改正法では、公正取引委員会及び中小企業庁に加えて、事業所管省庁の主務大臣にも指導・助言の権限が与えられました(改正法案8条、13条)。これにより、違反行為の摘発や是正が「面的」に展開される体制が整備されたことになります。

また、下請事業者が違反行為を通報したことに対する「報復措置」の禁止規定について、主務大臣も通報先として加えられ、監督権限の分散と情報連携が制度上整備されました(改正法案5条1項7号)。

実務対応のポイント

  • 監督官庁の問い合わせ窓口対応マニュアルの整備
  • 通報があった場合の内部対応フローの策定(報復と取られかねない行為の抑制)
  • コンプライアンス研修等でのリスク教育の強化

自主点検のすすめ

今回の改正は対象範囲の拡大と義務強化が並行して進んでおり、企業が「意図せず違反してしまう」リスクが高まっている点が最大の特徴です。

とりわけ、以下のような企業は重点的に自主点検を行うべきです。

  • 新たに従業員数基準で「委託事業者」に該当する中堅企業
  • 物流業務を外注しており、特定運送委託が発生している企業
  • 現在も一部で手形払い・電子債権を利用している企業

自主点検の進め方(推奨)

1. 取引スクリーニング : 適用対象(受託先・委託内容)を一覧化

2. 契約内容・発注フローの確認 : 書面交付・支払期日設定・支払方法の再確認

3. 部門連携チェック : 法務・調達・財務・現場の連携強化

4. 教育・研修の実施 : 下請法遵守に関する全社向けガイダンス

まとめ

下請法の改正は、単なる法改正にとどまらず、企業の「契約管理」「支払実務」「通報体制」「社内教育」まで広範な影響を与える制度改革です。特に今回取り上げた「その他の改正項目」は、一見すると周辺的に見えますが、対応の遅れが企業としてのガバナンス評価やレピュテーションに直結しかねない領域でもあります。

法務部門としては、制度改正の趣旨を丁寧に読み解き、部門横断での整備計画を主導するとともに、ルールを守るだけでなく、「信頼される発注者」としての在り方を再構築していく姿勢が求められます。

法務部門のためのチェックリストと今後について

2026年1月1日の施行に向け、下請法改正への備えは「待ったなし」です。

本章では、法務部門が中心となって確認すべき事項をチェックリスト形式で整理し、あわせて今後の推奨対応についても紹介します。

改正に備えて社内で検討すべき項目 (チェックリスト)

チェック項目 内容 対応状況
❶ 自社の従業員数が300人/100人を超えるか確認済みか 資本金基準だけでなく、従業員数基準でも対象判定が必要 □ 済
□ 未
❷ 取引先の従業員数を把握しているか 資本金ではなく人数ベースのスクリーニングが必要 □ 済
□ 未
❸ 契約書・発注書に必要記載事項(役務内容・対価・支払期日等)はあるか 電子交付化の前提としても記載内容が重要 □ 済
□ 未
❹ 協議依頼への対応体制・フローはあるか コスト上昇時の価格交渉に適切に対応できるか □ 済
□ 未
❺ 手形・電子債権を利用していないか(完全廃止方針) 制度的に支払手段として認められなくなる □ 済
□ 未
❻ 減額時の遅延利息対応の社内処理ルールはあるか 自動で処理できる会計システム連携の検討も □ 済
□ 未
❼ 表明保証・従業員数通知義務など契約条項を追加済みか 判定誤りによるリスクヘッジ策として □ 済
□ 未
❽ 書面交付記録の電子化とログ保存体制の整備はあるか Eメール、EDI等で送信証跡の保全が必要 □ 済
□ 未
❾ 通報・報復対応に関する相談窓口・対応マニュアルの整備はあるか 面的執行の強化に備える社内体制整備 □ 済
□ 未
❿ 部門間連携(調達・経理・営業等)体制の構築は進んでいるか 契約 〜 支払 〜 検収が一貫して適法であるか □ 済
□ 未

法務部門としての継続的なモニタリングと教育の重要性

今回の改正下請法は、従来の形式的な規制から、実質的な取引慣行の健全化を目的とした構造改革に大きく舵を切ったものです。

その一方で、制度の運用においては、今後公表される以下の動きにも注意が必要です。
これらは企業のコンプライアンス方針のアップデートに直結するため、法令モニタリングの常設化を推奨します。

  • 公正取引委員会・中小企業庁の運用基準の改訂
  • 実務事例集やガイドライン(特に協議義務の内容、電子交付の実態等)
  • 違反行為に関する注意喚起事例の公開(事業者名含む)

制度改正は一過性の対応で終わるものではありません。
下請法における対応は、以下の2点が中核となります。

  1. 継続的な社内教育
    ・ 法務担当者だけでなく、調達・経理・営業など関係部門への法令研修
    ・ 過去の違反事例に学ぶケーススタディの導入
  2. 体制の自走化と業務への内在化
    ・ 書面交付や価格交渉対応を属人的にせず、ワークフローに組み込む
    ・ 契約審査・支払処理の前提として「中小受託法の視点」を浸透させる

澤田直彦

下請法改正は「中小企業保護のための規制」という域を超え、企業の取引構造・パートナー関係の見直しを迫るものです。法務部門が旗振り役となって、企業全体の透明性・公正性の確保に貢献することが、レピュテーションの保全や持続的な事業成長の基盤形成にもつながります。

貴社の制度対応が、社内外から「信頼される企業」としての評価につながることを願ってやみません。

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