澤田直彦
監修弁護士:澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所 代表弁護士
IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。
本記事では、
「企業は新型肺炎(コロナウィルス)対策として何をすべきか」
について、詳しくご解説します。
社員が新型肺炎に感染していることが確認された場合には?
会社は、就業を禁止しなければならないか。
労働安全衛生法第68条では、「事業者は、伝染性の疾病その他の疾病で、厚生労働省令で定めるものにかかった労働者については、厚生労働省令で定めるところにより、その就業を禁止しなければならない」と規定し、会社に就業禁止を明示する義務を規定しています。
そして、労働安全衛生規則第61条では、次の①から③に該当する対象者の就業を禁止しています。
①毒伝ぱのおそれのある伝染性の疾病にかかった者(ただし、伝染予防の措置をした場合は除く)
②心臓、腎臓、肺等の疾病で労働のため病勢が著しく増悪するおそれのあるものにかかった者
③前各号に準ずる疾病で厚生労働大臣が定めるものにかかった者
しかし、現在、新型肺炎については、この労働安全衛生法68条の対象とはなっておりません。
それでは、新型肺炎に感染した社員には、就業を禁止することはできないのでしょうか。
感染症法
この点については、現在、新型肺炎については、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症法」といいます)により就業制限を行うものとして取り扱われています。
具体的には、2020年2月1日付けで、新型肺炎感染症が指定感染症として定められたことにより、労働者が新型肺炎に感染していることが確認された場合は、感染症法に基づき、都道府県知事が就業制限や入院の勧告等を行うことができることとなります。
新型肺炎に感染した社員を休ませる場合
新型肺炎に感染した社員を休業させる場合、法律上、賃金や休業手当を支払わなければならないでしょうか。
まず、新型肺炎に感染しており、都道府県知事が行う就業制限により労働者が休業する場合は、使用者の責任で休ませるわけではないので、後述する民法536条2項に基づく賃金や、労働基準法26条に定める休業手当も支払う必要はありません。
なお、被用者保険に加入されている方であれば、要件を満たせば、各保険者から傷病手当金が支給されます。 具体的には、療養のために労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日から、直近12カ月の平均の標準報酬日額の3分の2について、傷病手当金により補償されます。
具体的な申請手続き等の詳細については、加入する保険者に確認ください。
年次有給休暇の取得
会社としては、新型肺炎の疑いがある社員または新型肺炎に感染した社員に対して、年次有給休暇を取得してもらうか悩むところですが、年次有給休暇は、原則として社員の請求する時季に与えなければならないものなので、使用者が一方的に取得させることはできません。
事業場で任意に設けられた病気休暇により対応する場合は、事業場の就業規則などの規定に照らし適切に取り扱う必要があります。
労災保険の対象となるか
また、新型肺炎に感染した社員が労災保険の適用対象となるか否かという問題があります。
感染源や感染経路がはっきりしており、通勤時、または、業務中に感染をしたといえるなら、労災保険の適用対象になるでしょうが、通常は感染経路などを特定することは困難なため、給付が認められることは多くないです。
新型肺炎の疑いがある社員を休ませる場合
新型肺炎かどうか分からない時点で、発熱などの症状があるため労働者が自主的に休む場合は、通常の病欠と同様に取り扱っていただき、病気休暇制度を活用することなどが考えられます。
一方、例えば熱が37.5度以上あることなど一定の症状があることのみをもって一律に労働者を休ませる措置をとる場合のように、使用者の自主的な判断で休業させる場合は、使用者は、賃金を支払う義務があるでしょうか。
まず、労働者が実際に労務を提供しない限り、使用者は賃金の支払い義務を負わないというのが原則です(いわゆるノーワーク・ノーペイの原則)。
しかし、労働者が労働契約の本旨に従った労務提供の意思を有し、かつ、その用意をしているにもかかわらず、使用者側においてその受領を拒否する、あるいは不可能な状態となる場合、民法536条2項では「債権者の責めに帰すべき事由」によって、債務を履行することができなくなった場合には、債務者(労働者)は反対給付を受ける権利(賃金を受領する権利)を失わないと定めています。
また、労基法26条では、休業手当について「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない」と定めています。
そのため、ご質問のように、新型肺炎に感染したという証明がないものの、微熱などの症状があり新型肺炎の感染の疑いがある社員に対して、休業を命じた場合、民法536条2項に基づき賃金全額の支払義務を負うのか、または、労基法26条に基づき休業手当の支払義務を負うのか、問題となります。
この民法536条2項と労基法26条の関係について、
労基法26条の「休業」が民法536条2項にいう「債権者の責めに帰すべき事由」によるものかどうかを検討したものとして明星電気事件(前橋地裁 昭38.11.14判決)があります。
この判決では「使用者の責に帰すべき事由」とは、民法上の帰責事由の概念とは異なり、労働者の生活保障という観点から規定されているのであるから、民法上の概念は故意、過失或いは信義則上これと同視すべき事由とされるのに対し、労基法26条にあってはこれよりも広く、不可抗力に該当しない使用者の管理上ないし経営上の責任を含むものと解すべきであると幅広く判示されています。
ご質問のように社員に微熱があることをもって新型肺炎の疑いを理由に休業させる場合、使用者の故意、過失によって休ませるわけではないので、賃金全額の支払い(民法536条2項)の支払は必要ないですが、直ちに業務遂行そのものには支障が生じていないような場合では、休業手当の支払(労基法26条)は必要になると思われます。
なお、休業手当は休業期間中に支払う必要がありますが、この「休業期間中」とは、就業規則や労働契約で就労すべき日とされている日のうち、休業した日のことです。
例えば、アルバイトの中には週2日のみの勤務という場合もあると思いますが、その場合 は、その2日のみが休業補償の対象となり、その日に関して平均賃金の60%以上の休業手当を支払えば足りることとなります。
弁護士 澤田 直彦
休業手当を支払う場合、休業手当の金額を個人別に算出する必要があることや、早退を休業と処理するための社内申請の事務手続き等、給与計算および管理業務が煩雑となることが考えられます。
そのため、賃金の満額支給と休業手当の支払いのどちらを選択するかは、休業を命じる具体的な事情や休業手当の支給に対するメリット・デメリットを考慮した総合判断となります。
1日の一部を休業した場合の取扱い
1日のうちの一部を休業した場合の取り扱いについては、解釈例規において「1日の所定労働時間の一部のみ使用者の責に帰すべき事由による休業がなされた場合にも、その日について平均賃金の100分の60に相当する金額を支払わなければならないから、現実に就労した時間に対して支払われる賃金が平均賃金の100分の60に相当する金額に満たない場合には、その差額を支払わなければならない」と規定されています。
したがって、現実に就労した時間に対し支払われる賃金が平均賃金の100分の60に満たない場合には、その差額を支払う義務が生じます。
平均賃金の計算方法
労基法26条は、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない」と定めています。
この休業手当の計算の基礎となる平均賃金の算定方法ですが、労基法12条では「この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前3箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう」と定めています。
「賃金の総額」についてですが、平均賃金の場合、割増賃金の算定の基礎となる賃金と違って、例えば通勤交通費や家族手当なども含め、原則すべての賃金がその対象となります。
ただし、「臨時に支払われた賃金」および[3ヵ月を超える期間ごとに支払われる賃金]ならびに「通貨以外のもので支払われた賃金で一定の範囲に属しないもの」は算入しません。
また、「事由の発生した日以前3箇月間」についてですが、賃金締切日がある場合は、原則として直前の賃金締切日を起算日とした3ヵ月間となります。
その中に次に該当する期間がある場合には、その日数およびその期間中の賃金は、3ヵ月間および賃金総額から控除して計算します。
①業務上負傷し、または疾病にかかり療養のために休業した期間
②労基法65条に規定される産前・産後休業期間
③使用者の責に帰すべき事由によって休業した期間
④育介法に基づく育児休業一介護休業をした期間
⑤試用期間
事前の対策(会社の安全配慮義務)
健康管理
新型肺炎感染症に対して、事業者が健康管理を実施する必要はありません。
ただし、湖北省または浙江省への渡航歴にかかわらず労働安全衛生法令に基づく労働安全衛生規則では、国外に6か月以上派遣した労働者が帰国して、国内の業務に就かせる場合は、医師による健康診断を行わなければならないことにご留意ください。
安全配慮義務とエチケットの推奨
労働契約法第5条では、会社に対して従業員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を求めています。
したがって、新型肺炎に感染している社員に対して出勤を強制することは、当該社員に対する安全配慮義務違反と考えられるでしょう。
しかし、それだけではありません。
新型肺炎の感染力は非常に高いものがあります。 新型肺炎に感染した社員に出勤を強いることは、他の健康な社員が新型肺炎に感染する危険性をもたらすことを意味します。
つまり、会社が新型肺炎に感染した社員に出勤を強要することは、当該社員だけでなく他の社員に対する安全配慮義務に違反していることになるのです。
仮に安全配慮義務違反がある場合、会社の安全配慮義務違反と社員に生じた身体や生命への損害に因果関係が認められれば、会社は社員から債務不履行責任(民法第415条)および不法行為(民法第715条)に対する損害賠償を請求される可能性があります。
そのため、社員が新型肺炎に感染してしまった場合に備えて、会社は、安心して仕事よりも治療を優先できるように、そして他の社員への感染を防ぐためにも、会社として組織・人員体制や環境を整えることが重要です。
また、社員に咳や発熱などの症状がある場合には、マスクを着用するなどの咳エチケットを行い、あらかじめ保健所に連絡のうえ、速やかに医療機関に受診し、その指示に従ってください。
なお、医療機関の受診の結果を踏まえても、職務の継続が可能である方について、使用者の自主的判断で休業させる場合には、上述しましたとおり、一般的に「使用者の責に帰すべき事由による休業」に当てはまり、休業手当を支払う必要がありますのでご注意ください。
就業規則の整備と契約書修正
新型肺炎に感染した疑いのある社員に対して、会社が出勤停止を命じることを可能とするためには、その旨を就業規則に明記しておくことが最善の対策と考えられます。
就業規則の策定にあたっては、主に以下のポイントを押さえ、就業規則に明記しておくと良いでしょう。
- 新型肺炎の典型的な症状である、咳、熱、たん等の症状がある、倦怠感が強い等の場合には早めに医師の診断を受けることを推奨する
- 診断の結果、新型肺炎感染が陽性だった場合は、医師の診断書とともに感染した旨を会社に報告することを義務付ける
- 出勤停止期間を決定する基準を明示する
具体的な内容については、各会社の事業・業務の実態に合わせ検討する必要がありますので、労務問題に詳しい弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
また、これまで会社で働く社員との法的問題について解説してきましたが、新型肺炎のリスクは対外的にも問題となります。
例えば、業務委託契約や請負契約等、発注者に対して納期が定められている契約です。
仮に受注者の担当社員が新型肺炎に感染した場合、当該担当社員が会社を休まざるを得なかったことで契約書で定められた納期に間に合わなかった等の事態も生じる恐れはあるでしょう。
この場合、契約書に遅滞の法的責任について明記されていなければ、納期に遅れた受注者がその責任を負う可能性が出てきます。
従って、今後締結する予定の契約では、新型肺炎等の影響により債務を履行できなかった、債務の履行が遅滞した場合の責任関係についても予め明記しておくことが、トラブル防止の観点から有用だと思われます。
まとめ
新型肺炎は日本でも今後、感染がさらに拡大し、未曽有の事態に陥るおそれがあります。
対社員との内部の問題だけでなく、取引先等の外部との問題も発生すると思いますので、今のうちから、人事部、法務部また管理部では新型肺炎がさらに流行してしまったときのしかるべき対処法について、備えておく必要があります。
そのようなときに、弁護士はあなたの会社の心強いパートナーとなります。
弁護士であれば、インフルエンザに感染した社員の対処について、会社の法的リスクを最小化するアドバイスや取引先とのトラブルに際しては、会社の代理人としての役割を依頼できます。
直法律事務所では、税理士や社労士、司法書士等、他の士業とも連携し、ワンストップで対応可能な顧問弁護士サービスを提供しています。
もちろん、社員の新型肺炎に関する問題にかぎらず幅広い範囲で対応可能です。
社員の新型肺炎やその他の感染症、あるいは労務関連全般についてお悩みがあるときは、直法律事務所までお気軽にご連絡ください。 あなたの会社のために、ベストを尽くします。