澤田直彦
監修弁護士 : 澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所
代表弁護士
IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。
本記事では、「不正調査で会社が訴えられる?社内調査における個人の権利と適法な進め方」について、詳しくご説明します。
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不正調査における個人の権利と企業法務上のリスク
企業活動における「不正」のリスクは、年々複雑化し、その対応も高度化しています。内部不正・業務上横領・会計不正・情報漏洩など、企業の信用や経営基盤を揺るがす事案は少なくありません。そのようなリスクに迅速かつ適切に対応する手段の一つが「不正調査(不正検査)」です。
しかし、調査の過程において、対象者の「個人の権利」を軽視した対応を取った場合、企業自身が思わぬ法的リスクを抱えることがあります。どれほど正当な目的のもとに実施された調査であっても、実施方法を誤れば、その証拠が訴訟で無効とされたり、逆に損害賠償責任や名誉毀損などの民事訴訟を招いたりする事態にもなりかねません。
不正調査の重要性とリスク
企業が不正調査を行う場面は、内部通報への対応・監査中の異常取引の検知・取引先との契約不履行の調査など多岐にわたります。調査により早期の原因究明と再発防止策を講じることができれば、企業価値の毀損を最小限に抑えることが可能です。
一方で、不正調査には常に以下のようなリスクが伴います。
- 従業員 ・ 取引先との信頼関係の毀損
- 名誉毀損 ・ プライバシー侵害による訴訟リスク
- 調査プロセスの違法性による証拠能力の否定
- 通報者保護義務違反に起因する行政対応 ・ レピュテーションリスク
とりわけ、社内調査における「証拠収集」の場面では、対象者の同意なしにロッカーを開ける・私物スマートフォンのデータを無断取得するなどの行為が、「プライバシー侵害」「不法監禁」などに問われる恐れがあります。
個人の権利を無視した調査が企業にもたらす法的リスク
企業が実施する不正調査であっても、対象者には明確な「個人の権利」が保障されています。例えば、合理的なプライバシーの期待を侵害するような監視・強制的な面接・名誉を毀損する発言などは、民事上の損害賠償請求や労働審判の対象になりえます。
また、証拠能力の観点からも重大な問題を引き起こします。例えば、従業員の自宅や私物に関する違法な証拠収集が行われた場合、それが後に訴訟に発展しても、その証拠は裁判所により排除される可能性が高くなります。これは「違法収集証拠排除法則」の一端であり、企業の主張の立証が困難になることを意味します。
さらに、調査に対する反発が社内外に広がった場合、コンプライアンスの観点からも企業イメージに深刻なダメージを与えることがあります。通報者保護を怠ったと判断されれば、行政処分や企業名の公表といった制裁を受ける可能性も否定できません。
不正調査と従業員の権利 ・ 義務
企業が社内で不正調査を行う際、対象となる従業員に対して協力を求めることは当然の対応です。しかし、調査対象者にも法的に保障された権利が存在するため、調査においては「どこまで求めてよいのか」「どのような義務を企業が負うのか」を理解し、適切な調査手順を踏まなければなりません。
本章では、不正調査における従業員の権利・義務の基本事項を整理します。
協力義務の範囲と限界
従業員は、使用者である企業の業務命令に従う義務を負っており、不正調査に対しても一定の協力義務があると解されます。例えば、社内ヒアリングへの出席や、業務用のPCや書類の提出といった行為は、業務に関連する範囲内であれば合理的な指示として正当化されることが一般的です。
しかし、その協力義務には明確な限界があり、以下のような行為は、違法性を帯びる可能性があります。
- 業務と関係のない私生活に関する質問 (家族関係 ・ 交友関係など)
- 従業員の自宅への無断訪問や捜索
- 心理的圧力や威圧的な面接による自白の強要
- 私物のスマートフォンや私的SNSの内容確認を強要する行為
このように、協力義務が及ぶのは「合理的かつ職務に関連する範囲内」に限定されており、それを逸脱すれば従業員のプライバシー権や人格権の侵害となり、企業側が損害賠償責任を負う恐れがあります。
雇用契約・組合契約による保護
従業員の権利は、個別の雇用契約や就業規則のほか、労働組合との協定や労働協約に基づいても保護されます。これらの契約内容によって、調査における手続きや対象者の取扱いに一定のルールが設けられている場合があります。
例えば、以下のような条項が設けられていることがあります。
- 調査の実施にあたっては本人への事前通知を必要とする
- 労働組合員の調査には組合の同席を認める
- 面接内容の録音 ・ 録画には本人の同意が必要とされる
これらの取り決めを無視して調査を強行すると、契約違反(債務不履行)として企業が法的責任を問われるリスクがあります。したがって、不正調査の開始前に、雇用契約・労働協約・就業規則の内容を再確認することが重要です。
訴訟関連情報の保全義務
企業が不正調査を行う背景には、将来的に訴訟や行政調査へ発展するリスクが存在することが多くあります。このような場合、関連する情報を意図的または過失によって削除・破棄することは、証拠隠滅と見なされかねません。
特にコモンロー法系の国(米国など)では、訴訟が合理的に予見される段階で、関係するデータや書類の破棄を停止し、保全する「Legal Hold(法的保全義務)」が生じるとされます。
日本でも、民事訴訟法上の文書提出義務や証拠保全手続の観点から、証拠の保存に配慮する義務が生じ、その保全対象となる情報には、以下のようなものがあります。
- メール ・ チャットログ ・ 業務日報 ・ 会議メモ
- ファイルサーバー内の業務文書
- 会計データやシステムログ
- ハードディスク ・ USBなどの外部記録媒体
従業員に対しては、意図的なデータ削除や物理的証拠の破棄が懲戒事由となる可能性があることを説明し、必要に応じて文書での保全命令や協力依頼を行うことが求められます。
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不正調査の成否は、調査の正確性だけでなく、「適法性」にも大きく左右されます。
従業員の協力を得るには、権利侵害とならない適正な手続きをとることが前提であり、雇用契約や法令の制約を無視した調査は、むしろ企業の信頼と法的ポジションを危うくしかねません。
調査におけるプライバシーとその制約
不正調査を適切に進めるうえで最も繊細な領域の一つが、「従業員のプライバシー権の取り扱い」です。企業が職場を捜索し、情報を取得しようとする場面で、個人の権利との衝突が生じることは少なくありません。
本章では、調査活動とプライバシー権の調和を図るために理解すべき原則と実務上の注意点を解説します。
職場の捜索に関する基本原則
企業が不正調査の一環として行う職場内の捜索や監視行為は、業務上の必要性に基づく限り、一定の範囲で認められます。例えば、社内ネットワークのアクセスログの取得・業務用パソコンの確認・貸与されたロッカーや机の点検などは、調査目的が明確であれば正当とされることがあります。
しかし、たとえ企業の所有物であっても、捜索対象となる場所が従業員にとって私的な空間と認識されている場合には、プライバシー権の侵害と評価される可能性がある点に注意が必要です。
実務上、以下のような行為が問題となりやすいです。
- 従業員の机の引き出しの中身を無断で開ける
- ロッカー内の私物を調べる
- 私用スマートフォンや私的メールの中身を確認する
このような行為を行う場合には、対象となる物品・空間の「私的性格の有無」と、調査手段の相当性を慎重に検討する必要があります。
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もちろん、調査の必要性・相当性がある場合には、上記調査は許容されることはあります。
しかし、従業員の「私物」を調査する際には、対象従業員の許諾を得て、上記調査を実施することが望ましいでしょう。
合理的なプライバシーの期待とは何か
調査が違法となるかどうかの判断において重要なのが、従業員がその場所や物品に対して「合理的なプライバシーの期待(reasonable expectation of privacy)」を有していたかどうかです。
この合理的なプライバシーの期待は、以下のような観点から判断されます。
- 従業員が実際に私的空間と認識していたか (主観的要素)
- 社会通念上、その場所や物品が私的領域と見なされるか (客観的要素)
- 企業が就業規則等でその空間や物品に自由に立ち入る権限を明示していたか
例えば、会社が貸与した机やロッカーであっても、他人に開けられることがないと従業員が考えていれば、そこには一定のプライバシーの期待が生じる可能性があります。逆に、事前に「企業が監査・捜索できる」と周知されていれば、プライバシーの期待は限定的と判断されます。
重要なのは、従業員が「見られるかもしれない」と納得できる仕組みやルールが整っているかどうかです。
就業規則による予防策と注意点
企業が不正調査を円滑かつ適法に進めるためには、事前に就業規則を整備しておくことが極めて有効です。就業規則の内容に従業員が同意して契約していれば、合理的なプライバシーの期待を制限し、調査における法的リスクを大幅に低減できます。
実務上、有効な就業規則の整備におけるポイントは以下のとおりです。
- 職場は私的空間ではないことを明示する
「従業員に貸与している机 ・ ロッカー ・ メールアカウント等は業務目的の範囲内で使用されるものであり、企業にはそれらを確認 ・ 調査する権限がある」という旨を記載する。 - 調査対象となり得る情報 ・ 物品を具体的に列挙する
PC ・ スマホ ・ 書類 ・ キャビネット ・ クラウドストレージ ・ 出退勤記録 ・ ログ情報など - 従業員からの同意を明文化する
入社時や改訂時に書面で同意を得る。 (署名取得が望ましい) - 曖昧な文言を避ける
「必要があれば調査します」などの抽象的な記述は無効リスクが高まるため、「不正防止 ・ 業務の適正管理のために調査を行うことがある」など、目的と範囲を明確にすることが重要。 - 実際の調査実施にあたっては、適法性と相当性のチェックを怠らない
例外的対応となる場合は、法務部 ・ 外部弁護士との連携を図る。
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不正調査におけるプライバシー侵害は、調査の目的が正当であっても、方法が不適切であれば違法とされるリスクを伴います。
企業の立場から見れば、事前の備え(ポリシー策定と同意取得)が、最も重要なリスクヘッジ策であることを強く認識すべきです。
刑事手続に関連する基本的権利
不正調査が進展すると、刑事訴追の可能性が現実味を帯びてくる場面も少なくありません。その際、対象者となる従業員や役員が有する「刑事手続上の基本的権利」に関する理解が不十分だと、企業側の対応が違法と評価され、証拠の排除や損害賠償請求に発展するリスクもあります。
この章では、特に重要な三つのテーマである「黙秘権と弁護人依頼権」「捜査機関による捜索・押収の要件」「令状なしの捜索が認められる例外」について解説します。
黙秘権と弁護人依頼権の整理
不正調査において、企業はしばしば従業員や関係者へのヒアリング(面談)を実施します。ここで注意すべきなのが、「黙秘権」や「弁護人依頼権」といった刑事手続上の権利との混同です。
黙秘権 (right to remain silent)
黙秘権は、あくまで刑事事件の被疑者・被告人が捜査機関(警察・検察など)からの取調べを受ける場合に保障される権利です。企業が独自に行う社内調査(民間による調査)には、一般的に黙秘権は直接適用されません。
ただし、従業員に対して違法または過剰な圧力(威圧的な尋問・退職強要など)をかけると、「黙秘権の侵害」と同様の不法行為と評価されるリスクがあります。任意性を確保した上で調査を実施すべきです。
弁護人依頼権 (right to counsel)
同様に、弁護人依頼権も、警察・検察など公的捜査機関による捜査段階での権利です。企業が社内面談を行う際に「弁護士の立会がなければ違法」とは必ずしも言えません。
ただし、調査対象者から弁護士の立会を求められた場合、それを一切認めないと面談での事情聴取が不当なものと評価される恐れがないとも言えないため、慎重な判断が求められます。
捜査機関による捜索 ・ 押収と捜索令状
企業にとって最も衝撃が大きいのが、捜査機関(警察や検察)による強制捜査(捜索・押収)です。これらの行為は、刑事訴訟法に基づき、通常は裁判官の発する「捜索差押令状」に基づいて実施されます。
捜索 ・ 押収に必要な法的根拠
企業に対する捜索の場合、オフィスのサーバー・会計資料・PC・電子メールなどが押収対象となることが多く、企業活動に与える影響は極めて重大です。
事前に法務部門や顧問弁護士と「捜索対応マニュアル」を整備しておくことが推奨されます。
例外的に令状なしで捜索が可能なケース
通常、刑事手続においては捜索・押収には令状が必要ですが、いくつかの例外的状況では令状なしでも違法とされない場合があります。
主な例外は以下のとおりです。
- 同意による捜索
対象者が自発的に捜索 ・ 押収に同意した場合、令状は不要です。
ただし、その同意が任意であり、脅迫 ・ 強制 ・ 誤導がなかったことが前提です。 - 現行犯の場合
犯罪が現行で行われており、証拠を即時確保する必要がある状況では、捜索 ・ 押収が例外的に許容されます。
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刑事手続に関連する個人の権利は、不正調査の場面においても無視できない重要な要素です。
企業法務部門は、「民間の調査であっても刑事訴訟に発展しうる」という前提のもと、法的な境界線を踏まえた対応が求められます。
調査の任意性を保つこと、圧力を避けること、そして捜索や証拠収集については専門家と連携しながら慎重に進めることが、企業のリスク回避にとって不可欠です。
私的調査に伴う法的リスク
企業が自ら実施する内部調査(いわゆる「私的調査」)は、迅速な不正対応や再発防止に不可欠な手段です。しかし、調査の進め方によっては、企業側が「加害者」として責任を問われる可能性もあります。
特に注意すべきは、名誉毀損・プライバシー侵害・不法監禁・精神的苦痛の強要といった民事上の不法行為に該当するリスクです。
この章では、調査担当者が実務で直面しやすい典型的なリスクについて解説します。
名誉毀損 ・ プライバシー侵害に該当する行為とは
不正調査の過程では、事実確認のために従業員の行動や背景事情に関する情報を収集する必要がありますが、その手法や発言が「名誉毀損」や「プライバシー侵害」と評価されるケースは少なくありません。
名誉毀損に該当する主な行為
- 調査対象者について、裏付けのない不正疑惑を他の従業員や関係者に広める
- 社内報やSlackなどの社内チャットツールで、「◯◯さんが不正に関与しているらしい」と投稿する
- 面談中に「あなたのせいで会社の信用が傷ついた」と断定的に批判する
名誉毀損は、「事実が真実かどうか」にかかわらず、それを不特定または多数の人に伝え、社会的評価を下げたかどうかが判断のポイントとなります。たとえ内部調査の一環でも、関係者以外への過剰な情報共有は避けるべきです。
プライバシー侵害に該当する主な行為
- 調査対象者の家庭状況や交友関係に不必要に立ち入る
- 私物 (スマートフォン ・ バッグ ・ 財布など) を本人の同意なく確認する
- 調査結果や対象者の私的情報を社内外で不当に共有する
プライバシー侵害は、「本人が合理的に秘匿を期待する情報・空間」への不当な侵入・開示によって成立します。プライバシーに関わる事実が真実であっても、それを許可なく第三者に不当に開示すれば違法となる点に注意が必要です。
不法監禁や感情的苦痛を与える行為のリスク
調査の過程で、調査対象者に対して過度な拘束や心理的圧力をかけた場合、「不法監禁」や「感情的苦痛を故意に与える行為」として、企業や調査担当者が損害賠償責任を問われることがあります。
不法監禁
- 出口を塞いで退室を物理的に妨げる
- 鍵のかかる会議室に長時間閉じ込める
- 「終わるまで部屋から出すな」と指示する
- 身体的接触を伴って在室を強制する
これらは、対象者の身体的自由を不当に制限する行為であり、刑事事件化するリスクすらあります。面談はあくまでも「任意」であることを前提とし、途中退室の自由を常に認めることが大前提です。
感情的苦痛を与える行為
- 面談中に怒鳴る ・ 机を叩く ・ 人格を否定するような言動をとる
- 「家族も調査対象になる」「懲戒解雇が確定している」などの脅迫的な発言をする
- 多人数の前で吊るし上げるような面談を行う
これらは、「社会通念上、常軌を逸した精神的苦痛を意図的または無謀に与える行為」に該当する可能性があります。たとえ問題行為が認められる従業員であっても、必要以上に追い詰める行為は、逆に企業側が訴訟リスクを負う結果になります。
面接 ・ ヒアリング時に注意すべき行為・言動
社内調査においてヒアリングは極めて有効な手段ですが、その実施方法を誤れば、上記のような不法行為と見なされかねません。
実務上の注意点は、以下のとおりです。
▸ 面談は「任意であり、退室も可能である」ことを明示する
▸ 調査目的と対象範囲を説明し、不必要な情報収集は避ける
▸ 同席者 (上司 ・ 同僚など) を含め、威圧的な構成を避ける
【面談中】
▸ 怒号 ・ 威圧 ・ 嘲笑 ・ 侮辱などの言動は厳禁
▸ 発言内容は正確に記録し、できれば録音 ・ 議事録化しておく (同意取得をすることが望ましい)
▸ 強い否認があっても、即座に「嘘をついている」と断定しない
【面談後】
▸ 調査結果や対象者の発言内容を関係者外に漏らさない
▸ 調査対象者に対して懲戒手続等を行う際は、就業規則 ・ 懲戒規程に基づく手続きを遵守する
▸ 通報者が関与していた場合は、通報者保護とのバランスを意識する
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不正の早期発見と社内秩序の回復という観点から、企業の自主的な調査は重要な手段です。
しかし、その実施が違法・不当と評価されれば、訴訟や損害賠償、レピュテーションリスクという「第二の損失」を招くことになりかねません。
調査を行う企業は、「疑わしきは厳しく調査」ではなく、「適正手続と個人の権利尊重を前提に調査」という原則に基づいた慎重な対応が求められます。
調査を安全に実施するための企業実務
不正調査は企業にとって必要不可欠なリスク管理手段ですが、その実施方法を誤れば、逆に企業自身が法的リスクやレピュテーションリスクを負うことになりかねません。
特に近年では、個人の権利意識の高まり・個人情報保護の強化・公益通報者保護制度の整備などにより、調査に対する「適法性」や「透明性」がこれまで以上に厳しく問われるようになっています。
本章では、不正調査を企業が安全かつ効果的に実施するための実務上のポイントを、「社内ルールの整備」「通報者保護」「専門家連携」の三つの観点から解説します。
法性確保のための社内ルール整備
社内調査を適法かつ一貫性を持って実施するためには、「調査の手順」「関係者の取扱い」「情報管理」などをあらかじめ文書化し、明確な社内ルールを整備しておくことが不可欠です。
基本方針として策定すべき社内ルールの例は、以下のとおりです。
- 社内調査ガイドライン
調査の目的や範囲 ・ 実施主体 ・ 関係部門との調整 ・ 報告義務などの明文化 - プライバシー ・ ポリシーと情報取扱規程
個人情報や機微情報の取得 ・ 利用 ・ 保管に関する具体的な運用基準 - 面談 ・ ヒアリング実施マニュアル
面談の告知方法 ・ 同意取得 ・ 録音 ・ 議事録の作成方法 ・ 同席者の取扱いなど
これらのルールは、形式だけ整えても意味がありません。実務上使える内容とするために、法務・人事・内部監査・情報システム部門の横断的な連携により構築・運用されるべきです。また、調査担当者向けの定期的な研修も重要です。
通報者保護制度とリスク対応策
内部通報制度を運用する上で最も重要なのが、「通報者の保護」と「報復リスクへの適切な対応」です。
特に2022年の公益通報者保護法改正(施行:2022年6月)以降、一定規模以上の企業には、通報窓口の設置と体制整備が義務付けられています。
実務上重要なポイントは、以下のとおりです。
- 通報者の身元や通報内容の機密性を厳格に管理
- 通報者が特定されうる調査内容を第三者に漏らさない
- 調査終了後も、通報者に対する人事上の不利益取扱いの有無を継続的に確認
- 通報者への「通報結果の通知」も、できる範囲で丁寧に実施
- 万一、報復行為が判明した場合には、懲戒対象として厳正に対処
また、通報内容が匿名であっても調査の必要性が認められる場合には、通報の信憑性を評価するフローをルール化しておくとよいでしょう。
専門家との連携の重要性
企業内部の調査だけでは、調査の適法性や中立性を十分に担保できない場合があります。
特に、経営層が関与する案件、従業員に対する重大な処分を予定する案件、証拠保全が争点となる案件では、第三者的立場の専門家との連携が極めて重要になります。
連携すべき専門家の例は、以下のとおりです。
- 外部弁護士 : 調査の適法性 ・ 面談の進め方 ・ 懲戒処分のリスク評価 ・ 訴訟対応など
- フォレンジック調査会社 : デジタル証拠の回収や解析 ・ アクセスログの監査など
- 社外監査役 ・ 社外取締役 : 調査報告のチェックやガバナンス観点からの検証
重要なのは、問題が顕在化する前から相談できる専門家と関係性を構築しておくことです。初動の遅れが、調査全体の信頼性や正当性を損なう要因になります。
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不正調査の成否は、単に「事実が明らかになったかどうか」ではなく、調査そのものが適法かつ公正に行われたかによって評価されます。
調査の正当性を確保するには、日頃からの体制整備、リスク予防、そして信頼できる外部パートナーとの関係構築が不可欠です。
「調査する側が訴えられる」リスクを未然に防ぐためにも、ルール・配慮・連携の三本柱で調査実務を強化していきましょう。
コンプライアンス視点からの理解度チェック
本章では、不正調査に関わる実務担当者が、自社の調査体制や個人の理解度を点検するために有用な「セルフチェック形式の設問」を掲載します。
コンプライアンス意識を高めると同時に、調査実務において留意すべき法的リスクへの感度を高めるための訓練としてご活用ください。
【確認問題】
Q1. 従業員のパソコン内ファイルを、本人の同意なく抜き取って調査を進めても法的に全く問題ない。
⇒ はい/いいえ
Q2. 調査対象者が弁護士同席を希望してきた場合でも、社内調査だからと何の検討を行うことなく断り、調査や記録をしても問題ない。
⇒ はい/いいえ
Q3. 公益通報者に関する情報を、通報対象者への弁明機会確保のために共有した。
⇒ はい/いいえ
Q4. 面談時に録音をする場合、同意を得る必要はない。会社の内部調査だから当然である。
⇒ はい/いいえ
Q5. 調査報告書は、証拠性を担保するために、調査委員や関係部署のレビュー記録を残すべきである。
⇒ はい/いいえ
【解答と解説】
解答
Q1. いいえ
Q2. いいえ
Q3. いいえ
Q4. いいえ
Q5. はい
解説
Q1. 「業務用端末でも無制限に調査できるわけではない」
本人の業務用端末であっても、私的メールやプライベートファイルが混在している場合には、プライバシー権侵害が問題となり得ます。
調査の目的・範囲・方法を明確にし、必要に応じて事前説明や同意取得を行うことが重要です。
Q2. 「弁護士同席の一律拒否はリスク」
弁護士の同席を一律で認めない対応は、不当な心理的圧迫と評価される恐れがあります。
調査の公正性を確保する観点から、同席を認めるべき場面もあります。
Q3. 「通報者情報の共有は原則NG」
公益通報者の匿名性は公益通報者保護法により強く保護されており、正当な理由なく通報者が特定され得る情報を共有すると、報復リスクを招き、法令違反につながる可能性があります。
Q4. 「録音は原則として事前説明と同意が必要」
面談の録音は、事前の説明と同意取得が原則であり、無断録音は本人の人格権侵害につながるリスクがあります。
Q5. 「レビュー記録は『後から会社を守る証拠』」
調査報告書の作成過程やレビュー履歴を残しておくことは、調査の透明性・正当性を担保し、紛争時の重要な証拠となります。
まとめ
企業による不正調査は、単なる内部監査業務ではありません。それは、「組織としての倫理観の表明」であり、「人権感覚と法令遵守のリトマス試験紙」でもあります。
いくら事実を把握できたとしても、その調査の手法に問題があれば、企業は社会的信頼を一気に失うリスクをはらんでいます。不正調査の成否は、単に「不正を発見できたか」ではなく、「組織としてどのような意識と姿勢で調査に臨んだか」によって評価される時代に入っています。
こうした観点から、これからの不正調査において企業に求められる視点は以下のとおりです。
- 人権を出発点とする意識
調査対象者であっても、従業員である限り人格権 ・ プライバシー権の保護は当然に及びます。
相手が「不正者」だと決めつけて粗雑に扱えば、企業自身が法的責任を問われるだけでなく、職場の信頼も崩れます。 - 手続きの公正性の確保
聞き取りの方法や情報の取扱いにおいて、公平 ・ 中立を意識したルール運用が重要です。
社内調査であっても、弁護士や社外有識者によるレビューを通じて手続きの透明性を確保するべきです。 - 自社に適したルールと教育
外形的に制度が整っていても、現場で形骸化していては意味がありません。
重要なのは、自社の組織規模 ・ リスク特性 ・ 文化に応じた運用ルールと、継続的な教育体制です。
不正調査に関するご相談は、東京都千代田区直法律事務所の弁護士まで
不正調査とは、法務・コンプライアンス部門だけの課題ではなく、企業全体のガバナンスの問題です。透明性・適法性・人権尊重の三要素を兼ね備えた調査体制こそが、企業の信頼を支えます。
最終的に問われるのは、厳罰でも隠蔽でもなく、「誠実に、慎重に、正しく調べる」という組織としての姿勢です。
直法律事務所においても、ご相談を随時受けつけております。対応に不安がある場合や、自社の体制を見直したい場合には、ぜひお気軽にお問い合わせください。
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