澤田直彦
監修弁護士 : 澤田直彦
弁護士法人 直法律事務所
代表弁護士
IPO弁護士として、ベンチャースタートアップ企業のIPO実績や社外役員経験等をもとに、永田町にて弁護士法人を設立・運営しています。
本記事では、「内部通報規程における前置要件と義務化の実務ポイント」について、詳しくご説明します。
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内部通報規程における内部通報前置とは、外部通報をするより先にまずは内部通報を行って、問題の解決を目指すという考え方のことです。この義務を内部通報規程で定めることは可能ですが、状況によっては、内部通報を経ずに外部通報をしても義務違反を理由に懲戒処分等を課すべきではない場合もあります。
いずれにしても、内部通報前置を規程で定める場合、慎重な取り扱いが必要です。内部通報前置を規程で定めるために知っておくべきことと、具体的な定め方について解説します。
内部通報前置とは?規程に定める際の法的要件

「内部通報制度」は、従業員や役員等が、勤務先で生じる法令違反行為などを、勤務先が設けている窓口や勤務先が委託している窓口などに通報できるよう事業者が設けた通報制度です。そして、このような窓口を通じて行われる通報に加え、通常の業務における報告系統を使った通報を合わせて「内部通報」といいます。
これに対して、従業員や役員等が、勤務先で生じる法令違反行為などを行政機関や報道機関などの「外部」に通報することを「外部通報」あるいは「外部告発」といいます。この外部通報や外部告発がされると、企業秘密の漏えいや企業の社会的評価が下落するおそれがあります。
そこで対応策の一つとして「内部通報前置」があります。ここでは、内部通報前置について定義や採用可能性、公益通報者保護法における位置づけなど、基本的なことを解説するので参考にしてください。
内部通報前置の定義と採用可能性
内部通報前置とは、従業員等がマスコミや行政機関等への通報(外部通報)を行う前に、企業が設置した内部通報窓口への通報を義務付ける制度です。
この制度を採用することで、以下のメリットが見込めます。
- 外部通報により企業秘密が漏洩するのを防止できる
- 外部通報により社会的な評価が下落するのを防止できる
- 自浄作用が働き、早期かつ穏便に問題が解決できる
企業は、社内規定などで内部通報前置を定めることは許容されていると考えられます。
例えば、次のような規定が考えられます。
第〇条(禁止事項) |
---|
役職員は、本規定に従った通報をしないで、正当な理由なく不正行為を外部に漏えいしてはならない。 |
しかし、内部通報を経ずに外部通報をした場合でも、公益通報者保護法が定める外部通報の要件を満たす場合や判例による一般法理で保護される場合には、内部通報前置規定に反することを理由とする懲戒処分等が違法とされる可能性があります。
例えば、内部通報だけでは社内の法令違反行為等が是正される見込みが乏しければ、いきなり外部通報しても公益通報者保護法による保護を受け、内部通報前置規定に反することを理由とする懲戒処分が違法とされる可能性があるのです。
公益通報者保護法における位置づけ
「公益通報」とは、労働者が、役務提供先の不正行為を、不正の目的でなく、一定の通報先に通報することをいいます。
通報の対象となる事実(=通報対象事実)は、一定の法令違反行為をいいます。一定の法令違反行為は、「国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律」として公益通報者保護法や政令で定められた法律に違反する犯罪行為若しくは過料対象行為、又は最終的に刑罰若しくは過料につながる行為をいいます。
公益通報者保護法は、公益通報をしたことによる解雇の無効や不利益な取扱いの禁止等を定めることにより、公益通報者の保護を図っています。公益通報者保護法では、内部通報前置主義を採用していません。
しかし、通報先に応じ、公益通報として通報者が保護される要件に差異が設けられ、内部通報をする場合は緩やかな要件で保護され、外部通報をする場合には比較的厳しい要件を満たした場合にのみ保護されます。
各通報先において通報者が労働者及び退職後1年以内の者である場合に保護される要件は、以下の表のとおりです。
【公益通報を行うことができる窓口と保護要件とその厳格さ】
(通報者が労働者及び退職後1年以内の者の場合)
通報窓口 | 保護要件 | 厳格さ | |
---|---|---|---|
① | 会社が定めた社内窓口または社外窓口 | 通報対象事実が生じ、又は通報対象事実がまさに生じようとしていると思料すること | 最も緩やか |
② | 行政機関または行政機関が定めた外部窓口 | a 通報対象事実が生じ、又は通報対象事実がまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があること b 通報対象事実が生じ、又は通報対象事実が生じようとしていると思料し、かつ、一定の事項(※)を記載した書面を提出すること |
中程度 |
③ | 報道機関等その他の外部者 | ②のaの要件に加え、以下のいずれか一つ ▸ ①②の通報により不利益取扱いを受けると信じるに足りる相当の理由があること ▸ ①の通報により、証拠隠滅等の恐れがあると信じるに足りる相当の理由があること ▸ ①の通報により、会社が通報者について知り得た事項を、通報者を特定させるものと知りながら正当な理由なく漏らすと信じるに足りる相当の理由があること ▸ ①又は②に通報しないことを正当な理由なく要求されたこと ▸ ①の通報日から20日経過しても調査通知がないこと ▸ 個人の生命・身体への危害、財産への損害の発生又は急迫した危険があると信じるに足りる相当の理由があること |
最も厳格 |
※「一定の事項」とは、次のとおりです。
・ 通報者の氏名又は名称、住所又は居所
・ 通報対象事実の内容
・ 通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料する理由
・ 通報対象事実について法令に基づく措置その他適当な措置がとられるべきと思料する理由
三種の通報窓口の中で、①「会社が定めた社内窓口または社外窓口」への通報(内部通報)の保護要件が最も緩やかになっています。
なお、通報者が役員である場合、②及び③の保護要件はさらに厳格です。
外部通報が認められる例外的な場合
社内規定等で内部通報前置を定めていても、公益通報者保護法における行政機関通報や報道機関等通報の保護要件を満たす場合は、内部通報を経ずに行われた外部通報は保護されます。そのため、内部通報前置規定に違反することを理由とする懲戒処分等は認められない可能性があります。
また、判例法理により、企業の違法行為が会社ぐるみで行われ、内部での是正が期待できないような場合など、内部通報前置規定に違反することを理由とする懲戒処分等が認められないこともあります。
例えば、トナミ運輪事件では闇カルテルの外部通報した従業員(原告)が管理職でもなく、発言力も乏しかったことから、内部通報をしたとしても聞き入れてもらえない可能性が高かったとして、外部通報を正当化する判断が示されました。
内部通報前置を規程化する際の具体的な留意点

企業が内部通報前置規定を社内規程に定めること自体は可能です。ただし、実際に規程を設ける際に配慮すべき事項があります。そこで、どのような点に注意したらよいのか解説していきます。
雇用契約における誠実義務との関係
勤務先等における法令違反行為があっても、これをマスコミ等に公表すれば、甚大かつ回復困難な影響を与える恐れがあります。他方、従業員は、勤務先との雇用契約において信頼関係に基づく誠実義務を負っています。そのため、この従業員の誠実義務と外部通報の関係が問題になります。
この点、首都高速道路公団事件(東京地判平成9年5月22日労判718号17頁)は、従業員が勤務先の事業に関する意見を新聞に投書したことを理由に停職処分を受けそれが不当であるとして争った事件ですが、従業員は、例外的な場合を除き勤務先にこのような影響を与える通報を行わないようにする誠実義務があるとしており、企業内部での内部通報を優先すべきと考えていることがわかります。
そして、「例外的な場合」とは、当該企業が違法行為等社会的に不相当な行為を密かに行っており、その従業員が内部で努力してもその状態が改善されない場合に、その従業員がやむなく監督官庁やマスコミ等に告発して常態の是正を行おうとする場合などをいうとしています。
予備校を経営する学校法人で、理事長の不正経理問題を指摘し退任を求めた従業員らが、応じないとマスコミに公表する旨を述べる等したところ、普通解雇された点について争った群英学園(解雇)事件 (東京高判平成14年4月17日労判831号65頁)も、事業者と従業員の雇用契約上の信頼関係に基づく誠実義務から、内部通報を優先すべきという判断がされました。
これらの判例の背景には、従業員が企業の円滑な運営に支障をきたすような外部通報を行う前に、内部の検討機関に調査を求める手順を踏むべきという考え方があります。ただし、内部通報による是正が見込めないような場合は、誠実義務違反にならないとするのが裁判例の考え方です。
このような裁判例の考え方から、内部通報前置規定が許容されるためには、企業が内部通報窓口を設置して適切に運用し、従業員から内部通報を受けた場合に法令違反行為等が是正される態勢が整備されている必要があると考えられます。
規程違反に対する懲戒処分の可否
社内規定等で内部通報前置を定めた場合、内部通報前置に違反して外部通報を行った従業員に懲戒処分等をすることができるのでしょうか。
この点、前述の裁判例でも内部通報を優先すべきとする考え方が示されており、内部通報前置には合理性があると考えられています。そのため、原則として違反した従業員に懲戒処分等をすることは可能と考えられます。
しかし、公益通報者保護法の行政機関通報や報道機関等通報の保護要件を満たす通報について懲戒処分の対象とすることはできません。懲戒処分が可能となるのは、外部通報が公益通報者保護法の保護要件を満たす場合や判例による一般法理で保護されない場合に限られます。
また、内部通報前置違反を理由として懲戒処分をする際は、前提として社内の内部通報制度が適切に整備・運用されている必要があります。内部通報制度が機能していない状態で外部通報を禁止するのは、問題の解決が不可能になるばかりか、通報者の保護に欠ける部分があるためです。
内部努力義務の限界と判例の考え方
内部通報前置を規程化しても、社内で通報対象となった法令違反行為を是正できる可能性が乏しい場合、外部通報が正当化される余地があります。企業内部での解決が事実上不可能であるような場合には、外部通報をしない限り、法令違反行為を是正できず、問題の解決に結びつかないからです。
前述の首都高速道路公団事件では「例外的な場合」の定義として、企業の違法行為が秘かに行われ内部努力での改善が見込めない場合が示されました。また、トナミ運輸事件では、会社ぐるみ・業界ぐるみの違法行為において、管理職でもない従業員の内部努力には限界があると認定されています。
【内部通報を経ずに外部通報をしたことの是非に関する主要判例】
事件名 | 判決日 | 主な判事内容 | 内部通報と外部通報の関係 |
---|---|---|---|
群英学園(解雇)事件 | 東京高判平14・4・17 | 雇用契約上の誠実義務から、マスコミ公表前に内部の検討機関に調査検討を求めるべきで、内部通報を経ずにした外部通報は誠実義務に違背 | 内部通報の優先 |
首都高速道路公団事件 | 東京地判平9・5・22 | 企業秩序維持の観点から内部努力を優先すべきだが、違法行為が秘かに行われ改善されない場合は例外 | 内部通報を優先するも、例外的場合には外部通報を容認 |
トナミ運輸事件 | 富山地判平17・2・23 | 会社ぐるみの違法行為で内部是正の可能性が極めて低い場合、十分な内部努力なしの外部通報も不当とまではいえない | 内部通報を優先するも、状況により外部通報を容認 |
従業員への通報義務を規程に定める方法

従業員に内部通報を促すことは、企業にとって多くのメリットがあります。そこで、従業員が法令違反行為等を知った場合に企業が定める通報窓口に通報を行うよう義務づける規定を社内規定等で定めることが考えられます。
ここでは、従業員に通報義務を課す規定を定めることの可否、法的な根拠、適用範囲および運用上の限界等について解説していきます。
通報義務規定の有効性と根拠
就業規則や付属規程の内部通報規程において、従業員が法令違反行為等を認識した場合の内部通報を義務付ける定めを置くことは、有効であると考えられます。
従業員は労働契約上の労働義務を誠実に履行しなければならず(労働契約法3条4項)、通報を義務づけることもその一環と考えられるため、合理的な労働条件として許容されると考えられるからです。そのため、通報義務を就業規則で定めることや、就業規則を変更して通報義務を定めることは可能です(労働契約法7条、同法10条)
また、内部通報への心理的抵抗を和らげ、通報を促進するという意味でも、通報義務規定には一定の合理性があるでしょう。
しかし、通報義務が全ての法令違反行為等に及ぶのか、また、どのような違反でも違反した場合に懲戒処分等の対象としうるのかという点は十分な検討が必要です。
義務化できる対象者と範囲の限定
通報義務を義務化すること自体は可能ですが、その義務があらゆる事象に及ぶわけではなく、また、義務違反があったとしてもただちに懲戒処分ができるわけではない点に注意してください。
では、どの程度の範囲で通報を義務づけることができるのでしょうか。この点、通報義務の範囲を検討する上で参考となる事例をみていきましょう。
企業からの調査等を受けて協力する義務(調査協力義務)の範囲を判断した富士重工業事件(最三小判昭和52年12月3日民集31巻7号1037頁)です。
この判例によれば、他の労働者を指導、監督し、企業秩序の維持を職責とする立場にあり、調査に協力することがその職務の内容となっているような労働者は調査協力義務があるが、それ以外の場合は違反行為の性質、内容、違反行為を見聞きしたタイミングと職務執行との関連性、より適切な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断して、調査義務に協力することが労務を提供する上で必要かつ合理的である場合に限り調査義務があります。
このような調査協力義務と比較すると、通報義務の範囲はより限定的に考えるべきでしょう。
そのため、通知義務の有無は、誠実な労働を遂行する義務と不可分の関係にあり、通報の対象となる事実の内容、従業員の地位や職責等の事情から判断されるべきであり、管理職等と一般従業員との間ではその範囲は異なるものと解されます。
具体的には、以下の表のように、通報義務を課すことができる範囲は地位・職責によって異なると考えられます。
【通報義務を課すことができる範囲】
従業員の地位・職責 | 通報義務の対象範囲 | 具体例 | 懲戒処分の可否 |
---|---|---|---|
管理職、取引・プロジェクトの責任者 | 部下等の業務規律違反行為全般 | ・ 職務怠慢 ・ ハラスメント ・ 経費不正使用等 |
義務違反に対して原則可能 |
一般従業員(営業担当) | 職務に関連する特定の違法行為 | ・ 競業企業への営業情報漏洩 ・ 顧客情報の不正利用 |
慎重な検討が必要 |
一般従業員(総務担当) | 職務に関連する特定の違法行為 | ・ 反社会的勢力と従業員の密接交際 ・ 社内情報の不正持ち出し |
慎重な検討が必要 |
一般従業員(その他) | 限定的 | ・ 重大な法令違反行為 ・ 会社の存続に関わる事項 |
単純な義務違反のみでは困難 |
違反時の懲戒処分における注意事項
このように、一般従業員の通報義務が認められる範囲は限定的に考えられています。通報義務違反への懲戒処分は、通報対象事実の内容や従業員の地位・職責等を総合的に考慮して判断する必要があります。そのため、管理職等を除く一般従業員に対し、単純な通報義務違反のみを理由に懲戒処分を行うには慎重になるべきです。
また、通報義務の主な目的が心理的抵抗の緩和にある、つまり「通報したら何か自分が不利になるのでは」というプレッシャーを和らげるためだった場合は、単純な通報義務違反のみを理由に懲戒処分をするのもプレッシャーの種になりかねません。
内部通報制度を機能させる規程設計のポイント

内部通報規程が存在していたとしても、社内の内部通報体勢が適切かつ実効性のある状態が保たれていなければ意味はありません。
ここでは、実効性のある内部通報制度を構築するための窓口設計、通報者保護、組織体制の連携に関する規程上の工夫について説明します。
内部通報規程における通報者の範囲をどうするべきか
まず、内部通報規程における通報者の範囲は常時雇用されている従業員以外も幅広く対象に含めることで制度の実効性が高まります。つまり、通報をしてくれる人の範囲が広いほど、何か起きたときに情報が集まる可能性が高いということです。
具体的には、以下の範囲まで対象者を広げるとよいでしょう。
・ 派遣社員
・ 子会社や関連会社の従業員
・ 退職者
・ 役員
・ 取引先
なお、改正公益通報者保護法においては、「労働者」に現役の従業員だけでなく、退職後1年以内の者や役員も含まれています。
そして、施行日は未定ですが2025年6月に成立した改正公益通報者保護法では、業務委託関係にあるフリーランス(業務委託関係が終了して1年以内のフリーランスも含む)も保護の対象となります。
また、外部者(取引先・顧客等)からの通報も受付対象とする場合、その対応窓口や通知方法について明記しなくてはいけません。通報の対象になり得るトラブルを察知していたとしても、どこにどうやって通報するかがわからなければ情報が伝わることはないためです。
内部通報規程における通報対象事実の範囲をどうするべきか
公益通報者保護法の通報対象事実は、刑罰や行政罰が設けられた特定の法令における一定の違反行為です。
内部通報制度を設ける目的は、社内の違反行為を是正し、法令を遵守した経営を促進することにあるので、さらに広い範囲を通報対象事実とするべきであると考えられます。そこで、少なくとも法令違反行為全般を対象とすることが考えられます。例えば、横領や背任、不正会計、談合、贈収賄、公的な安全基準違反などが対象となるでしょう。
また、就業規則その他の社内規程等の違反についても、対象とすることも検討しましょう。
さらに、既に発生している違反事実以外にも、発生の可能性がある行為や、違反の疑いがある行為も対象にすることも考えられます。例えば、セクハラやパワハラ、勤務時間中の勤務と無関係なゲームなども対象とすることが考えられます。
さらに、企業倫理規範等の違反など、広く通報対象とすることもできます。
ただし、対象とするかは社内方針に応じて検討すべきであるとともに、含めるなら明文化するのが望ましいでしょう。
他方、不正な目的での通報等は通報対象とならないことを明確化するため、不正の目的による通報を禁止し、そのような通報をした者は就業規則で定める処分を課すことを社内規程で定めるなどの対策をする必要があります。
被通報者を、いかに受付・調査・是正措置のメンバーから除外するか
被通報者(=その者が法令違反等を行った、行っている又は行おうとしていると通報された者)を、いかに受付・調査・是正措置のメンバーから除外するかも重要です。
内部通報はあくまで「社内で起きている問題を解決する」ための制度である以上、被通報者が受付・調査・是正措置のプロセスに関与してしまうと、解決が困難になります。そのため、通報窓口を設け、通常の業務における報告系統とは別の方法で通報できるようにしておくことが大切です。
被通報者が上司だった場合、通常の業務における報告系統を用いて報告することは困難です。内部通報の受付から調査・是正措置の実施及び再発防止策の策定までを適切に行うためには、経営幹部を責任者とし、経営幹部の役割を内部規程等において明文化するなどし、部署間横断的に通報を取り扱う仕組みを整備し、適切に運用することが必要です。
また、被通報者が経営幹部だった場合でも内部通報によるコンプライアンス経営の徹底を図るため、通常の通報対応の仕組みのほか、例えば、社外取締役や監査役等への通報ルート等、経営幹部からも独立性を有する通報受付・調査是正の仕組みを整備するとよいでしょう。
さらに、被通報者に加え、受付担当者や調査担当者その他通報対応に従事する者自身が関係する通報事案が発生した場合、その調査・是正措置等に関与できない制度設計をしておく必要があります。
通報方法の規定
内部通報規程には、通報方法について定める必要があります。
通報窓口がどこか、また、受付の方法を明確に定めましょう。
受付の方法としては、書面・電子メール・電話・FAX・面会等、複数の手段を定めるとともに、通報者の心情に配慮し、匿名での通報も可能とすることが望ましいです。
通報受付後の対応手順
消費者庁の「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(令和3年8月20日内閣府告示第118号)によれば、事業者内部における公益通報について、受付窓口において公益通報を受け付けた場合、正当な理由がある場合を除いて、必要な調査を実施する必要があります。
書面により通報した日から20日経過しても事業者から通報者に対して調査開始の通知がない場合には、報道機関等への通報で保護を受ける対象となります。そのため、調査開始の有無については、通報者が通知を望まない場合や匿名であるため通知が困難な場合などやむを得ない理由がある場合を除き、通報者へ通知を行うのが望ましいです。
そして、当該調査の結果、通報対象事実に係る法令違反行為が明らかになった場合には、速やかに是正に必要な措置をとり、是正に必要な措置をとった後、当該措置が適切に機能しているかを確認し、適切に機能していない場合には、改めて是正に必要な措置をとる必要があります。
公益通報に該当しない内部通報の場合であっても、公益通報か否かの判断が困難なケースも考えられることから、事業者内部における公益通報に準じる形で対応する手順を定め、運用するようにしましょう。
社内窓口と社外窓口の使い分け
社内窓口は経営陣からの独立性確保に限界があります。あくまで社内の一機関に過ぎない以上、まったく影響を受けないとは言い切れないため、社外窓口(外部弁護士等)を併設するのが効果的です。
公益通報者保護法上、両窓口は同じ1号通報として扱われ、通報者が選択できる体制とすることで通報を促進できます。通報者の中にも「社外の弁護士になら話しやすい」と考える人は一定数いるはずです。
また、社外窓口を設置する場合、法務担当者が外部の弁護士などとの連絡役としての職責を担うこともあります。社外窓口に通報が寄せられた場合は、情報を漏洩させないように最大限の注意を払い、関係部署に持ち帰って検討しなくてはいけません。
なお、社内の通報窓口はコンプライアンス部、社外の通報窓口は外部法律事務所等に定めるのが一般的です。通報の受付や事実関係の調査等通報対応に係る業務を外部委託する場合、中立性・公正性に疑義が生じるおそれ又は利益相反が生じるおそれがある法律事務所や民間の専門機関等の起用は避けることが必要です。この点から、顧問弁護士を社外窓口とするのは避けた方が良いでしょう。
通報者保護を確実にする規程内容
公益通報を理由にした解雇、不利益な取り扱い(降格、減給、配置転換等)は法律で禁止されています。
公益通報に該当しなくても、通報により通報者が何らかの不利益を受ける恐れがあれば、内部通報制度は機能しません。そのため、規程で明確に、通報者に対して通報を理由として解雇その他の不利益取扱いをしてはならない旨を定めておきましょう。
また、違反して通報者に不利益取扱いをした者を懲戒処分等の対象とすることも検討しましょう。
第〇条(通報者の保護) |
---|
1 役職員は、本件窓口利用者に対して、本件窓口に通報又は相談したことを理由として、不利益な取り扱いを行ってはならない。 2 役職員は、調査協力者に対して、対象事案に関する調査に協力したことを理由として、不利益な取扱いを行ってはならない。 3 通報を行ったことを理由として、通報者に対して不利益な取り扱い等を行った場合、当社は就業規則に従って処分する。 |
さらに、解雇や不利益な取り扱いには至らなかったとしても、通報者が公益通報をしたことが理由で社内での人間関係に影響が及ぶ可能性は十分にあります。そのため、通報処理業務に携わる者に対し、通報者の秘密や個人情報等通報により知り得た情報を漏らさないよう義務づけるほか、通報者の探索をやむ得ない事情がない限り禁止する等の定めを置き、通報者を保護する必要があります。
コンプライアンス体制との連携方法
内部通報制度は企業のコンプライアンス推進の重要な要素であり、違法行為の未然防止・早期発見に寄与できる制度です。内部通報制度の周知を図るためには、規程において周知を義務づける定めを置くことが考えられます。また、内部通報制度への信頼性を向上させることが不可欠です。
経営トップ自身も、内部通報制度の意義をしっかりと理解し、「見て見ぬふり」は会社に対する背信行為となりうること、内部通報は会社のための行為であり通報により不利益な扱いを受けることはないこと、通報者の探索をしないことなど、情報発信をすることが大切です。
また、通報対象事実の調査・是正措置・再発防止策の実施において、法務部門やコンプライアンス部門との連携体制を規程に定めることも検討しましょう。
内部通報制度の運用状況を定期的に経営層に報告し、PDCAサイクルを回す仕組みを規程化するのも重要です。仮に、内部通報制度が上手に運用されていなかった場合、改善せずにそのままにしておくと、いずれは大きな問題につながりかねません。そのため、運用状況を定期的に経営層に報告し、改善すべき点はないか考えたうえで実践していくのが重要になります。
内部通報規程の整備における実務上の課題

2022年6月施行の改正公益通報者保護法により、企業にはさらなる内部通報制度への取り組みが求められるようになりました。
ここでは、改正公益通報者保護法による義務化への対応と、既存の社内規程との調整、従業員への浸透方法など実務的な課題と解決策について解説します。
300人超企業における整備義務への対応
2022年6月施行の改正公益通報者保護法により、常時使用する労働者300人超の事業者には内部通報体制の整備が義務化されました。背景として、企業による不祥事が多発しており、深刻な社会問題となっている以上、トラブルの早期発見・是正・被害の食い止めが求められることが挙げられます。
この公益通報者保護法改正を受けて事業者がとるべき措置に関して、適切かつ有効な実施を図るために、消費者庁は「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(令和3年8月20日内閣府告示第118号)を定めています。この指針によれば、事業者は内部通報に関する規程を整備し、従業員等が常時見られる状態にしておくことが重要です。
具体的に求められる施策の例は以下のとおりです。
- 窓口設置
- 調査・是正措置の実施体制
- 従事者の指定
- 秘密保持 等
なお、常時使用する労働者が300人以下の事業者については、内部通報体制の整備は努力義務になっています。しかし、コンプライアンス推進の観点から自主的に整備するのが望ましいです。企業としての規模の大小を問わず、法令違反が疑われるほどのトラブルが解決されずに放置され、外部通報により発覚するのは大きなダメージを及ぼします。
トラブルの早期発見や違反状態の是正等、被害を食い止めることは、規模の小さな企業でも重要であることに変わりはありません。
就業規則との整合性確保の方法
内部通報規程と就業規則の整合性を確保しなくてはいけません。
前提として、就業規則を定める、変更することに対しては合理性を保つことが求められています。つまり、当初定めた就業規則および労働条件が合理的であること(労働契約法7条)のみならず、変更後の就業規則および労働条件も合理性を保たなくてはいけません(労働契約法10条)。
そのため、通報義務や懲戒処分に関する規定は、就業規則本体の服務規律・懲戒規定との整合性を確保する必要があります。また、内部通報規程の制定や改定を行う際は、労働者代表からの意見聴取など、就業規則の改定に準じた手続きを取りましょう。
規程の周知と従業員教育の重要性
内部通報制度を効果的に機能させるには、全従業員への規程内容の周知徹底が不可欠です。従業員が制度を理解できていなければ、使われることはまずありません。そのため、定期的な従業員研修により、通報対象事実、通報方法、通報者保護の内容等を具体例を交えて教育する必要があります。
また、従業員が通報したとしても、管理職が不利益な取り扱いを含めた不適切な対応方法に終始したのでは、制度としての実効性は保たれません。そのため、管理職に対しては、通報を受けた際の対応方法、通報者への不利益取扱い禁止について特に重点的な教育が求められます。
内部通報制度に関するご相談は、東京都千代田区直法律事務所の弁護士まで
今回紹介した内部通報前置を含め、内部通報規程の制定・運用にはさまざまな配慮が必要となります。
特に、2022年6月施行の公益通報者保護法改正、または未施行ですが2025年6月の改正をきっかけに内部通報体制を整える場合等、対応に苦慮している企業も多いのではないでしょうか。内部通報体制の設置・運用に関する悩みは、豊富な知識と経験がある弁護士に相談しましょう。
直法律事務所においても、ご相談は随時受けつけておりますので、お困りの際はぜひお気軽にお問い合わせください。
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