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弁護士コラム
「遺言代用信託」と「遺言信託」は違う?目的にあった信託を活用しよう
- 家族信託・遺言書作成
- 投稿日:2022年09月08日 |
最終更新日:2022年09月08日
- Q
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私(82歳)は、20年程前に市外にアパートを建てて以来、自ら管理運用し、一定の家賃収入を得ていましたが、最近物忘れが多くなってきたため、甥(40歳)にアパートの管理運用を任せ、賃料を生活費として受け取りたいです。
また、誠実でまめな性格の甥に、私の死後もアパートの管理運用を任せ、賃料を2人の子(60歳、62歳)へ分配してもらいたいです。
これを実現するためには、どのような手段をとればよいでしょうか?
- Answer
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(信託)契約により、甥を受託者とする信託を設定しましょう。
その際、遺言代用信託をするとよいです。
本記事では、この「遺言代用信託」について詳しく解説します。
目次
信託の仕組み
はじめに、信託の仕組みを確認しましょう。
信託とは、法律上ある者(委託者)が相手(受託者)に財産権(信託財産)を帰属させつつ、同時にその財産を一定の目的(信託目的)に従って、委託者若しくは他人(受益者)又は社会のために管理処分しなければならないという拘束を加えることを指します。
この財産管理という機能が、信託の強みともいえるでしょう。
用語を簡単に説明すると、以下の通りです。
委託者 | 財産の管理処分を頼む人 |
受託者 | 財産の管理処分を頼まれる人 |
受益者 | 財産の経済的利益を受ける人 |
信託財産 | 管理処分の対象となる財産 |
信託目的 | 信託設定の目的 |
信託には、民事信託(家族信託)と、商事信託があります。
金融庁の許可を持たない受託者(個人または法人)に託す信託の形が民事信託です。主に家族・親族が受託者となります。
金融庁の許可を得た受託者(信託銀行・信託会社)に託する信託の形が、商事信託です。
本記事では、民事信託を念頭に置いて話をすすめます。
信託には、公益信託と私益信託があります。
信託目的が、「祭祀、宗教、慈善、学術、技芸」その他の公益を目的にする場合は公益信託、それ以外の場合は、私益信託と区別されています(公益信託法1条)。
信託の設定の仕方については、契約信託(信託法3条1号)、遺言信託(信託法3条2号)、自己信託(信託法3条3号)があります。
契約信託では、委託者と受託者が信託の目的、信託財産の管理処分の方法、受益者を誰にするかを決めて、合意することで、信託を設定します。遺言信託では、遺言により、信託を設定します。自己信託では、信託宣言により信託を設定します。自己信託では、委託者=受託者となります。
遺言代用信託
遺言代用信託とは何か
契約による信託を設定する場合、信託設定のひとつとして、遺言代用信託というものがあります。
遺言代用信託とは、委託者の死亡を始期として、受益権又は信託財産にかかる給付を受ける権利を取得する受益者(死亡後受益者)についての定めのある信託のことです。
遺言代用信託は、委託者がその財産を第三者(受託者)に信託(所有権の移転)をして、典型的には、委託者生存中は委託者自身を受益者とし、委託者死亡後については受益者を委託者の家族とすることにより、自己の死後における財産の分配を図るものです。この点で、死因贈与と類似した機能性を持つといえます。
信託法90条1項は、遺言代用信託について規定しています。
信託法第90条(委託者の死亡の時に受益権を取得する旨の定めのある信託等の特例) 1項 次の各号に掲げる信託においては、当該各号の委託者は、受益者を変更する権利を有する。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。 1号 委託者の死亡の時に受益者となるべき者として指定された者が受益権を取得する旨の定めのある信託 2号 委託者の死亡の時以降に受益者が信託財産に係る給付を受ける旨の定めのある信託 2項 前項第2号の受益者は、同号の委託者が死亡するまでは、受益者としての権利を有しない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。 |
1号に規定された信託では、受益者は、委託者の死亡した時に受益権を取得します。
たとえば、委託者の生存中は委託者を受益者とし、委託者の死亡後に委託者の子供が受益者となるように定められた信託です。このような信託により、委託者死亡後における委託者の財産の分配を信託によって図ることができます。この信託は、生前行為によって自分の死亡後における財産の分配を図るという点で、死因贈与と類似する機能があります。
2号に規定された信託では、信託契約により、委託者死亡前から受益権を取得します。
例えば、委託者が死亡する前から委託者以外の者を受益者として設定しているものの、信託財産に関する給付は受けることができないというものです。上記の信託も、実質的には生前行為によって自己の死亡後における財産の分配を図っていると認められるため、死因贈与と類似する機能があります。もっとも、信託財産に係わる給付を受ける権利については、委託者死亡時までは取得しません。
したがって、1号の場合も2号の場合も、信託財産に係わる給付を受ける時期は、委託者死亡後です。これが、遺言代用信託の特徴といえます。
また、信託法は、原則として、信託行為後は受益者を変更することは許されず、変更する定めをしておけば、例外的に許されるという考えを前提としています。同法89条が、変更の方法等について定めているのはこの現れです。
信託法第89条(受益者指定権等) 1項 受益者を指定し、又はこれを変更する権利(以下この条において「受益者指定権」という。)を有する者の定めのある信託においては、受益者指定権等は、受託者に対する意思表示によって行使する。 2項 前項の規定にかかわらず、受益者指定権は、遺言によって行使することができる。 (3項~6項省略) |
しかし、遺言代用信託の場合、委託者が、自己の死亡後の受益者をいつでも自由に変更することができると考えられています(信託法90条1項参照)。
というのも、前述のように、遺言代用信託は、死因贈与と類似しています。そして、死因贈与では、撤回について遺贈に関する規定(民法1022条・民法1023条1項)が準用され(最判昭和47・5・25民集26巻4号805頁)、贈与者はいつでも贈与を撤回できます。そのため、死因贈与と類似する遺言代用信託の場合、受益者を変更できるのが通常ということになります。この点も、遺言代用信託の特徴といえます。
なお、信託行為の別段の定め(信託法90条1項ただし書)によって、こうした変更の可能性を排除し、権利関係をあらかじめ安定させておくことも可能です。
遺言信託との違い
「遺言信託」と「遺言代用信託」、名前が似ていますし、委託者の死亡後に受益者が信託財産の経済的利益を享受する点で、混同してしまいそうですね。
何が違うのでしょうか。
相手の承諾の有無
遺言信託は、前述のように、遺言により設定される信託です。
遺言は、相手を必要としない単独行為です。そのため、遺言信託は、単独でできる反面、遺言により受託者を指定しても、その者が受託者になることを拒絶することもあり得ます。拒絶した場合、裁判所が受託者を選任することになりますので(信託法6条1項)、実際の受託者が、指定していた者とは異なるという事態が起こり得ます。
これに対して、遺言代用信託は、契約による信託で、信託設計のひとつです。
遺言代用信託は、契約であり、そのため相手方の承諾が必要となりますが、委託者が生きているうちに受託者を指定し、双方の意思表示が合致しさえすれば、指定した者が受託者になってくれないということはありません。
遺言の規律が及ぶか否か
また、遺言信託の場合、民法の遺言の規定に従う必要がありますが、遺言代用信託の場合は、そのような規定に従う必要はありません。
なお、遺言信託では、相続人による委託者の地位の承継について、特別に定めをしておかない限り、委託者の地位が相続人に承継されません(信託法147条)。
信託法第147条(遺言信託における委託者の相続人) 第三条第二号に掲げる方法によって信託がされた場合には、委託者の相続人は、委託者の地位を相続により承継しない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。 |
これに対し、遺言代用信託の場合は、上述のような制限規定はなく、委託者の地位が相続人に承継されます。そのため、遺言代用信託の場合、地位を承継した委託者と受託者により、信託の内容を変更できるという柔軟性があるともいえます。その反面、生前に設定した信託の内容を変更したくなければ、契約の中で、相続人は委託者の地位を承継しない旨を定めることが必要になってしまいます。
遺言執行の有無
遺言信託は、遺言執行が必要であり、時間を要します。
これに対し、遺言代用信託は、遺言執行は不要であり、委託者死亡後の受益者は、早期に確実に信託財産からの利益を得ることができます。
小括
このように、遺言信託と遺言代用信託は、違うものです。
それぞれの良さはありますが、有用度は、遺言代用信託の方が高いかもしれません。
死因贈与との比較
撤回権の有無
遺言代用信託においても、委託者は受益者を変更する権利をもちますが、信託行為に別段の定めをすることにより、変更権を排除したり、制限したりすることが可能です(信託法90①)。
これに対して、死因贈与では、一定の負担付死因贈与の場合等に、撤回が制限されます。
死亡後の財産活用方法を指定できるか
遺言代用信託の場合、信託であるため、死亡後の財産の活用方法が柔軟です。
例えば、遺言代用信託の場合、不動産の所有権を受益者に移転するのではなく、毎年賃料を受益者に給付し、管理は受託者が行う、といった設定方法も可能ですし、当初受益者が死亡した場合に他の者が新たに受益権を取得する、といった設定方法も可能です。
これに対して、死因贈与の場合、死亡を原因とする贈与契約であるため、死亡時に贈与を受ける者(受贈者)に財産を移転させるだけです。
受託者の設定の要否
遺言代用信託の場合、委託者と受益者の他に、受託者が必要です。そして、遺言代用信託の受託者の場合、信託期間が長めに設定されていると、受託者の業務が長期に及ぶことも珍しくありません。
これに対して、死因贈与の場合、贈与者と受贈者との契約であるため、契約締結に必要な当事者として、贈与者と受贈者がいるだけです。
死因贈与の場合も、贈与者と受贈者以外の当事者として、信託で必要とされる受託者の選任は必須ではありません。
仮登記の可否
遺言代用信託の場合には、信託契約を締結した後、速やかに受託者に対する移転登記と信託登記が行われます。
これに対して、死因贈与の場合、贈与契約締結時に仮登記を行うことが可能です(本登記は、贈与者が死亡後に行われます)。
相続規定との関係
遺言代用信託は、遺留分侵害額請求(民法1046条)の対象となります。
遺留分侵害額請求の対象となる被相続人の行為は、遺贈や贈与です。そして、遺言代用信託は、委託者の死により、受益者が経済的利益を取得する点で、死因贈与と類似しています。このような側面を考慮すると、遺言代用信託は、遺留分侵害額請求の対象となると考えるのが妥当でしょう。
なお、遺留分侵害額請求の対象となるという点は、遺言信託も同様です(詳しくは別の記事「遺言信託とは?設定・作成法も解説」をご参照ください)。
このように、遺言代用信託により法定相続人の遺留分を害することはできません。
害してしまった場合には、法定相続人から受益者に対して遺留分侵害額請求がなされる可能性がありますから、将来の揉め事を予防するためにも、遺留分に配慮しながら信託を設定しましょう。
税金
信託では、受託者が、受益者のために信託財産を管理しているので、受益者が信託財産を実質的に所有していることになります。そこで、税法上は受益者が信託財産の所有者とみなされ、課税されます。
もっとも、遺言代用信託では、信託設定時において委託者と受益者が同一であることから、税法上財産の譲渡が生じず、課税されません。委託者の死亡後、受益者は委託者から受益権を遺贈されたものとみなされ、相続税の対象となります(相税法9の2①)。
ご相談のケース
まず、ご相談者様(以下Aさん)の物忘れがひどくなったため、アパートの管理運用を甥に任せ、生活費として賃料を受け取りたいということですので、これを実現する信託を設定しましょう。具体的には、
委託者 | Aさん |
受託者 | 甥 |
受益者 | Aさん |
信託財産 | アパート |
信託目的 | 生活費用の支払い |
という自益信託を、契約により設定しましょう。
次に、甥に、Aさんの死後もアパートの管理運用を続けてもらい、賃料を2人の子たちに分配して欲しいということですので、これを実現する信託を設定しましょう。
Aさんの死亡後に、子たちに賃料を分配するようにしたいということですが、このような効果を生み出すためには、遺言信託もしくは、契約により遺言代用信託をすることが考えられます。
では、どちらを選ぶのが最適でしょうか。
Aさんは、誠実でまめな性格の甥に管理を任せ続けたいという強いこだわりがありますので、死後、甥以外の者が受託者になるということを避けたいですね。遺言信託の場合、甥を受託者と指定していても、甥は拒否することができる以上、甥以外の者が受託者となる可能性もあります(もちろん、誠実な性格ということなのでその可能性は高くないですが)。
そこで、生前に、甥を受託者として確定できる遺言代用信託を選択しましょう。
このような信託設計を反映した契約書は以下のようなものになるでしょう。なお、Aさんは、将来的に信託内容が変更されることを望んでいないように思われるので、「受託者の地位は、相続により承継しない」旨の定めを記載しましたが、そうでなければあえて定める必要はありません。
委託者Aは、受託者〇〇と、以下の通り信託契約を締結した。 1 本信託は、委託者の生前の生活と、委託者の死後における子の生活の安定を目的とする。 2 本信託は、別紙信託財産目録記載の不動産を信託財産とする。 3 受託者は次の者とする。 氏名 〇〇 住所 〇〇 委託者との関係 甥 4 本信託の第一受益者は、委託者とする第一受益者が死亡した場合は、その子〇〇と〇〇が第二受益者となり受益権を取得する。 5 受託者は、信託不動産を賃貸不動産として管理運用し、賃料を受託者名義の預金口座にて保管し、受益者の生活に必要な分を、毎月、現金で手渡す。 6 受託者は、善良な管理者としての注意をもって、上記管理を行う。 7 委託者の地位については、相続により承継しない。 8 本信託は、次に掲げる場合に終了する。 受益者がすべて死亡した場合 信託法163条に定める事由があった場合 9 信託終了時の残余の信託財産については、本信託終了時の受益者に、受益権の割合に応じて帰属させる。 10 受託者は、報酬として、月〇〇円を受益者から受け取る。 |
まとめ
このように、遺言代用信託は、遺言信託と名前こそ似ていますが、違うものです。
また、遺言代用信託は死因贈与と類似する機能を有していますが、相続人となるべき者に財産管理上の問題がある場合(浪費癖があったり障がいをお持ちであったりするお子様など)に、これらの者を受益者とする遺言代用信託を活用することにより、相続人となるべき方の福祉を維持することが考えられます。
例えば、お子様に障がいがある場合に、親である委託者生存中は、委託者が自己の財産を管理しつつ、自らの子のケアを行い、親(委託者)の死亡後は信頼のできる受託者(設例の甥)に、子供が相続した財産を管理してもらうということが考えられます。
委託者の死後、財産とともに財産管理の仕組みも残すという点では、有用度は変わらないようにも思えますが、希望する信託設計を、死後、確実に実現したければ、遺言代用信託をする方がよいかもしれません。
また、遺言代用信託は、別の記事「後継ぎ遺贈は有効?無効?詳しく解説」で取り上げている、後継ぎ遺贈型受益者連続信託というものと組み合わせることができます。これにより、様々な事情を汲み取った、幅広い信託設計が可能になります。
いずれにせよ、信託は、理解するのが難しいものですが、上手く活用することができれば、非常に有用なものとなりますね。
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