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弁護士コラム
事業承継を円滑に行いたい!遺留分に関する特例とは?
- 相続税・事業承継対策
- 投稿日:2022年11月18日 |
最終更新日:2022年11月18日
Q.遺留分の算定に影響がないように、円滑に事業承継するにはどうしたらよいですか? |
目次
はじめに
民法上、それぞれの相続人の相続財産に対する分け前の割合(相続分といいます)について定められており、これを法定相続分といいます。
しかし、相続においては被相続人(亡くなった方)の意思を尊重するべきであるため、被相続人の意思が遺言書等に現れているときは、被相続人の意思が法定相続分(民法で定められた相続分)に優先します。
もっとも、夫の死後に、妻が相続した財産を自身の生活費に充てるといったように、相続は相続人の生活保障の意義を有することなどの理由から、民法上、相続財産の一定割合につき、兄弟姉妹以外の相続人には、被相続人の相続財産に対する分け前を認める権利を認めています(これを「遺留分」といいます)。
そして、夫が財産の全額を友人に遺贈してしまい、妻には一切の分け前がなかったなど、相続人の遺留分を侵害する場合には、遺留分を侵害された相続人が遺留分を侵害した受遺者、又は、受贈者に対して、遺留分が侵害されている額に相当する金銭の支払いも求めることができます。この権利を遺留分侵害額請求権といいます。
なお、遺留分制度及び遺留分侵害額請求権については「遺留分侵害額請求とは?~具体例で算定方法も解説~」で詳しく解説していますので参照してください。
他方、年齢等の理由により事業経営からの引退を考える際に、株式や持分、事業用資産を後継者に譲渡し、事業を引き継がせることを考えることもあると思います。
もし事業用資産以外にも相続財産が十分にある場合は、後継者以外の相続人に対して遺留分を侵害しない程度の十分な資産を残せるので不安はないかもしれませんが、そうではない場合(他に相続財産が十分にない場合)には、後継者に株式等の事業用資産を贈与したとしても後継者以外の相続人から後継者予定者に対して遺留分侵害額請求権が行使され、後継者がその支払いに応じられないこともあり得ます。
そのようなときには支払いに応じるための金銭を用意するために、株式等の事業用資産を手放す事態につながることもあるでしょう。
その結果、会社の経営が不安定となってしまい、円滑な事業承継をすることができなくなってしまうことも十分想定されます。
また、株式等の事業用資産を贈与した時点では、他に十分な相続財産を有していたり、後継者が支払いに応じるための金銭を有していることもあるでしょう。
しかし、株式や持分等、事業用資産の価額は相続時に評価されることになるため、生前贈与をした後に企業価値が向上した場合には、相続開始時において、遺留分に相当する財産を確保できなくなるという事態も想定されます。
もちろん、対策として後継者以外の相続人に対して遺留分を事前に放棄してもらうことによって、遺留分侵害額請求がされることを防止することもできますが、後継者以外の相続人にとっては経済的なメリットがないため、事前の放棄を承諾してもらえず、あまり現実的ではありません。
また、遺留分の事前放棄には後継者以外の者の手続負担が大きいというデメリットがあります。
すなわち、遺留分の事前放棄は、遺留分を放棄しようとする者が自ら個別に家庭裁判所に申立てをして、許可を受ける必要があります。
また、遺留分の事前放棄では、遺産全てに対する遺留分を放棄するか、遺留分の一部を放棄するとしても特定の財産の全部を放棄するという選択肢しかありません。
仮に推定相続人全員の合意があったとしても、特定の財産について遺留分算定基礎財 産に算入すべき価額を固定する等といった柔軟な対応はできないという点で、制度として不便であると言われています。
このような問題状況を改善するために、経営承継円滑化法において遺留分制度の特例が設けられました。
本記事では、この特例について解説していきます。
経営承継円滑化法における遺留分制度の特例
除外合意と固定合意
経営承継円滑化法は、一定の要件を満たす中小企業の経営の承継の場合、先代経営者の推定相続人及び後継者の全員の同意を前提として、遺留分に関する特例を定めています。
具体的には、
- 1除外合意(会社経営の承継と個人事業の承継の双方で使用が可)と
- 2固定合意(会社経営の承継の場合のみ使用が可)
です。
①除外合意
除外合意とは、旧代表者の推定相続人及び会社事業後継者の全員の合意により、後継者が旧代表者からの生前贈与又は株式等受贈者からの相続により取得した特例中小会社の株式等の全部又は一部の価額について、遺留分を算定するための財産の価額に算入しないというもの(経営承継円滑化法4条1項1号)です。
たとえば、被相続人である夫には、相続財産として預金2000万円、株式8000万円があり、そのうち株式の全部を後継者である子に相続させることを希望していた場合には、妻の遺留分は2500万円(相続財産1億円×遺留分の割合4分の1)であるため、妻から子に対して、500万円の範囲で遺留分侵害額請求をするおそれがあります。妻からの子どもに対する遺留分侵害額請求は想定しがたいと思われるかもしれませんが、これが先妻の子供と後妻との関係であれば、想定しやすいのではないでしょうか。
他方で、株式の全部について遺留分を算定するための財産の価額に算入しない旨の除外合意を行った場合には、妻の遺留分は500万円(相続財産2000万円×遺留分の割合4分の1)となりますので、妻に500万円以上の預金を相続させた場合には、妻が子に対して遺留分侵害額請求をするおそれはなくなります。
これにより、重い金銭的負担を負うことや、承継予定の会社株式が分散し、円滑な経営ができなくなることを防止することができます。
②固定合意
固定合意とは、旧代表者の推定相続人及び会社事業後継者の全員の合意により、当該特例中小会社の株式等の全部又は一部について、遺留分を算定するための財産の価額に算入すべき価額を合意の時における価額に固定するもの(経営承継円滑化法4条1項2号)です。
たとえば、上記の場合において、遺言書の作成時に、妻から子への遺留分侵害額請求がなされないように妻に預金の全額を相続させる旨の遺言をしていたとしても、遺留分は相続時である被相続人が亡くなった時点での評価額を基準に決定されるため、相続開始時点で仮に株式が1億円に評価が上がっていた場合には、預金の全額を妻に相続させていたとしても、妻の遺留分は3000万円(相続財産1.2億円×遺留分の割合4分の1)となる以上、依然として妻から子に対して1000万円の遺留分侵害額請求がなされるおそれがあります。
他方で、固定合意を行った場合には、合意の時点の額で株式の評価額が固定されるため、相続開始時までに株式の価値が向上しても、妻の遺留分の額が増大することはなく、後継者である子は、企業価値向上を目指して経営に専念することができます。
なお、上記価額は、弁護士、弁護士法人、公認会計士、監査法人、税理士、税理士法人がその時における相当な価額として証明をしたものです。評価については、「経営承継法における非上場株式等評価ガイドライン」に基づいて行われます。
また、除外合意と固定合意は、二者択一ではなく、併用することも一部を組み合わせて使用することもできます。
固定合意と除外合意のどちらを検討するべきか
除外合意と固定合意とでは、後継者にとって、除外合意の方が、そもそも株式等の価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しないわけですから、有利となります。
したがって、まずは、除外合意にて合意を形成できないかを検討すべきだと思われます。
また、もし除外合意のみの合意形成が困難な場合であっても、除外合意と固定合意は、組み合わせることが可能ですから、株式等の一部についてでも除外合意を形成し、その残りの全部若しくは一部について固定合意をすることが望ましいといえるでしょう。
さらには、株式等以外の財産を、遺留分の算定をするための財産の価額に算入しない合意も併せるなど、状況に合わせて、合意内容を工夫する必要があります。
要件
会社経営の承継(除外合意、固定合意共通)
①会社
→中小企業者であること
合意の時点で3年以上継続して事業を行っている非上場企業であること
②先代経営者(引き継がせようとしている者)
→過去又は合意時点において会社の代表者であること
③後継者
→合意時点において会社の代表者であること
先代経営者からの贈与等によって株式を取得したことにより、会社の議決権の過半数を有していること
※「中小企業者」の範囲 →ここでいう「中小企業者」とは、以下のいずれかに該当する会社をいいます。 ・資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人であって、製造業、建設業、運輸業その他の業種に属する事業を主たる事業として営むもの(経営承継円滑化法2条1号) ・資本金の額又は出資の総額が1億円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人であって、卸売業に属する事業を主たる事業として営むもの(2号) ・資本金の額又は出資の総額が5000万円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人であって、サービス業に属する事業を主たる事業として営むもの(3号) ・資本金の額又は出資の総額が5000万円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が50人以下の会社及び個人であって、小売業(次号の政令で定める業種を除く。)に属する事業を主たる事業として営むもの(4号) ・資本金の額又は出資の総額がその業種ごとに政令で定める金額以下の会社並びに常時使用する従業員の数がその業種ごとに政令で定める数以下の会社及び個人であって、その政令で定める業種に属する事業を主たる事業として営むもの(5号) ㋐資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が900人以下の会社及び個人であって、ゴム製品製造業(※自動車又は航空機用タイヤ及びチューブ製造業並びに工業用ベルト製造業は対象外です)に属する事業を主たる事業として営むもの ㋑資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人であって、ソフトウェア業又は情報処理サービス業に属する事業を主たる事業として営むもの ㋒資本金の額又は出資の総額が5000万円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が200人以下の会社及び個人であって、旅館業に属する事業を主たる事業として営むもの |
個人事業の承継
①先代経営者
→合意又は贈与の時点までに3年以上事業を営んでいたこと
承継する事業に係る「事業用資産」を全て贈与したこと
②後継者
→合意時点で個人事業者であること
先代経営者からの贈与などによって「事業用資産」を取得したこと
手続き
経営承継円滑化法上の遺留分の特例を利用するためには、
- 1推定相続人全員の合意を得て、
- 2経済産業大臣の確認と
- 3家庭裁判所の許可を受けること
が必要とされます。
この①~③も満たしたときにはじめて除外合意及び固定合意は効力を生じるので注意が必要です。
以下、①~③について解説していきます。
①推定相続人全員の合意
除外合意及び固定合意は、上述したように、推定相続人の遺留分について大きな影響を及ぼすものであるため、推定相続人の利益保護の観点から全員の合意が必要とされています。
なお、後継者と後継者でない推定相続人間の公平性を維持するために、後継者でない推定相続人が被相続人から譲り受けた財産を、遺留分を算定するための基礎となる財産に算入しないとの合意をすることも可能です(経営承継円滑化法6条2項)。
②経済産業大臣の確認
遺留分算定に係る合意について経済産業大臣の確認を受けるためには、会社事業後継者は、当該合意をした1か月以内に、所定の申請書に一定の書類を添付して、経済産業大臣に提出します。
経済産業大臣は、当該確認をした際には、申請者に対して確認書を交付します。
③家庭裁判所の許可
後継者は、経済産業大臣の確認を受けた1か月以内に、家庭裁判所に合意の許可の申立てをする必要があります。
この許可の審判が確定すると、合意の効力が生じます。
手続きその②
除外合意及び固定合意のいずれも書面によってされなければなりません(経営承継4①)。
そして、後継者は、合意をした日から1か月以内に、経済産業大臣の確認を得るための申請書を提出し(経営承継7①②)、その確認を得た日から1か月以内に家庭裁判所に許可の申立てを行います。
この家庭裁判所の許可を受けて、合意は効力を生じます(経営承継8①)。
なお、家庭裁判所は、合意が当事者全員の真意によってなされたものとの心証を得なければ、許可することができないことになっています(経営承継8②)。
合意書の定め方について知りたい方は、弊所までお問い合わせください。
推定相続人間の衡平を図るための方策案
非後継者の推定相続人を説得するため、下記のような対策も検討することができるでしょう。
役員報酬の支給
旧代表者の推定相続人間の衡平を図るための措置として、後継者以外の推定相続人を会社の役員に就任させ、一定の期間は役員報酬を与えるということが考えられます。
この場合、事業承継を円滑に進めるという趣旨から、一定期間経過後は、非後継者である推定相続人は役員を退任することも合意しておきます。
退職金の支給
上記①に関連して、後継者以外の推定相続人が役員を退任した際に、役員退職金を支払うという対策も考えられます。
生命保険金の活用
上記②の退職金を準備するため、会社として、例えば役員を被保険者とする養老保険等を契約しておき、満期保険金を、役員が退任した際の退職金として活用する対策も考えられるでしょう。
また、旧代表者から、後継者以外の推定相続人に贈与を行い、その贈与金額を養老保険の保険料に充てることで、非後継者である推定相続人が将来的に保険金額を受け取るということも可能です。
他の事業承継対策
本記事でご説明をした経営承継円滑化法の活用に基づく事業承継対策のほかにも、下記のような事業承継対策が適用できるかを検討するべきでしょう。
それぞれの詳細については割愛しますが、概略は次のとおりです。
【資産承継対策・株式の集中】
1 遺言書の作成
遺言書は、生前に自分の財産を、誰に、どれだけ、どのように譲るかの意思表示をする文書です。遺言書によって、法定相続に優先して、株式の分散を防ぐことは効果的です。
2 種類株式の設定
普通株式と異なり、定款で定める目的を持った株式のことです(会社法108条①)。
議決権を現経営者又は後継者へ集中し、それ以外の株式は剰余金の配当を優先させること等が考えられます。
3 生前贈与
⑴ 暦年課税制度
1月1日から12月31日までの間(暦年)に贈与を受けた価額が110万円(基礎控除)以下なら贈与税の申告が不要な制度です。
⑵ 相続時精算課税制度60歳以上の親又は祖父母から20歳以上の子又は孫へ、財産を2,500万円まで非課税で贈与できる制度です。
また、贈与時点での評価額により相続発生時に相続税を算定することになりますので、将来、評価が増加する見込みの財産を贈与することが有用であると考えられます(相法21の9等、措法70の2の6)。
⑶ 自社株式の買取り(金庫株)
非後継者に散らばってしまった株式を自社で買い取ることで、議決権を現経営者又は後継者に集中し、事業承継後に後継者が経営に専念できる環境を整備します。
⑷ 生命保険の活用
死亡保険金は受取人の固有の財産となりますから、原則、遺留分の算定基礎から除かれます。
おわりに
以上のように、経営承継円滑化法上の除外合意と固定合意を用いることにより、会社承継・事業承継に際して生じうる後継者や推定相続人同士の紛争を未然に防止することができます。
除外合意や固定合意の利用に際しては、承継対象の会社が除外合意や固定合意を利用することができる会社かどうかの判断や経済産業大臣の確認を求める申請等の所定の手続きを経る必要があり、紛争の未然防止のためにも、専門家への相談をおすすめします。
事業承継についてお悩みがある方は、当事務所までお問い合わせください。
相続税・事業承継対策についてお悩みの方へ
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