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弁護士コラム
生前贈与された不動産はどう評価される?遺産分割における不動産の時価・特別受益・持ち戻しの実務を解説
- 遺産分割のトラブル
- 投稿日:2025年10月24日 |
最終更新日:2025年10月24日

- Q
- 父が生前に兄へ家を贈与していました。この家の価値は「贈与したときの価格」で計算すればよいのでしょうか?
- Answer
-
生前贈与された不動産は、相続開始時の時価で再評価する必要があります。贈与当時の価格で計算してしまうと、地価の変動を反映できず、結果的に他の相続人との間で不公平が生じるおそれがあります。
民法903条は、このような不公平を防ぐために、生前贈与を「特別受益」として扱い、相続開始時の価値を基準に持ち戻し計算を行うことを定めています。
相続財産に不動産が含まれている場合、評価の時点を誤るだけで、相続分のバランスが大きく崩れてしまいます。
本記事では、こうした誤解を防ぐために、不動産を含む相続で押さえるべき評価の原則・特別受益の扱い・実務上の算定手順を、弁護士の視点からわかりやすく解説します。
目次
よくある誤解
不動産が絡む相続では、評価の時点・方法・扱いを誤ることで、他の相続人との間に大きな不公平が生じることがあります。
ここでは、弁護士が実際の相談・紛争で頻繁に見かける「4つの典型的な誤解」とその修正ポイントを解説します。
誤解① 「贈与時の価格」で計算してよい
被相続人が生前に不動産を贈与していた場合、「そのときの価格(贈与時)」を基準に考えてしまうのは典型的な誤りです。
実務上、民法903条に基づく特別受益の評価は「相続開始時点の時価」で行います。
例えば、10年前に1,000万円で贈与された土地が、相続開始時に1,800万円に値上がりしていれば、1,800万円で評価して持ち戻し計算を行います。
贈与当時の価格を用いると、他の相続人に対して不公平になります。
誤解② 生前贈与を「特別受益」として扱わない
「父が兄に家をあげたのは昔の話」として、持ち戻し計算を省いてしまう事例もよくあります。しかし、生前贈与は通常、特別受益として遺産総額に加算し、他の相続人と公平に分けるのが原則です。
なお、被相続人が「戻さなくてよい」と明示していた場合や、婚姻20年以上の配偶者への居住用贈与などは持ち戻し免除となる点に注意が必要です。
誤解③ 評価時点を混同してしまう
不動産の評価には、2つの異なる評価時点が存在します。1つは「相続開始時点の評価」(特別受益計算用)、もう1つは「遺産分割時点の評価」(分割対象財産の配分用)です。
実務上、以下の点が基本原則です。
- 特別受益の評価時点:相続開始時
- 遺産分割における評価時点:遺産分割協議時(裁判実務上も同旨/札幌高決昭39・11・21)
誤解④ 路線価・公示価格を使わず感覚で決める
相続人同士で「この土地はだいたい○○万円くらい」と感覚的に決めてしまうケースも多く見られます。
しかし、不動産の価格は地価動向・接道・用途地域などによって大きく異なります。実務では、路線価・公示価格・固定資産税評価額といった客観的データの利用が不可欠です。
感覚的な評価のまま分割すると、後に紛争化した際に根拠がなく、調停・訴訟で争いが長期化します。
不動産評価の基本と実務の原則
不動産が遺産に含まれる場合、その評価方法を誤ると相続人間の公平を欠き、紛争の火種となります。評価の「時点」と「基準」は裁判例でも整理されており、実務では相続税評価とは異なる考え方が取られます。
ここでは、遺産分割における評価の原則を明確に解説します。
不動産評価の時点:遺産分割時が原則
遺産分割における評価基準は「相続開始時」ではない
遺産分割を行う際の不動産の評価は、原則として「遺産分割時の時価」を基準に行います。この原則は、札幌高等裁判所決定(昭和39年11月21日)においても明確に示されています。
| 判例の趣旨(札幌高決昭39・11・21) 相続財産の評価は、分割時における価格を基準とするのが相当である。 相続開始後に価格変動が生じた場合でも、現在の市場価格を反映して公平を図る必要がある。 |
つまり、相続開始から分割協議・調停までに不動産価格が上昇・下落していた場合でも、その変動を考慮した「現時点の価格」で評価するのが公正な取扱いです。
市況の変動を反映し、公平な分割を図る趣旨
不動産市場は、数年単位で大きく変動します。
例えば、相続開始時に2,000万円だった土地が、再開発や地価上昇で遺産分割時には3,000万円になっていることもあります。このようなケースで「相続開始時価格」を用いると、実際に高値で売却できる資産を過少評価することになり、公平な分割ができません。
そのため、実務では「相続人が現時点で得る経済的価値」を反映させる観点から、分割時評価主義が採用されています。
一方、次章で扱う「特別受益(生前贈与)」については、贈与が相続開始前に完了しているため、相続開始時評価を用いるという違いがあります。
・ 遺産分割の評価基準:遺産分割時の時価
・ 特別受益の評価基準:相続開始時の時価
・ 公平な運用のために、市況変動を考慮して実勢を反映する。
不動産評価の基準と方法
■ 代表的な評価基準
不動産の時価は、法律上「公示価格」や「相続税評価額」など複数の指標をもとに算定します。
実務では次の4つを組み合わせ、客観的な数値として整理します。
| 評価基準 | 内容 | 実務での位置付け |
| 公示価格 | 土地取引の基準価格。 1月1日を基準日として、国土交通省が毎年3月公表。 | 市場実勢価格の目安 |
| 都道府県地価調査標準価格 | 公示価格との補完関係。 毎年7月1日を基準日として公表。 | 地方評価の補正に使用 |
| 固定資産税評価額 | 課税根拠。 市区町村が3年ごとに見直し。 | 路線価補完・底地評価 |
| 相続税評価額(路線価) | 相続税・贈与税の算定基準。 1月1日を基準日として、国税庁が毎年7月公表。 | 実務上の基礎データ |
■ 時価の目安計算式(1つの評価方法)
実務で「不動産の実勢価格」を推定する際は、以下の換算式が目安とされます。
- 固定資産税評価額 ÷ 0.7 ≒ 土地の時価(概算)
- 路線価 ÷ 0.8 ≒ 実勢価格の近似値
これらはあくまで参考値であり、個別事情(立地条件・地形・借地権割合等)を補正して最終的な金額を決定します。
また、建物部分は再調達原価方式(建築費×経過年数の減価償却率)を用いて評価するのが一般的です。
■ 不動産鑑定士の鑑定・複数業者査定も有効
評価額に相続人間で争いがある場合や、土地が大規模・特殊用途である場合には、不動産鑑定士の正式鑑定評価書を利用するのが確実です。
一方で、実務上はコストを抑えるために、不動産仲介業者2~3社の査定額を比較し、その中間値を採用する方法も一般的です。
・ 「路線価」「固定資産評価額」「業者査定」の3本立てで整合性を取る。
・ 評価根拠を資料化し、遺産分割協議書に添付すると紛争予防になる。
・ 高額資産や相続税課税対象なら不動産鑑定士鑑定を推奨。
■ 土地と建物の評価差
土地と建物では評価基準が異なります。
- 土地:時価・路線価・地価公示価格などで市場価値を重視
- 建物:再調達価格×残存耐用年数比率(減価償却を反映)
老朽化した建物や空き家は、解体費用を控除して評価することもあり、実務上は「土地+建物一体」で査定するケースが多くなっています。
| 項目 | 基準 | 評価時点 | 主な根拠 |
| 遺産分割における不動産評価 | 遺産分割時 | 最新の市場価値 | 札幌高決昭39・11・21 |
| 特別受益における贈与不動産評価 | 相続開始時 | 贈与当時の状態を相続時に換算 | 民法903条 |
| 実勢価格の推定式 | 固定資産税評価額÷0.7 路線価÷0.8 | ー | 国税庁指標等 |
遺産分割の現場では、「相続税評価」と「実勢価格評価」を混同するミスが非常に多く見られます。
実務的には、分割時点の実勢価格を反映し、複数の客観的資料をもとに評価を確定することが、公平な分割と税務リスク回避の鍵です。
生前贈与された不動産の評価(特別受益)
被相続人が生前に、特定の相続人へ不動産を贈与していた場合、それをどのように評価して遺産分割に反映するかは、実務上非常に重要な論点です。
ここでは、民法903条に定める「特別受益」の考え方を中心に、生前贈与財産の評価時点・増減の扱い・持ち戻し免除の判断までを体系的に整理します。
特別受益の基本構造(民法903条)
■ 特別受益とは何か
相続人の中に、被相続人から生前贈与や遺贈など特別の利益(受益)を受けた者がいる場合、他の相続人との公平を保つため、その受けた利益を「持ち戻し」をして計算する仕組みが民法903条で定められています。
| 民法903条(特別受益者の相続分) 被相続人から贈与を受けた相続人がある場合、相続財産の価額にその贈与財産の価額を加え、これを基礎に各相続人の相続分を算定する。 |
具体的には、次のような計算式で整理されます。
相続開始時の財産 + 生前贈与された財産の価額 = みなし相続財産
この総額をもとに、各相続人の相続分を算出し、既に贈与を受けた相続人の取得分からその金額を控除して調整します。
■ 公平確保の趣旨
例えば、長男が生前に父から家を贈与され、次男が何ももらっていなかった場合、そのまま相続をすれば長男が二重に得をしてしまいます。
そこで、民法は「公平の原則」のもと、贈与分を持ち戻して計算するよう求めています。
生前贈与財産の評価時点
■ 評価時点は「相続開始時」
特別受益に該当する不動産の評価は、「贈与時」ではなく「相続開始時」の時価で行うのが原則です(民法903条の趣旨に基づく確立実務)。つまり、贈与当時の価格ではなく、被相続人が亡くなった時点での市場価値を基準とします。
例えば、贈与当時の土地評価額が1,000万円、相続開始時の評価額が1,500万円の場合、持ち戻し計算上は 1,500万円 として評価されます。
贈与時から相続までに長期間が経過している場合、市況や開発状況によって価値が変動しているため、現実の経済価値を反映する目的でこの時点を採用します。
■ 実務での評価方法
- 相続開始時の路線価・公示価格をもとに時価を再算定
- 必要に応じて不動産鑑定士による「当時の状態を前提にした相続時評価」を依頼
- 建物の場合は、経年劣化を考慮して再調達原価法により補正
贈与後の増減に関する取扱い
■ 受贈者の行為によらない価格変動
地価上昇・地価下落・自然災害など、受贈者の行為とは無関係な要因で価格が変動した場合には、その変動を含めた相続開始時の時価で評価します。
被相続人死亡時点で周辺再開発により地価が上昇している場合、上昇分も評価に含みます。これは、受贈者が不当な利益を得ることを防ぎ、相続人間の公平を確保するためです。
■ 受贈者の行為による価格変動
他方で、贈与後に受贈者が自ら建物を改築・増築したり、土地を造成・分割した場合など、受贈者自身の行為による価格変動がある場合は、その影響を排除します。
この場合は、贈与当時の状態を仮定して、相続開始時の価格を想定評価する方法がとられます。「受贈者の努力による価値上昇分」は相続財産とは切り離して扱うのが基本です。
- 改築・増築部分:受贈者の独自投資として評価対象外
- 滅失・老朽化:贈与当時の状態を復元的に評価
持ち戻し免除の意思表示(民法903条3項・4項)
■ 被相続人の意思で持ち戻しを免除できる
民法903条3項は、被相続人が「持ち戻しをしない意思」を明示した場合には、その贈与を特別受益として加算しなくてよいと定めています。
| 民法903条 3 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。 |
この「意思表示」は、明示(遺言や契約書)だけでなく、被相続人の発言・手紙・贈与の趣旨(「将来の生活のために」など)からも推認される場合があります。
ただし、解釈が分かれるため、実務上は遺言書等で明確に示しておくことが望ましいとされています。そのため、上記の点について、実務上、遺産分割調停や審判でよく争われることがあります。
■ 配偶者への居住用不動産贈与は免除推定
民法903条4項では、婚姻期間20年以上の配偶者に対する居住用不動産の贈与または遺贈について、持ち戻し免除の意思があったものと推定されます。
| 民法903条 4 婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。 |
この規定により、長年連れ添った配偶者に対して自宅を生前贈与したケースでは、他の相続人が「特別受益だ」と主張しても、原則として加算対象にはなりません。
・ 婚姻期間20年以上の配偶者贈与:原則免除扱い
・ 子への住宅取得資金援助:原則特別受益(免除なし)
・ 贈与契約書や遺言書に「持ち戻し免除の意思」を明記しておくと紛争防止に有効
まとめ
特別受益の評価は、「贈与当時」ではなく「相続開始時」を基準に行う点が最大のポイントです。また、被相続人の意思や受贈者の行為内容によって評価対象や金額が変わるため、実務では評価資料(路線価・鑑定書・贈与契約書)の整備が不可欠です。
不動産の持ち戻しをめぐる紛争を防ぐには、贈与時点で「持ち戻し免除の意思」を文書化しておくことが最善の予防策といえます。
具体的相続分の算出方法(例示つき)
不動産を含む相続では、「相続開始時の財産評価(特別受益用)」と「遺産分割時の財産評価(現物分割用)」を明確に区別して計算するのがポイントです。
ここでは、これまで説明してきた理論(評価時点・持ち戻し・免除)を踏まえて、実際にどのように具体的相続分を計算するのかを、具体例を使って整理します。
事例設定
以下のようなケースを想定します。
| 項目 | 内容 |
| 相続人 | 子X・子Yの2人(配偶者なし) |
| 相続財産(相続開始時) | 現金・預金など合計3,000万円 |
| 相続財産(遺産分割時) | 4,000万円(不動産価値上昇) |
| 特別受益(生前贈与) | 子Xに対する土地贈与1,500万円(相続開始時時価) |
| 特別受益の評価時点 | 相続開始時(民法903条) |
| 分割時点での評価 | 遺産分割時点で算定(不動産2,500万円) |
第1段階:みなし相続財産の算出
まず、特別受益を加算して「みなし相続財産」を計算します。
相続開始時の財産 3,000万円 + 特別受益 1,500万円 = 合計 4,500万円
次に、この4,500万円をもとに、各相続人の法定相続分(今回は1/2ずつ)を計算します。
4,500万円 × 1/2 = 2,250万円
第2段階:特別受益者の調整
子Xはすでに贈与(1,500万円)を受けているため、その分を控除して調整します。
| 相続人 | 理論相続分 | 特別受益額 | 調整後の具体的相続分 |
| 子X | 2,250万円 | 1,500万円 | 750万円 |
| 子Y | 2,250万円 | 0円 | 2,250万円 |
この段階での理論上の公平分配は、「X:750万円、Y:2,250万円」となります。
ただし、これは相続開始時点の理論値であり、実際の遺産分割時には不動産の価値変動を反映させる必要があります。
第3段階:遺産分割時の評価を反映
相続開始後に不動産価格が上昇し、相続財産の総額が3,000万円 → 4,000万円に増加した場合、遺産分割は現時点(分割時)の評価をもとに行います(札幌高決昭39・11・21参照)。
したがって、遺産分割時点での実際の取得額は、以下のように修正されます。
| 相続人 | 理論相続分 (相続時) | 計算式 | 現実取得額 (分割時) |
| 子X | 750万円 | 4,000万円×(750万円/750万円+2,250万円) =1,000万円 | 1,000万円 |
| 子Y | 2,250万円 | 4,000万円×(2250万円/750万円+2,250万円) =3,000万円 | 3,000万円 |
このように、Xは生前贈与の土地を含めて1,000万円、Yは3,000万円を最終的に取得する計算になります。
結果として、特別受益を考慮しつつ、公平性を保った形での分配が実現されます。
計算式の整理
| 項目 | 計算式 | 補足 |
| ① みなし相続財産 | 相続開始時財産 + 特別受益 | 公平の基礎となる総額 |
| ② 各相続人の法定分 | みなし相続財産 × 法定相続分 | 相続分1/2ずつ |
| ③ 特別受益控除後 | 法定分 − 特別受益額 | 特別受益者は控除される |
| ④ 遺産分割時修正 | 財産増減を反映 | 市況変動を実勢評価に反映 |
実務上の留意点
- 相続開始時と遺産分割時の評価を混同しない。(前者=公平計算用、後者=実際分配用)
- 不動産価値が変動した場合は、鑑定または複数業者査定で裏付け資料を用意する。
- 調停・審判では、特別受益を反映した「持ち戻し計算表」を裁判所に提出するのが通例。
- 税務評価(相続税計算)とは別概念であり、実務上は「民法上の相続分算定」と「税務上の課税評価」を切り離して扱う必要がある。
不動産評価(価格)の調べ方
相続財産に不動産が含まれる場合、「いつ・どの基準で・どうやって評価したか」を明確にしないと、相続人間で評価額が食い違い、遺産分割協議が難航します。
ここでは、弁護士や税理士が実務で採用する不動産評価と協議整理の標準フローを解説します。
不動産登記簿・固定資産課税明細書・路線価図の収集
まず、対象不動産の所在・面積・権利関係・評価資料を網羅的に収集します。
具体的には次の3点を必ず押さえます。
| 資料 | 入手先 | 主な確認項目 |
| 登記簿謄本(登記事項証明書) | 法務局 | 所有者・地目・地積・権利関係(抵当権や地上権等) |
| 固定資産課税明細書・評価証明書 | 市区町村役場 | 固定資産税評価額・課税地番・課税面積 |
| 路線価図 | 国税庁サイト | 相続税評価額(㎡単価)・地価補正率・道路付加価値 |
これらの資料により、「評価対象の範囲」と「基礎データ」を確定します。登記簿上の地目が「宅地」でも、実際に利用されている用途(農地・雑種地等)が異なることもあり、必ず現地確認を併用します。
相続開始時の価格(特別受益用)と遺産分割時の価格を別々に算定
次に、2つの評価時点を分けて算定します。
- 相続開始時の価格:特別受益(生前贈与)の持ち戻し計算に用いる基準
- 遺産分割時の価格:現時点の市場実勢を反映し、実際の分配に用いる基準
評価の目的を混同すると、公平な相続分が算出できません。
例えば、相続開始時には2,000万円だった不動産が分割時には2,500万円に上昇していた場合、持ち戻し計算は2,000万円を用い、分割は2,500万円を基礎に行うという2層構造を採ります。
特別受益・持ち戻し免除の有無を確認
収集した資料をもとに、生前贈与や居住用財産の贈与があったかを確認します。贈与契約書・登記簿の所有権移転日・贈与税申告の有無などから、特別受益該当性を判断します。
さらに、持ち戻し免除を判断するために、以下の点を網羅的に確認し、持ち戻し加算の要否を事前に整理しておくことが重要です。
- 遺言書に「持ち戻しをしない」と明記されていないか
- 婚姻20年以上の配偶者への居住用贈与に該当しないか(民法903条4項)
- その他、他の法定相続人と比べて被相続人の面倒をよく見ていた等、もち戻しの免除を正当化する事情がないか
不動産鑑定または査定依頼(不動産業者2〜3社)
評価資料が揃ったら、不動産鑑定士または仲介業者による査定を依頼します。
| 方法 | 特徴 | 費用目安 |
| 不動産鑑定士の正式鑑定 | 法的根拠が強く、調停・裁判でも採用されやすい | 約30〜40万円/件 |
| 不動産業者査定(2〜3社) | 市場実勢に即した概算評価が得られる | 無料〜数万円 |
複数査定の中間値を基礎にすることで、相続人全員の納得を得やすくなります。
価格変動が激しい地域では、時点修正(地価指数による補正)を行うとより精度が上がります。
相続人間協議書・評価根拠資料の整理
最終段階として、すべての評価経過と資料を「見える化」します。
以下の書類をセットで整備すると、後日の紛争予防に極めて有効です。
- 不動産評価一覧表(相続開始時・分割時の双方記載)
- 登記簿・課税明細書・路線価図の写し
- 不動産鑑定書または査定書(写し)
- 特別受益・免除確認メモ
- 遺産分割協議書(評価根拠を明示)
これらを整理した上で、弁護士・税理士・不動産専門家の連名で協議書を確定すれば、後日「評価が恣意的だ」「鑑定が偏っている」といった争点を封じることができます。
よくある質問(Q&A)
- Q
- 生前贈与の土地は「贈与時」と「相続開始時」のどちらで評価するのでしょうか?
- Answer
-
相続開始時の価格で評価します。
民法903条に基づく「特別受益(生前贈与)」の評価は、贈与時ではなく相続開始時の時価を用います。贈与時から相続までの間に価格が変動しても、その変動を反映させた上で持ち戻し計算を行うのが公平とされます。
なお、贈与後に受贈者が改築・造成などを行って価値が上がった場合は、その部分を除外し、贈与当時の状態を基準に相続開始時の時価を再構成します。
✅実務上のポイント
「特別受益の評価は、贈与時でなく相続開始時の価格で算定する」が原則です。
- Q
- 相続開始時と遺産分割時の評価額が異なる場合はそうすればよいのでしょうか?
- Answer
-
遺産分割時の時価で分配します。
不動産は相続開始から分割協議までの間に価格変動が生じることが多いため、実際に分ける時点=遺産分割時の評価が原則です。
この点は、札幌高等裁判所昭和39年11月21日決定でも明示され、市場変動を反映して公平を図るという趣旨で採用されています。
ただし、特別受益(生前贈与)の評価は相続開始時を基準とするため、「特別受益用の評価=相続開始時」「遺産分割用の評価=遺産分割時」と2つの時点を使い分けるのが実務です。
✅実務上のポイント
不動産は「分割時」、特別受益は「相続開始時」で評価するのが二重基準の原則です。
- Q
- 特別受益があると遺産分割協議はどう変わりますか?
- Answer
-
特別受益を加算(持ち戻し)して具体的相続分を算出します。
被相続人から生前贈与を受けた相続人がいる場合、その贈与分を相続財産に加算(持ち戻し)して相続分を計算します(民法903条)。これを「みなし相続財産」と呼び、各相続人の法定相続分を基に具体的相続分を割り出します。
例えば、相続財産が2,000万円、生前贈与が1,500万円の場合、相続分は3,500万円となります。兄弟が2人の場合は、各1,750万円となり、生前贈与を受けた者は1,750万円から生前贈与分の1,500万円を引いた250万円を取得することになります。
これにより、生前贈与を受けた相続人の取り分が調整され、公平な分配が実現します。
✅実務上のポイント
特別受益は「みなし相続財産」に加算して相続分を調整します(民法903条)。
- Q
- 被相続人が「兄に家をやる」と言っていた場合、持ち戻し免除になりますか?
- Answer
-
遺言や贈与契約などで明確な意思表示があれば免除されます。
民法903条3項により、被相続人が「持ち戻しをしない」という意思を明確に示していた場合、特別受益に加算しない(=持ち戻し免除)ことができます。その際は、発言だけでなく、贈与契約書・遺言書・日記・贈与当時の文書などで意思を確認します。
さらに、婚姻期間20年以上の配偶者に対する居住用不動産の贈与は、持ち戻し免除の意思があったものと法律上推定されます(民法903条4項)。
他方、兄弟姉妹間の口頭の発言のみでは、実務上、免除が認められにくい傾向にあります。
✅実務上のポイント
免除は「明示の意思表示」か「法定推定(20年以上配偶者贈与)」が必要となります。発言のみでは足りません。
直法律事務所で取り扱った解決事例
ここでは、実際に当事務所が介入し、複雑な不動産相続を解決に導いた事例をご紹介します。
【解決事例1】相手方の主張を覆し、適正な相続分を確保した事例
■ 概要
依頼者様(A様・次男)は、お父様が亡くなり、兄であるB様との間で遺産分割協議を始めました。
しかし、遺産は預貯金2,200万円のみ。お父様は生前、B様に対して郊外の広大な土地(贈与当時は1,000万円相当)を贈与しており、A様はこれを考慮して分割すべきだと主張しました。ところがB様は、「贈与は10年以上も前の話だ。残った預貯金を半分に分けるのが筋だ」と一点張り。
A様は強い不公平感を抱き、ご自身での交渉は困難と判断され、当事務所にご相談に来られました。
■ 当事務所の対応と解決へのプロセス
当事務所の弁護士は、まずA様に「生前贈与の評価は『贈与時』ではなく『相続開始時』の時価で行うのが法律の原則である」ことを丁寧にご説明しました。
B様との交渉を開始しましたが、B様は「評価時点など納得できない」と感情的に反発し、協議は平行線を辿ったため、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てました。
調停の場で、当事務所は以下の2点を戦略的に主張しました。
- 客観的証拠の提示: 当事務所が提携する不動産鑑定士に評価を依頼。対象の土地は駅の再開発により、相続開始時点の時価が1,800万円にまで上昇していることを示す鑑定評価書を提出しました。
- 法的主張の展開: この地価上昇はB様の努力によるものではなく、社会的要因によるものであるため、上昇分も含めた1,800万円全額が特別受益として持ち戻されるべきであると、判例を基に論理的に主張しました。
■ 結果
調停委員も裁判官も当事務所の主張を全面的に認め、B様も最終的にこれに同意。結果として、B様の特別受益を1,800万円として計算し直す内容で調停が成立しました。
これにより、A様が取得する預貯金は、当初B様が提案した額より400万円増額する結果となり、A様は「諦めずに相談して本当に良かった。長年の不公平感がやっと解消されました」と大変満足されました。
相続人間の話し合いでは、感情的な対立から法的に誤った主張がなされることが少なくありません。
専門家が介入し、客観的な証拠に基づいて法的な主張を構成することで、交渉や調停を有利に進め、ご自身の正当な権利を実現することが可能になります。
【解決事例2】「介護」と「贈与」が絡む複雑な事案を整理し、代償金を得た事例
■ 概要
依頼者様(D様・長男)は、お母様が亡くなり、弟であるC様との相続が始まりました。しかし、お母様の遺産はわずかな預貯金のみ。生前、お母様は同居していたC様に対し、ご自宅の不動産を贈与していました。
C様は、「自分は長年、母の介護を一身に背負ってきた。家をもらうのは当然の対価であり、遺産分割の対象ではない」と主張。D様もC様の貢献には感謝していましたが、全ての財産がC様に渡ることに納得ができず、兄弟間の関係が悪化する前にと、当事務所に相談されました。
■ 当事務所の対応と解決へのプロセス
弁護士は、C様の「介護の貢献」と「不動産の贈与」を法的に切り分けて整理する必要があると判断しました。
- 「介護の貢献」を「寄与分」として評価: C様の長年の介護は、相続分を増やす要素である「寄与分」として正当に評価されるべきものであることをD様にご説明しました。
- 「不動産の贈与」を「特別受益」として評価: 親子間の自宅贈与には、夫婦間のような持ち戻し免除の推定規定は適用されません。C様の主張する「母の口約束」だけでは「黙示の持ち戻し免除の意思表示」を立証するのは困難であり、原則通り特別受益として持ち戻すべきと分析しました。
遺産分割調停の場で、当事務所はC様に対し、感情的に反発するのではなく、C様の貢献を「寄与分」という法的な権利として金銭的に評価することを提案しました。その上で、不動産の贈与は「特別受益」として遺産に持ち戻し、公平な計算を行うことを求めました。
■ 結果
当事務所の提案は、C様の貢献に報いたいD様の想いと、C様の「正当に評価されたい」という想いの双方を汲んだものであったため、C様も冷静な話し合いに応じました。
最終的に、C様の介護を相当額の寄与分として認める代わりに、不動産の贈与は特別受益として計算に含めることで合意。C様が自宅を取得する代わりに、D様に対して、算出された具体的相続分に基づき、数百万円の代償金を支払うという内容で調停が成立しました。
「寄与分」と「特別受益」が複雑に絡み合う事案は、相続の中でも特に解決が困難です。
当事者だけでは感情的な対立に陥りがちですが、弁護士が介入し、法的な論点を整理してそれぞれの主張を法的な権利に置き換えることで、双方にとって納得のいく解決の道筋を見出すことができます。
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■ 著者
弁護士法人直法律事務所 代表弁護士 澤田 直彦(第一東京弁護士会)
■ 参考法令・資料
- 民法903条(特別受益者の相続分)
- 札幌高決昭39・11・21(不動産評価時点の判断基準)
- 国税庁「路線価図・評価倍率表」
- 国土交通省「不動産情報ライブラリ」
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