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弁護士コラム
相続人がいないとき、遺産はどうなる?相続財産清算人の役割と業務を徹底解説
- 遺産分割のトラブル
- 投稿日:2025年09月12日 |
最終更新日:2025年09月12日
- Q
- 兄が亡くなりましたが、相続人が見当たりません。残された預金や不動産はどうなるのでしょうか?勝手に手をつけたら問題になりますか?
- Answer
-
相続人がいない場合や、全員が相続放棄した場合には、遺産は法律上「相続財産法人」として扱われ、家庭裁判所が選任する「相続財産清算人」がその管理・清算を行います。
「相続財産清算人」は、財産の調査・保存・換価・債務の支払・最終的な国庫帰属までを担う法的代理人です。
葬儀を執り行った人や自治体、関係者は、勝手に財産を使ったり処分することなく、家庭裁判所へ手続きの申立てを検討すべきです。
相続が発生しても、法定相続人がいない、あるいは全員が相続を放棄した場合、残された財産は宙に浮いたままとなってしまいます。こうした「相続人不存在」のケースは、今や決して珍しいものではなく、少子高齢化や独身世帯の増加により、誰にでも起こりうる身近な問題です。
このような場合に重要な役割を果たすのが「相続財産清算人」です。家庭裁判所の選任を受けた相続財産清算人は、相続人がいない遺産を調査・管理・清算し、最終的に国庫に帰属させるまでの一連の法的手続きを担う存在です。
本記事では、「相続財産清算人とは何か」という基礎知識から、相続財産清算人の調査・管理・換価・弁済などの実務、さらに特別縁故者への分与や権限外行為における注意点まで、弁護士の視点で網羅的にわかりやすく解説します。
目次
はじめに
相続が発生したにもかかわらず、相続人が誰もいない、あるいは相続人全員が相続放棄をしたといったような「相続人の不存在」という事態は、決して珍しいことではありません。特に近年は、単身高齢者の増加や、親族関係の希薄化などを背景に、相続人が現れないまま時間が経過するケースが増えています。
このような場合、被相続人が残した財産は誰が管理し、どのように清算されるべきなのでしょうか。勝手に誰かが使ってしまえば、法律上の問題が発生するおそれがありますし、放置すれば不動産の老朽化や税金の滞納など、地域や第三者に悪影響を及ぼすことにもなりかねません。
そこで登場するのが、「相続財産清算人」という制度です。相続財産清算人は、家庭裁判所の選任により、被相続人の財産を適切に調査・管理・清算し、最終的に相続人がいないことが確定すれば、残余財産を国庫に帰属させるという重要な役割を担います。
この制度は、相続人がいない場合の法的・社会的な空白を埋める仕組みとして、民法に基づき定められているものです。
相続財産清算人とは?
相続財産清算人の法的地位
相続財産清算人は、「相続人が存在しない」または「相続人が全員相続放棄した」場合に、被相続人の財産を管理・処分・精算するため、家庭裁判所によって選任される人物です。法的には、相続財産そのものを一つの法人格を持つ「相続財産法人」とみなし、その代表者として位置づけられます(民法第951条等)。
この相続財産法人の代表者という法的地位により、清算人は相続財産に対して一定の管理・処分権限を持ち、必要な手続を行うことが可能になります。
なお、相続人が後から見つかって相続を承認した場合には、相続財産法人は「なかったもの」とみなされ、清算人はその相続人の法定代理人としての地位に切り替わるという法的整理がなされています(民法第955条本文、956条)。
このように、相続財産清算人は、「相続財産の最終的な処理を法的に担保する」極めて重要な役割を担っており、相続人不在という事態における法的空白を埋める存在と言えます。
相続財産清算人の選任とその効果
相続財産清算人は、家庭裁判所の審判によって正式に選任されます。申立てを行うことができるのは、債権者・特別縁故者・利害関係人(例えば葬儀を執り行った者や自治体)などです。申立てが認められ、選任審判が確定すると、清算人は被相続人の財産に関する包括的な管理権限を取得し、財産の保存・管理・処分・清算を進めていくことになります。
また、選任がなされることで、被相続人名義の預金口座を解約したり、不動産の登記名義を「亡〇〇相続財産」として変更したりすることも可能となります。つまり、選任の効力は単なる名目上のものではなく、極めて実務的かつ実効的な意味を持ちます。
なお、相続財産清算人に就任した者は、任務を怠ったり、誤った処理によって債権者や国に損害を与えた場合には、損害賠償責任を負う可能性もあるため、高度な注意義務が課されることにも留意が必要です。
相続財産清算人の主な職務と責任
相続財産清算人の職務は、大きく次の3つに分類されます。
(1)相続財産の管理
被相続人の財産を適切に保管・維持し、必要に応じて各種契約の解約や、公共料金の停止、不動産の修繕・管理などを行います。
これには「善管注意義務(善良な管理者としての注意義務)」が課されており、不適切な管理によって財産価値を毀損するような行為は許されません。
(2)相続人・債権者等の調査と確定
戸籍調査や公告手続を通じて、相続人の有無や、被相続人に対して債権を持つ相続債権者・受遺者の存在を確定していきます。
公告義務を怠ったり、債権者に対する報告を怠ると、損害賠償責任を問われることもあります。
(3)財産の清算と引継ぎ
相続人が不在のまま確定した場合には、相続財産を清算し、優先順位に従って債権者等に弁済し、残余財産があれば最終的に国庫に引き継ぎます。
また、特別縁故者の申立てがあれば、裁判所の審判を経て一部または全部の財産が分与されることもあります。
このように、相続財産清算人は、単なる名義人や管理者ではなく、法律に基づいて財産の調査から処分・分配までを一手に担う、公的性格の強い立場であるといえます。したがって、清算人に選任された場合には、十分な法的知識と経験が求められ、必要に応じて弁護士等の専門家による助言・代理が不可欠となります。
相続財産清算人の調査業務
調査すべき財産の範囲(積極財産・消極財産)
相続財産清算人が最初に行うべき重要な業務の一つが「相続財産の全容把握」です。これは、後に行う管理・換価・弁済・分配といった業務の出発点であり、基礎となるものです。
調査対象となるのは、以下のような被相続人が相続開始時に有していた「積極財産」と「消極財産」です。
■ 積極財産(プラスの財産)
- 不動産(土地・建物)
- 預貯金・現金
- 有価証券・株式・投資信託
- 保険契約(解約返戻金のあるもの)
- 知的財産権(著作権・特許権等)
- 債権(貸付金・未払賃料等)
- 動産(自動車、貴金属、美術品等)
■ 消極財産(マイナスの財産)
- 借入金・未払債務
- 公共料金・医療費・税金の滞納
- 損害賠償請求権などの債務
これらの財産は「相続財産法人」の管理・清算対象となるため、遺産の構成要素を正確に把握することが求められます。
ただし、祭祀財産(墓地・仏壇等)は民法上、相続財産には含まれないため、管理・処分の対象からは除かれます(民法第896条・897条)。
調査の具体的方法(書類精査、関係者面談、現地調査等)
調査業務は、机上で完結するものではなく、現地調査や面接などの実地調査が不可欠です。
以下は、実務上行われる主要な調査手法です。
■ 書類・記録の精査(事件記録・申立書類等)
相続財産清算人に選任された後は、まず選任審判書と事件記録を速やかに閲覧・写し、申立人が提出した財産目録や添付資料から財産の概要を把握します。
ただし、これらの資料は申立人が知り得る範囲にとどまっていることが多く、必ずしも網羅的とは限りません。たとえば、担保権付き不動産だけが記載されているケースや、特定の債権者に有利な内容になっていることもあります。
■ 関係者との面談・聴取
申立人本人だけでなく、被相続人の元管理人、近隣住民、知人、医療関係者など、関係者からの事情聴取も重要です。
この面談を通じて、以下のような情報を収集します。
- 財産の所在・内容・管理状況
- 被相続人と当該関係者との関係性
- 被相続人の生前の生活状況
- 入院経過・死亡経緯・葬儀の有無
後のトラブル防止のためにも、できる限り文書・領収書・明細等の裏付資料の提示を求め、事実の正確性を確認する姿勢が重要です。
■ 現地調査(残置物・不動産・占有状況の確認)
被相続人の居住地に残された通帳・権利証・遺言書などは、相続財産に関する核心的な証拠となり得ます。これらの確認のため、現地調査を実施することは極めて重要です。
また、不動産が相続財産に含まれる場合、その不動産が第三者に占有されているケースもあります。
この場合は、以下ような項目を確認し、相続財産としての収益性や処分可能性を見極めます。
- 占有者の立場(借主・無断占有者等)の確認
- 賃貸借契約書の有無
- 賃料の支払い状況
■ 金融機関への照会
預貯金や貸金庫の存在確認のため、被相続人の住所地近隣にある主要金融機関へ「残高照会」を行います。通帳が見つかっていない場合でも、過去の公共料金の支払いや年金の入金履歴などから金融機関の推定が可能なこともあります。
貸金庫が利用されている場合は開扉の手続を行い、証拠保全の観点から公証人の立会いを依頼し、公正証書(事実実験公正証書)の作成を検討することもあります。
■ 遺言の有無の調査
被相続人が公正証書遺言を残している場合、日本公証人連合会の「遺言検索システム」によって確認が可能です。
また、自筆証書遺言についても、令和2年に始まった法務局による保管制度の活用により、保管の有無を照会できます。
これらの調査を迅速かつ正確に行うことが、後の管理・清算手続を円滑に進める鍵となります。実務上は、調査結果をもとに「財産目録」を作成し、1か月〜2か月以内に家庭裁判所へ提出する必要があるため、初動での丁寧な対応が重要です。
不動産・預貯金・保険・遺言の調査ポイント
相続財産清算人が行うべき調査業務の中でも、とくに頻繁に登場するのが「不動産」「預貯金」「保険」「遺言」に関する調査です。これらは金額的にも法的にも重要度が高いため、調査にあたっては慎重かつ丁寧な対応が求められます。
■ 不動産の調査ポイント
被相続人が所有していた不動産が、事件記録や申立書に記載されていない場合も少なくありません。以下のような方法で網羅的に調査する必要があります。
- 登記事項証明書の取得
法務局から登記事項証明書を取得し、不動産の所在、種類、所有者名義を確認します。
- 名寄帳(固定資産税課税台帳)の取得
被相続人の住所地(あるいは推定される住所地)を管轄する市区町村役場から、土地・建物の名寄帳を取り寄せ、見落とされている物件がないかを確認します。
- 占有状況の把握
物件に誰かが居住・使用している場合は、賃貸借契約の有無や家賃の支払状況を確認し、現金収入の有無や賃料の管理体制を整備します。
なお、登記簿に記載がない未登記建物が存在することもあるため、現地で建物を確認したうえで、保存登記が必要かどうかも判断すべきです。
■ 預貯金の調査ポイント
預金口座は相続財産の中でも特に管理・清算がしやすい資産ですが、被相続人の利用していた金融機関が明らかでないケースも多くあります。
- 通帳・郵便物の確認
残された郵便物から銀行や信用金庫の取引先を把握します。
- 住所地周辺の金融機関への照会
最後の住所地付近にある主要な金融機関に対し、被相続人名義の口座が存在するかを照会します。
- 口座解約と集約管理
確認された預金口座は解約し、相続財産清算人名義の管理用口座に資金を集約します(これは保存行為に該当するため家庭裁判所の許可は不要)。
なお、解約にあたって金融機関によっては家庭裁判所の許可書類の提出を求められることがあるため、書記官との連携を図ることが実務上重要です。
■ 保険の調査ポイント
保険契約は「受取人」が誰であるかによって、相続財産に該当するか否かが変わります。
- 契約者・受取人の確認
被相続人が契約者であり、受取人が相続人である場合は、その保険金は受取人固有の財産となり、相続財産には含まれません。
- 解約返戻金の有無
受取人が指定されておらず、あるいは自ら(相続財産清算人)が管理権限を得ている場合、保険を解約して返戻金を取得することが検討されます(家庭裁判所との協議が必要な場合あり)。
- 保険証書の所在確認
現地調査で見つかった保険証券や契約資料をもとに、保険会社に連絡を取り、契約内容を確認します。
■ 遺言の調査ポイント
遺言が存在する場合、相続人不存在であるとの前提が覆る可能性もあるため、調査は非常に重要です。
- 公正証書遺言の検索
日本公証人連合会の「遺言検索システム」により、昭和64年1月1日以降の公正証書遺言の有無を確認できます。
- 自筆証書遺言の保管制度の確認
令和2年から施行された「法務局における遺言書保管制度」により、法務局で保管されているかどうかを照会可能です。
- 現地での遺言探索
被相続人の住居等に保管されている可能性があるため、現地調査での通帳・印鑑・書類等とあわせて遺言書の探索を行います。
財産目録の作成と家庭裁判所への提出
■ 財産目録とは何か?
相続財産清算人が調査により把握した相続財産の内容を一覧にまとめたものが「財産目録」です。これは、家庭裁判所の監督の下で清算を行う前提として極めて重要な書類であり、適切かつ網羅的に作成する必要があります。
■ 作成のタイミングと提出義務
- 提出期限:原則として、相続財産清算人の選任から1か月~2か月以内に作成し、そのうち1通を家庭裁判所に提出します。
(家事審判規則第82条・第112条、民法第953条第27項) - 部数:通常2通作成し、1通を裁判所に、もう1通を自己保管用とします。
■ 財産目録の記載内容
財産目録には以下の内容を網羅的に記載します。
- 不動産:所在・地番・面積・登記情報・評価額
- 預貯金:金融機関名・支店名・口座番号・残高
- 有価証券:銘柄・数量・評価額
- 動産:車両、貴金属、美術品等の内容と評価
- 保険:契約者、保険金額、解約返戻金額
- 債務:借入金、滞納税、公租公課、未払医療費など
また、未評価の資産については「見積額」または「未評価」と明記し、補足資料として査定書等を添付することもあります。
■ 作成上の注意点と裁判所の対応
作成費用は相続財産から支出することが可能です(民法第953条第27項但書)。財産目録に基づき、管理方針や弁済計画を進めていくことになるため、形式的な作成ではなく、正確な調査に基づいた記載が求められます。
相続財産の管理業務
相続財産清算人に選任された後、最も継続的に求められるのが「財産の管理」です。財産の内容や状態に応じた適切な管理を行うことで、後の清算手続や利害関係人への対応が円滑になります。
本章では、管理方針の立案から、財産の種類ごとの管理方法、家庭裁判所・関係者への報告義務までを整理します。
管理方針の立案と分類(債務超過型・縁故者分与型等)
相続財産清算人は、就任後に財産調査を踏まえた上で、個々の事案に適した「管理方針」を立てる必要があります。管理方針は、家庭裁判所への提出書類にも記載され、以後の運用の基礎となるものです。
管理方針は、主に以下の3つの類型に分類されます。
■ 債務超過型
被相続人の遺産総額よりも債務額の方が明らかに多い場合に該当します。
この場合、相続財産清算人は、現金化可能な財産の換価(不動産・有価証券等)と債権回収を優先し、清算と弁済に重点を置いた方針をとる必要があります。
■ 特別縁故者分与型
特別縁故者(例:内縁の配偶者、介護していた友人など)による分与申立てが予想されるケースです。
清算人は、関係者への事情聴取や生活状況の確認などを通じて、遺産分与の可能性を念頭に、現状のままの財産保全に努めます。
■ 国庫帰属型
相続人も特別縁故者も存在せず、最終的に国庫への帰属が見込まれるケースです。
原則として現金での納付が必要となるため、不動産等の換価・資金化を前提とした管理方針を採用します。
財産ごとの管理方法
■ 不動産の名義変更・火災保険加入・貸与状況確認
- 名義変更
相続財産清算人が選任された場合、被相続人名義の不動産は「亡○○相続財産」として相続財産法人名義に変更登記を行います(民法第952条1項に基づく付記登記)。
- 火災保険
未加入であれば速やかに火災保険を契約し、災害による損害を防止します(保存行為に該当し、許可不要)。
- 貸与状況の確認
占有者がいる場合は賃貸借契約の有無を確認し、賃料の振込先を清算人名義の管理口座に変更するよう依頼します。無断占有者には立退きを要請する必要があります。
■ 預貯金の集約管理
被相続人の預貯金口座を全て解約し、相続財産清算人名義の管理口座(例:「亡〇〇相続財産清算人〇〇〇〇」)に集約します。
解約や振込先変更は、金融機関ごとに異なる運用があるため、裁判所の選任審判書と身分証を用意し、対応を行います。
■ 有価証券・保険・動産・債権の対応
- 有価証券
証券会社に連絡し、売却処分を行う準備を進めます。売却は原則として家庭裁判所の許可が必要な「権限外行為」に該当します。
- 保険
解約返戻金がある場合、解約手続を行い、清算に充てます。受取人が指定されている場合は固有財産として除外されます。
- 動産
価値のあるものは保管し、価値がないものは廃棄(家庭裁判所の許可を得る場合あり)。形見分けを希望される場合、価値の有無により許可要否が分かれます。
- 債権
貸付金や未収賃料などがあれば、適宜時効更新措置(内容証明郵便や調停申立て等)を講じつつ回収を図ります。
■ 契約・債務の確認と処理
- 契約の確認
公共料金、新聞購読、電話契約など、日常生活に基づく契約が残っていることがあります。必要に応じて速やかに解約処理を行います。
- 債務の把握
税務署、病院、NHK、クレジットカード会社などに対して残債の有無を照会します。通帳の入出金履歴や請求書類も有用な情報源です。
家庭裁判所および利害関係人への報告義務
■ 家庭裁判所への報告
相続財産清算人は、選任から業務完了までの間、家庭裁判所の監督下に置かれます。主な報告義務は以下のとおりです。
- 初回報告:選任から1〜2か月以内に、財産目録と管理報告書を提出します
- 定期報告:家庭裁判所が定める時期ごとに、管理状況・収支報告等を提出します。
- 都度報告:重要な動き(不動産売却、弁済、配当手続など)があれば、その都度報告を行うことが望ましいとされます。
■ 相続債権者・受遺者など利害関係人への報告
- 相続債権者や受遺者から請求があった場合、相続財産の状況について報告する義務があります(民法第954条)。
- 報告内容は家庭裁判所に提出した資料を基に、相手の理解を得られるように工夫して説明します。
- 相続債権者と同等の利害関係を有する者(例:保証人、物上保証人等)に対しても、必要に応じて報告するのが実務的です。
相続財産の管理は「放置しない」ことが基本です。適切な管理と報告を通じて、相続人がいない遺産も円滑かつ公正に清算される体制を構築することが、相続財産清算人の重要な使命といえます。
相続財産の清算業務
相続人が存在しないことが確定すると、相続財産清算人は「管理」から「清算」へと業務の軸足を移すことになります。
清算業務において最初に行うべきは、相続債権者や受遺者に対する請求申出の公告・催告であり、その後、弁済のための財産の換価処分に移行していきます。本章では、清算業務の中心となるこれらの手続について解説します。
請求申出の公告と催告(公告義務と損害賠償リスク)
相続債権者や受遺者は、被相続人に対して債権や受遺の請求を行う立場にありますが、相続人がいない場合、これらの請求をどこに申し出るべきかが問題となります。
そこで相続財産清算人は、清算手続の一環として、公告と催告を行い、請求申出の機会を公式に与えなければなりません。
■ 請求申出の公告(民法957条1項)
公告とは、官報により広く一般に向けて通知を行う手続です。相続財産清算人が選任され、かつ相続人捜索の公告がなされた後、清算人はすみやかに、相続債権者・受遺者に対して請求申出の公告を行います。
- 公告期間:原則として2か月以上
- 公告方法:官報公告が基本(家庭裁判所に確認のうえ)
- 公告の内容:被相続人の氏名・最終住所、請求の申出期限、提出先等
この公告を怠ったことにより、申出の機会を失った債権者・受遺者に損害を与えた場合、相続財産清算人は損害賠償責任(民法934条)を負うおそれがあります。
■ 請求申出の催告(民法957条2項、927条3項)
公告とは別に、清算人が知っている相続債権者・受遺者に対しては、個別に文書を送って催告を行わなければなりません。この「催告」もまた義務であり、怠れば同様に賠償責任が生じる可能性があります。
- 形式:内容証明郵便、または配達証明付きの書面が望ましい
- 対象者:申立書に記載されていた債権者、相続財産の帳簿等に記載がある者、問い合わせがあった者等

✔ 清算人は、誰を「知れたる債権者・受遺者」と認識すべきか慎重に判断する必要があります。
✔ 資料に基づいて客観的に相続債権者に該当すると判断できる場合には、催告の対象とすべきです。
✔ 催告書を送付した事実は、裁判所への報告書類に添付し、記録として残しておきましょう。
財産の換価と任意売却・競売の判断
相続債権者や受遺者に対する弁済を行うためには、相続財産のうち換金可能な資産を「換価」し、現金化する必要があります。この換価方法としては、任意売却または競売のいずれかを選択することになります。
【任意売却と競売の比較】
比較項目 | 任意売却 | 競売(形式競売) |
売却価格 | 市場に近い価格が期待できる | 評価額より安くなることが多い |
スピード | 相手方次第で柔軟に進む | 一定の法定手続期間が必要 |
公正性 | 清算人の裁量に依存 | 裁判所の手続で透明性あり |
家裁許可 | 必要(権限外行為) | 民法に準じて実施可能(957条2項・932条) |
一般的には、「任意売却」が実務上多く選ばれます。これは、より高額な売却が期待でき、迅速かつ柔軟な対応ができるためです。ただし、清算人の裁量に基づく売却となるため、家庭裁判所の事前許可(権限外行為の許可)が必要です。
■ 実務上の対応ステップ(任意売却の場合)
- 財産の評価書を取得(不動産業者の査定書、不動産鑑定士の評価書等)
- 買主候補との契約条件の整理(売買価格、支払条件、引渡し時期)
- 家庭裁判所へ許可申立て(許可申立書、契約書案、評価書などを添付)
- 許可後、売買契約締結・登記手続き
- 売却代金を清算口座に入金し、弁済原資とする
■ 注意すべき財産の換価例
- 老朽化・境界不明な土地:買主がつかず競売に頼らざるを得ない
- 特定物の遺贈対象財産:原則として遺贈効力を認めるが、債権者弁済を優先
- 形見分け希望の動産:価値がある場合は家庭裁判所の許可が必要

財産の換価は、相続債権者や受遺者の利益に直結する行為であり、換価方法や価格設定に対して疑義が生じることも少なくありません。
そのため、清算人は「透明性」と「合理性」を重視し、以下のような実務対応を徹底する必要があります。
✓ 評価資料の保管
✓ 家裁との密な連携
✓ 利害関係者への丁寧な説明
弁済拒絶権と弁済の優先順位
相続財産清算人は、相続債権者や受遺者からの請求に応じて、被相続人の財産から弁済を行う立場にあります。しかし、無秩序に支払いを進めてしまうと、他の債権者の権利を侵害したり、最終的に損害賠償責任を負うおそれがあります。
そこで民法では、清算人に一定期間、弁済を拒むことができる権限(=弁済拒絶権)を認め、また弁済にあたっては法定の優先順位に従って処理することを求めています。
■ 弁済拒絶権の意義(民法957条2項・928条)
相続財産清算人は、請求申出の公告期間(原則2か月以上)中は、原則として一切の弁済を拒否することができます。
この制度趣旨は、公告期間内にすべての相続債権者・受遺者が平等に請求を行えるようにし、不公平な先行弁済や資産の枯渇を防ぐことにあります。この拒絶権を行使せずに一部債権者に弁済し、それにより他の債権者が満足を得られなくなった場合、清算人は損害賠償責任(民法934条)を負う可能性があります。
なお、例外として担保権等の優先権を有する債権者に対しては、公告期間中であっても弁済拒絶ができません(同条ただし書)。
■ 弁済の優先順位(民法957条2項・929条以下)
相続財産清算人は、公告期間が終了した後、次の順序で弁済を行う必要があります。
- 優先権を有する債権者
抵当権、質権、特別の先取特権、留置権等がある者。これらの債権者は、担保権を実行して自力で弁済を受けることも可能です(民執181条以下)。 - 公告期間中に請求申出をした債権者及びその他知れたる債権者
通常の債権者(病院、税務署、貸金業者等)で、期間内に申出を行った者及び知れたるその他の債権者。残余財産の範囲内で、債権額に応じた割合で配当弁済がなされます。 - 公告期間中に請求申出をした受遺者及びその他知れたる受遺者
包括遺贈や特定遺贈を受けた者で、法定債権者より後順位とされます。無償取得であること、相続債務との対価性がないことから、相続債権者が優先されます。 - 公告期間内に申出がなく、公告期間中に判明しなかった債権者・受遺者
弁済から「除斥」されますが、相続人捜索の公告期間満了前に申出すれば残余財産から弁済を受けられる余地があります(民法935条)。
このような法定順序に反した弁済は「不当弁済」とされ、他の債権者・受遺者から清算人自身や弁済を受けた者への求償・損害賠償請求の対象となり得ます。
配当弁済の方法と実務(債権者間の公平確保)
公告期間が終了し、請求した債権者・受遺者の全体像と金額が明らかになった段階で、相続財産清算人は「配当弁済」の手続に移行します。これは、残余財産を債権者の債権額に応じて公平に分配する手続です。
■ 配当弁済の基本原則
民法957条2項・929条本文により、以下の原則が適用されます。
- 債権額の大小に応じた按分比例配当
- 元本のみを基準にすることが多い(利息・遅延損害金の扱いは規定がなく裁判所や実務の運用による)
- 各債権者の合意が原則不要だが、公平性と透明性の観点から実務では合意形成が望ましい
■ 配当弁済の具体的手順
以下は、実務における標準的な流れです。
- 財産の換価・整理
不動産の売却、有価証券の売却などを済ませ、配当原資を確定します。 - 清算人報酬・管理費用の控除
裁判所に報酬付与の申立てを行い、認められた額を相続財産から控除します。 - 配当表(案)の作成と債権者への提示
債権額と配当率に基づいて案を作成し、債権者に送付し意見を求めます。意見聴取は義務ではありませんが、トラブル予防上極めて重要です。 - 配当通知書の送付と回答書の回収
債権者に対して配当予定額と受取方法を記載した通知書を送り、回答を得ます。 - 配当金の振込・交付
すべての回答がそろった段階で、一斉に配当金を支払います(振込または小切手等)。
■ 特殊な債権への対応
配当弁済にあたっては、弁済期が未到来であったり、条件付き・不確定期間付き債権への対応も求められます。
- 弁済期未到来債権:実務では、簡便的に全額弁済するケースが多い
- 条件付き・不確定債権:家庭裁判所が選任する鑑定人の評価額をもとに配当(民法930条)
■ 債権者間の公平確保とリスク管理
相続財産清算人には、債権者間の公平を確保する法的義務があります。誤った優先順位、偏った弁済、過剰な費用支出などがあれば、他の債権者から損害賠償請求を受ける可能性も否定できません。
そのため、実務では以下の点を徹底する必要があります。
- 家庭裁判所との協議のうえで配当方針を固める
- 債権者全員に配当表案を提示し、同意を取り付ける努力をする
- 紛争のある債権者には配当を一時留保する(係争終了後に対応)
適正な配当弁済は、相続人なき相続の「終局処理」を担う相続財産清算人にとって最重要の任務の一つです。慎重かつ透明な手続を通じて、関係者の納得と法的安定性の確保を図ることが求められます。
権限外行為に関する実務対応
相続財産清算人には、被相続人の遺産を適切に管理・清算するための広範な権限が与えられていますが、すべての行為が自由に行えるわけではありません。
特に、法律上「処分的性質」を持つ行為については、家庭裁判所の事前許可が必要です。このような行為は「権限外行為」と呼ばれ、許可を得ずに行えば無効や責任追及のリスクが生じます。
本章では、権限外行為に関する法的枠組みと、実務上の対応を整理します。
民法103条の範囲と超える行為(不動産売却、訴訟等)
民法第103条では、代理人の権限を次のように規定しています。
「保存行為および代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲において、その利用または改良を目的とする行為(いわゆる“管理行為”)を行う権限を有する」
この「保存行為」「利用・改良行為」は、家庭裁判所の許可を得ずに相続財産清算人が単独で行える範囲とされます。
■ 権限内行為の例(許可不要)
- 預貯金口座の解約と集約管理
- 火災保険への加入
- 債務弁済(期限到来後の確定債務)
- 貸金庫の開扉
- 登記名義の変更(付記登記)
■ 権限外行為の例(許可必要)
以下のような行為は、処分性が強く、家庭裁判所の許可を要する「権限外行為」とされます。
- 不動産の売却・任意処分
- 有価証券の売却
- 動産の無償譲渡・廃棄
- 訴訟の提起・和解・請求放棄・認諾
- 時効取得による登記手続
- 祭祀費用・法事費用の支出
- 寄附・財産の形見分け
特に、訴訟行為における「訴えの取下げ」「和解」などは、財産状況に重大な影響を与えるため、慎重な判断と許可の取得が求められます。
家庭裁判所の許可が必要なケース
民法第953条第2項(28項)に基づき、清算人が権限外行為を行うには、必ず家庭裁判所の事前許可を受ける必要があります。許可のない行為は無権代理行為として無効になるおそれがあります。
【代表的な許可対象行為と理由】
行為内容 | 許可が必要な理由 |
不動産・動産の売却 | 清算・処分性が強く、財産価値の毀損につながる恐れあり |
無償譲渡・寄附 | 債権者への配当原資を減らす結果となる |
訴訟の提起・和解・放棄 | 権利義務の存否に大きな影響を与える |
祭祀法事の支出 | 本来相続財産からの支出が予定されていない性質の費用 |
鑑定・調停に伴う費用支出 | 財産の価値を動かす行為となることがある |
なお、たとえ民法103条の範囲内とされる行為であっても、実務では家庭裁判所との事前協議を行うことが望ましいとされています。裁判所の「黙示の了解」を得ておくことで、将来のトラブルを防ぐことができます。
許可申立の手続と注意点(書式例・必要資料)
■ 申立人と管轄
- 申立人:相続財産清算人本人(代理人としての申立て)
- 管轄裁判所:原則として清算人を選任した家庭裁判所
■ 申立時期
- 権限外行為を実行する前に申立てることが原則
- 緊急性がある場合も、事後追認ではなく、必ず許可を得た後に行動するのが基本
【提出書類の例】
書類名 | 内容・注意点 |
権限外行為許可申立書 | 許可を求める行為の具体的内容、目的、必要性を明記 |
財産目録(別紙) | 対象となる財産の詳細(地番・評価額・用途等) |
売買契約書案・和解案等 | 許可後に行おうとする契約・処分内容の詳細 |
評価書(不動産業者・鑑定士) | 市場価値の裏付け資料として添付 |
関係者の意見書(任意) | 利害関係人が存在する場合に、あらかじめ取得しておくと良い |
【書式例:権限外行為許可申立書(不動産売却)】
1 申立ての趣旨 相続財産である東京都〇〇区〇〇番の土地建物を、買受希望者〇〇との間で売買契約書案記載のとおり、金1,000万円で売却することについて、民法953条2項に基づき許可を求めます。 2 申立ての理由 被相続人〇〇の遺産について、相続債権者への弁済資金を確保するため、上記不動産の売却が必要です。 評価書(不動産業者作成)に基づき、市場価格に見合った価格であることを確認しています。 … |
■ 注意点
- 書面には、「なぜそれが必要か」「誰のためか」「他の手段では代替できないか」を明確に書くこと
- 査定価格や弁済見込額に根拠を示す
- 担当書記官と事前に非公式に打診しておくことで、却下リスクを回避できることもある

権限外行為は、相続財産清算人の業務の中でも特に責任が重く、手続的正確性が求められる領域です。
家庭裁判所との協調姿勢を大切にしつつ、記録と根拠を明確に残すことが、トラブルを防ぎ、スムーズな清算実務につながります。
特別縁故者や国庫帰属への対応
相続人がいないまま、相続財産の調査・管理・清算が進んだ場合、その財産の行き先は大きく二つに分かれます。
一つは、被相続人と生前に特別な関係にあった「特別縁故者」への分与、もう一つは国庫への帰属です。
本章では、最終的な財産の行き先を決めるための実務対応について解説します。
特別縁故者の存在が明らかになった場合の実務
相続人が存在しないと確定した後、特別縁故者から財産分与の申立てがなされることがあります。
民法958条では、以下のような者に対して、家庭裁判所が相続財産の全部または一部を分与することができるとしています。
- 被相続人と生計を共にしていた者(例:内縁の配偶者、長年介護した知人)
- 被相続人の療養看護をしていた者
- 被相続人と社会的・経済的に密接な関係にあった者
■ 実務対応の流れ
- 申立て期限の確認
相続人捜索公告期間(原則6か月)満了から3か月以内に申立てる必要があります。 - 相続財産清算人の関与
清算人は申立てに対し、特別縁故の事実関係を整理し、意見を述べることが求められます。 - 審判による判断
裁判所が縁故の程度・財産状況・本人の生活状況などを考慮して、分与の可否・金額を決定します。
清算人としては、特別縁故者の主張をそのまま受け入れるのではなく、公平性・客観性の観点から必要な資料(介護記録、住民票履歴等)を収集・整理する責任があります。
相続人出現時の対応(財産引継・収支報告等)
相続人がいないという前提で手続が進んでいた場合でも、後から相続人が判明し、相続を承認したときには、その時点で相続財産清算人の権限は消滅します(民法955条、956条)。
■ 実務で求められる対応
- 清算業務の停止
相続人の承認が確認された時点で、以後の管理・清算行為は原則として行えなくなります。 - 財産・帳簿の引継ぎ
相続財産清算人は、それまでの財産管理内容・収支状況を明確にし、相続人に対して管理計算書を提出しなければなりません(民法956条2項)。 - 報酬・費用の精算
清算人が業務遂行のために支出した費用、裁判所が認めた報酬等は、相続財産から優先的に支払われます。
なお、承認した相続人が相続債務の支払義務を負う点、清算中に行われた売却等の行為が有効に継続される点にも留意が必要です。
最終的な国庫帰属と残余財産処理
特別縁故者が存在せず、相続人も出現しない場合には、残された財産は国庫に帰属します(民法959条)。
この国庫帰属が、相続財産清算人の最終業務となります。
■ 手続きのポイント
- 公告期間満了後の確認
相続人がいないこと、特別縁故者の申立てがないことを確認します。 - 財産の最終整理
現金化可能な資産をすべて換価し、公共料金・管理費等も含めて完全清算を行います。 - 財務状況の最終報告
家庭裁判所へ清算業務終了の報告を提出します。 - 国庫への引継ぎ手続
現金は法務局経由で納付、不動産等は登記等により処分・移管します。
なお、紛争性のある財産(境界問題がある土地など)は国が引き取らない可能性があるため、訴訟や調停により解決してから清算する必要があります。
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トラブルを未然に防ぐために必要な準備とは
相続人がいない、あるいは存在が不明確な場合でも、財産は社会全体に関わる重要な資源です。以下のような備えがトラブルの予防につながります。
- 自筆証書遺言の保管制度の活用(法務局での遺言書保管)
- 生前の財産管理の透明化(通帳管理、契約整理)
- 特別縁故者に対する意思表示(遺言や付言事項の作成)
残された財産を適切に整理し、無用な争いを防ぐためにも、生前の段階からの準備と、必要に応じた専門家の関与が何よりも大切です。法的手続を通じて、個人の財産が社会の中で円滑に再配分されるよう、的確な対応を心がけましょう。
弁護士に相談する意義
相続人のいない遺産管理は、形式的にはシンプルに見えても、実際には「多種多様な利害関係人との調整」「法的判断が必要な局面」「手続の厳密性」が求められる複雑な実務です。
こうした局面では、相続・不動産・債権管理に関する法律知識と経験が求められるため、弁護士による助言や代理人対応が重要です。とりわけ、相続財産清算人への就任を求められた方や、利害関係者として関わる方は、弁護士に一度相談されることをおすすめします。
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