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弁護士コラム
「法定単純承認」とは?相続放棄・限定承認ができなくなる具体的なケースをご紹介
- 相続放棄
- 投稿日:2022年07月26日 |
最終更新日:2024年03月13日
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相続放棄や限定承認を選択することができなくなる、「法定単純承認」という制度があると聞きました。
どのような場合に「法定単純承認」となるのでしょうか?
- Answer
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「法定単純承認」とは、民法第921条の各号に定めがあり、以下のいずれかを行った場合に、法定単純承認の効果が生じ、単純承認をしたものとみなされる制度です。
①相続財産の処分
②限定承認や相続放棄をしないで、熟慮期間(自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月間)の経過
③相続放棄または限定承認をした後の背信的行為
単純承認をしたものとみなされる結果、相続放棄や限定承認が選択できなくなります。
単純承認とは
単純承認
相続は、被相続人が亡くなったことを原因として、被相続人が生前有していた地位や権利義務を、包括的に承継する制度です。
単純承認は、被相続人が有していたプラスの財産や負債などのマイナスの財産も含めて、全てを相続する相続手続きの方法です。
単純承認を選択すると、被相続人が有していた不動産や現金、有価証券、預金などのプラスの財産だけでなく、負債や引渡債務、保証債務といったマイナスの財産も相続されることになります。
そのため単純承認には、被相続人がプラスの財産よりもマイナスの財産を多く有していた場合にも、被相続人の負債をすべて引き継ぐことになるというデメリットがあります。
単純承認を選択する場合には、被相続人の相続財産について十分に調査を行う必要があります。
単純承認と限定承認の違い
「単純承認」に対して「限定承認」とは、相続した財産の範囲内で被相続人の債務を弁済し、余りがあれば、相続できるという制度です。被相続人の財産は、限定承認者によって相続債権者に対する弁済に充てられます。
限定承認者は、相続財産の限度を超えて弁済する必要はありません。
例えば、被相続人の財産が4000万円の預金と、1000万円の負債である場合、相続財産の清算を行うと3000万円がプラスの財産として残ることになります。
他方で、先程の例においてもし相続人の負債が5000万円であった場合には、清算を行うと1000万円の負債が残ります。相続人が単純承認をした場合には、4000万円の預金と5000万円の負債すべてを相続することになります。
これに対して限定承認の場合には、清算後も1000万円の負債が残りますが、相続財産を限度とする物的有限責任を負うのみで、相続財産の限度を超えて弁済する必要はありません。
このように、負債を引き継ぐというリスクを避けながら相続をすることができるという点が、限定承認と単純承認との違いです。
単純承認と相続放棄の違い
相続放棄とは、相続を拒否し、マイナスの財産だけでなく、プラスの財産も含めて相続をしないという相続手続きの方法です。
相続放棄を選択した場合、たとえ相続財産にプラスの財産がどれだけあったとしても、相続人は1円も相続することができません。このように、相続放棄は、被相続人の相続財産を包括的に承継する単純承認とは正反対に、相続をすべて拒否する効果を有するものです。
また、相続放棄を一度選択すると原則として撤回することができず、事後的に効力を否定できるケースは非常に限られてしまいます。
そのため、相続財産を調査し、被相続人の財産のうち負債の額について調べ、プラスの財産を上回ることが確認できてから、相続放棄を選択するのが良いでしょう。
負債の調査方法について、お知りになりたい方は当事務所までお問い合わせ下さい。
法定単純承認とは
法定単純承認とは、単純承認の意思表示をしていない場合であっても、一定の行為を行った場合に、単純承認が選択されたとみなす制度です。
単純承認が選択されたものとみなされるため、相続人はプラスの財産もマイナスの財産も含めて全て相続することになります。また、その相続について相続放棄や限定承認を選択することができなくなります。
法定単純承認の効果が生じる場合については、民法第921条各号に定められており、以下の場合には法定単純承認の効果が生じます。
- 1熟慮期間内に限定承認または相続放棄がされなかった場合
- 2相続財産の一部又は全部を処分をしたとき
- 3限定承認又は相続放棄をした後における相続人の背信的行為がされた場合
これらの場合には、たとえ相続人が相続放棄を選択する意思を有していたとしても、単純承認を選択したものと扱われます。
先ほどご説明したように、単純承認では、負債も含めた全ての相続財産を引き継ぐことになるため、どのような行為が法定単純承認の効果を生じるのかを認識しておくことが重要です。
法定単純承認となる3つのケース
1:相続人が熟慮期間内に限定承認・相続放棄をしなかったとき
法定単純承認の効果が生じる一つ目のケースは、相続人が、熟慮期間内に限定承認や相続放棄をしなかった場合です(民法第921条第2号)。熟慮期間とは、「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」から3ヶ月の期間のことをいいます。
この熟慮期間は、相続人が複数いる場合には相続人ごとに進行することとされています。熟慮期間について重要なのは、「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」がいつからか、という点です。
判例では、「自己が相続人となったことを覚知したときが起算点となるが、熟慮期間内に相続放棄をしなかったことが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、そう信じたことについて相当な理由がある場合には、相続財産の全部または一部の存在を認識した時または、通常認識すべき時から起算される」としています。
そのため、例えば「相続財産が全く無い」と考えていたため、相続放棄をすることなく、そのまま3ヶ月が経過した後になって被相続人の負債が発覚したようなケースでは、相続財産がないと信じたことについて理由があると認められれば、被相続人の負債を認識した時点から3ヶ月の間は相続放棄が可能となります。
相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき
法定単純承認の効果が生じる2つ目のケースは、相続人が相続財産の全部又は一部を処分したときです(民法第921条第1号)。相続財産について処分行為があった場合には、法定単純承認の効果が生じ、単純承認を選択したものとみなされます。
処分行為とは、相続財産の現状や性質を変更する行為のことをいいます。例えば、相続財産である預金を銀行口座から引き出して使用する行為などは、処分行為の典型的なケースと言えるでしょう。
では、相続財産を費消する行為が常に処分行為に該当するのでしょうか。この点については、後ほど解説する「保存行為」に該当する場合には処分行為には該当しません(民法第921条第1号但書)。
また、被相続人が死亡していた事実を知らないで被相続人の財産を相続人が費消したというケースでは、処分行為への該当性を否定して法定単純承認の効果は生じないと判断されています。
例えば、行方不明である父親Bが亡くなっていたことを子のAは知らず、Bの預金口座から現金を引き出して使用していたが、実は預金口座から現金を引き出していた時点ですでにBが亡くなっていたというケースです。
こうしたケースでは、判例は、『処分行為に該当するためには、「相続人が自己のために相続が開始した事実」を認識しながら相続財産を処分したか、相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえて処分をしたことが必要である』と判断しています。
そのため、このケースでは、AがBの死亡した事実を認識していないことから、処分行為には該当しないという判断となる可能性が非常に高いといえるでしょう。
相続人の背信的行為があったとき
法定単純承認の効果が生じる3つ目のケースが、限定承認又は相続放棄をした後において相続人の背信的行為があったときです(民法第921条第3号)。
背信的行為とは具体的には、以下のような行為を指します。
- 1相続財産の全部又は一部を隠匿
- 2私に消費
- 3悪意で相続財産目録中に記載しない
「隠匿」とは、「相続人が被相続人の債権者等にとって相続財産の全部又は一部について、その所在を不明にする行為」とされています。例えば、相続人が被相続人の衣服などを持ち帰った行為(ただし、経済的価値が相当ある事例でした)について、隠匿行為に該当すると判断された判例があります。
「私に消費」とは、相続財産の処分のことをいいます。また、「財産目録」とは限定承認の手続きをする際に作成するもので、家庭裁判所に提出する書類です。
こうした書類へ悪意をもって相続財産を記載しなかった場合には、③に該当し、法定単純承認の効果が生じることとなります。
こうした背信的行為があった場合に法定単純承認の効果が生じる理由は、相続人は限定承認や相続放棄を選択した後も、相続財産について自己の物と同一の注意義務をもって管理する義務を負っているからです。
管理義務に違反した行為をした相続人については、相続放棄や限定承認を認め、保護をする必要性がないことが理由とされています。
相続の財産の「処分行為」とは
処分行為とは
処分行為とは、先ほども少しご説明しましたが、相続財産の現状や性質を変更する行為や、法律上の変動を生じさせるような行為のことをいいます。
例えば、相続財産である不動産を売却したり、家屋を取り壊したりするような行為はいずれも処分行為に該当します。
処分行為に該当するためには、「主観的要件」として、以下のいずれかが必要となります。
- 相続人自身が相続が開始したことを知っていること
- 被相続人が死亡した事実を確実に予想していたこと
また、処分には、法律上の処分だけでなく事実行為としての処分も含まれます。
そのため、先ほど挙げたような家屋を取り壊す行為のように、相続財産を滅失・毀損・変更する行為も処分行為に該当します。
保存行為とは
他方で、第921条第1号但書により、相続人には相続財産の「保存行為」が認められており、保存行為に該当する場合には法定単純承認の効果は生じません。
保存行為とは、相続財産の現状を維持するために行われる行為のことをいいます。例えば、相続財産である家屋が倒壊しかかっている際に、それを修繕するために相続財産からその費用を支出する行為です。
このケースでは、家屋の現状を修繕・維持するために相続財産を費消しているだけなので、保存行為に該当し、処分行為には該当しません。
「相続財産の処分に該当する」とされた具体的な行為
では、過去の裁判例などでは、どのような行為が処分行為に該当するとされたのでしょうか。ここからは、実際の裁判例などで処分行為に該当するとされたものをご紹介します。
①相続人が被相続人の債権の取立てを行い、収受領得する
相続開始後に、被相続人が有していた債権を取立てて支払いを受け、それを領得した行為が、処分行為に該当すると判断されました。(最高裁判所 昭和37年6月21日)
②被相続人が有していた株式の議決権を行使する
被相続人が経営していた会社の取締役選任を株主総会にて行う際に、相続人がその株式の議決権を行使した行為が、処分行為に該当すると判断されました。(東京地地方裁判所 平成10年4月24日)
③賃料の振込先を自己名義の口座へ変更する
被相続人が所有していたマンションの賃料の振込先を、相続人の名義の口座へ変更した行為が、処分行為に該当すると判断されました。(同上)
④和服15枚、洋服8着、ハンドブック4点、指輪2個を引き渡す
相続人による、被相続人の物品を引き渡すという行為が、相続財産の一部についての処分行為に該当すると判断されました。(松山簡易裁判所 昭和52年4月25日)
⑤賃借権の帰属が相続人に帰属することを確認するための訴訟を提起する
被相続人が賃借していた不動産の賃借権を、相続により取得したことを確認するために、相続人が賃借権の帰属を確認する訴訟を提起した行為です。この行為も、処分行為に該当すると判断されました。(東京高等裁判所 平成元年3月27日判)
⑥被相続人の借金を相続財産から弁済する
被相続人が負っていた借金を、相続財産から弁済する行為が、処分行為に該当すると判断されました。(富山家庭裁判所 昭和53年10月23日)
「相続財産の処分に該当しない」とされた具体的な行為
では、処分行為に該当しないと判断された行為にはどのようなものがあるのでしょうか。
以下の行為は、過去の裁判例で、処分行為への該当性が否定されています。
①受取人を相続人とする被相続人の死亡保険金を受け取った相続人が、被相続人の債務を弁済する
被相続人の死亡により、受取人を相続人とする保険金を受け取った場合には、当該保険金は、相続人固有の財産となります。この保険金によって被相続人の債務を弁済した行為が、相続財産の処分に該当しないと判断されました。(福岡高等裁判所宮崎支部 平成10年12月22日)
②被相続人の葬儀費用を相続財産から支出する
被相続人の葬儀費用などを相続財産から支出した行為が、相続財産の処分に該当しないと判断されました。(東京高等裁判所昭和11年9月21日)
③被相続人の墓石や仏壇を購入する費用を相続財産から支出する
墓石や仏壇を購入する費用は、その費用が社会的に見て不相当な支出でない限り、相続財産の処分に該当しないと判断されました。(大阪高等裁判所 平成14年7月3日)
④着古した上着とズボン一着を渡す
着古した上着とズボン一着は一般的な経済的価値はないものとして、処分行為に該当しないと判断されました。(東京高等裁判所 昭和37年7月19日)
⑤形見分けを受ける
相続財産から形見分けとして一部を受け取る行為が、処分行為に該当しないと判断されました。(山口地方裁判所徳山支部 昭和40年5月13日)
なお、同様に形見分けを受け取る場合でも、数量や内容によっては相続財産の隠匿に該当すると判断した事例があるため、注意しましょう。
⑥被相続人の財産である道具類を無償で貸与する
被相続人が有していた相続財産である道具類を無償貸与する行為が、処分行為に該当しないと判断されました。(最高裁判所 昭和41年12月22日)
⑦被相続人が有していた所持金を受け取る
行方不明になっていた被相続人が死去したことを所轄の警察署から伝えられ、警察からほとんど価値のない所持品と所持金2万432円の引取を求められて受け取る行為が、処分行為に該当しないと判断されました。(大阪高等裁判所 昭和54年3月22日)
【参考】相続財産の処分行為・保存行為とは?相続に強い弁護士が動画で解説
相続財産の処分が単純承認とみなされる理由
相続財産の処分が法定単純承認の事由として定められているのは何故なのでしょうか。
そもそも相続財産の処分は本来、相続により相続財産に関する権利を取得した後に可能となるものです。相続財産を処分した場合には、こうした相続財産を単純承認により承継する意思があったことが推定されます。
その他には、仮に相続人が相続財産の一部を処分した後に、相続放棄などを選択できると すると、被相続人の相続財産は減少し、被相続人の債権者などが債権の弁済を受けることができる範囲が減少してしまうということも、理由とされています。
まとめ
法定単純承認は、相続放棄や限定承認ができなくなるだけでなく、負債などのマイナスの財産も含めて相続をすることになるため、場合によっては非常に高いリスクを背負うことになります。
他方で、法定単純承認の効果を生じる相続財産の処分行為は、ケースごとに処分行為に該当する場合としない場合に分かれており、非常にわかりにくくなっています。
相続財産を使用したり第三者に引き渡したりする際には、本記事を参考にその行為が相続財産の処分行為に該当しないか確認した上で進めるようにしましょう。
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